particle25:忘れないよ、絶対に(3)
総統と呼ばれる輩の代表者は、完全に地球から去った。
それでも、支配を掲げる残党は上陸を続けている。総統と行動を共にしなかった者たちなのだろう。今のところ、小規模でまとまりは無い。
隕石の接近から、数か月が過ぎていた。季節は秋から冬、そして春の始まりに差し掛かっている。
その間も何度か敵との戦闘はあったが、小春君達の活躍で、問題なく処理できていた。
「全く、厄介なものだ」
ゆかり君からあげられてきた資料を見ながら、呟く。
総統は残党を好きにさせるということにしたのだろう。それも含めて、輩を人類に任せると言った。
押し付けられた格好になつていることに苦々しい思いはあった。それでも、敵の助力無しに隕石を破壊できたかと思うと、不可能だったと思える。そして、あのまま総統に地球に居座られてしまうと、いずれこちらが消耗戦で負けるだろうというのも、容易に想像できた。
「最後のあのアルズシュバルツの攻撃でも、総統は完全には倒せなかった。何故だったのでしょうか?」
傍で同じ資料を見ていたゆかり君が尋ねてくる。
「完全に消滅する前に時を飛ばれたのだろうと推測している。本人ではないから、あくまで推測の域を出ないが」
「時を飛び、小春さん達の能力の射程範囲外に出たということでしょうか?」
「おそらく。そして、時のはざまで再生し、小春君達の前に再び現れた」
「結局、倒すことは出来なかった、ということですか?」
「いいや」
ゆかり君に淹れてもらったコーヒーに一口口をつける。
「勝ったのだよ、私達は。いいや、違うな。少なくとも、小春君達は、か」
存在を守る。
果たして自分に、そんな想いがあっただろうか。
全くないとは言い切れないが、あそこまではっきり言い切ることなど到底できなかっただろう。
その時点で、小春君達は、すでに勝っていたのだ。
「いつもありがとう、ゆかり君」
「? 急に、どうしたんですか?」
ゆかり君が、明らかに驚いた顔をしていた。彼女のこんな顔を見るのは、初めてかもしれない。
「いや、不意に、言いたくなってしまった。君には、いつも苦労を掛けている。私がこんなことを言うのは、変かな?」
「変、なのかもしれませんね。後で、緊急事態が起きそうなので、初陽さんには一応連絡を取っておきます」
「おお、そんなにか」
ゆかり君の言葉に、普段の自分の言動を咎められた思いだった。
「ですが」
「?」
「ありがとうございます。その言葉で、まだまだ頑張れそうです」
ゆかり君が少女のように微笑んだ。
「さて、私は、研究室に戻るよ。まだまだ残された問題は多くある」
「はい。後から、お茶をお持ちしますね」
「ありがとう、頼む」
落ち着かず、診察室の入口の前で、行ったり来たりを繰り返す。
まだか。
「東裏様、ここは病院なのです、他の方もおられます。落ち着いて下さい」
待合室の椅子に座っている智子さんに言われ、仕方なく座る。それでも、耐え切れなくなり、また立ち上がって歩きだす。
「…」
待ちきれない。
こんなことなら、優衣さんと一緒に診察室に行けばよかったのだ。
隕石の衝突は、アルズ達と輩によって防がれた。その後に上陸した輩からの報告で、それを聞いた。
総統は、また他の星を開拓に旅立ったという。
共に行けば良かったという思いも、確かにある。しかし、それよりも強い思いが、あった。
総統から私に対して、伝言があったという。
『お前の幸福を祈っているぞ』
その言葉で、地球に残ることに決めた。
過激派の同志は、総統が倒されたとわかった時点で、解散した。アルズロートの捕縛と、アルズブラウによる襲撃で、大部分が倒されていた。新たに上陸してきた過激派の輩もいたが、それを組み込むことはせず、皆個々に人の波の中の散っていった。隊長を続けてくれと言う声もあったが、今の自分にはもう、人間と戦う気持ちが起こらない。結局、代わりの隊長となるものもおらず、組織的に瓦解したという形になった。その後は小規模でまとまっている輩もいるようだが、人間に仇名した輩は、アルズ達に倒されていた。
