particle3:支えたいと、強く願うのは(2)
「遅いっスねえ…」
隣で退屈そうにしている船瀬の尻を蹴飛ばす。
「痛いッ!?」
「水ト、本当にこの学校で間違いないんだろうな?」
体育館を制圧してから、一時間が経っている。中の生徒は一か所に集めて、逃げ出さないように隔離してある。人質にするつもりは無いが、外に待機している警察への抑止力にはなる。
「はい、前回の作戦の先輩の目撃情報から、高校か中学生の可能性が高いので、この市立流野中学校を今回戦闘場所にしたのですが…」
「個人情報保護法だとかなんとか、めんどくさい法律のせいで、相手を特定できなかったんスよねえ…」
水トが肩を落とす。
「申し訳ありません。保護者に金を掴ませて、クラス名簿を売るところまではいったのですが、さすがに全クラス分となると、無理でした。教師は、さすがにガードが堅かったですし」
「仕方ない。あと三十分して来ないようだったら、引き上げるぞ。罠の可能性を、読まれたのかもしれん」
「はっ!」
その時、体育館とグラウンドをつなぐ扉が、ガラガラという音を立てて開いた。
中から煙と共に、二つの影が現れる。
「ごほっ、ごほっ…。アルズロート、参上!!」
「すまない、アルズロート。警察を突破するのに、煙幕を使い過ぎた」
船瀬の眼が輝く。自分も、同じような眼になっているかもしれない。
「きたか、アルズロートッ!」
「ここから出ていかないのなら、私はあなたを倒すッ!」
「望むところだ、やれ!」
片手をあげ、振り下ろす。すぐに、五十人ずつに分けた二つの隊が、それぞれに向かっていく。
「くっ。多い!?」
「当たり前だ。お前たちを倒すために我々はここにいるのだ!」
五十人の部隊は、五人を一組として集団としての戦闘を訓練させてある。いわば、一対五が、延々と繰り返し行われる。これをやられて、勝てるはずがない。
「何ッ!?」
「うおおおッ!」
アルズロートに襲いかかった五人が、ほんの一呼吸の間に光になる。次の五人も、間を置かず攻撃するが、すべて返り討ちに遭っていた。
「くっ、これほどとはな。水ト、別の少女の方の隊員を二十名回せ。あと、私の隊からも三十名出す」
「しかし、それでは、撤退の際の人員が足りなくなります」
「撤退は、私自ら活路を開こう。それより、見つかったか?」
「いえ。今回は、あまり適当な者はおりませんでした」
「仕方ない。それでも構わん。案外、早く終わるような気がしている」
「そうですね」
始めにアルズロートに対していた部隊が、二十名に減っている。五十名の増援を加えても、ぎりぎり間に合うかと言ったところだろう。
始めの部隊を全滅させた頃、アルズロートが肩で息をし始める。
「よし、いけるぞ。別の少女の方に、回した二十名を戻せ。突破されかかっている」
もう一人の少女も、侮れない強さだった。輩の力こそ借りていないが、並の人間ではもうやられているところを、かすり傷程度で善戦している。
「二人を合流させるな。あと、少女の煙玉に注意しろ」
いける。目に見えて、アルズロートの動きは鈍ってきた。もう少しで、倒せる。
「!? 先輩、アレを!?」
「!?」
アルズロートが一人の同志の足を掴み、振り回していく。同志の体にぶつかった同志が光になって消えていく。
「なんだアレは!?」
「隊長のご報告では、少女は拳を対象に当てなければ、物体を光に出来ないとのことでしたが、今見ているアレは…」
「ああ。どうやら、拳から出ている赤色の粒子を持っている輩に纏わせることによって、拳を触れた時と同じような効果を与えているのだろう。あれでは、迂闊に近づけん」
「しかし、底は見えてきました。アレはどうみても、破れかぶれの戦法ではありませんか。もうすぐ、倒せます」
「だと良いがな」
そう言っている間にも、同志達が倒れていく。苦々しい思いでそれを見つめながら、早くその時が来いと、心の中で念じる。
「はぁ、はぁ…!」
「まさか、ここまで耐えるとはな」
アルズロートが、最後の一人を倒し、膝をつく。もう一人の少女の方には、依然部隊が張り付き、合流させないようにしていた。
ようやく、この状況に持ち込めた。
