particle21:許すことなんて、出来そうにない(2)
扉を開けると、予想外の人物がいた。
「東裏さんですか。小春ちゃんを攫ったあなたにも怒りの感情はありますが、おそらく、あなたは手足として動いていただけですよね? わたしは、あなたの上で指示を出していた人に用があります。そこをどいてくれれば、わたしは、あなたを見逃してもいい」
「ここまでの君を、私は見ていた。スペル様も、そうだろう」
「途中から、わたしの突入に気づいて、泳がせているのは、気づいていました。すでに小春ちゃんが殺されてしまった想定もしてしまいましたが、おそらく、まだ小春ちゃんは生かされている」
「何故、そう思う? アルズロートはすでに脱出し、君達のところへ向かっているのではないか?」
「アレは、小春ちゃんではありません。いえ、厳密には小春ちゃんですけど。わたしの想像にしか過ぎませんが、あの小春ちゃんは、小春ちゃん自身の悪意が生み出した、悪獣」
「どうして、そこまで言い切れる?」
「小春ちゃんのエビルシードへの耐性。前の戦闘で、それが常人とは比べ物にならないほどなのだと、わたしは感じました。それはそのまま、小春ちゃんの悪意の許容量の桁外れさをも示している。この推論が正しければ、大量のエビルシードによって、かつてないほど強力な悪獣が生み出せるはず。それをあなた達が利用しないはずはない」
「聡いな。一つ、聞きたい。君は単身、私達の本部に乗り込んできた。何故、そんな無茶が出来る。何が、そこまで君を突き動かす?」
少し、考える。
答えなんて、一つしかない。
「希望を追い求めることに、理由なんて、ありません」
「…ふっ、そうか。君にとって、アルズロートは、希望なのだな。…行け、この先に、アルズロートがいる」
また、扉だった。開けると、金属の柱に手錠で繋がれた小春ちゃん。ぐったりとした様子で、俯いている。
「小春ちゃんッ!」
駆け寄る。
轟音。
一瞬で、目の前が真っ白になった。
「ふははははっははッ!! 憐れなりッ、夏目藍! せっかく赤桐小春に会えたのになあッ!」
モニターを見ながら、傍らで転がっている本物の赤桐小春に眼を向ける。虚ろな目をしたまま、何の反応も見せない。友人が、目の前で爆散してもだ。
「悪獣の言うように、もう、抜け殻か。いや、もう一度エビルシードをたらふく食わせてやれば、あるいは…」
赤桐小春そっくりの蝋人形の中に、爆弾をしかけておいた。夏目藍は、爆発であっけなく消し飛んだ。
「これで、後三人か。総統の上陸も近い。首尾は上々だな」
別のモニターを見る。赤桐小春の悪獣と戦う、三人のアルズ達。これも、時間の問題だと言える。赤い粒子を常時体に纏った悪獣に、触れるコトすら敵わないのだ。触れただけで、粒子に分解される。オリジナルの赤桐小春ならば集中力の限界でいつか隙が出来、そこをつくことも出来る。
しかし、悪獣はそうではない。悪意が、イメージの原動力なのだ。限りない悪意をその身に宿した赤桐小春の悪獣に、集中の限界は無い。
それは、倒せないと同義なのだ。
「ふ、ふはははははッ!!」
「随分、楽しそうですね」
「あはッ! これが笑わずにいられるかッ! …は!?」
背中から、声。それも、よく聞いていた声だ。
拷問中、何度も聞いた声。
床に転がっている赤桐小春を見る。
確かに、赤桐小春の声だった。
だが、そんなわけがない。
赤桐小春は、もうすでに、声を上げることすら難しいほど、悪意にその精神を侵されてしまっているのだ。
なら、誰が。
「何をそんなに驚いているのですか? ただ、声を掛けただけじゃあないですか? 小春ちゃんの、声で」
振り向く。
いてはいけない存在が、いた。
「赤桐小春ッ!? いいや、違うッ! お前は、赤桐小春になった夏目藍ッ! だが、それも違うはずだッ! 夏目藍は、さっきの爆発でッ!」
「監視カメラは、いつも全て、よく確認しておくべきですよ?」
「!? まさか、さっき爆散したお前はッ!」
「あれだけわたし自身をそっくりそのままイメージするのは大変でした。少しだけ、時間を取られましたから」
「ちィいい!」
こうなれば、奥の手だ。
懐から銃を取り出し、エビルシードを夏目藍に続けざまに撃ちこむ。
「死ね死ね死ねえええええッ!!」
エビルシードが夏目藍の体の中に吸い込まれていく。
五粒。
十分だ。
「ククク、悪意に苛まれながら死ねええ! ぶべッ!!」
顔面に思い切り拳が来た。吹き飛ばされる。
「なッ!? エビルシードは、確かにお前に当たった! 何故、動いていられるッ!?」
