particle25:忘れないよ、絶対に(1)
最終話その一、藍と鈴花の後日談(?)です。あんまり内容は無いです。
秋の終わりに世界を騒がせた巨大隕石の接近も、春の訪れと共に、もう人々の関心から完全に消え去ったようだった。隕石の衝突直後は私達に関するニュースもやっていたが、喜平次さん達が事後処理で動いてくれたらしく、それほど大きな騒ぎにもならなかった。
でも。
(あのままが良かったと思っておられますね。そのお気持ちはよくわかっておりますが、藍殿や皆様のこの星での存在の位置とでもいいましょうか、存在の形を考えまするに、それは大変難しいことであったのだろうと思われます)
クォさんの声が頭に響く。変身していないのにも関わらず、心の中を読まれた。
…わたしって、わかりやすいのかな。
隣で結び地蔵に向かって、何かを祈っている小春ちゃんを見る。その横顔は、いつもの真剣な小春ちゃんの顔だった。
(しかし、皆さん、藍殿にわがままを言い過ぎであったと思います。我儘を言わなかったのは小春殿だけではなかったではないですか)
クォさんが少し気が収まらないというふうに言う。
地球に帰った後、わたしの能力で、元のわたし達それぞれの体を作った。皆それぞれ自分の体だったし、イメージは少し大変だったけど、それほど問題なく作れた。そして、クォさん達の力を借りて物質体から粒子体に戻り、また体へとわたし達自身を戻した。
そうやって前と同じわたしに戻ったが、小春ちゃんとわたし以外は、皆、元の体を作る時に、前とは少し違うイメージでわたしに頼んでいた。
そのことで、クォさんは納得できないらしい。わたしはあまり気にはしていなかった。 誰しも、自分を変えたいというところはあると思う。
わたしは正直、あのままでも良かったんだけど。
(大体、藍殿も藍殿です、貴方はお優しすぎる。いくら仲間うちであっても、何でもかんでも叶えるというのは、違うと思うのですが。いえ、まあ、藍殿が決めたことでありますし、わたくしはもう何も言いませぬが)
「ありがとうございます」
(む、むむむ。ずるいです、藍殿。そう言われてしまえば、わたくしはこれ以上、強く言えないではありませんか)
隣で手を合わせて祈っていた、小春ちゃんがゆっくりと眼を開く。
「何を願ったのか、聞いてもいいかな、小春ちゃん?」
「うん、いいよ。えーとね、皆、仲良くいられたらなあって」
「ふふ、なんだか小春ちゃんらしいね」
(そうね。そして、もっとたくさん、美味しいものを食べたいとも願っていたわね)
「あはは、バレてる?」
(さっきから、お腹が鳴っているもの。小春のお腹は、小春以上に、正直ね)
「お参りは済んだかね?」
八月一日さんが桶と柄杓を持って立っていた。
「あ、八月一日さん」
「いつぞやの。元気にしとるようじゃな。そっちの子が、お主の友達、じゃな」
「はい」
「あの」
小春ちゃんが八月一日さんに向かってお辞儀する。
「私、赤桐小春って言います。藍ちゃんの友達です。勝手にお参りしちゃいましたけど、良かったですか」
「ほっほっほ、構わんよ。しかし、そうかそうか」
「? どうかしましたか?」
「いいや、何でもないんじゃよ。また、お参りに来なさい。地蔵さんも、喜ぶじゃろうて」
「はいッ!」
「あの、八月一日さん」
「ん、何かのう?」
柄杓で水を掬い、それを結び地蔵にかけながら、八月一日さんが言った。
「指輪なんですけど、このまま借りたままでもいいでしょうか?」
指にはめた指輪を見せながら、言う。
「? はて、指輪? 何のことかのう」
「え? でも…」
「すまんのう。最近、物忘れが激しくての。いやあ、年は取りたくないもんじゃ」
そう言って、地蔵に水をかけ続ける八月一日さん。
「そうですか。ありがとうございます。大切に、します」
「そうじゃな、何のことかわからんが、そうした方がいいのう。お地蔵さんも大切にしないとのう。また指が折れるかもしれんしのう」
一度お辞儀をして結び地蔵を小春ちゃんと一緒に後にする。お腹が減った小春ちゃんを連れて、森田さんのお団子屋に行く。
「こんばんは~! おばあちゃん、手伝いに来たよ~!」
「こんばんは」
店に入ると、森田さんが、忙しそうにお団子を焼いていた。わたし達の姿を認めると、笑顔であいさつしてくれる。
「小春ちゃんに藍ちゃんかい。ゆっくりして行っとくれ」
「手伝うよ、おばあちゃん」
「わたしも、手伝います」
「そうかい? なら、少しお願いしようかねえ」
「わかった。何から手伝えばいいかな?」
「そうさねえ、なら、テーブルの上のお客さんが食べ終わった皿を片付けてくれるかい?」
「うん、お安い御用だよ!」
小春ちゃんと一緒に、テーブルのお皿を片付けていく。
一つだけ、まだお団子が乗せられたままのお皿があった。
食べずに、帰ったお客さんだろうか。
わからずに片付けようか迷っていると、そんな様子のわたしに、森田さんが言ってくれた。
「そこは、そのままにしといとくれ」
「あ、はい。お客さん、食べずに一旦席を外しているんですか?」
