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particle24:永久の、約束を(2)

「うおおおおおおッ!!」

 何度目だろう。

 重ねた、黒の波動。叩きつけた拳の先の隕石が砕ける。

「はぁ、はぁ…」

 隕石を破壊し続けて、一日経った。ゆかりさんの報告によれば、十分の一は破壊できたという。

 だが、もうあと一日しかない。

 あと一日で全てを破壊するのは、どう考えても不可能だった。

「もう一度ッ!」

(大丈夫、小春ちゃん?)

 藍ちゃんの声に頷く。

「うん、皆は?」

(…大丈夫)

 インカムから、喜平次さんの声が低く響いた。

(小春君、皆、もう無理だ。君達はよくやった。だから、あとは我々に任せて帰ってきてくれ!)

 私達の攻撃で窪んだ隕石を見る。

(…嫌)

 焼石に水だとも、思う。

(はい。ここまで来たら、この隕石を、完全に破壊します)

 でも。

(あと一日。一日ぐらいなら、集中は、持たせてみせるわ)

 諦められない。

(ああ。私達がやらねば、このままこの隕石は地球に衝突してしまうからな)

 ううん、諦めちゃ、いけない。

「私達は、諦めないッ!」

(何故、そこまでする?)

「?」

 幻聴だろうか。隕石に拳を打ちつけながら、叫ぶように答えた。

「守りたいものが、あるんだーッ!」

(それは、何だ?)

 また、幻聴が、聞いてくる。

 守りたいもの。

 人?

 違う。

 人は他の動植物によって生かされている。その動植物だって、地球という星と環境があって、初めて存在できる。

 なら。

 拳を止め、姿無き声に呼びかける。

「『存在』、存在だッ! 私達は、この星を含めたすべての存在を守るために、ここにいるんだッ!」

 黒い虚空に、叫んだ。

 声は、もう聞こえない。

「…」

 やっぱり、幻聴だったのかな。

「ふ。ふはははははははッ!」

「!?」

 後ろを振り向く。

 いない。

「あれ? 確かに今、後ろから、笑い声がしたはずなのに…」

「ふん。やはりお前達は、何か、変だ。だが、それ故に、俺も気に入ってしまったのだろうが、な」

「!?」

 前方に向きなおすと、隕石の上に、見知った人が立っていた。

 無数の懐中時計のついた漆黒のマントを翻した、男の人。

「総統さんッ!?」

 反射的に、構えた。

 だが、攻撃は来ない。

「甘いのだ、お前達は。俺が本気になれば、今、構える前に、お前達は死んでいた。さっきの問答にしても、そうだ」

 総統さんが、マントから懐中時計を一つ掴み、時間を見、投げ捨てた。

「だが、その甘さと、それを超えてゆく強さ故に、惹かれてしまう。俺も、輩も」

 総統さんが口の端を釣り上げる。微笑とも苦笑とも取れる笑みだった。

(何しに来たのよ? また、あたし達にボコボコにされに来たのかしら?)

「ふ、そう警戒するな、アルズヴァイス。俺は、もう一度お前達と戦うつもりは無いのだ」

(ならば、何をしにきたのだ!? 私達を見て、笑いに来たのかッ!)

 総統さんが隕石から飛び、飛んでいる私達と並走する。並走しながら、宇宙を無表情に見つめている。

「この景色は、見飽きたな。輩の中にも、俺と同じように、この真っ暗な空に飽いた者が多くいるだろう」

 総統さんが隕石に触れる。何かを確かめているようにも見えた。

「俺はな、アルズシュバルツ。輩のことだけを思い、ここまで来た。正しさも間違いも、強さも弱さも、その中に飲み込んでな」

 また、総統さんがマントから懐中時計を外し、時間を見た。そして、無表情で懐中時計を握りつぶす。その破片は、風に飛ばされるように、宇宙の彼方に飛び散っていった。

「しかし、もうそろそろ、終わりにしたいとも、思っていた。アルズロート、お前はさっき、存在を守るのだと言った。そう思うお前の心に、嘘は、無いだろうな?」

 総統さんが私を見る。私も総統さんを見据え、無言で頷いた。

「ディアは、お前達を信じた。そしてお前達は、ディアの信頼に応え、俺の力を超えて見せた。ならば俺も、一度だけ、お前達を信じてみることにしよう。お前達人類の想いというヤツを、な」

(それって、まさか…)

「ああ、そうだ、アルズブラウ。我ら輩の力、お前達に貸してやろう」

「えっ!?」

(…総統、良いの?)

