particle22:一緒に、歩こう(2)
やっぱり、強い。
前に小春と戦った時も思ったけど、小春のあの能力は本人の意思次第で絶対的な破壊力と防御力を持つ。欠点は、体からしか粒子を出せない点と、それによる、攻撃射程の短さぐらいだった。
その欠点をつきながら、三人で引きまわしている。決定的な瞬間が訪れるまでの、時間稼ぎだった。小春本人なら、どこかで集中が切れ、すでに隙が出来ているだろう。
今のところ、そんな瞬間は一度も無い。集中を延々と続けている。そうやって、体の表面に粒子を張り巡らせている。それで、攻撃を当てられない。逆に、直接触れられれば消し飛ぶ。距離を取りながら戦うしかなかった。
「くッ…! セデーレ・リドゥツィオーネ(緑道の軽在撃)!」
危ないと思った瞬間、初陽が能力で加速し、小春の拳をギリギリのところで避けた。ナイフと飛刀しか使えない初陽は、小春と接近することが最も多い。危ない部分も、何度かあった。
私も危ない時は次元移動で避けているものの、時間切れに合わせられて、一度攻撃をもらってしまった。すぐ離れたから腕一本消し飛んだだけで済んだけど、離れるのがあと少し遅ければ、全身を分解されていただろう。
「小春相手だと、手加減しなくていいから、助かるわ」
(鈴花の、ゲス~)
「うっせ」
鈴花が切れた電線を磁力で鞭のようにしならせながら操っていた。当てると言うよりも、注意を逸らしている。本人は射程外の上空から余裕の笑みだった。
(決め手がないね~、姉さん)
「…攻撃は、全て無駄。撹乱するしか、今は手が無い」
(アタシに、手はないんだけどね~)
「…私は、さっき小春に手を消された」
(そうだよね~。そろそろこっちも消耗してきたし、何か手を考えないといけないね)
「…小春は、消耗してない」
(それなんだけどさ、多分アレ、小春の悪獣じゃない? 何か粒子黒いし)
「…かなり、そう思う」
(あ、今のは名前と、どれくらいそう思うのかをかけて)
「…ティノ、わざわざ解説しなくていい」
(え~、言ったの姉さんじゃん!?)
「…今のところ、攻撃対象は私達だけ」
(そうだね。どうしてだろう? 攻撃で物体は消してるけど、他の人は消してないし)
「…やっぱり、小春は小春」
(そうみたいだね。 !? 姉さん、下ッ!)
「…? !?」
私の足元の地面から、小春が勢いよく飛び出してくる。小春の体が、私の体をすり抜けていく。
危なかった。あと一瞬、次元移動が遅れていたら、攻撃を喰らっていた。
地面からくるあの攻撃は、かわしきれない。いずれ、当たる。そして、小春の姿がまた消えている。潜っているのだろう。
まずい。
「…初陽、高いところへ」
「わかっている。!?」
初陽。その周りの地面から、赤い粒子が迸る。次の瞬間、初陽のいる地面が空洞になった。
「くッ!」
初陽が体勢を崩し、穴の中に落ちていく。穴の先には小春がいるだろう。鈴花が向かっているが、間に合わない。
影が走った。落下していく初陽の手を握り、大空へと上昇していく。
その姿はーー。
「なぁ!? あ、あたしィ!?」
鈴花が面食らった顔をする。
小春を右手に、初陽を左手に手を繋ぎながら、白い粒子を放ち、中空で静止している鈴花。何故か、困ったような顔をしていた。
「すみません、急いでいたので、つい。今、戻ります」
そう言うと、小春と初陽を地面に降ろし、青い粒子を纏った手で、体に触れる。粒子が晴れると、そこには、変身した藍の姿があった。
「くっそ、何かずるいわね。ルーオ、あんたもあれやりなさいよ!」
(子供じゃあないんだからあ。わたしの辞書には無理って言葉しかないんだよ)
「お前のそのみみっちィ脳味噌には、まあそれしかないだろうな」
(鈴花ヒデェ!? だけど感じちゃうッ!)
