particle23:重ねて、信じて(4)
総統さんを向いたまま、構えていた。
そうしながら、揺れたままの心の振れ幅を、ゆっくりといつもの私に戻していく。
(良い調子よ、小春。あんなことがあった後だけれど、ちゃんと立て直せてきてるわ)
「うん。でも、フェルミが戻ってきてくれて、ううん、フェルミとまた出会えて、本当に良かったよ」
(その点は、かなりに感謝することね。もっとも、総統を無事に倒せたらの話だけれど)
「戦うことは、決めたよ。でも、本当に戦うことが、正しい答えなのかな?」
(そんなことを言っていられるほど、総統は甘い相手ではないわね)
「そっか」
(皆もまだ本調子じゃないようだし、気を付けるのよ)
「うん、わかってる。でも」
(貴方の言いたいことは、よくわかるわ)
総統さんを見る。
敵意はあるが、それと別なものも、その眼差しには見えた。
「なんだろう、あの眼。不思議な感じ。なんて言えばいいのかな」
(多分、私が小春に持つ気持ちと同じものを、総統は今、感じているのだと思うわ)
「同じ、こと…?」
総統さんを見る。その口が開いた。
「俺が断ち切った時間子を超え、元いた時に辿りついた、か。ふ、ふははははッ、良い、実に良いぞッ、素晴らしい絆だッ! お前達のその結びつき、実に良いものを見せてもらったッ!」
笑みを浮かべていた総統さんの顔に、不意に影が差した。
「そして、お前達のように繋がりを大事にした者達がいれば、輩は、はじき出されることも無かったのだろうな」
「それなんですけど、一つ疑問があります。総統さんは、時の流れを変える能力を持っているんですよね? なら、事態がおかしくなる前に戻って、事態がおかしくならないようにすれば良いと思うんです。どうして、それをしなかったのですか?」
「しようとしなかったと、思うのか?」
藍ちゃんの尋ねた問いに、総統さんが正面から藍ちゃんを見据える。
「? どういうことですか?」
「俺は、何度も、それをしようとしたのだ。そしてその度に、輩から止められた」
「どうして?」
「移民計画をするところまで時を遡り、その原因を根絶する。やろうと思えば、それは出来た。だが、それをしてしまえば、輩は、輩で無くなってしまうのだ」
初陽さんが聞いた。
「? 何故だ?」
傍にいたかなりちゃんが口を開く。
「…輩という存在。例え同じ姿形をしていても、漂泊の日々を過ごした記憶を持った存在と、母星で平穏な日々を送ったであろう存在は、全く別の存在」
フェルミが続ける。
(時の流れを変えてしまうということは、今の輩の存在を、今の自分自身という存在を、否定してしまうことになるわ。それは、存在としての死を意味する。私達は、自分自身を、この長い銀河の旅路を、なかったことには、したくなかったのよ)
(辛く、苦しい旅だったけどね。でも、嬉しいことだってあった。わたしが、鈴花に会えたように)
(私達は、マイナスをゼロに戻したいんじゃあありません…。マイナスから、プラスに跳びたいんです…)
(それゆえに、総統の申し出を、輩の大半は断ったのです)
(ま、そうじゃないのは、どっか行っちゃったんだけどさ)
フェルミ達の言葉に、総統さんが言葉を続けた。
「そういうことだ。俺は、輩の意志を尊重したい。移民計画は、あった。それに伴う痛み、悲しみも、確かに、あった。その上で、今こそ喜びを、輩は享受すべきだ」
「それで、人間の支配? ふん、そんなの、あんたの身勝手な理屈じゃない」
「配慮は、しよう。お前達を見れば、案外人間も、ただ家畜にするには惜しいと思える」
でもそれだってきっと、全員じゃあない。
それじゃあ、駄目なんだ。
「どうしても、人を支配するというのなら、私は、私の全力を持って、あなたを倒しますッ!」
総統さんの姿が、不意にぶれ始めた。
「まずいッ、また、時を飛ばれるッ! セデーレ・マッジョラッツィオーネ!(緑道の重在撃)」
