particle2:あなたの、背中を(3)
「!? 何だろう、アレは?」
武内さんから連絡を受けて、現場に先行していた。
複数の店が襲われているとの報告で、異邦人の襲撃である可能性が高いことから、現場の偵察に出た。
現場の周辺は、車が出した噴煙と、パトカーのサイレンがうるさく鳴り響いている。道路には車が溢れ、進むにも戻るにも身動きが取れないという状況だ。歩道には、混乱している人々が多いが、怪我をしているような様子は見られない。
「柊です、現場に到着しました。道路は車で埋まっていますが、確認する限りでは、付近の人々は無事のようです。ですが…」
インカムで司令部に状況を伝えながら、上を仰ぎ見る。
『どうした、柊君?』
多分、人形だった。
だが、サイズが違う。
五メートルほどだろうか。三頭身の少女の姿をしたそれは、右手に自身の体の半分ほどの出刃包丁を持ち、ゆっくりと街中を闊歩していた。
「巨大な少女の人形が、巨大な包丁を持ち、車をゆっくりと押しのけながら、進んでいます」
『どういうことだ?』
「現時点では、これ以上詳しいことは言えません。あの人形が、どういう技術で動いているか、わからないのです。もう少し近づいて、確認してみます」
『あ、あー。聞こえる? はっちゃん?』
「美奈さんですか? よく聞こえます」
『オッケー。はるちゃんもそっちに向かってるから、まずはそのサポートをしてあげて。二人とも、まだ緊張してるでしょ?』
鋭い人だ。それは、この前、嫌というほど知った。
「わかりました。まず、小春と合流します。その後の作戦は?」
『うん。私の勘だけど、多分、来ると思うんだよねえ』
「?」
「初陽さん!」
あらかじめフェルミを纏った小春が、人ごみから飛び出してくる。
「小春、危ない!」
小春を追うように、人ごみから出てきたスーツ姿の男が二人。
ナイフを取り出し、足に投げつける。
「ぐうッ!」
男たちはその場にうずくまるも、すぐに太ももからナイフを抜き、こちらにナイフを向けて構える。
「あの人たちは!?」
「おそらく、敵だ」
(助かったわ。ありがとう、初陽)
「つけられてたんだ。ごめんなさい」
「気にしないでいい。夢中で走っていれば、わからないものだ。それと、この現場付近にいた敵だろう。たった二人だ、緊張せずにいこう」
「はいっ!」
小春は右、私は左。位置的に、相手はそうなるだろう。
駆けた。小春も、一呼吸を遅れてついてきている。右の敵。ナイフを投げてけん制する。そこに、左の敵が切りかかってくる。だが、単純な軌道だった。ナイフを避け、狙いを定めた。
「ぐおおおッ!」
ナイフを突き刺し、抜く。目の前の敵が、血を胸から噴き出しながら苦しんでいた。肋骨の隙間を抜け、心臓にちゃんと届いたようだ。
「初陽さん、大丈夫ですか?」
「ああ。小春は?」
(こっちも片付いたわ)
光が眩しい。確認しなくても大丈夫だろう。
「美奈さん。つけられていた二人を倒しました。次の指示を」
『オーケー。はるちゃんは周囲に気を付けながら、キラー・ドールにゆっくりと前進。はるちゃんの恰好で見分けて、仕掛けてくるかもしれないから、十分注意してね。次に、はっちゃんは…』
「美奈さん」
『ん? 何、はっちゃん? あ、やっぱり、はるちゃんとはっちゃんじゃわかりづらいよね? ひーちゃんなんて、どう?』
「いえ、呼び方の話ではありません。キラードールとは?」
『ああ、そっちか。ヘリからの映像で見てね、何となく付けてみたの。ほら、呼び名がないと困るじゃない』
「わかりました。ならば、キラードールで。あと、ひーちゃんの方が区別がつきやすいので、ひーちゃんでお願いします」
『あれ、ひーちゃんも結構ノリ良いんだねえ。おじさんびっくりだ。オーケー、ならひーちゃんは、慎重かつ素早くキラードールに接近。何か変わったことがあったら連絡して』
「承知しました。では、小春、また後で」
「はいッ!」
つけられてはいたが、小春なら一人でも大丈夫だろう。いざ実戦となれば、私よりも力を発揮するかもしれない。
キラードールを見上げる。人形の少女は、ゆっくりと自然公園の方角に進んでいた。