「助かった、感謝するぞ、藍。小春は、助けられたようだな」
「はい」
「そして、見違えたぞ、小春」
そう言い、小春をまじまじと見る初陽。
悪獣と同じように、全身から、赤い粒子を放っている。眼は、よく知った、自信の溢れる瞳だった。
「ありがとうございます。お待たせしました」
「いや、いいのだ。だが、小春が二人か。本物の小春は、藍が連れてきた方か」
「いえ、違います」
「? 違うと言うと?」
「あの子も、私自身なんです」
視線は、ずっと感じていた。
ただ立って、こちらを見ている。鈴花さんがさりげなく攻撃を仕掛けていたが、全く気にしていない。
「こんにちは。初めましてでは、ないよね?」
私に向かって、歩きだす。私も、私に向かって、同じ歩調でゆっくりと歩いてくる。
「あはは、抜け殻だったのに、今は何かが詰まってる。いいね、壊すには、前は何か物足りなくて、壊す気さえ起こらなかった。今なら、プリン三個半、食べたぐらいの、満足感は得られるかもしれない」
私の間合い。すでに入っている。それでも、構わず前に進んだ。
「どうしてあなたに嫌われなくちゃあいけないのか、私はわからなかった。あなたは、私なのに。だから、すっごく悲しかった。自分自身に否定されることほど、悲しいことはないから」
「あなたのその偽善ぶった正義感が、私は大嫌いだった。もっと、自分に正直に生きればいいのに。そう、ずっと思ってた。他人のことなんか微塵も考えず、ただ思うがさま、この世界を駆けていけばいいのにって」
すぐ傍で、向かい合う。もう、息がかかる距離だ。
「そうして、楽しかった?」
「楽しいよ、すごく。もっと、楽しくしてみせるよ」
「今なら私、あなたのその気持ちがわかる」
「へぇ、そっか。知ったんだね、悪意を」
「うん。だから、私達が分かれてる必要なんて、もう無いよ」
私が嘲笑する。
「でも、分かれてる。なら、決めたい。あなたのその想いと、私の悪意の、どっちが強いのか」
「そうだね。私なら、そう言うだろうなって、何となくわかってた。いいよ、やろう」
離れて、構えを取る。私も、構えを取った。
「いいの? 消えるのはあなたの方だよ?」
「私を、消させないよ」
「あはははッ!」
私が叫びながら、拳を繰り出す。赤い粒子を纏った拳。
「この拳は、私との決別の一撃だッ!」
それを拳を繰り出すことで受けた。弾き飛ばされる。体勢を立て直すと、私も体勢を立て直すところだった。
「私の粒子を、あなたの粒子が相殺した。それで、拳同士がぶつかることになった。皮肉なのは、威力までそっくり同じってところかあ」
苦笑しながら、また、私が構えを取る。
「結果は、今ので、もうわかったよね? このまま続けても、どっちも負けないかわりに、どっちも勝てない」
「あはは。私のくせに、妙に諦めが早いね。でも、私はあなたとは違う。私は、決してあきらめたりなんかしないッ!」
私が私に向かって駆けてくる。
「フェルミ」
(小春、良いのね? どんな結果になっても、後悔はしないのね?)
