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particle22:一緒に、歩こう(1)

 暗い。

 夜なのか、それともどこかの建物の中なのか、わからなかった。

 ただ、暗い。

 私は、確か。

「変な黒い弾が、体に吸い込まれて」

 そして、自分の中の凶暴な気持ちに気づいて。

 確か、それから、敵の人に攫われて。

 また、黒い弾を撃たれて。

 そこまでは、思い出せる。

「その後は、どうしたんだろう?」

 何かが、私の中から出て行っていった。

 知っているけど、よく知らないもの。

 私を嫌いだと言った言葉が、脳裏にかすかに残っている。

 どうして、嫌われたんだろう?

 そう思ったが、今は、少し理解できる気がした。

 人が、人を嫌いになる。悲しいけど、人が人を好きになるように、それは普通のことなのだろう。皆に好かれる人は、多分いない。逆に、皆から嫌われる人だって、多分いない。

 普通のことなのだ。

「でも…」

 私はそれが信じられなかった。嫌なことをしていないのに、嫌われる、それが許せなかった。

 だから、人が人に向ける悪意を、本当には理解できていなかったのだと思う。どうして、人は人を簡単に傷つけられるのか。どうして、奪い合ったり、争い合ったりするのか。

 自然なことなのだ。私の中の悪意に気づいてからは、素直にそう思える。

 でも、どうして悪意があるのだろう?

 その根源を、知りたかった。

 存在するものには、必ず理由があるはず。

 世界が、少し揺れた。思考は、そこで途切れる。

「? なんだろう…?」

(…る)

「?」

 かすかな声が聞こえる。

(小春ちゃん)

 藍ちゃんの声だ。どこから聞こえてくるんだろう。

(小春)

 今度は、フェルミの声。久しぶりに聞いた気がする。

 呼ばれている。返事をしようとしたが、声が出なかった。

 怒ってるかな。

 多分、怒ってるよね。

 そして、答えてしまったら、私の悪意を、あの二人に向けそうで、怖い。

(あはは、無駄です。あなた達は、私に指一本すら触れられはしない。ううん、触れた瞬間に、消し飛ばしてあげます!)

 不意に、視界がクリアになる。

「あれは、私…?」

 私が鈴花さん、かなりちゃん、初陽さんと戦っている。私は全身に粒子を纏っていて、三人の攻撃をことごとく粒子に還していた。三人が、私の攻撃を、能力を使いながら懸命に回避している。見ているだけでも、苦戦しているのがわかった。

「止めて、止めてよッ…!」

 どす黒い感情が胸の中に広がるのがわかった。吐きそうな感情。でも、同時にそれがどこか心地いい。

「止めてェ―ッ!!」

 いくら叫んでも、視界の私に声は届かない。

「…」

 もう、いいや。

 もう、いいよね? 

 このまま、悪意に身を委ねても。

 深く、意識が落ちていくのを感じた。



「小春ちゃん、もうすぐ、出口だからね」

 地下を抜け出し、ようやく出口にたどり着く。途中小競り合いがあったが、問題なく倒した。

「…」

 小春ちゃんに反応は無い。眠っているのかとも思う。しかし、眼は開いていて、たまにゆっくりとした動作でわたしの背の上で姿勢を直したりする。

(小春…。!? 藍、後ろッ!)

「え?」

 振り向く。銃を持った人が、小春ちゃんを狙っている。

「いけないッ!」

 今またエビルシードを撃たれたら、小春ちゃんがどうなるかわからないのに。

「!?」

 影が走り、敵が倒れる。再度起き上がろうとした敵に、鳩尾に拳を決めた男の人が、振り返ってわたしと小春ちゃんを見る。

「思ったより、しぶとくてびびった。それにしても、こんなところで何をしてるんだ、藍?」

 小春ちゃんの通う道場の師範の、輝さんだった。

「小春ちゃんを、迎えに。輝さんは?」

 倒れた男の人から銃を取り上げ、遠くに捨てながら輝さんが答える。

「同じさ、小春が誘拐されたって聞いてな。心配になって、来てみたんだ。ま、お前に先を越されたみたいだが」

 そう言って苦笑するも、わたしに背負われた小春ちゃんの姿を見て、その顔色が変わる。

「…何か、あったみたいだな。いや、そういえば、攫われる前から、少し妙だったな。おい、小春、とっくに朝だぞ~、お前の好きな飯、おごってやるぞ~」

 輝さんが小春ちゃんに話しかけるが、返事は無い。

「まったく。ちゃんと返事はしろっていつも言ってるのにな。不肖な門下生だな」

「輝さん、今の小春ちゃんは…」

「ちょっと、いいか?」

 そう言うと、返事を待たずにわたしの背中から小春ちゃんを地面に降ろす輝さん。

「はッ!!」

 構えから、掌底を小春ちゃんに当てる。小春ちゃんの体が一瞬震えた。

「ん、…うう」

 小春ちゃんが少し動く。

「? あ、輝さん。それに藍ちゃんも…」

(小春、大丈夫?)