「アルズロート、君の弱点を、我々は一つ見つけた」
「はぁ、はぁ…。私の、弱点…?」
「そうだ。君は強い。その強さは、君の運動量にある。必然、運動量が多ければ多いほど、カロリーを消費し、体は疲労していく」
船瀬が口を開く。
「この前の戦闘中、集中していたあんたは、無意識にお腹を鳴らしていたんス。それで、物量で攻めてあんたを消耗させることによって、あんたを倒すことを思いついたんス」
「私も、その作戦は前々から考えていた。しかし、同志の犠牲が多くなりすぎることを懸念し、なかなか実行出来ずにいた。船瀬の言葉で、私はその作戦を採ることに決めたのだ」
「アルズロートッ!!」
別の少女の抵抗が激しくなる。犠牲を出しながらも、よく抑え込んでいた。だが、長くは持たないだろう。
「さて、おしゃべりはここまでだ。君の仲間も、死ぬ気で戦っている。さっさと、決着はつけなくてはな」
水トが、怯えた一人の男子学生を連れてくる。右手で、その学生の頭を掴む。
「さあ、目覚めよッ! お前の中の、大いなる悪意よッ!」
ごめんね。
ただの、その一言が、言い出せなかった。
なかなか言い出せないせいで、あの後小春ちゃんと会うたび、なんだかぎくしゃくしてしまっていた。
今日も、言えなかった。言えないまま、家に帰りたくなかった。でも、小春ちゃんと会う勇気も、今の私には無かった。
「どうしたら、良いのかなあ」
結び地蔵に、問いかける。お地蔵様は、何も答えてはくれない。
「悩み事かの?」
振り返ると、八月一日さんが、水の入った桶を提げて立っていた。
「あはは…、聞かれちゃいましたか」
「聞くつもりじゃなかったんだがのう。聞こえてしまったんじゃ」
そう言うと、八月一日さんは、桶の水を柄杓で掬い、地蔵にかける。
「指輪の持ち主は、まだ現れてないみたいですね」
腕輪を見た。埋め込まれた宝石が、水に濡れて優雅な輝きを放っている。
「うむ。あれからまた、多くの人がやってみたようだが、見ての通りじゃ。お嬢ちゃんは、今日も試してはいかんのか?」
「私はただ、お地蔵様に悩みを聞いてもらいたくて、ここに来ましたから。それに、私には…」
「資格がない?」
「はい」
「いいじゃないか、資格なんぞ無くとも」
桶の水を撒きながら、八月一日さんは言った。
「え?」
「その資格は、誰が決める? お嬢ちゃん自身が決めとることじゃあないか。なら、その資格は、無いも同じことじゃよ。元々無い資格を、その資格が無いと思うのは、鶏が先か卵が先かを問うようなもんじゃ」
「でも」
「やることが怖いということが、世の中にはたくさんある。やらずに逃げること、ごまかすことだって、時には必要じゃし、そんな生き方もあるだろう。しかし、やらねば、お嬢ちゃんの欲しいものが手に入る可能性は、ゼロじゃ」
「でもっ、嫌なんですっ! ぶつかって、傷つくのがっ! ぶつかって、相手を傷つけてしまうことがっ!」
「その子は、一度ぶつかっただけで傷ついてしまう、そんな子なのかの」
「!? 違うっ! 小春ちゃんは、そんな子なんかじゃあないっ!」
そうだよ。
いつだって、小春ちゃんは真っ直ぐで。
明るくて、いつも皆を笑顔にしてくる。
そんな子だから、私は。
「八月一日さん」
「何も言うまいて。さっさとその友達のところへ行っておあげなさい」
「はい、どうもありがとうございました」
「良い眼をしておる。指輪も取れそうな眼じゃ」
「いいえ、取りません。友達に一刻も早く会って、謝りたいんです」
「ならば、止めるまい。頑張ってのう」
「はい」
初月一日さんに軽くお辞儀をして、駆けだす。今日この時間は、森田のおばあちゃんの手伝いをしているはずだ。
「森田のあばあちゃん、小春ちゃん来てますか!」
森田のおばあちゃんが、炭火からあげた団子を取りながら答える。
「小春ちゃんかい? 今日はまだ来とらんねえ。遅れるような子じゃないんだけども。ああ、何か学校の方で騒ぎがあったらしいと聞いたねえ。パトカーのサイレンが聞こえたよ」
「わかりました。ありがとうございます、おばあちゃん!」
「ああ、これ」
そう言うと、森田のおばあちゃんが、包みを一つ差し出してくる。
