particle3:支えたいと、強く願うのは(1)
飛澤に呼ばれた。どこかに案内するらしい。
だろうと思ったが、飛澤は来ず、飛澤の部下に車に乗せられる。車は街中を抜け、山道を一時間ほど走った。水トには部下の訓練を命じてある。
数日前の戦闘に想いを馳せていると、車が止まった。
「こちらでございます、東裏様。私は、ここで待っておりますので」
大きな朱塗りの鳥居が、いくつも並んで続いている。その先には、屋敷ほどの大きさの建物が見えた。
歩く。良く見てみると、鳥居に、何かの名前が掘られている。
「企業と、個人名もあるな」
まだまだ人間の世界には疎いが、それでも、知っている名前も多くある。おそらく、寄付をした団体や個人だろう。
「如月教、か」
朱塗りの鳥居に張られている札。如月教と書かれている。それが、無数に鳥居に張られており、何とも不気味な様相を醸し出している。
何のために飛澤がここに私を案内したかったのか、わからなかった。あの男には、そういうところがある。何かを、隠す性癖だ。
「今度、水ト辺りに探らせてみた方が良いかもしれないな」
中立派と言ったが、それは、どうにでも変わるということでもあった。
屋敷の前に着く。門の傍に、二人の守衛らしき男が立っていた。
「東裏と言う。飛澤という男から、案内を受けてきたのだが」
「東裏様ですね。承っております。さあ、こちらへ。教主様がお待ちです」
屋敷にあげられる。嫌な予感がしてきたが、どうにでもなれという気分にもなってきている。
長い渡り廊下を歩き、拝殿に入る。中は、きつい香の匂いが立ち込めていた。
「待っておったぞ。私が、如月教の教主、如月じゃ」
拝殿には、仏像もあり、西洋風の像もあった。その中に、やたらリアルな美形の像がある。
その中心で、芝居がかった口調の、中年の男がいた。ずんぐりむっくりで、片膝をついて、退屈そうにこちらを見ている。やたらリアルで美形な像は、この男をまねたものらしい。ほんの少しだけ、似ているといえば、似ていた。
「こら、何を黙っておる。座って、名を申せ」
二人の女の信者が、両脇で、優雅な仕草で如月に団扇で風邪を送っている。山の中で、それほど暑くもないのに、部屋には冷房が入れられ、如月はじんわりと汗をかいていた。
あまり、あいさつしたくない男だ。
「飛澤から案内されて、ここに来た、東裏だ。さっそくだが、私をここに呼んだ用件を聞きたい」
「せっかちじゃのう。森部」
そう言うと、従者が菓子と茶を運んでくる。茶を一口飲むと、おいしいが、金の味がした。
「まあ、悪くないな」
「じゃろう? その茶も菓子も、わが信仰の寄付金で買ったのじゃ。おいしかろうおいしかろう」
吐き出したくなったが、我慢した。
「それで、私がここに案内された理由は?」
幾分、如月が苦い顔をしつつ口を開く。
「数日前の市街戦のことでのう」
それで、だいたいのことは掴めた。
「なるほど。犠牲は少なくなかった。悪獣の運用は、試験的なものだったが、悪くはなかった。こんなところだが」
「そなたの首をすげ変えることも、やぶさかではないぞ?」
飛澤より、ずっと面倒な相手のようだ。
「それはいいが、総統が何とおっしゃられるだろうな。私は、総統から、この役目を任されたのだ。そこのところを、忘れないでもらいたい」
「声は、もう聞こえぬのに、か?」
上陸すれば、全体から、個へと引き離される。
「わしは、総統のお声が聞こえる。であるから、如月教などをやっておる。それで、やりたくもないが、穏健派の代表などということもやっておる。穏健派から生まれた金や人を、お主達過激派にも流しておる。すべては、輩のために」
半分以上が疑わしいが、クリティカルな事実もある。
「資金のことについては、感謝している。今日、私をここに呼んだのは、先日の作戦の査問のためか?」
「いや、今までの話は、単なる世間話じゃ」
世間話が、時に何かを為すこともある。思っているだけで、言わなかった。
「そして、これからの話も、単なるあいさつじゃ」
ニコォ、と、一見すると穏やかな顔を、如月が笑顔に歪ませる。
「私に、何か頼みが?」
「あいさつと言ったじゃろう。今日、わしとお主が会った。めでたい。ただ、それだけじゃ。森部」
呼ばれた従者が、菓子折りを渡す。断ろうと思ったが、如月の顔は、それを拒否していた。
「頂こう。では、これで失礼する」
立ち、退出する。あまり、愉快な気分ではなかった。
アジトに戻る。水トが、出迎えに来ていた。