「フェルミも。あ、あはは、あんまり大丈夫じゃないかも」

 眼の光が弱い。まだ、虚ろと言ってもいいだろう。

でも、返事をしてくれた。

「うう…」

「泣かないで、藍ちゃん…」

「うん。輝さん、何をしたんですか?」

「ただ、小春に気を入れてやっただけだ。呆けやがって、馬鹿弟子が」

「あ、あはは、ごめんなさい」

「まだ、本調子じゃないみたいだな?」

「あ、あはは…」

「なら、輝さん、またさっきと同じことを」

「いや、駄目だ」

「どうしてですか?」

「気を込めても、本人にその気が無けりゃ、また元通りさ。小春本人が、やろうという気を出さないとな」

「…私は、どうしたらいいんですか?」

 弱い光の中に、かすかな小春ちゃんの光を見た気がした。

「ふ、まだ、その気はあるみたいだな。いいのか、絶対に、お前はキツイ思いをすることになるぞ」

「構いません。私、知りたいことがありますから。藍ちゃん達にも心配をかけましたし」

「そうか。ならいいだろう、立て、小春」

「はい…」

 よろけながらも、何とか立っている小春ちゃん。体は治っているが、多分、気持ちが体についていっていない。

「いいか、俺はこれから、本気でお前と組打ちをする。殺す気で、お前と戦う。気を抜くなよ。じゃないと、死ぬぞ」

「!? 輝さん、それは…!」

「小春が決めたんだ。お前は、見守ってやれ」

「でも…」

「藍ちゃん」

「何?」

「大丈夫だよ」

 そう言って、小春ちゃんが力なく笑う。

「小春ちゃん…」

「さて、じゃ、始めるぞ、小春」

「はい、よろしくお願いします」

 小春ちゃんが、構えを取る。

 輝さんは、ただ立ったままだった。



 眼を、開けた。

 いつの間にか、倒れていた。

「どうした、小春。もう終わりか?」

 輝さんがすぐ傍で私を見下ろしていた。どうやら、打たれて気絶したみたいだ。

「いえ、まだ、やれます」

 立ち上がる。何が起きたか、よくわからなかった。気づくと、倒されていた。

 輝さんが離れる。それに向かって、構えた。

 ただ、立っている。だが、殺気は伝わってきた。

 これが、本気になった輝さんなのか。

 今まで、稽古で組打ちは何度かやってきた。

 そのどれより、強い。

 今までは、かなり手加減していたということなのか。

 それに私は、一度さえ、有利に立ち合いが出来ていない。

 体が重かった。疲労のようなものは無い。藍ちゃんが治してくれたからだろう。

 心が、重い。気を抜くと、悪意を他人に向けてしまいそうで、それを必死に抑えていた。

「来ないのか? なら、俺から動くか」

 そう言うと、輝さんが向かってきた。今度は、見える。いや、見える速度で来ているということなのか。拳、腕で、受けた。骨の砕ける音がはっきりと聞こえる。

「ッ!? ああああああああッ!!」

 痛みで意識が一瞬飛びそうになる。歯を食いしばり、折れていない方の腕で殴り掛かる。

 私の拳は空を切り、輝さんが距離を取った。

「はぁ、はぁ…」

「小春ちゃん!」

 藍ちゃんの声。近いが、遠い。

 折れた腕。痛みが、繰り返し襲ってくる。

 なんだ。

 エビルシードより、全然痛くないや。

 でも、もう我慢も出来ない。

 めちゃくちゃに、してやる。

 駆けた。輝さんは動かない。拳。避けられる。わかっていた。避けたであろう場所。そこにある急所に拳を打ちこむ。

「!?」

 いない。代わりに、首に重い衝撃が来た。

「…」

 眼を開けた。輝さんはただじっと、私を見ている。

「う、うああああああああッ!」

 跳ね起きて、輝さんに殴り掛かる。頭に、拳が来た。また、視界が暗くなる。

 何度、気絶したのかわからない。わかっているのは、まだ私は輝さんに一度も攻撃を当てられていないということだ。

 初めは、抑えていた。今は、はっきりと、輝さんに悪意を向けている。輝さんに、何故か悪意は感じられない。

 倒されるたびに、輝さんに起こされ、また倒される。

「もういいよ、小春ちゃん! 輝さん、止めて下さい!!」

 なんなのだろう?

 何故、こんなことをしているのだろう?