人形から見る景色も、そう悪くはない。
無線で連絡を受け、指示を出しながら、人形の肩の上で、そんなことを思った。
クズから出した悪獣が、この巨大な人形だった。人形に乗って指示を出すことに、水トは反対したが、何かあった時、すぐ駆けつけるためにこうしているのだと説き伏せた。
人形が、三人、殺していた。それも、女ばかりをだ。出刃包丁は、赤く血に染まっている。
『先輩、輩を倒した人間が現れたようです。二人、やられました』
「わかった。こちらに向かってくるだろう。この先に自然公園がある。街中では、こちらの図体を生かしきれん。自然公園に誘い出す」
『先輩は、その場から離脱してください! 危険です!』
「いや、私は、輩を倒したという人間を見てみたい」
『まさか、最初からそのつもりで』
「水ト、私は、確かめなくてはと思っている。我らの敵たる者の姿を」
『…十名、応援を行かせます。撤退する際の助けにです』
「わかった。残りの隊は、頃合いの良いころで引き揚げさせろ」
『先輩』
「何だ?」
『御武運を』
まるで人間の言い方だ。言おうとしたが、止めておいた。
「ああ」
街並みを超え、人形が、ゆっくり自然公園の中に入って行く。
広場のような場所に出た時、背後から銃声で鳴った。
「出てこい」
しんと、林は静まり返っている。
「返事は無し、か。ならば、思い切り、やれッ!」
悪獣が包丁を横なぎに薙いだ。木がバキバキという音を立てながら引き倒されていく。
また、銃声が響いた。今度も、背面からである。
「効かない。音を聞くと、外は布、内部は綿か」
悪獣をそちらに向ける。
一人の少女が、両手にナイフを構えながら、こちらを見ていた。
「あいさつだな。名乗ろうともしないとは」
「異邦人にするあいさつを、私は持ち合わせていない」
「そうか。良いあいさつだ」
少女が消えた。そう感じたのは一瞬で、胸まで高く跳躍している。悪獣が包丁を振り上げる。
悪獣の包丁を中空でかわし、包丁を足場にして、少女はさらに高く跳躍する。
「首狙いかっ!」
とっさに左腕でガードした。左腕から綿が、たんぽぽの綿毛のように舞い散る。視界の悪くなったところを包丁で攻撃。少女はひらりとかわしながら、大きく距離を取った。
「手ごわいな。だが、これなら、どうだッ!」
悪獣をその場で高速回転させる。風が起き、綿が舞い散る。
「ぐっ!」
飛ばされそうになる少女へ、回転を加えた、頭上への一撃。
「!?」
かっと、眼を見開いている少女。
一瞬、その姿勢が好ましいと、わけのわからない思いにとらわれる。
「何ッ!?」
反動で、悪獣がよろめいた。
少女の前に、別の少女が構えを取っている。
「遅れて、ごめんなさいッ!」
間に合って良かった。
「アルズロート、参上ッ!」
(決まったわね、アルズロート)
「うん。大丈夫ですか? 初陽さん」
「ああ。助けられたな」
「さっきの、お返しです」
「ありがとう。感謝する」
キラードールが態勢を立て直していた。肩のところに男の人が乗っている。
「あなたは?」
弾き飛ばした包丁を見ながら、男の人が言った。
「すごい力だな。見たところ、輩から借りた力か。我々も、迂闊だったようだ」
「名前を聞いているのッ!」
「ああ、これは失礼。君の仲間が、名乗らなかったものでな。私は東裏。君達の言うところの、異邦人だよ。確か、アルズロートと言ったか。君が、輩を倒したのか?」
「そうだッ! そして、もうこんなことは止めて下さい!」
「君達人類が我々に隷属すると誓うなら、無益な争いは止めよう。逆に、輩に問いたい。何故、我らの邪魔をする?」
(自分たちと人間、どっちに愛想が尽きたかと言えば、自分たちだった。それだけのつまらない話よ)
「それで我らを裏切るか。まあいい、去るものを追う気は無い。ただ、徹底的に排除はするが」
(覚悟の上よ。私はね、今が一番楽しいと思ってる。この子達とこうしてる、今が。だから私にとって、あなた達の理想の繁栄には、これっぽっちも興味が湧かないの)
「そうか」
「そうだ」
キラードールの背後から、初陽さんの声が聞こえる。キラードールが声につられ、後ろを振り向いた。
今だッ!
