particle21:許すことなんて、出来そうにない(1)
「ん、お前、見ない顔だな。新入りか?」
「はい。今日付けでこちらに配属になりました」
「そうか、なら登録は済ませてこい。隊長にも、顔は見せて行け」
「はい。隊長は、今、どこにいるのでしょうか?」
「ん? 多分、スペル様と一緒に地下だろう。敵から情報を聞き出している」
「了解しました。では、わたしはこれで」
すれ違う。
小春ちゃんは、地下か。
(冷や冷やしましたぞ、藍殿)
クォさんの声に、野太い声で答える。
「わたしがここに来たことに気づかれると、小春ちゃんが危ないですから。能力で他人になれるのは、好都合でした」
変装は、問題ない。体の一部以外は、男の人になっている。
(まず、地下へ行く道を探さないといけないわね)
「ああ、それなら問題ないです」
(え?)
男子トイレに入る。一人、先客がいた。好都合でもある。
「すみません」
体に触れる。同時に、能力で、触れた男の上唇と下唇をくっつけた。
「!? ~~~!!」
声にならない声が聞こえる。
「あまり、うるさくしないで下さい。今度は、鼻を塞がないといけなくなります」
右の鼻の穴を能力で塞ぐ。声がひときわ大きくなったが、観念したのか、すぐに声は小さくなった。
「この施設の地下への道、それを教えてください。あ、声は良いです。ここからどう行けばいいかを、紙に。紙とペンは、今、用意します」
壁に手を当て、紙とペンを作り出す。それを渡すが、男は首を振った。
「わたし、これでも急いでるんです」
左の鼻の穴を塞ぐ。みるみるうちに男の顔が赤くなり、眼が充血し始める。
気を失う寸前で、両の鼻の穴を元に戻した。
「書いて、いただけますか? 言っておきますが、でたらめを書いてわたしを困らせるようなことがあれば、遠慮なくぶち殺しますので」
男が激しく首を上下に動かし、紙にペンを走らせ始める。
「ありがとうございます」
書きあがったものを受け取ると、鳩尾に拳を打ちこみ、気絶させた。
(あ、藍…)
「さあ、行きましょう。グズグズしてられません」
紙に書かれた場所に向かって歩いていく。その場所にたどり着くと、扉があった。見たところ、セキュリティロックがかかっている。
(これは、カードのようなものが必要のようね)
「そうみたいですね」
無造作に扉に手を触れ、扉の粒子を砂に変える。扉の先の階段を、ゆっくりと地下に向かって降りていく。
一番下の階まで降りていくと、扉が一つ。
「お、スペルの言ってた話だと、四人来るそうだが、一人か。物足りねえな」
開けて進んだ先の部屋に、知っている男がいた。
(!? あの男はッ!?)
「? あなたは確か、グリードですよね。なるほど、クローンですか」
「おう、当たりだ。意外に、驚かねえのな。オレが、ここにいることも含めて」
「罠ぐらいは、当然張ると思っていました。でも、良かったです」
「あ?」
手で、全身をわたしに戻す。
「ようやく、あの時の借りが返せますから」
上空から、小春の姿を探す。
「あ、いた!」
すでに小春は、あたしの姿を見つけたようだった。笑顔で手を振っている。
「ったく、暢気よね」
滑空しながら、近づいていく。
「!? 何をするのッ!? 小春ッ!?」
小春に近づくと、うなりを上げながら、拳が来た。寸前のところでそれを避け、小春と距離を取る。
「惜しかったです。でも、いいですね。そうでないと、私にも消し甲斐というものが、ないですから」
(鈴花、あれって…)
「ええ。藍の言っていた通りかもね。この子は、私達の知っている小春じゃないわ」
変身もしていないのに、小春の全身から赤い粒子が迸っている。何か、どす黒い赤だった。固まり始めた血の色に似ている。
「他の人は、まだですか。鈴花さんの消えるところ、皆に見てもらいたかったのになあ」
小春の姿が消える。いや、違う。
「!? 速いッ!」
空中にいるはずなのに、瞬時に距離を詰められる。拳、戟で受ける。赤い粒子。戟を伝線してくる。体に伝わる前に、離した。戟が光を放ちながら消えていく。