「いいや、そこの席は、これから来るのさ」
「予約席、ということですか。お皿に乗ったお団子があるということは、もうすぐ、来られるということですよね?」
「どうだろうねえ」
「え?」
お団子の皿が乗った席を見る森田さんの眼は、どこまでも優しい眼をしていた。
「いつ来るかは、わからないよ。だから、いつ来てもいいように、お団子は、いつもあの席に置いてるのさ」
「そうなんですか」
「おばあちゃーん、お客さんから、醤油八本、持ち帰りでッ! 私にも、醤油一本ッ!」
小春ちゃんの声が響く。お腹が、限界を超えてしまったらしい。
「ふふ、森田さん、わたしも、醤油一本、お願いできますか?」
「あいよ、すぐに作ってやるからね」
忙しそうに注文を取る小春ちゃんを見ながら、皿を洗い始めた。
長テーブルに座り、四人で、お茶を楽しむ。
月に一度、こういう日がある。大抵は、お父様かクソババアが企画する。今回はお姉様が企画していた。
「鈴花、成績が伸びていると瀬山から聞いたぞ。頑張っているようだな」
お父様がコーヒーカップを置き、あたしに問いかける。
「はい。最近、お姉様にお勉強を教わっていますの。お姉様ったら、教えるのがとてもお上手ですのよ」
「もう、鈴花さんたら。違いますわ、お父様。鈴花さんは元々賢い方なのです。近頃、私が教えても、果たして鈴花さんの力になっているかどうかも怪しいぐらいですもの」
「そうか。桜も鈴花も、仲良くしているようだな」
お父様の隣のクソババアがあからさまに不快な顔をする。
「くくく、寝取られざまぁ」
(鈴花、本音が出てるよ)
「おっと、いけないわね」
一度咳払いをして、隣のお姉様に聞く。
「…こほん。お姉様、私、日頃お勉強を教えて頂いておりますし、今日は、お姉様に感謝の意味を込めて、私がよく行っているお店にご案内しようと思っていますの。よろしいでしょうか?」
「鈴花さん…。ええ、もちろんですわ」
「なりませんわよ、桜さん」
「? お母様?」
黙り込んでいたクソバ、お母様が口を開く。
「貴方は今日、これから、ヴァイオリンのレッスンがあったはずでしたよね?」
「あ。そういえば、そうでした…」
「いいじゃないか、桔梗。せっかく、姉妹が一緒に遊びに行くと言っているのだ。今日ぐらい、大目に見てやれ」
「いけません、あなた。鈴花さんと関わって、桜さんまで不良になってしまっては、あら、失礼したわ。気にしないで下さいね、鈴花さん」
「…」
かっちーん。
「いいえ、私も、お姉様のことも考えず、無理に誘ってしまい、すみませんでした」
立ち上がる。
「あ、鈴花さん…」
お姉様が戸惑った顔を浮かべる。
「ああ、そうですわ。お母様、せっかくですから、私が肩を御揉みいたしましょう。日頃頑張られているお母様に、私、常日頃からいつも恩返ししたいと考えておりましたの」
お母様に近づき、肩に手を置く。
「結構ですわ。どうせしてもらうのなら、桜さんにしていただきます」
お母様があたしの手を取り、やんわりと拒否する。
「あらら、そうでしたか。そういうことなら、…ルーオ、やりなさい」
(え~、気が進まないけどなぁ)
「いいから、やれ」
(今の冷たい声、ゾクゾクするゥ! あいよ~)
集中。
テーブルの上のスプーン入れがカタカタと音を鳴らした。
「?」
クソババアが異変に気づき、スプーンに顔を近づける。
「ほいっ」
あたしが指を動かすと、同時に、スプーン入れに納まっていたスプーンが、勢いよくクソ女の顔に向かって飛びだす。
「な、なにこれはーァッ! いやあああああーッ!!」
何十本もの銀スプーンが、クソ女の顔に叩きつけられ、鈍い打撃音を響かせる。
苦痛にのた打ち回っているクソ女を見て、戸惑っているお姉様の手を取る。
「さ、行きましょ、お姉様。私の行きつけのお店に、ご案内致しますわ」
「え、でもお母様が…」
「あーんなクソババアのことなんて放っておいて。さ、早く」
強引に手を引っ張る。
「鈴花」
お父様に呼び止められる。
「秋白家、家訓その三(お父様訓示)欲しいものは、自力で手に入れる」
振り向かず、答えた。
「まったくお前は、誰に似たのやら。…行って来い、二人とも。お母さんのことは、俺が何とかしておく」
「ありがとうございます、お父様。では、行って参りますわ」
お父様の苦笑が聞こえた。その声を聞きながら、玄関を後にする。
玄関には、すでに頭を下げた瀬山が、車のドアを開けて待っていた。
「お出かけでございますね」
「見てわからない?」
お姉様と繋がった手を見せて、瀬山に言う。
「桜様」
瀬山が、あたしの言葉に答えず、お姉様に言った。
「良いお姉様でいて下さいませ」
その言葉に、お姉様が優しく微笑み返す。
「はい。もちろんです」
「何言ってるのよ。お姉様は、いつもあたしの立派なお姉様なんだから。ほら、さっさと車を出しなさい」
「はっ」
(鈴花、顔真っ赤だよ)
「うっさい」
窓際の景色が、早く視界から通り過ぎていく。
顔を見られたくなくて、手はつないだまま、窓の外だけを見ていた。