「何故? おまえは今、わたしに何故と言ったのですか? 見えないんですか? わたしの、悪意が」
ゆっくりとこちらに近づいてくる夏目藍。その眼は、ただただ憎悪の光があった。
「ひ、ひいいッ!」
「ずいぶん、小春ちゃんにめちゃくちゃをしたようだな。命まで取らなかったのは、褒めてやる。だが殺す」
瞬時に目の前に来た夏目藍。その左手が、私の腹に突き刺さる。
「がうああああッ!!」
「肋骨が、三本。小春ちゃんの左の拳は、こんなにも重いんだぁ」
愛おしそうに微笑む夏目藍。本物の赤桐小春なら、決して見せない表情だった。
また、左の拳が来る。何とか、避けたが、眼に頭突きが来た。
「うばああああアッッ!! 眼がァーッ!!」
「おらァーッ!!」
今度は、腹。臓器が私の中で千切れた音を響かせた。
「これもッ、これもッ、全部ッ、小春ちゃんの分だァーッ!!」
「がッ、がッ、うぐぅああああああーッ!」
拳が全身を打ちつける。
不意に、全身の痛みが無くなった。
「?」
見ると、夏目藍が青い粒子を纏った右手で私の体に触れ、傷を治していた。
「な!? ゆ、許して、くれるのか?」
夏目藍は聖母のような微笑みを浮かべる。
「何を勘違いしているんですか? こうしないと、すぐに壊れてしまうじゃあないですか」
笑みは、すぐに悪魔の笑みに変わった。
「ひ、ひぃーィッ!?」
「死ねおらァ!!」
左手で腹を貫かれる。血の吹きだした音が聞こえた。
「うごおおおおおぅッ!?」
「いいか? 今から放つわたしの一撃はッ、わたしの小春ちゃんへの想いだッ! よく噛みしめて、喰らえッ!!」
そう言うと、夏目藍の左の拳に赤い粒子が収束していく。
「ククク…」
「? 何が、おかしい?」
「すでに、総統を迎える施設は完成している。そして、赤桐小春の悪獣によって、十分な悪意も集まった。総統は、もうすぐ上陸なされる。その時が、お前達人類の最後だ」
「ふん、そんなことか。お前の言う総統は、必ず、小春ちゃんが倒す!」
「その赤桐小春は、もう使い物にならないぞ?」
「それは、小春ちゃんが決めることだ。お前に、決められることではないッ!」
「せいぜい、足掻くがいい。そして、絶望するがいい、総統のお力に」
「左手に宿す、臙脂の波動ッ! ローズレッド、マーレモート!!(紅血の波撃)」
赤い粒子が迸る拳が来た。
総統。
後は、お任せしますよ。
右手を体に当て、わたしに戻った。
(やりましたな、藍殿)
「はい。小春ちゃん…」
床に寝ている小春ちゃんを見る。
「小春ちゃん、わたしだよ? わかる?」
体を少し揺すってみるが、返事は無い。眼は開かれたまま、ただただ虚ろだった。
(小春ッ! 小春ッ! 藍、小春を早く治してあげて!)
何十発、いや、おそらくそれ以上のエビルシードをその身に受けた。その後、悪獣を取り出された。悪意も大部分はそれと一緒に出ていったはずだが、他のものも一緒に出ていったのだろうか。そう考えざるを得ないほど、今の小春ちゃんには、心というものがないように見えた。
「はい、もちろんです」
集中して、イメージ。
「カウテラーレ」
手を、小春ちゃんに当てた。負傷が治っていく。
(やったわ! …?)
小春ちゃんは、依然として、虚空を見つめている。
(どういうこと、藍? 傷は、治ったのにッ!)
「体のイメージは、あります。でも、心に、明確なイメージは無い。わたしのイメージが、小春ちゃんの心そのものになるということは、おそらく無いと思います」
(ふむ。藍殿は、小春殿の心までは治せなかった、いや、治さなかったということですな?)
「はい。それは、してはならないと思いました。他の人の心を、自分勝手に作り変えるのは」
(それでもッ!)
「わたし、小春ちゃんのこと、信じてますから。自分の力で、小春ちゃんは立ちあがってくれる。だから、その可能性を摘むことは、小春ちゃんの想いを踏みにじることになると思うんです」
(藍殿…)
「本当はわたしだって、いつもの小春ちゃんに戻って欲しい。でも、それをわたしがするのは、違うと思います。小春ちゃんは、そんなに弱くない」
(藍…)
「だから、フェルミさんも、小春ちゃんを信じてあげてください。きっと、それが小春ちゃんの力になると思いますから。そして、小春ちゃんが元に戻った時、ちゃんと仲直りしてください」
(…わかったわ。少しだけ、貴方たちには妬けてしまうわね)
小春ちゃんを抱き上げ、歩いていく。妙に軽いその体に、涙がこぼれた。
藍回終了。藍怖い。そして次話はようやく小春のターン。一話以来の彼女の活躍に期待してください。