「まだまだ、こんなものじゃないですよッ!」
続けざまの、拳。受けた反動で体が硬直してしまっている。
「セデーレ・リドゥツィオーネ(緑道の軽在撃)!」
体が何かに引っ張られる。あたしのすぐそばを粒子を纏った拳がかすめた。
「大丈夫か、鈴花?」
「ええ。感謝するわ、初陽」
そう言うと、抱き上げているあたしを地面に降ろす初陽。少し悔しいけれど、こういうのもまあいいかもしれないわね。
「…あれは、本当に小春なのか?」
射程外まで距離を取った小春を見て、初陽が言う。
「さあね。洗脳でもされているか、操られているのか。どうあれ、あの子を敵に回している。これほど厄介なことはないわね。かなりは?」
「近くには来ている。攻撃のタイミングを伺っているのだろう」
「まあ、少なくとも、連れて帰るには戦闘不能にしないといけないわね。さっきの小春だと、説得も無理そうね」
「仕方ないか」
初陽が苦い顔をした。よく思うことだけど、初陽は、細かいことを気にしすぎるところがある。
「初陽は後方支援してくれるかしら。さっきわかったのだけれど、あの小春に、近接戦闘は危険すぎるわ」
「わかった。鈴花はどうする?」
「ま、こうするわ」
能力で辺り一帯の電柱を地面から引き抜く。
それを、一斉に小春へ!
ちょっと荒っぽいけれど、これぐらい小春なら避ける。
ま、最悪、藍が頑張ってくれるから問題ないわ。
(鈴花、そういうの、『きちく』っていうんだよ)
「なら、あんたに対するあたしは、鬼以上の存在、神ってところかしら?」
(いやいやいや)
小春の周りに、アスファルトに亀裂を入れながら、電柱が突き刺さる。迫ってくる電柱を何事もなく躱しながら、小春が赤い粒子を拳に宿しながらこちらに駆けてくる。
「敵にすると、小春の突撃って、恐ろしい以外の何物でもないわね」
初陽の投げたナイフを拳で弾き、光に変えていく小春。前進の勢いは変わらない。
もう少し。
小春が躓き、体勢が崩れた。さっき小春から距離を取った時に能力で、進路上のアスファルトの中の砂鉄を取り除いた空間に出来た穴だ。
「今よッ、初陽!」
「よし、セデーレ・マッジョラッツィオーネ!(緑道の重在撃)」
小春の周囲の空間に緑の粒子が漂う。それと共に、小春の動きが止まった。
「!?」
驚く小春の背後から、黄色い粒子を帯びた弾丸。かなりの腕前を、あたしは信じていた。
「なッ…!?」
その弾丸が小春の腹部を貫く前に、小春の全身が赤い粒子に包まれる。かなりの攻撃は、小春に届く前に体を包む粒子で分解された。
「…そういえば、アレがあった」
いつの間にか、かなりが傍にいた。
「…アレがあるかぎり、私達の攻撃は、小春には届かない」
小春が笑いながら、緑色の粒子の中を歩いてくる。
「もう終わりですか? 藍ちゃんがいないのが気になりますけど、まあ良いです。どうせ、消すのは同じですから」
「小春…」
「全く、厄介ね」
「まさか、そんなッ…、馬鹿、な…」
構えたまま、頭部に穴の開いたグリードが崩れ落ちる。
思わず、咳こんだ。血が飛び散る。私の胸の真ん中にも、風穴が空いていた。
「ごぶッ…! 練習しておいて、良かったです。あなたと戦ってから、密かにわたしは、あなたの技を研究していました。残念ながら、同じレベルにしかならなかったようですけど」
「心臓をぶち抜いた、はずだ…。なん、で、生きてる…?」
「七罪と戦うのに、一つの心臓だけで戦うわけ、ないじゃないですか」
わたしに戻る時に、わたしの体の一部をさらに作り変えた。左右の肺の位置に、もう一つずつ、二つの心臓を作った。体のパフォーマンスは格段に上がる代わりに、出血すると勢いが凄まじいのが難点だった。
「それも、治すので問題ないですけど」
胸に手を当てる。傷を元通りに治した。
「でたらめ、すぎ、る…」
そう言って、グリードは動かなくなった。
「ようやく、借りは返せました」
また、扉があった。
開けると部屋があり、見慣れた人が二人、妙なポーズを取っていた。
(かなり殿と、ティノ殿!?)
