particle25:忘れないよ、絶対に(2)
最終話その二、かなりと初陽の後日談(?)です。
昼を過ぎた喫茶「静」の店内は、微妙に混んでいる。遅れて昼食を食べに来る人と、早めに三時から焼きあがるケーキを待って店に来る人がいるからだろう。昼の食事時よりは忙しくないが、それでも、ようやく手伝いに慣れ始めた私達には、少しだけ荷が重かったりする。
「…6番テーブル、日替わりパスタ二つ、ブレンド二つ、そして私のミルクティー一つ」
「2番テーブル、はちみつトースト、アイスティー一つ、あとアタシのミルクティー一つ!」
「何故、かなり様達のミルクティーまでオーダーしてるんですかぁぁ!?」
厨房で忙しく作業していた宗久が叫ぶ。
「…働きながら、休憩?」
「あ、全部宗久の給料から引いといて」
「ご無体なーッ!?」
そう言いながらも必死に料理を作る辺り、なかなか宗久もこういう仕事が合ってるようにも思える。
「いやあ、アタシ達で鍛えられてるからだねえ」
「…うん、感謝して欲しい」
「そう言われても、著しく納得いかないのですがッ!」
そんな様子を見て、ティノと笑いあう。
「いやあ、でも、もう何回も飲んでるけどさ。やっぱり、静の淹れてくれるミルクティーは絶品だねえ」
オーダーの切れ目に、ティノがミルクティーを飲むながら静に言う。
「ふふ、ありがと。ティノもかなりも、適度に休憩しなさいね。それにしても、貴方達、本当にそっくりね」
「そうかな?」
「…そうみたい?」
決めポーズを取る。横で、ティノも私と同じようにしていた。
何故かお客さんから歓声が上がる。
「…どうもどうも~」
「どもども~」
お客さんに手を振りながら答える。
「ふふ。娘が二人になって、私は嬉しいわ」
「…騒がしい従業員もいるけど、迷惑をかけます」
「姉妹二人、よろしくね。あ、宗久は適当にこき使っちゃって」
「なんとなくそのポジションなのはわかっておりましたよ、お二人とも」
「ふふふ~、かなちゃんとティーちゃん、もっとお酒ちょ~だ~い」
美奈が、カウンターで眠るようにして叫んでいる。今日は非番らしく、昼間から飲んでいた。珍しく酔っていて、何か残念な空気を醸し出していた。
「美奈~、だらしないよ~」
「…確かに、休みだからって、これはない」
「ふふ、いいのよ。二人とも、美奈さんにお酒を持って行ってあげて」
「…いいの? 静?」
「ええ。美奈さんがああやってだらけきっているってことは、緊急事態はすぐには起きないってことだから」
「え、そうなの?」
「うん、そうなの。美奈さんはその辺りのところ、自分でよく気づいているのでしょうね。だから、だらしなくもしていられる。すぐにはそんな事態が起きないことがわかっているから」
「へ~、そうなんだ」
「…女の、勘?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
なるほど。
やっぱり、女の勘はすごい。
でも、私にも、女の勘というヤツはある。
「…宗久」
「なんですか、かなり様。私、今、クソ忙しいのですが」
「静に、言えば?」
「はッ!?」
私の代わりにティノが言い、宗久が面食らった顔をする。
「な、なんのことでしょう? ははは…」
「…もう、出会って、数か月。そろそろ、言った方が良い」
「そうだねえ。長いとただのオトモダチ路線もあるって、最近テレビで見たよ」
「なッ!? ぬ、ぬぬぬ…」
「ほら言っちゃえよ~、宗久」
「…言えば、楽になる」
「む、むぅ」
宗久は何かを考えていたようだったが、不意に、エプロンを脱いだ。
「お」
「…お」
「皆さん」
宗久が店のドアを開ける。
「え?」
「…ん?」
「失礼しまーすッ!」
脱兎のごとく、宗久が逃走した。
「あ」
「え、ええと、宗久さん、どうしたのかしら?」
「…へタレ」
「? あら、どうしたの三人して。席、空いてるかしら?」
宗久と入れ替わるように、鈴花がやってくる。鈴花に連れられてきた女性は、鈴花によく似ていた。
「いらっしゃい、鈴花」
「…その人は?」
「ああ、そういえば会ったこと無かったわね。私のお姉様の秋白桜。あたしの自慢のお姉様なの。で、お姉様、こちらは冬峰かなりと冬峰ティノ。私の大事な友人ですわ」
そう言って、鈴花が胸を張る。自分のこと以外であまり自慢しない鈴花にしては、珍しいことだった。
「よろしくお願いいたします」
「うお、めっちゃ綺麗」