「ふ、構わん。お前達に協力したいという輩だけだ」

(でも、総統が言ったなら、皆貸しちゃうだろうけどね~)

 総統さんに問いかけた。

「どうして私達に?」

 総統さんが地球を見つめながら、言った。

「上陸した輩達は、この星を、この星に住まう人間達を愛し始めている。ならば、そこに住まう輩のため、この星を消滅させることなどさせん」

 総統さんがマントを体に被ると、体がマントの中に消える。中身を失った漆黒のマントは、どこへゆくとも知らず、宇宙の漆黒の中に消えて行った。

(俺の悪意で、俺を含めた輩全員を、粒子レベルの物質体にする。それを纏うのだ、アルズシュバルツ)

 総統さんの声が、直接頭に響いた。

「うん、わかりました」

(…よし、良いぞ。やれ、アルズシュバルツ)

 周り。見えないけれど、確かに、ある。

 無数の存在。

 それを纏う、イメージ。

「はいッ。スピンッ!」

 叫ぶ。眩い輝きが、視界全部を埋め尽くした。

「ま、まぶしッ…!?」

 思わず、手で視界を塞ぐ。途中眼を開けたが、眩いままだった。

(これ、いつまで続くのかしら?)

(…輩の数だけ。二十億ぐらいだったと、思う)

(そんなにかッ!?)

(あ、もうすぐ、光が収まるよ、小春ちゃん)

 藍ちゃんの言葉が終わると、光は収まったのを瞼の裏で感じた。

 恐る恐る眼を開けてみる。

「!? うわぁ…!」

 目の前を覆っていた手。漆黒の手袋に、星が瞬いていた。マントを掴んで見てみる。そこにも、巨大な銀河があった。

「すごいすごいッ!」

 帽子を取ってみる。黒い布地に、流れ星が無数に落ちていく。星は落ちて消えるのではなく、跳ね返り布地の中で軌道を変えながら、流れ続けている。

(この星一つ一つが、輩一つ一つの輝き。存在の、光だ)

「そうなんだ。うん、すごく、素敵だよッ!」

 三角帽の流星を見つめていると、総統さんの声が頭に響いた。

(感心している場合ではないぞ、アルズシュバルツ。首の時計を見ろ)

「え?」

 いつの間にか、首に懐中時計がかけられていた。見るに、総統さんのものだろう。短針も長針も、もうすぐ十二時を指そうとしている。

(その時計が十二時を指した時、それが、地球が崩壊する時だ。もうそれほど、時間は無いぞ)

 懐中時計をもう一度見て、隕石の方へ向きなおす。

(小春)

「ん? 何、フェルミ?」

(もう言えなくなるかもしれないから、言っておくわ。私のパートナーでいてくれて、感謝しているの)

「うん。私もだよ」

(あと、食べ過ぎは良くないわね。それに、すぐに何かに首を突っ込んでしまうようなところも)

「あ、あはは。気をつけます」

(それと)

 フェルミが一旦、言葉を切る。

(これからも、私は、貴方以上に、存在し続けるのでしょうね。いつか、貴方とも、お別れする時が来るのかもしれない。いいえ、必ず、来てしまう)

「うん。でもねフェルミ? それは、今じゃないよ」

(クス、そうね。それでも、言っておきたいの。私は、これからも小春以外のパートナーになるつもりは無いわ。例え、貴方がどんな姿になったとしてもね)

「うん、わかった。でもね、フェルミ? 私以外にパートナーになりたい人が、もしフェルミの前に現れて、そしてその人が困っていたのなら、その時は、力を貸してあげて欲しいんだ」

(ふふ。やっぱり、貴方は、小春なのね。約束は、出来ないわよ?)

「うん。私も、無理にフェルミに約束なんて、望んでないよ。でも、覚えてて」

(ええ、小春の言ったことだもの。ちゃんと覚えておくわ)

(あー、藍殿ー)

 クォさんが言いづらそうに言い出す。

(言葉にして欲しい。でも、真剣な言葉を投げかけるのは苦手。それが面倒な性格だと、自分でも気づいているんですよね?)

(これはこれは。いやはや、藍殿には敵いませんな。前の主にも、同じようなことを言われたものです)

(それで、言いたいこととは何でしょうか?)

(はい。藍殿には、我が主として、幸せになって頂きたいと常々思っておりましたので、このせっかくの機会、是非お心に留めて頂きたく、申し上げてみようと愚考いたしまして)

(幸せ、ですか? わたし、今のままでも十分幸せですよ?)

(それはわかっております。わたくしが言いたいことはですね、ええとつまり、お子を御作りになられればいかがということなのです)

(!? なッ!? どういうことですかッ、クォさんッ!?)

(いやはやこれはこれは。不躾でございましたか。謝ります。前の主は子を身ごもっておりましたが、それ故に、わたくしと共にはいられなかったのです)

(そうだったんですか…)

(いえ、藍殿がそのように深刻に受け止められる必要は微塵もないのです。わたくしは、幸せな気持ちを抱いて、母星を旅立ったのですから。ですが、ただ一つ、心残りがありますとすれば、それが、我が主の子を見るということでありまして)

(だから、わたしに、ですか?)