(いえ、ティノの肉体は消滅したわ。と、すると、あれは…)
「グリードと戦っている時から、想定はいくつかしていましたが、一番、当たって欲しくない想定が当たったみたいですね」
「あれ~、一人?」
「…拍子抜け」
「すみません、一人だけだと、寂しいですよね。待ってください、今、人を増やしますから」
床に手を当て、能力を発動する。
「へ?」
「…?」
床からゆっくりと這い上るように現れた二人の女の子。
「…私達?」
「あ、まずいッ!」
かなりさんとティノさんが、床にいるわたしの作った二人そっくりの女の子に引き寄せられていく。
「かなりさんから、聞きました。かなりさん達は、次元移動できる代わりに、同じ存在と長時間同じ次元にいれば、同一化してしまうと」
床から手榴弾を作り出し、その栓を抜いた。
「なら、かなりさん達のクローンがいるこの次元に、そっくり同じ存在を作り出せばいい。そうすれば、お互いが、お互いを引きつけ合う」
「忘れてない? アタシ達は次元移動できるってことを! あなたのその攻撃だって、アタシ達には通じないんだからッ!」
「そうですね。でも…」
引き寄せられていく二人の進路上に、栓を抜いた手榴弾を投げた。
「片方が次元移動している間は、もう片方は次元移動できないんですよね? どうします? 姉が、妹を。妹が、姉を。見捨てて、自分だけ次元移動して助かるんですか? そうして、肉親を見殺しに出来るんですか?」
「なッ…!?」
「…ウィデア、ごめん、私、そんなこと出来ない」
「もちろんアタシもだよ、姉さんッ!」
「そうですか。美しいものは、はかないですね」
爆風。盾を構えて、凌いだ。肉片が、辺りに散らばっている。
「別人と言っても、仲間を倒すのは、少しだけ、辛いです」
(藍殿…)
気を取り直し、歩き出す。
「多分、あと、四人」
奥へと続く扉を開けた。
部屋の中央に座り、眼を閉じて瞑想している大きな男の人。
「次はあなたですか、グラさん」
眼を開いて、ゆっくりと立ち上がるグラさん。
「我を、知っているのか」
「はい。一緒に、お団子を食べました」
「我に、そのような記憶は無い」
「そうですね。あなたは、グラさんとは違います」
「ここに来た者と、戦えと命じられた。輩のために、我は、お主を倒さねばならぬ」
「わたしはただ、わたしの大切な人を取り戻しにきただけです。戦いに来たのではありません」
「大事な、ものか」
「わたしの大切な人は、今も多分、言えないほどのひどい目にあっていることでしょう。わたしは、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのです」
「輩が、そのようなことをしているのか…」
「わたしの知っているグラさんは、それを許せない人だったと記憶しています」
グラさんが眼を閉じる。そして、眼を閉じたまま言った。
「…行くがいい」
「いいんですか?」
「…我は、ここで眼を閉じ瞑想していた。なれば、侵入者の姿を見れずに通してしまうこともあるだろう」
「ありがとうございます」
グラさんを通り過ぎ、次の部屋へと続く扉を開ける。
(別人になっても、変わらないものは変わらないものね)
(藍殿の戦略ですな)
「あと、三人」
部屋に入ると、異臭が鼻をつく。思わず、咳き込んだ。体が痺れてくる。
「クク、何の準備もせずボクと戦おうなんて、舐めてるねえ」
見ると、ガスマスクをした人が、立ってわたしを見下ろしていた。おそらく、ルクスだろう。
「どうだい? もう動けないだろう。さあて、どうしようかなあ」
そう言うと、ゆっくりと鎧とドレスを脱がしていくルクス。下着まで脱がされ、肌を露わにされる。