「…鈴花比で何倍か、よくわからない」
「それにしても、何かあったの? さっき、泣きながら走っている宗久とすれ違ったのだけれど」
店を見回しながら、鈴花が言う。
「う~ん、割と、いつも通り?」
「…何も、問題ない」
空いたテーブルに着いた二人にグラスを二つ置く。
「いや、問題あるでしょ!?」
鈴花が店を見回す。さっき私達が話している間に、オーダー待ちのお客さんが溜まってきていた。
「…あ」
厨房に宗久がいないのに、どうしよう。
「仕方ないわね、あたしも手伝ってあげるわよ。宗久の代わりに、厨房で良いのよね?」
「さっすが鈴花、話が分かるッ!」
「…大好き」
ティノが抱き着いたので、私も鈴花に抱き着く。
「あ~もう、わかったから、離れる、離れるッ!」
そう言いつつも、鈴花の顔は嫌そうじゃ無かった。
「あの、鈴花さん、私も手伝いますわ」
「いえ、お姉様には、私の作ったパスタをごちそういたしますわ。ごゆっくりなさっていて下さい」
「そうですか? ふふ、なら、楽しみにしておきますわね」
「はい。さぁ、バリバリやるわよ~!」
「あの…」
ドアを遠慮がちに開け、宗久が顔を出す。その手を二人で引いて店内に連れて行く。
「ほら宗久、さっさと仕事に戻る戻る」
「…注文は、私達が取るから」
「はッ!」
宗久が厨房に入っていく。静に何度も頭を下げている宗久が見えた。
「さ、じゃあアタシ達も働くとしますか、姉さん」
「…うん。二人なら、何でも楽しい」
二つの足音。
注文の声に、転ばないように駆けて行った。
野鳥が、止まっていた。
近づくと、野鳥は私に気づき、飛び立つ。
「追い払ったようで、すまなかったな」
飛び立ち、すでにいない野鳥に向かって、声を掛けた。
初春の気まぐれな風で、山の木々の葉が、音を立てながら揺れた。
野鳥の止まっていた石を見る。簡素な墓だった。
二つ。一つはグラ殿のもので、もう一つは―。
「…」
手を合わせる。
いつか、とあの男は言った。
ならば、待つと決めた。
まだ、あの男が死んでから半年も経っていない。
それでも、記憶というものは残酷で、あの男の記憶は、少しずつ薄れていく。
徐々に、あの男の顔もぼやけている。たまに夢に出てきて、起きた時にはっとする時があるのだ。
「忘れる。忘れて、しまう。これが、生きているということなんだよな?」
墓に、問いかける。
「…答えろ。…答えて、くれ。ふざけたお前の、船瀬の声が聞きたいんだ」
返事は無い。
「…ッ! …うぅッ、ううううう~ッ!」
墓にもたれかかり、その上で泣いた。
(初陽さん…)
周りは山だ。
シノしかいない。
他には、誰もいない。
泣いても、いいんだ。
「泣くあんたを、オレは、初めて見た気がするッス」
「!?」
声。
振り向きながら、ナイフを声の主の喉元に付きつける。
「え!? ちょ!? 何でッ!? な、ナイフはしまって下さいッス!?」
泣きながら、目の前で困惑している男に向かって叫んだ。
「お前は、船瀬ではないなッ! 奴がこれほど早く肉体を持つはずがないッ!」
目の前の船瀬は面食らった顔をしていた。その顔を見ると、懐かしさで涙が止まらなくなる。だから、視線を逸らしながら叫んだ。
「さぁ、言えッ! 貴様は何者だ! 誰が変装しているッ! 私を騙すためのクローンか何かかッ!」
「いやいやいや。初陽さん、落ち着いて、ね? ちゃんとオレッスから。あんたを好きな船瀬ッスから!」
「奴の軽薄さまで似せたのか!? そこまでして、私を騙したいのかッ!」
さらにナイフを船瀬の喉元に当てる。切っ先が、少し皮を切ったようだ。血が一筋滴り落ちる。
「ま、待て待て待て、待ってくれッス!? 本当にオレッスから! どうやったら信じてもらえるんスか!?」
「信じるもなにも無いッ! 私を騙して、どうするつもりだッ! 私は決して、お前そっくりの誰かに騙されたりなどしないぞッ!」
「やれやれ、変なとこで強情なんスから…。でも、どうしたら…。ん?」
そこで、船瀬の視線が私のある部分にいく。
「おい、どこを見ている?」
さらに少しだけ切っ先を首筋に押し当てた。
「い、痛い痛い痛いッ!? …いや、失礼を承知で言うんスけど、初陽さん、豊胸か何かしました?」
「!? どどど、どうして、そう思うんだ?」
「いやあ、前別れた時より、明らかに胸があるんスよねえ。前、AAぐらいだったのが、今Cぐらいあるじゃないッスか。アレっスよね、地球に帰って藍様に体を作ってもらった時に、さては初陽さん、胸を―」