 倒され、起き上がるたびに、自分が何をしているのか分からなくなる。

 私は生きているのか、それとも死んだまま、動き続けているのか。

 体は、私の意思と関係なく動いていた。それが、何故か不思議だった。

「がああああああッ!!」

 今の私を動かしているのは、間違いなく悪意だろう。それが必死に、輝さんと戦っている。

 そうか。

 そうだったんだ。

 何故、人が人を傷つけるのか。

 何故、人に悪意があるのか。

「生きたいからだッ!!」

「!?」

 拳。輝さんの頬をかすめた。

 はは。

 掠っただけだど、ようやく、当てられた。

 そうだったんだ。

 悪意は、人が、今よりよりよく生きたい。そのために、持つ願い。その、切なる想いの一つなんだ。

 確かに、人は人を傷つける。他人よりも優位に立ちたい、他人を貶めて自分が喜びたい、そんな気持ちだってあるのは確かだ。それは、許されないことだし、許せない。

 だけど。

 その想いの根源は、未来に向かう揺るぎ無い意志の形、生きていく決意だから。

「もう私は、悪意を否定したりなんかしないッ!!」

 拳。来た。躱さない。

 受け止めるんだ。

 拳。輝さんに、思い切り突出す。

「?」

 痛みは、いつまでも来なかった。

 輝さんの拳が、私のお腹の前で止まっている。

「…どうして?」

 輝さんが苦笑し、拳を引く。

「お前が、拳を止めた理由と同じだ」

「私は、輝さんが殺す気で私を殴っているのではないと、気づきました。気づかせるために、打っているのだと」

「いや、殺していたさ。お前があのまま気づけずに俺と組打ちをしていれば、お前は、遠からず死んでいた。死ぬ前に、気づけるとは思っていた。少々、予定外なこともあったがな」

 そう言うと、輝さんは少し出血している頬を乱暴に拭う。

「お前は、何かを掴んだ。それで、俺は、拳を止めた。お前は、俺がお前を試していることに気づいて、拳を止めた。少しは、マシな顔になったみたいだな、馬鹿弟子が」

 輝さんが身を翻して歩いていく。

「疲れた。三十路をあんまり働かせるんじゃねえよ。俺は道場に戻る。後は、お前達で勝手にやれ」

「輝さん!」

 輝さんの足が止まる。

「ありがとうございました!」

 輝さんは振り向かず、手を上げてそれに答えた。

「小春ちゃん!」

(小春!)

 藍ちゃんが抱き着いてくる。

「い、いたた、ちょっと痛い、藍ちゃん」

「あ、ごめん! 今、治すからね」

 そう言うと、私に触れる藍ちゃん。すぐに負傷が治り、痛みを引いてくる。

(小春、私…)

「迎えに、来てくれたんだよね? ありがとう、ずっとフェルミに会いかった。やっぱり、フェルミがいないと、何か、寂しかったよ」

(私もよ、小春。でも、いいの? 私、あなたを突き放したのよ?)

「関係ないよ。それに、今の私だって、フェルミと初めて会った時の私じゃあ、きっともう無い。それでも、一緒にいてくれるかな?」

(ふふ。仕方ないわね。貴方のパートナーは、私しかいないもの。いいわ、貴方が死ぬまで、付き合ってあげる)

「ありがと。藍ちゃん、それに、クォさんも。心配させてごめんなさい。でも、もう私、大丈夫だよ」

「小春ちゃん…」

(小春殿…)

「ぼんやりだけど、思い出したよ。藍ちゃん、何か色々、すごかったね…」

「こ、小春ちゃん!? な、何を思い出したの…?」

「何か、私の姿をした藍ちゃんが、泣き叫ぶ男の人を思いっきり殴ってたところを」

「わ、忘れてッ、そ、それは忘れてェーッ!?」

「あはは。ありがと、藍ちゃん」

「でも、元にもどったんだよね?」

「うん。元、とはちょっと違うけど。でも、もう立ち止まったりなんかしない」

「良かった…」

 涙を流す藍ちゃん。その体を、優しく抱きしめた。

(あー、藍殿、小春殿。このような状況に水を差すのは野暮と言われても致し方ないのですが)

「? どうしたんですか、クォさん?」

(はい。もう一人の小春殿。あれは、一体なんなのでしょうか?)

「多分、それは、私の中から解き放たれた、悪意の塊。私から生まれた、悪獣」

(やはり、そうだったのね)

「その私は、今どこに?」

(他の三人が、迎えに行っているはず。嫌な予感しかしないわね)

「行こう、フェルミ! 皆のところに!」

(ええ。その前に)

 まだ、胸の中で、藍ちゃんが泣いている。

「藍ちゃん、行こう?」

「う、わかった」

 眼をこすりながら、藍ちゃんが離れる。

「じゃ、行くよ、フェルミ」

(久しぶりね。小春こそ、準備はいい?)

「もうばっちりッ! …スピンッ!!」

元気になった小春に一安心。しかし、まだ片付いていないものも。次回は小春がそれと決着をつけます。

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