総統は、人間との共生を認めたということだろうか。いや、おそらく、共生する輩も、支配しようとする輩も認めた、というところなのだろう。その上で、この星に残る輩に任せた。そして、総統自身は、支配を望む輩と共に、また新たな惑星を探す旅に出た。
いたずらに輩が傷つけられれば、総統は戻ってくるのだろう。今のところ、過激派の輩にアルズが抗戦しているという形になっている。総統は戻ることはないのだろう。それがわかっていて、総統は去っていったのだ。
診察室の前に立つ。中に入ろうとしたが、その瞬間、扉が開き、優衣さんが飛び出してきた。
「おっと。危ないです、優衣さん」
優衣さんを胸に抱きしめる。何度も感じた、ぬくもり。
このために、この人のために、私はここにいると、今ならはっきり言える。
「東裏様。早く、東裏様にお伝えしたいと思って、急いでしまいました」
優衣さんが私の胸に顔を埋めてくる。優衣さんの頭を撫でた。こうされるのが好きなのだと、最近ようやくわかってきた。
「私も、優衣さんと一緒に診察室に行くべきでした」
「優衣様、東裏様は、ずっと診察室の前でうろうろとしていらっしゃったんですよ?」
智子さんの声に、思わず苦笑してしまう。
「そうだったのですか?」
「はい、そうだったのです。早く、貴方に会いたかった」
「東裏様…」
優衣さんと見つめ合う。
「おほん。優衣様、それで、結果はどうでしたか?」
そんな私達をたしなめるように、智子さんが言った。
「あっ、そうですね。私ったら、すっかり忘れてしまって」
そう言うと、優衣さんが抱き着いたまま、私を見上げ微笑んだ。
「男の子、だったそうです。私達の、子です」
「! そうでしたか!」
「おめでとうございます。優衣様、東裏様」
優衣さんが自分のお腹に手を当てた。私も、優衣さんのお腹に触れた。
「ここに、いるのですね」
「はい、東裏様、確かに、ここにいます。見えなくても、ここに、私達の命が」
優衣さんに頬を指で拭われていた。泣いてしまっていたらしい。
「一つ、お願いしても良いですか?」
言った自分の声が、震えていた。
「東裏様のお願いを、私は断ることなんてできません」
「いえ、断ってもらっても良いのです。…もし、子供が男の子なら、一つ、決めていた名前があるのです」
「そうだったのですか。聞かせて、いただけますか?」
「はい。名前は、―水人」
「水人、ですか。良いお名前だと思います。なら、このお腹の子の名前は水人。ふふ、よかったですね、水人」
そう言って、優衣さんがお腹を撫でた。
「良いのですか?」
「いいもなにも、東裏様の子ではありませんか。もっと、自信を持って下さい」
そう言ってほほ笑む優衣さんの顔には、すでに母の強さが垣間見えた。
「そうですね。本当に、そうです。これからもずっと、あなたを大切にします、優衣さん」
「私も、一生、貴方を愛し続けます、東裏様」
「お二人とも。もう結婚されて、そしてもうすぐ父と母になられるのです。いつまでもそのように他人行儀なことではいけません。この際ですし、呼び方をお変えになってはいかがでしょう?」
優衣さんが少し驚き、すぐに微笑んだ。
「そうですね。良いでしょうか? 東裏様」
「私も構いません。智子さんの言うことは、もっともだという気がしますし」
「わかりました。では…あなた」
目の前が一瞬、くらっとした。
「東裏様。いえ、あなたも、何か仰って下さい」
「すみません。ええと、…優衣、さん」
「優衣。そう呼んでください、あなた」
「はい。…優衣」
「ふふ。はい、あなた」
こんなに幸福でいいのだろうか?
いや。
幸福ならば、分かち合うべきだ。
輩はこれからも上陸してくるだろう。
その輩が幸福になれるように、私は全力を尽くそう。
それが、総統から任された輩の使命なのかもしれない。
「水人」
もう一度だけ、優しく、優衣さんのお腹を撫でた。
考えることは、多くあった。
考える時間は、それ以上に、あった。
凄まじい速さで、小石とすれ違う。時々、大きな塊もある。一瞬、何かの色を持つ時もある。
(本当に、これで良かったのですか?)