「いつも小春ちゃんにあげてる団子、はいっとるから。小春ちゃんに会ったら、渡して、二人で食べなさい」
「ありがとうございます」
包みを受け取り、学校へと駆ける。学校に近づいていくにつれ、徐々に喧騒が大きくなってきた。
「何だい君は? 危ないから近づいちゃ駄目だ!」
警察の人に止められる。学校の周囲には非常線が張られていて、誰も入れないように封鎖されていた。
だが甘い。
非常線の張られていない、学校の隣に隣接する一軒家の庭に入る。大きな塀で庭が囲われていて、とても乗り越えなれそうにもない塀だ。その塀の、一部に抜け穴のようになっているところがある。家主はまだ気づいておらず、生徒が遅刻回避目的で密かに利用している抜け道だった。
「ごめんなさい」
手段を選んでいる暇は無かった。おそらく、小春ちゃんは確実に学校にいる。小春ちゃんは待ち合わせに遅れるような子じゃないのはわかっていたし、また何か危ないことに首を突っ込んでいると確信できる。
塀を抜け、学校の敷地内へ。敷地内には警官が溢れていた。見つからないように物陰に隠れて、耳を澄ませる。 体育館、と言う言葉が聞こえてきた。
多分、そこに小春ちゃんがいる。グラウンドは、体育館へ突入する部隊が待機していて、その入り口からは行けそうにない。
足に何かが当たる。
「ええと、これは…」
まん丸の火薬玉のようだ。一見すると、まだ使えそうではある。
「よし」
用務員室から、マッチを借り、すぐに火をつける。
「届いて」
思い切り振りかぶって、グラウンドで待機している部隊に投げつける。玉は、白い噴煙をあげながら、グラウンドを白く染めていった。
「な、何だ!? 新手かっ!?」
今だ。
煙を避けるようにしながら、グラウンドを駆けていく。体育館のドアに着くと、思い切り力を籠め、押し開けた。
「!?」
体育館の中央。武道着の格好をした小春ちゃんが、膝をついて蹲っている。その近くには、巨大な筆箱がどんと直立している。遠くで、女の人と数十人の男の人が闘い、ステージの上にも数人の人影が見えた。
「小春ちゃん!」
駆け寄る。
「あ、れ、藍ちゃん? どうして…?」
「この前、ひどいこと言ったから、ちゃんと謝りたくて。ごめんね、ずっと今まで」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。危険な目に合わせないって約束したのに、今、こうやって藍ちゃんを危険な目に合わせてる」
「もう、いいの。わたし、決めたんだ」
「え?」
「わたし、小春ちゃんを手伝うことに決めたの。いくら小春ちゃんが嫌だって言ったって、駄目なんだから」
「藍ちゃん…」
「だから、ね。わたしに、小春ちゃんを手伝わせて」
「うん。ありがとう」
「いきなり来て、君は、誰だ?」
誠実そうな男の人が言う。
「逆に聞きたいんですが、小春ちゃんをこんな風にしたのは、あなた方ですか?」
「そうだ。その少女は、我々の種にとっての敵であり、最大の障害でもあるからな」
「なるほど。よくわかりました」
素早くマッチに火をつけ、残しておいた火薬玉に火をつけて、地面に置いた。
「何ッ!?」
すぐに、白い煙が体育館の中に充満する。その隙に、小春ちゃんの手を取って、用具室に逃げ込んだ。
「ここなら、しばらくは大丈夫だから」
「ごめん、ね」
そう言った小春ちゃんには元気がない。見ただけで、相当疲労しているのはわかった。
「疲れてるよね。でも、これ、食べてみて」
持っていた包みから、お団子を取り出す。
「わあ。それ、森田のおばあちゃんの!」
「来る途中で、預かってきたんだ。二人で食べてって。どれが良い?」
「じゃあ私、醤油!」
「ふふ、かしこまりました。はい、醤油」
お団子を受け取ると、勢いよく小春ちゃんが食べ始める。疲れていても、食べ物に関しては、小春ちゃんはいたっていつも通りだ。
「美味しい、美味しい。 ? 藍ちゃんは、食べないの?」
「わたしは、落ち着いてから食べたいな。じゃないと、吐いちゃいそうだもの」
「うん、わかった」
小春ちゃんがすっくと立ち、用具室の扉に手を掛ける。
「なら、さっさと終わらせないとだねッ!」