「殺すには、忍びなかった。だが、俺の能力をも、超えて見せた。お前達は、我らの繁栄には危険すぎる存在だ。俺はどんな手段を使ってでも、輩を、繁栄へと導かねばならん。残念だが、お前達には、ここで死んでもらうッ!」
「小春ちゃん、初陽さんの能力の切れ目に合わせてッ!」
「わかった!」
体は、まだ動かない。一瞬。勝負はそこだろう。
総統さんが飛ぶ。私が、総統さんに攻撃を当てる。そのどちらが速いかだ。
初陽さんの呼吸。動き出しは、能力解除後すぐ。
「限界だ! 頼むッ、小春!」
声と同時に、体が軽くなる。総統さんに向かって、駆けた。
「うおおおおッ! ローズレッド、マーレモートッ(紅血の波撃)!」
動けない間に限界まで高めた、私のイメージ。
それを、総統さんに叩きつけるッ。
「ぐおおおおおッ!?」
総統さんが光になって消えていく。
「はぁ、はぁ…」
「やったかッ!?」
拳に、確かに当てた感触はあった。
「小春ちゃん、大丈夫?」
「あ、あはは。大丈夫。念入りに集中しちゃって、少し疲れちゃったみたい」
「そう。じゃあ、その疲れ、わたしが…」
頬に、何かが勢いよく飛び散った。
べたついたそれを、手で拭う。
赤だ。
自分の体を見た。
痛みは、無い。
外傷も、無かった。
もたれかかってきた藍ちゃんを受け止める。
背中が、抉り取られ、空洞になっていた。
「なッー!?」
(藍殿ッ!)
「アルズブラウ、さすがに、用心深いな。まさか、予備の心臓を四つも用意しているとは思わなかったぞ」
藍ちゃんのすぐ傍に立った総統さんの姿がまたぶれ始める。かなりちゃんが弾丸を撃ったが、それが届く前に、総統さんの姿は、また形無く消えた。
「藍ちゃんッ!」
呼びかける。変身が自動的に解かれた。
返事は、無い。
「…治すことのできる藍を、始めに倒した。総統は、本気なんだ」
「え? え? 大丈夫、なんだよね? 藍ちゃんは、治るんだよね?」
かなりちゃんが、力なく首を振る。
「…心臓が、抉られてる。この傷を完全に治すことが出来るのは、傷を受けた藍本人だけ」
「そんなッ! そんなのって!」
「何が起きたの、かなり?」
今まで見たこともないくらい悲痛な顔をした鈴花さんが、かなりちゃんに聞く。
「…小春の攻撃は、総統に当たった。でも、完全に倒すことは出来なかった」
かなりちゃんの言葉に、今度は初陽さんがいぶかしい表情を浮かべた。
「そして再生され、時を、飛ばれたか。だが、時間子を断ち切っても、もう無駄なはずだ。何度断ち切られようとも、私達は、同じ時の流れに戻れるのだからな」
「…総統は、時間子を断ち切ることを止めた。その代わり…」
「何をしたっていうの?」
「…数瞬前の過去から、私達を直接攻撃し始めた。ほんの一瞬前だから、気づいた時にはもう遅くて、攻撃を受けた瞬間に、ようやく攻撃されたのだとわかるほどの瞬間の時間。そこから、総統は私達に攻撃してきてる」
「なっ!? そんなもの、どうやって対処すればいいんだ!?」
「攻撃と攻撃の間、総統ってヤツが過去に飛ぼうとするその瞬間に攻撃を当てる。それしかないわね。ほら、小春、藍のことは置いておいて、集中するのよ。多分、総統を倒せるのは、あんただけなんだから」
鈴花さんに手を取られる。その手を、振り払った。
「藍ちゃんのことはどうでも良いっていうんですか!」
頬に、痛みが走る。打たれていた。
「どうでもいいわけないでしょ! でも、あんたには、今あんたにしか出来ないことがあるッ! それを投げ出してまで泣いていたいというのなら、あたしは止めないッ! でも、それで藍は報われると思う!? そんなあんたに、藍は笑いかけてくれると思うのッ!?」
「ッ…!」
鈴花さんが空中へ飛び、能力で鉄柱を無造作に引き抜き、私と藍ちゃんを覆うように並べた。
「…これで、しばらくあんた達への攻撃は来ないでしょ。気の済むまで、そこで泣いていればいい―」
瞬間、鈴花さんの胸から鮮血が吹き出し、ゆっくりと鈴花さんが空から落ちていく。
「鈴花さんッ!?」
(す、鈴花ッ…?)