「わーッ!」
さらに切っ先を首に押し付ける。
「いーッ!? だ、だから当たってるからーッ!? ほ、ほんとに死ぬっスからーッ!」
「はぁはぁ、お前が、馬鹿なことを言うからだ。しかし…」
自分の肉体が死んだ後のことを知っている。そして、前の私と違うところもわかった。
「…本当に、お前は、船瀬なのか?」
「だから、何度も言ってるじゃないッスか」
「敵が用意したクローンとかではなく?」
「はいッス」
「敵の能力の幻、というわけでもなく?」
「試してみます?」
「何をだ―」
言い切る前に、唇が何かで塞がっていた。
横に払われた手。その手から、ナイフが落ちた。
「幻じゃ、ないッス。オレはずっと、貴方にこうしたかった」
顔を離し言った船瀬が、私を抱きしめる。何が起きたのか、まだよくわからず、船瀬のされるままになっていた。
「はっ!? き、貴様、今、私に何を…!?」
顔が、胸にうずめられる。
案外、胸板が大きいのだな。
そんなことが、何故か頭に浮かんだ。
「嫌だったのなら、謝るッス。でもオレは、貴方に言いたい。言った後なら、オレのことは、あんたが好きなようにすればいい。苦しめるなり、殺すなりを」
「そんなことは…」
船瀬が体を離し、私をじっと見据える。
「柊初陽さん」
「…な、何だ」
「約束を、果たしに来ました。貴方のことを、迎えに。オレと、一緒に生きて下さい」
船瀬の顔を見れなくなって、顔を隠すついでに、抱きついた。
「初陽…?」
「馬鹿。返答など、決まっているだろう」
「え? そ、それじゃ…!」
「…ああ、ずっと、会いたかったんだ。お前に、…船瀬に」
胸から顔を離す。今度は、眼を逸らさずに船瀬の顔が見れた。
「ふふ。お前、顔が真っ赤だぞ?」
「今の初陽にだけは言われたくないッス」
「さりげなく、呼び捨てにしたな?」
「嫌でした?」
「悪くない。少しまだ、苛立ってしまうが」
「斬るのとかは、無しの方向で」
「気分によるな」
「そんなぁ~」
「ふふ…」
船瀬に顔を近づけた。船瀬が顔を傾ける。
唇が、ゆっくりと重なった。
「ん…」
お互い、眼を開けていた。船瀬の眼の中に、私がいた。私の眼の中には、船瀬がいるだろう。
「なぜ、眼を閉じない?」
唇を離して船瀬に聞いた。
「初陽を、ずっと見ていたいッスから。初陽は?」
「眼を離してしまったら、お前が、どこかに行ってしまうような気がするんだ」
「大丈夫ッス。オレは、初陽からもう離れたりしないッスよ」
船瀬が無邪気に笑う。
「そうか。だが、本当にそうかな?」
船瀬の首に回した手に持ったナイフを、船瀬の首筋に付きつける。
「え? あ、あのー、初陽さん? こ、これは、どういうことッスかね?」
「お前が船瀬で、本物なのはよくわかった」
「そ、そうッスよね~。あれれ~、でもおかしいッスね~。なら、なんでまたナイフを俺に向けてるんスかねえ~?」
「さっき、気になることを言っていたな? 『藍様』だったか?」
「!? い、いや~、アレはッスね…」
「ああ、聞こうじゃあないか」
もう片方の手にもナイフを持ち、両手で船瀬の首筋に刃を押し付ける。
「あ、あの、もしかして、初陽さん、本気で怒ってます? え、えーとぉ、事情を説明しますとッスね、一旦、簡単な物質体になれたオレが小春様と藍様に会って、小春様からは物質体から粒子体に戻してもらって、藍様には元のオレの体そっくりの体を作ってもらって、こうして肉体を持って初陽さんの前に現れることが出来たってわけなんスよ」
「ほう、では私に会う前にまず、小春と藍に会った。そして、お前は小春と藍に借りを作り、その結果、様づけで呼んでいるというわけだな?」
「はいッス。さすが初陽ッス。いやあ、飲みこみが早くて助かるッスよ~」
「そうか。それならば、仕方ないな」
「良かったッス。誤解が解けて」
「腕一本で勘弁してやる」
「…あの、初陽さん? 話、聞いてました?」
「大丈夫だ、藍が治してくれる。あ、お前には、『藍様』だったか」
船瀬に微笑み、ナイフを構えた。
「いやァーーーーッ!! マジすんませんしたーーーッァアアア!!」
船瀬の叫びに、木に止まっていた野鳥が一斉に空に羽ばたいた。
最終話にしてようやく船瀬と初陽がどうにかなりました。藍よくやった、でも少し自重して。
次回は本当の最終回。小春+色々な人の後日談(?)です。