「どうかしましたか? 眉が吊り上っていますが?」
「穏健派の代表と会ってきた」
「飛澤の案内とは、それしでたか。どんな方でしたか?」
「納豆が腐ったようなヤツだ」
「はあ」
水トが、いまいちわからない、といった顔をする。
「それより、訓練の方はどうだ?」
「順調です。この前の作戦で、犠牲が出てしまったのは悔しいですが、輩を倒した人間がいることもわかりましたし。なにより、実戦を経験して、同志はより闘志を高ぶらせております」
「ならいい」
「あと…」
「どうした?」
「はい。なんか、変なヤツが来たんです。うるさかったので、とりあえず今はただ走らせているだけですが」
「うるさい?」
「はい。俺は見たんだ! だのなんだのと喚いて、変なヤツでした」
「会ってみよう」
「会うんですか?」
水トが意外なものを見るように、私を見た。
「納豆よりはマシだろう。案内しろ」
水トの案内で、その男がいる部屋に入る。
「おおれえは~、みいいたぁ~、ぜぇぜぇ」
大声で歌いながら、ルームランナーの上を走る男がいた。
こめかみを指でいじる。
「あっ。貴方は隊長さんですねぇ! オレ、ぜぇぜぇ、船瀬って言いますッ! 今日、こっちにぃッ、ぜぇぜぇ、配属にッ!」
「いいから降りろ」
船瀬がルームランナーから降り、敬礼する。
「今日からこの部隊に配属になりました、船瀬ですッ!」
「聞いた。お前が見たと言ったことを聞こう」
「さっすが隊長ッ! 話がわかるッ!」
「話の次第では、お前は、便所掃除から始めさせる」
「…うわあォ。いつの間にか、ハードル上がってるゥ」
十分うるさいが、幾分声のトーンを落としつつ、船瀬がしゃべりだす。
「オレ、先日の隊長たちの作戦の時、偶然自然公園にいたんス。で、林の陰から見てたんんスけど…」
船瀬の話を聞く。
「隊長、これは…!?」
「ああ、やってみる価値はある。次の作戦は、これを軸に組み立ててみよう。船瀬」
「はいィッ!」
「良かったな。便所掃除は、お前の仕事ではないようだ。それと、お前を、偵察隊に任命する。その眼は、現場で活かせ」
「了解ッス。不肖船瀬、同志のために全力を尽くしまっス!」
「お前、他はてんで駄目だもんな」
知らない間に、何かテストをやっていたらしい。水トが、ほっとした表情を浮かべている。気にしていたのだろう。
「よし、では準備にかかれ」
「はっ!」
「最近、近所が何かと騒がしいです。帰る時は…」
先生が、何か話している。隣の小春ちゃんを見ると、何かメモを取っていた。
数日前、小春ちゃんと会った。小春ちゃんは何かの道着のようなものを着ていた。それが光に包まれると、服が変わっていた。
あれは、なんだったんだろう?
あの後、用事があるからと言って、小春ちゃんはどこかに行ってしまった。次の日に聞いてみようとしたが、普段と何も変わらないいつも通りの小春ちゃんを見て、聞くのが躊躇われた。
何か、聞いてはいけないような気がしたのだ。
「では、気を付けて帰るように」
「起立、礼」
初月一日さんの言葉を思い出す。
そうだ。
待っていたって、仕方ない。
動かないと。
「あ、あのね、小春ちゃん!」
「藍ちゃん? どうしたの?」
「あの、その…」
言いづらい。
「うん」
「ちょっと、時間、…いいかな?」
「? 私に、何か相談? いいよ」
時間をかけて、言葉を探す。小春ちゃんはその間、じっと待っていてくれた。
「この前のこと、なんだけど」
小春ちゃんが苦笑いする。多分、何のことかわかっている顔だった。
「ええとね、あれは…」
「この前言ってた、人助け、だよね?」
「うん、そうなんだ」
頬をかきながら、小春ちゃんは困ったような顔をする。
そんな顔が、見たいわけじゃないのに。
「言えなくて、ごめんね。でも、危ないこともあるし、言っちゃうと、藍ちゃんを危険な目に巻き込んじゃうって思ったから」
「どうして」
「え?」
「いいんだよ」
「藍ちゃん…?」
「巻き込んで、欲しかったんだよッ…!」
「ごめん」
こんなことが、言いたいわけじゃなかった。でも、一度出した言葉は、うねりを伴って、口から出ていく。
「どうして? わたし、そんなに頼りないかな? 小春ちゃんにとって、わたしは、ただの守られる存在でしかないのかな?」
「そんなことない! 藍ちゃんは、私の大切な友達だよ! だから、守ってあげたい! ううん、守りたいの!」
嬉しかった。でも、同じくらい、悲しかった。
「ッ…! 小春ちゃんのッ、ばかああああああああッ!!」