飛ぶ。空中で、イメージを作り上げる。
「右手に宿す、臙脂の波動ッ! ローズレッド、マーレモートォッ(紅血の波撃)!!」
振り向くキラードール。だが、遅い。赤い粒子を纏った拳が、キラードールの左腕をぶち抜く。
(やった!)
キラードールの左腕が光りながら、粒子を放出していく。
「粒子をほどく力、か。だが、少しだけ、弱いな」
「!? どうして!?」
攻撃は、しっかり当たったはずだ。
なのに。
「どうして左腕だけ…!?」
粒子に溶けたのは左腕だけで、胴体と右腕は、残っていた。
「くっ!」
初陽さんが煙玉を数個地面に落とす。気づくと、体が宙に浮いていた。
どうやら、初陽さんに抱きかかえられているらしい。視界は白く、よくわからなかった。
小春を抱きかかえて走りながら、さっきのことを考えていた。
敵の不意を撃った連携は、確かに決まった。
だが、完全に敵を消滅させるまでにはいかなかった。
「こちら、初陽です。博士、さっきのことは…?」
『うむ。恐らく、小春君のイメージする時間が短すぎたため、不完全な効果になったと推測される』
「ごめんなさい」
『いやいや、小春ちゃんはうまくやったよん。だから、元気出していこう』
「はい!」
煙幕の範囲外に出て、小春を降ろす。
「それで、具体的に、どれくらいイメージする時間が必要ですか?」
『ゆかり君、データはあるかね?』
『はい。残りのキラードールの大きさから考えて、完全に消滅させるのに、三分ほどの集中が必要かと推測されます』
「ならば、小春はここで集中を。私は、キラードールをゆっくりとおびき寄せながら、ここまで誘導します」
『出来るかね?』
「必ず、やり遂げます」
『ならば、頼んだぞ、柊君』
「はい」
『無理なら、別の手を考えましょう。なあに、何とかなるわ』
煙幕の中に戻っていく。振り返り、小春を見た。眼を閉じて集中している。その姿が、なんだか頼もしかった。
煙幕が晴れる。広場には、包丁を構えたままのキラードールが、悠然と立っていた。
「アルズロートは、一緒ではないのか?」
「私は、あいさつをしていなかったから、戻ってきただけだ。存分に、あいさつしてやろう」
包丁が振り下ろされる。紙一重で、それを避けた。地面に包丁が刺さる。大きな隙だったが、誘いのような気がした。肩の男は、まだ一度も動いてはいないのだ。
「ふむ、気づかれたか」
背中を見せて駆けだした。キラードールも駆けだす。
「くっ!」
思いのほか、速い。これでは、時間が来る前に、小春のところにたどり着かれてしまう。
振り向き、キラードールへと駆けた。
ここで、止めなくては。
キラードールが包丁を突き出す。両手のナイフを十時にして受け、刃で刃を滑らせながら包丁を受け流した。
「ぐうっ!」
ナイフを落とす。すぐに別のナイフを握るが、それも取り落とした。
「これで両手は使えんな」
どうする?