変身している。意思は、言わずとも伝えられる。
「うん、お願い」
(…わかったわ、ずっと一緒にいるって、さっき決めたものね)
拳、体を捻って、躱す。その勢いのまま、左に半回転。
「スピンッ!」
「なッ!?」
赤い粒子と光を放ちながら、私の服が再構築されていく。
空振りをして体勢を崩した私を抱きしめる。
「なッ!? どうして変身を解いたのッ!? 今、変身を解くってことはッ!」
抱きしめ、私に触れているところから、光が放たれている。
「あはは、私、自分は消せないよ。あなたを消すってことは、私自身の悪意を否定するってことだから」
「だからって、あなたが自分から消える必要なんて、どこにもないのにッ!」
「私、笑ってて欲しいんだ。私の周りの人には、いつだって。それは、あなたにだって同じ。私が消えるコトで笑えるのなら、それもいいかなって、思ったんだ。私自身を笑顔に出来る、これって、すごく幸せなことだと思わないかな?」
抱きしめているのに、手の感覚が無くなっている。見ると、もう、光に溶けていた。
「…」
「? どうしたの?」
「あはははははッ!!」
突然、私が笑い出した。
「ほんっと、どうして私って、こんなに馬鹿なんだろうッ! もう、嫌になる。ほーんと、嫌んなるッ!」
苦痛に歪んだ笑みだった。泣いているのかもしれない。
「私?」
「私は、あなたに勝った。勝ったのは、私なのになあ。なんだろう、負けた気分しかしないなぁ」
私がため息をつく。
「存在することすら投げ出して、あなたはあなたの我を通した。…その、違いかぁ」
「あなたは、ちゃんと勝ったよ」
「そんな言葉、いらないよ。…ん、わかった。それなら、こうしてやる」
「?」
私の顔が、私に近づいてくる。
「? 何を? !? んむッ!?」
唇で唇を塞がれる。何かが、流れ込んでくる。欠けていたものだと、何故だかわかった。
唇を離し、してやったという笑みを浮かべる私。
「今回は、私の負けだね。でも、私はいつも、あなたの中にいる。だからいつか、私は、あなたに勝つよ。それまで、あなたの中で、私はもっと強くなってみせる」
赤黒い粒子が私の中に吸い込まれ、体を再構成していく。
「良いのかな? あなたじゃなくて、私で」
「私、自分のことが大好きなんだ、あなたと違ってね。だから、自分が笑う顔が大好きなんだよ」
悪戯っぽそうな顔した私が、黒く崩れていく。
「あはは、ありがと、私」
「感謝なんていらない。まだ、私はあなたと勝負がしたいだけ。負けたままなんて、そんなの、納得できないから」
「うん。また、やろう」
「うん、また」
私の声が消えた。拳を握る。手の感覚がある。見ると、変身もしていないのに、全身から粒子が放たれている。
(こんな風になると、私はなんとなく予想はしていたわ)
「? どうして、フェルミ?」
(だって、どっちも小春じゃない?)
「あはは。うん、そうだね」
もう一度、拳を握る。
私の中に、確かにいるんだ。
ようやく、私になれた気がした。
肉体の器は、すでに満ちていた。よく、ここまで用意できたものだ。その期待は、裏切ることは出来ない。
後は、目覚めるだけだ。高ぶる心を、静めようとする。
輩の繁栄を。
長い旅路の帰着を。
望む未来を、勝ち取るために。
小春を見ながら、ほっと胸をなでおろした。
「全く、冷や冷やさせるわね」
「…嘘。鈴花、楽しそうに見てた」
「いやぁね、ちゃんと心配してたわよ」
「最後の辺り、ニヤニヤと笑っていたがな」
「こ、小春ちゃんが、小春ちゃん同士が…」
藍が真っ赤な顔で座り込んで何か言っていた。
今は話しかけない方がよさそうね。
「さて、小春と藍も戻ってきたことだし、さっさと帰りましょうか」
「ああ。皆心配しているだろうな。早く、顔を見せに戻ろう」
「…鈴花、おぶって」
(…鈴花。おぶって)
「かなりの真似してもおめえはいつもあたしと一緒だろうがよ」
不意に、地面が揺れる。
「な、何ッ!?」
「地震かッ!?」
「…違う。おそらく、これは…」
すぐ近くの地面が、小さな山と同じ規模で、大きく隆起している。
地面の割れ目。まるで卵のヒビから漏れ出るように、何かが噴き出してくる。
「黒い…?」
「…あれは、悪意の塊。そして…」
黒い液体のようなものが徐々に巨大な形を取っていく。
「…総統」
小春回はこれにて完了。そして、次話はいよいよ総統との戦いが始まります。