傍らのスペルが問いかけてくる。
(お前は、不満か?)
(不満も何も、総統がお決めになられたことですから、今更異議は申しません。ですが、あのまま総統が戦い続けていれば、いずれ人類を圧倒できたと推測します)
(そうだな)
(ならば、何故…?)
(なあスペル、人間とは厄介なものではないか。間違いだと気づいていても、それを繰り返す。ただただ、愚かに。そしてそれは、時に戦火の歴史を辿り、時に搾取と混乱を存在にもたらしている)
(ですから、総統が秩序だった支配をすべきであると…)
(だがな、厄介さはそこだけではないぞ? 人間は、変わることが出来る。それも、しぶとく、老練にだ。それを、俺はアルズ達との戦いで嫌というほど思い知った)
(しかし、少数です。人間が皆、アルズ達のように簡単に変われるはずがない)
(そうだな。だが、俺は、賭けてみることにしたのだ)
(賭ける、ですか?)
(元の母星において、何かが変わっていれば、今、我々がこうして旅をすることなど無かっただろう。そこにおいて、我々は、賭ける権利すら持たなかった。ただただ邪魔者として、この宇宙に放り出されるだけの存在だった)
(ですが、今度は賭けることは出来る、と?)
(俺はな、賭けてみたいのだ。輩と人間が共存する惑星。それに、俺は賭けてみたい)
(ふふ)
(どうしたスペル? 何故、急に笑う?)
(いえ、私も総統に大分毒されてしまったと思いまして。ですが、一度、そのような光景も見てみるのも良いのかもしれません)
地球は、もう見えない。別れた輩とは、永久の別れになるだろう。
(ですが、そううまくいくでしょうか?)
スペルがため息じみた声を上げる。
(お前も、気づいたか)
(はい。地球を破壊しようとしたあの隕石。簡単に確認しただけですが、あの隕石は、粒子の波動を遮断する性質を持った鉱石が全体の大部分を占めていました。これが示すところは…)
(輩でも、様々な考えを持った者がいる。俺がアルズ達に手を貸してしまったことで、その者達の意志を捻じ曲げてしまったことを、俺は少しだけ後悔している)
(しかし、あの時総統が手を下さなければ、あの惑星とそこに生きている輩は犠牲になりました。我々が住まう星を破壊するなどという勝手な行動を取ったのです。本来なら、総統に存在を消されるほどの反逆です)
(だが、俺は何もせぬ。その輩達すら、人類と共存していけばいい。俺は、そう考えている)
(確かに、隕石を落とそうと策謀した輩達は、地球に残ったようですが。そうですか、人類には、厄介な輩を押し付けたというわけになりますね)
(それぐらいは、乗り越えてもらわねば、な。過激派と穏健派を一つにして人類と共存させるとなれば、その過程でいくらかの戦いは止むを得ん)
果たして、人類がそれを成せるのか。
人類に対して、俺が出した課題のようなものだった。
時間はかかるだろうが、出来るだろう。
そう確信できるぐらいは、人間を買ってしまっている。
(さて、ではそろそろ、お前の選んだ次なる惑星の候補の話を聞くとしようか)
(かしこまりました。すでにいくつかの惑星を選定し、どの星が候補になっても良いような経路で進路は取っており―)
アルズロートの言葉を不意に思い出す。
(ふっ、それにしても、クレアート、か)
輩が惑星になじむように名はつけてきたが、まさか俺自身が名前をつけられようとはな。
しかも、輩でなく、ただの人間に。
(ふ、ふはははッ!)
(? どうかしましたか、総統?)
(クレアート、だ)
(? ああ、そういえば、アルズロートがそんなことを言っていましたね。よろしいのですか、総統?)
(良いのだ。まさか、人間に名をつけられるとはな。俺は今、最高に愉快な気分だぞ)
(そうでしたか、それは良かったです、クレアート総統)
漆黒の空。
(ふははははははッ!!)