(はい。一度、言っておきたかったのです。このままですと、藍殿は一生、小春殿と…)

(く、クォさんッ!?)

(これはこれは。不躾でしたな。わたくしが言うことは以上でございます)

(も、もうッ…!)

(えっと、要約すると、わたし×鈴花ってことで、おk?)

(あ~、小春の中、あったかいわぁ…)

(わッ、鈴花がわたしみたいにボケて、わたしの言葉を流そうとしてるッ!? レアな鈴花ハァハァ…ッ!)

(ちっ、流してやったっていうのに、めんどくさいわね、あんた)

(何だかんだ言っても、最後はわたしに構ってくれる鈴花、萌え~ッ! ま、それはおいといて)

(何よ? あんたも何か、あたしに言っときたいことでもあるわけ?)

(無いよ♪)

(おい)

(だってねえ、話すことなんて、あんま無いよねえ?)

(まあね。あんたの小言も、もう聞き飽きたし。ま、この際だから、一つ、はっきり言っておくけれど)

(ん? なにかな、鈴花?)

(あんたの定位置は、あたしの衣装ケースの中だから)

(鈴花ヒデェ!? あれ? でも、それってさ…)

(今私、粒子体なのよねぇ~。ふふふ~♪ 永遠の命ゲットォ!)

(うわぁ、鈴花、げす~い…)

(…眠い)

(寝ちゃ駄目だよ、姉さん)

(…静のミルクティー飲めば、眼が覚めるかも)

(なら、さっさと終わらせて、パッパと帰ろう♪)

(…うん。ティノにも、ミルクティー、飲ませたいから)

(姉さん…。ん、アタシも姉さんと一緒に、飲んでみたいな~♪)

 おずおずと言ったトーンでシノちゃんが言う。

(あ、あの、初陽さん…)

(シノ)

(あ、は、はいッ! な、なんですか…?)

(ありがとう。私は、シノがいてくれたおかげで、随分救われたのだと思う。それは、今も)

(初陽さんは、もっと救われていいと思います…。初陽さん)

「ん?」

(探しましょう…)

(…。ああ、言わずとも、わかるぞ。一緒に、いてくれるのか。こんな私に…)

(そんな初陽さんだからこそ、一緒にいたいんです…)

(私自身に、運は無いのだと思っていた。だが、私には、存在と出会う運だけはあるようだ)

(そうですね…。私も、そう思います…)

(この運は、まだ、捨てたくはないな。まだ、この運だけは)

(はい…)

(二人で、帰るぞ。シノには、この運の行きつく果てとやらを、共に見て欲しいんだ)

(はいッ…!)

(お前達、準備は済んだか?)

 総統さんの声が響く。

「はい。いつでもOKですッ!」

(わたしも、準備は大丈夫です)

(空気読むの、うまいわねぇ)

(…総統は、そういう存在)

(覚悟は出来ている。いつでも、いいぞ)

 もう一度、時計を見た。

 もう、一分も無い。

 懐中時計を鎖から引きちぎり、握りつぶした。

 時のしるべは、もういらない。集中に、焦りは余計だから。

「…」

 目の前の隕石に向き直る。今も、高速で地球に向かっている。並走していると、徐々に速度が上がっているのがよくわかった。

 地球に衝突なんて、絶対にさせない。

(守る想いを、破壊の力に! 全輩よッ! この星に住まう同じ輩のため、一時、その力、俺に預けてくれッ!)

 総統さんが叫ぶと、衣服に煌めいた星たちが、ざわめくように光を増していく。

 見とれそうになるのを振り払い、集中を高めた。

「くらえーッ!!」

 目の前の隕石に向かって、叫ぶ。

「右手に宿す、臙脂えんじの波動ッ!」

(右手に秘める、秘色ひしょくの波動!)

(右手に煌めく、白銀しろがねの波動ッ!」

(…右手に灯す、山吹やまぶきの波動)

(右手に芽吹く、若葉わかばの波動!」

 五色の粒子が右手に集まり、黒へと変わる。

「右手に重ねる、五色の波動ッ!」

 布地に煌めく星。それが左手の手に集約し、手袋が淡く、しかし激しく光をあげた。

(左手に重ねる、億閃の波動ッ!)