懐から、手榴弾を取り出す。
相打ちになればいい。
『ひーちゃん!』
美奈さんの声に、はっとした。
「どうしましたか?」
『あの子、少女のお人形さんよね?』
「はい、そうですが」
『少女が好きなのは、スウイーツよッ!』
「あの」
『確か、近くにクレープを売りに来てた車があるはず。ひーちゃん、運転できたわよね?』
「一応、免許は取りました、先月に」
『なら大丈夫! その車で、あの人形に突っ込んで、存分にクレープを食わせてやりなさい! ああ、はっちゃんは自爆なんてことは考えずに、ちゃんと逃げること。わかった?』
この人には、敵いそうに無い。
「ふふ、わかりました。車両の位置を教えてください」
『オーケー』
煙玉をまき散らしながら、駆けだす。煙の中で方向を見失わないようにするのは、修業での基本の基本だった。
「あった」
クレープ屋の車両。ドアは開いていた。運転席に入る。
「鍵は、よし、と」
緊張している。何せ、免許取得後の運転は、これが初めてなのだ。
「ギア、よし。前方、煙幕だけど、よし。シートベルトは、いらない。ドアは、半開き。アクセル、ゴ―ッ!!」
ギャオンという音を立てて、ワゴンが急発進する。走っていると、煙幕が晴れてきた。
「キラードールは…。いたッ!」
集中している小春。その奥に、いる。
「間に、合えッ!」
アクセルを潰す勢いで踏む。速度計は、百キロを超えていた。
「なっ!?」
男が驚いた顔をするのが、遠くから見えた。
だが、もう遅い。
猛スピードで、突っ込む。
「おかわりたっぷり、お持ちしましたァッ!」
「頼んでないィッ!?」
扉を開け、飛ぶ。ワゴンと一緒に、キラードールに突っ込んだ。
「ぷはっ」
『やったねひーちゃん! 作戦は、見事成功よ!』
「キラードールのお腹にめりこんでいるので、よくわかりませんが」
何やら、甘い匂いがする。見上げると、上では、キラードールが、クレープの生地の鍋に突っ込んだ手を、必死に口にもっていっていた。
「食べるんだ…」
「くっ。悪獣と言っても、やはり畜生に変わりはないか」
男が、半ば諦めたような口調で言った。
「お待たせッ! 今度は、容赦しないからッ!」
小春が駆けてくる。夢中でわからなかったが、三分経っていたようだ。
「両手に宿す、臙脂の波動ッ! ローズレッド、マーレモートォッ(紅血の波撃)!!」
キラードールへ、両の手で小春が掌底を叩きこむ。キラードールが光に包まれ、一瞬でその姿を消した。
「覚悟しろ、東裏」
腕だけで構え、東裏に向き直る。
「残念だが、今日はここまでだ。さっきから、部下がうるさくてな」
東裏が指笛を吹くと、林から、覆面を被ったスーツの男たちが音もなく現れる。
「撤収する。急げ」
東裏が部下たちに指示を出す。そして、また音もなく林の中に消えていく。
「追いかけますか?」
『君も小春君も消耗している。追跡は、他の者でやろう』
「わかりました」
手を開いて、また閉じる。それを、何度か繰り返した。
握力は、大分戻ってきたようだ。
ハンドルを握った自分を、思い返した。
少し、恥ずかしかったかもしれない。
「この辺りで、いいかな?」
自然公園から、だいぶ離れた。まだ、現場付近は、人と車でいっぱいだった。変身を解くのは、さすがにまずい。
(ええ、人もほとんどいないし、大丈夫でしょう。小春、そこの細い路地はどうかしら?)
「うん。ちょうどいい感じだね」
細い路地に入る。他に、人は見えない。
「スピンッ!」
左に半回転。全身から光が溢れ、私の右腕に収束する。
「!? …小春、ちゃん?」
「え?」
光が解け、目の前にいたのは。
「藍ちゃん…!?」
初陽、可愛いです。
病院行きたくなりました。