「クス。…まったく、世話が焼けるんだから」
変身が解かれ、地面に倒れた鈴花さんは、そのまま動かない。
(いやッ、いやあああああああーッ!! 鈴花ーッ!!!)
「障害物で、アルズロートへの俺の攻撃の方向を限定させたか。だがこれで、アルズヴァイスも倒した」
「貴様ァアアッ! セデーレ・マッジョラッツィオーネ!(緑道の重在撃)」
現れた総統さんの影が、またぶれた。その影を、緑の粒子が包み込む。
「小春、聞けッ!」
「? 初陽さん…?」
「全身に粒子を纏わせろッ! それなら、小春の集中が持つ限りは、総統は過去からであっても、小春に攻撃することは出来ないッ!」
「でも、藍ちゃんと鈴花さんが…」
「藍も鈴花も、小春に託したのだッ! 私も、託そうッ!」
緑の粒子が解かれ、総統さんへ飛びかかる初陽さん。そのナイフは、あとわずかのところで、何もない虚空を切り裂いた。
「くッ! …がはッ!」
同時に、初陽さんが口から血を吐き出す。胸が、貫かれていた。
(初陽さん…。そん、な…)
「…確かに、託したぞ」
何を託されたか、暗い気持でも、理解は出来た。
そして、間に合った。
「粒子を、その身に宿させた、か。アルズブラウの次は、お前を倒すつもりだったが、思わぬ邪魔が立て続けに入ってしまったな。まあ、いい。遅かれ早かれ、結果は変わらぬ」
殴り掛かろうとしたが、その気配を感じてか、総統さんが飛びずさった。その像がぶれ、また消えた。
「…小春」
「かなりちゃん」
傍にきたかなりちゃんが、藍ちゃん、初陽さん、鈴花さんを指さしながら、言う。
「…皆を、一か所に」
「集めるの? どうして?」
「…次元移動中。もう、詳しく話してる時間も無い。要点は、喜平次に言ってあるから。多分、小春なら出来る。私は、そう信じてる。小春も、私達を、信じて」
「かなりちゃん?」
「…信じてるから」
言い終わった瞬間、かなりちゃんの頭が肉塊となって弾けた。頭部を失ったかなりちゃんの体は、それでも立っていたが、やがて、ゆっくりと倒れた。
「ッ! くっそおおおおおおおおッ!!」
「同じ輩を殺すのは、どうしようもなく、悲しいものだな。例えそれが、目的のためだろうと、また粒子体に戻るのだと考えてもな」
総統さんが、倒れたかなりちゃんの体を傍らに見ながら、言った。
「皆をッ、よくもッ!!」
私が睨みつけると、総統さんは、諦念を湛えた顔で私を見据え無感情な声で答えた。
「皆、こうなることを、覚悟していたのだと思うぞ? アルズロート、お前だけが、何か一つ、覚悟が足りていなかった。失わずに得られるものなど、この銀河には、何一つ無い」
ここで切ったらバッド(略)
まだ終わりません、念のため。