駆けだす。一刻も早く、この場から逃げ出したかった。
駆けた。校内を、馬鹿みたいに駆けた。廊下を駆け、階段を駆け、角を曲がった。
「痛っ!」
目の前に、尻餅をついた女の子がいた。どうやら、ぶつかってしまったらしい。
「大丈夫ですか、鈴花様っ!?」
傍らにいた二人の女の子が、尻餅をついた女の子に手を差し出す。その手を取りながら、女の子はゆっくりと立ち上がった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「気にしておりませんわ。貴方の方こそ、怪我はない?」
綺麗な女の子だった。その子は、優雅な仕草で、ポケットからハンカチを出すと、私に差し出した。
「これで、涙をお拭きなさい。せっかくのお顔が、台無しですわよ?」
そう言うと、女の子は私の頬を軽く拭い、手にハンカチを握らせる。
「あの、これ…」
「差し上げますわ。貴方に、早く笑顔が戻るように。急いでおりますので、これで失礼致します。ごきげんよう」
女の子が、滑らかな動きで、歩いていく。
「あ、待って下さいよ、鈴花様~!!」
呆然とし、我に返って、後ろを振り返る。
小春ちゃんの姿は無い。
追いかけてきてほしかった。そして、追いかけてきてくれなくて、ほっともしていた。
「……」
手の中のハンカチ。
眼を乱暴に拭いて、また駆けだした。
藍ちゃんの顔。
泣いていた。
泣かせるつもりは、無かった。
すぐに、追いかけたかった。
でも、追いかけて、何を言えばいいか、わからなかった。
ごめんなさい、じゃ、駄目だ。
なら、手伝って?
駄目。
それでも、藍ちゃんは、巻き込めない。
友達を、危険な目に合わせたくない。
どうしたらいいか、わからなかった。
「!?」
右。手が来る。捌ききれずに、道着の端を捕まえられる。
ぐるんと視界が反転し、床に叩きつけられた。
「いてて…」
「ぼーっとしすぎだ。なんだ、ついに男でも出来たか?」
首をこきこき鳴らしながら、輝さんが言った。
「弥生ちゃんにも、同じことが言えますか、輝さん?」
「何ッ!? 弥生に男だとッ!? そんなもの、十万年早いッ! そして、輝さんじゃなく師範と呼べ」
その場で逆立ちしながら、輝さんは答える。道場は、いつもと変わらない掛け声が響いていて、床に耳を澄ませていると、それがいっそうよく聞こえた。
「それで、どうした? 友達と喧嘩でもしたか?」
思いきり体操のお兄さんという風な顔をしているが、こういうところは、輝さんは意外に鋭い。
「まあ、そんなとこ」
私も隣で逆立ちをしながら、答える。
「男の場合、殴り合えば何とかなるもんだが、女の場合は、そうもいかないからなあ」
「出来ないよ。そういう子じゃないし」
「だいたいお前が悪い」
「え?」
輝さんが逆立ちを止め、畳に胡坐をかく。
「そういう気持ちでいろ。お前が良いヤツなのは、俺が知ってる。大方、良いヤツすぎて、相手が引いちまったんだろ。お前は、自分で何でもやろうとする。そういうところは、ややもすれば自分勝手で我儘なようにも見えるんだよ。相手は、お前に頼ってもらいたいんだ」
「でも、それじゃ、駄目だよ。私、友達に、迷惑かけたくない」
「小春」
胡坐をかいていた輝さんが立ち上がる。
「もう一度、稽古をつけてやる」
構えた。輝さんは、ただ立っている。それでも、踏み込めない。
一度、気勢を上げた。駆けだす。
右の拳。渾身の一撃を、叩きこんだ。
「がっ…!」
息が、出来ない。
鳩尾に、拳をもらっていた。
「ごほっ、ごほっ…!」
「俺を倒せない。そんな奴が、迷惑だの何だのと言うな。俺は弱いが、お前よりは強い。この道場には俺しかいないが、お前を倒せるヤツなんて、その辺にはゴロゴロいる。一人で喧嘩をして、負けたらどうする? 相手によっちゃ、お前は、そこで死ぬぞ」
「なら、もっと強くなるよ」
「お前がどれだけ強くなろうが、お前ひとりの強さなんて、たかが知れている。相手が百人だったら? それが、銃でも持っていれば、お前は死ぬのだろうな」
「……」
「自分だけじゃなく、もっと相手を信じてみろよ。そんで、迷惑もかけてみろ。案外、それも悪くないぞ」
輝さんが、ぼりぼりと頭をかいた。決まりが悪くなるとする輝さんのくせで、思わず笑ってしまう。
「うん。ありがとう、輝さん。私、やってみるよ」
「だから、師範だってーの」
もうすぐ三十路で、その口調はどうなのかと、ちょっと思った。
キャラが多くなってきました。
忘れないか、心配です。