 総統さんの声が響く。

 黒い粒子と光の粒子。右の掌と左の掌を重ねる。その間に、膨大なエネルギーが生まれた。

「両手で放つッ、銀河の波動ッ! ガラッスィア・フィニッツァーッ!(星屑の終撃)」

 手の中に生まれたそれを、目の前の隕石に向けて放つ。手の平から放射状に放たれたそれは、隕石を飲み込み、さらに拡大した。

「くうッ…!」

 反動で、吹き飛ばされる。どうにか体勢を立て直すと、狂ったような光の帯は消えていた。

 辺りが静寂に包まれる。いつまでも続くかと思われたそれは、総統さんによって破られた。

(ふ。隕石は、光と共に消えたようだな)

 周りを見回す。さっきまで視界いっぱいに広がっていた巨石の影は、もうどこにも無い。

(皆、よくやったッ! 隕石は、完全に消滅したぞッ!)

 インカムから喜平次さんの叫ぶような声が聞こえた。

(ははは…、やった、のか? 私達は)

(そうみたいですね。うまくいって良かったです)

「やったあッ!」

 漆黒の中の星達が一度、大きく瞬き、衣服から消えた。

「? 総統さん?」

 虚空に呼び掛ける。

(輩は、守られた。約束は、違えるなよ)

 総統さんの声が、少し遠くから聞こえた。

「はい。力を貸してくれて、ありがとうございました」

 虚空に向けてお辞儀する。

(輩のことだ、至極当たり前のことをした。ただ、それだけのことだ。ああ、そうだな、アルズシュバルツ。お前達には、一つ言っておくことがある)

「? はい、何ですか?」

(俺達は、また銀河を巡る旅に出る。輩には、やはり支配を是とする者達が多くいる。その輩のためにも、俺は、また未開の惑星を開拓する必要性を感じた。そうなると、俺は、この星に住むことを決めた輩を置いてゆくことになる)

「支配は、駄目ですよ」

(ふ。その辺りは、今回のことで、少し学んだ。次は、もっとうまくやってみせよう。まあ、お前達がそれを見ることは、決して無いのだろうがな。さっきも言ったが、俺は、この星に輩を残していく。お前達はさっき、『存在を守る』と言った。それは、輩も等しく、ということだな?)

「はい。人も輩も、存在に優劣はありません。私は、そう思うんです」

(ふ、そうか。ならば、安心して、お前達に残していく輩を任せることが出来る。もし、残された輩をいたずらに傷つけるようなことがあれば、俺はまた、この星を支配するために戻ってくる。そんなことは、させるな)

「わかりました」

(ではな、もう会うこともあるまい)

 総統さんの声がさらに遠くなる。

「あ、総統さん」

 その声のする方へ呼びかける。

(ん? 何だ、アルズシュバルツ)

「総統さんは、総統さんなんですか?」

(? どういうことだ?)

「いえ、総統さんは、輩の人達に名前を付けたんですよね?」

(ああ、そうだが?)

「総統さんの名前は、無いんですか?」

 見えないが、総統さんがかすかに笑った気がした。

(ふ、俺には、名前など必要ないのだよ、アルズロート。母星を出た時、名前は捨てた。俺は、輩を導く存在だ。それこそが俺の存在する意味であり、名前だ。これという名前など、いらないし必要も無いのだよ)

「でも、名前が無いと困ると思います。私、総統さんに名前を付けてもいいですか?」

(確か、お前は望月にも名前を聞いたな。そんなに、名前が気になるのか?)

「はい。名前って、大事だと思うんです。その人を呼ぶのも、名前じゃないと、何だか味気ないし」

(ふ、勝手にすれば良い。俺は、別に止めはしない)

「あ、なら、良いってことですよね! うんと、それなら、総統さんの名前は、『クレアート』。どうですか?」

(クレアート。悪くは、無いな。そうか、クレアート、か)

 案外、気に入ってくれたのかな? 

 そうだったらいいな。

(そろそろ、行かねばな。約束は、果たすのだぞ? 人間よ)

「はい。まだ、色々あると思うけど、クレアートさんが戻ってこなくてもいいよう、地球はちゃんと私達で良い星にしてみせます」

(ふ、期待はせん。だが、望みはしよう。この星の輩を、…娘を、頼む)

 別れの合図は、何も無かった。見えないのだ。見えないようにこの星に来て、また見えないように、この星を去っていった。

(…これで、全部終わったのかな?)

「ううん、多分、違うよ藍ちゃん」

(? どういうことかな?)

「始まりなんだと思う。何故か、そう思うんだ」

(小春ちゃん…)

(あ~、疲れた~ッ! 小春、さっさと帰るわよ)

 鈴花さんが、すでに地球へと進路を取って能力を発動する準備を終えていた。

「はいッ、帰りましょう! 待っている人達のところへ!」

 地球に向けて、全速力で飛び出した。

粒子少女、これにて完!

…でも良いのですが、後日談的な話がもう少しだけあります。

次話が最終話、もう少しだけお付き合い下さい。

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