感覚の確かでないそこに、自分と言う存在を、確かに感じられた。
「最近、暇よねえ」
「…暇なのは、良いこと」
「だね~♪」
研究所の一室で、かなりちゃんとティノちゃんが机に突っ伏したまま答える。最近、静さんのお店の手伝いが忙しくなっていると聞いた。手伝い出してから、お客さんが入り、さらに手伝いをしていたら、さらにお客さんが入ってしまっているらしい。見かねて、静さんは時々店を休みにしていた。かなりちゃん思いの良いお母さんである。
「平和なのはいいことだろう。出動も減っている。このまま終息していけばいい」
実際、隕石落下の前と後で、出動回数に大きな差が出ていた。過激派と呼ばれる輩の一団が解散したらしく、隕石落下直後は出動が増えたが、それがいったん収まると、もうほとんど暴動のようなものは起きていない。
「そうですね、平和なことは良いことです。はい、皆さん、お菓子をどうぞ」
そう言うと、藍ちゃんは鞄からケーキを包んだ包みを皆に配る。
「やったあ! …うん、おいしいよ、藍ちゃん!」
「ああ。いつもながら、藍の作る菓子はおいしいな」
「ふむ、なかなかね。藍、もう一つもらえないかしら? あとでお姉様に差し上げたいの」
「…おかわり」
「!? も~、食べるの早いよ、姉さん! はいアタシの分けてあげる~♪」
最近は出動も少なく、皆まったりしている。前に出動があったのは、ひと月近く前だった。
初陽さんと組打ちでも行こうかな。そう思っていると、部屋のドアを開けて、美奈さんが軽い足取りで入ってくる。
「皆、暇そうだね~」
「美奈、あなたもだべりに来たのかしら?」
「いや、違うよアキちゃん。何となく、予感がしてね」
「? 予感?」
鈴花さんが美奈さんに問い返したところで、スピーカーから声が響いた。
(警察無線を傍受。輩と思われる男数名が湾岸倉庫内に民間人数名を人質にして立てこもっている模様ッス!)
船瀬さんの声だ。初陽さんと再会してから、私達の活動、特に偵察や通信に関して協力してもらっている。
「ほらね」
そう言った美奈さんに鈴花さんはやれやれと言った様子だった。
「皆」
喜平次さんとゆかりさんが部屋に入ってくる。
「聞いた通りだ。すでに現場には、先行して宗久君が向かっている。詳しい状況が分かり次第、君達には突入してもらうことになる」
指をぽきぽきと鳴らしながら、鈴花さんがにやりと笑う。
「結構久しぶりよね。腕が鳴るわ」
(久しぶりの、鈴花の中。はぁはぁ…)
(前回より間が開いております。藍殿、引き締めて参りましょう)
「はい。皆さんは、わたしが守ります」
(す、少し、緊張してしまいます…)
「いいのだ、シノ。私達はそれぐらいでいい。気をつけすぎるということはない」
「じゃ、アタシ達のコンビプレイってやつ、また見せちゃおうよ、姉さん!」
「…二人なら、無敵」
(はぁ、久しぶりだからって、皆、はりきりすぎよ)
「そうだね。でも、その気持ちも、なんだかわかるよ」
(あら、輩を倒すことを躊躇っていた頃の小春の言葉とは、思えないわね)
「ううん、今も、その気持ちは変わらないよ。話し合いで解決できるなら、そうしたい」
(でも、高揚はしているわ。矛盾しているわね)
皆の顔を見回す。
存在している。
ちゃんと、ここに。
それがどれほどの奇跡なのか、私は知ってるから。
「うん。また、こうやって皆といられる。それが、嬉しくて、仕方ないんだ」
(クス。そうね)
フェルミを腕にはめて、胸に当てる。
そのまま、右に半回転。
「スピンッ!」
光が収まると、すでに変身した三人が笑顔で立っていた。
「では―」
喜平次さんの声が響く。
「アルズ、出動だッ!」
~Fin~
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
粒子少女、これにて完結です。
要望や感想など頂けるとめっちゃ喜びます。
次回からは登場人物紹介&後日談です。もう少しだけお付き合いください。