わたしににっこりと笑いかけながら、小春ちゃんが勢いよくドアを開き、用具室から飛び出す。
ドアの陰から様子を伺う。もう煙は晴れていて、視界を遮るものは何もない。
小春ちゃんが駆けていた。その先には、直立不動の巨大な筆箱。その筆箱の蓋が勢いよく開いたかと思うと、中から巨大なペンや鉛筆が勢いよく飛び出し、小春ちゃんを襲う。
それをひらりと躱しながら、小春ちゃんはさらに加速した。
「右手に宿す、臙脂の波動ッ! ローズレッド、マーレモートォッ(紅血の波撃)!!」
小春ちゃんの右手が赤く煌めき、巨大な筆箱へと叩きつけられる。刹那、巨大な筆箱は一瞬激しく光り、無数の光の粒になって消滅していった。
「くっ! まだまだッ…!」
「止めろ、水ト。そろそろ警察が動き出す頃だ。これ以上は、こちらがジリ貧にしかならん」
「わかりました…。総員、この場から離脱する!」
水を引くように、スーツを着た覆面の男の人たちが、校内に続く出口へと退いていく。
「やった」
思わず、その場に座り込んだ。最中は夢中でわからなかったが、どうやら緊張していたらしい。
「藍ちゃんッ!」
小春ちゃんが、駆け寄ってくる。
「ごめん…じゃなかった。来てくれて、嬉しかったよ。ありがとう。それと、これからも、私の友達で、いて、くれるかな?」
そんなことを言う。
そんなことを言う、小春ちゃんを。
わたしは。
「うんっ! もちろんっ!!」
思わず、抱きしめていた。
青と、緑のコントラストが視覚に広がっている。
(総統、上陸していた者から通信が来ましたよ。東裏の二回目の作戦は、どうやら失敗に終わったようです)
(そうか。東裏には、如月を通して気を落とすなと伝えよう)
(よろしいのですか?)
(東裏はよくやってくれている。お前の部下も、それで大分動きやすくなっているのではないか、スペル?)
(まあ現状はそうですが。ただ、これ以上やかましくやられると、こちらは気が気ではないのですよ)
(グリードが上陸したぞ)
(!? まさか、アレが上陸するのを許可されたのですか!?)
(許可も何も、勝手に行ってしまった。端から止めるつもりも無かったが)
(アレが上陸したら、東裏どころの騒ぎではなくなります。東裏と対立することすらあるかもしれません)
(東裏は、そんなことはやらないだろう)
(大人しくしていればいいものを…)
(お前は、反対か?)
(穏健派である私から言わせてもらえば、大反対です)
(仕方ないだろう。いずれは、お前も上陸するのだ。同じ七罪として、仲良くやれ)
(私は東裏に同情しますね。他の七罪は?)
(三人は、もうすぐ上陸できる。他の者は、まだだな)
(いずれ、総統も上陸されるのです。地球や人間について、もっとよく学んでもらわねば)
(お前の生み出した、粒子意識下での我々の種の全体意識への学習と共通化は、革新的なものだ。上陸した輩が、それで随分助けられている)
(もったいないお言葉です。さらに励みましょう。総統が上陸したのならば、人類など一撃の元にひれ伏させることも出来るのでしょうが)
(地球に上陸した輩には、色々な考えを持った者もいるだろう。俺は、出来るだけ多くの輩が幸福になれる方法で人類を支配せねばならん。それが、破壊を伴うのか謀略を伴うのかは、まだ現状では判断できんな)
(総統が我らの種のためを考えておられることは、誰もが理解しております)
(お前は、肉体をどういうものだと捉えている?)
(植物から切り離された種、または液体を入れておく器でしょうかね)
(痛みも、喜びもあるぞ)
(故に、我々は追い求めるのかもしれません)
(皮肉なものだ。肉体を失って初めて、肉体の得難さに気づく)
(煩わしいことの方が多かったような気もしますが)
今では、はっきりと覚えてはいないのだろう。それゆえに、肉体への渇望を、全ての輩が持っている。
(しかし、あのグリードが上陸とは…)
スペルが何か呟いているのを聞きながら、目の前の青く光る惑星を、ただ眺めていた。
ミーナさんによれば、巨大な筆箱の名前は、エレファントクラッシャーだそうです。
藍は、一見真面目に見えて、一番過激な気がしています。