「うん、やっぱり、中学生は素晴らしいよ。年増の体には無い瑞々しさがある。ゆっくりと味あわせてもらうよ」
すでに下半身をむき出しにしているルクス。分身は怒張していた。
それがゆっくりと、わたしの中へと入っていく。
「…妙な気分です、自分が犯されるところを見るのは」
「!?」
わたしが生み出したわたしに、馬乗りになっているルクスの目の前に立つ。
「あ、アルズブラウッ!? そんな、マスクも無しに、どうしてッ!?」
「自分を作り変えれば、そんなのわけないです。自分を作るのと、同じように」
ルクスの入ったわたしが震えていた。少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
だから。
「アルテラート」
わたしに触れ、わたしを別の女性へと作り変える。
「なあああッ!?」
繋がったままのルクスが悲鳴を上げる。
「あなたを殺すのは、象が蟻を踏み潰すより簡単だと思いました。だから、別の方法で、あなたには死んでもらいます」
「ふふ、何度でもいっていいのよ? 死ぬまで、いかせ続けてあげる♪」
繋がったままの女の人が妖艶な笑みを浮かべ、腰を動かし始める。
「ゆ、ゆるしてッ! じゅ、熟女はボクの好みじゃあないんだアアアァーッ!!
悲鳴を遠くに聞きながら、ドアを開ける。
「あと、二人」
ドアを開けると同時に、巨大な刃が襲ってきた。瞬時に盾を作り出し、攻撃を受ける。
「くッ!」
予想していた通り、イラだった。息をつく間もなく、次の攻撃が飛んできた。なんとか、盾でそれを受け流す。
攻撃は、速い。防ぎながらも、徐々に壁際に追いつめられている。
十分な集中を練る時間すら与えてくれない。
(藍、まずいわ)
「わかってます」
一か八か。
片手で盾を構え、もう片方の手で壁に触れる。
(藍殿、この短時間では、具体的なイメージは)
「わかってます」
イメージは単純だから、多分大丈夫。
水。
触れると、壁が水に変わり、隣の部屋と繋がった。
そこには。
「…何、だと!?」
イラの動きが止まる。無理もない。隣の部屋には、今真っ最中のルクスと女の人が大きな喘ぎ声をあげながら交わっていた。
その隙。
見逃さず、イラの体に触れた。
「アルテラート」
「!? ぐああああああッ!!」
イラの全身が震えながら作り変えられていく。
「!? …何故だ、何故俺は生きている?」
作り変えられたイラが、戸惑いの声を上げた。
「床の水を、見て下さい」
「…? !? これが、俺か?」
イラは、驚いているようだった。床の水たまりに映ったイラの顔は、全く別の顔になっていた。
「わたしのイメージする、最もカッコいい男の人に、あなたを作り変えました。もちろん、戦闘力も全て人並みにして」
「…どうして、こんなことをした?」
「ふふ。その顔で街を歩けば、きっとどんな女性でも、あなたを振り返る。幸せになってください」
女性に、戸惑う。
そんなイラが、いじめられて戸惑っていたわたしに重なったから。
「…俺に、情けをかけるというのか。敵である、この俺に」
「好きで、生まれてきたわけでないと思います。それは多分、誰しも。でも、生き方を縛られる必要は、絶対にない。だから、あなたは好きなように生きて下さい」
「…完全に、オレの負けだな。行け。この先に、アルズロートがいる」
「はい。それでは」
歩き出す。背中に、イラさんの声が聞こえた。
「アルズブラウ」
「はい?」
振り向く。
「感謝する」
そう言って笑うイラ。無表情だった前とは、違った顔がそこにはあった。
「その笑顔なら、大丈夫ですよ」
扉を開けた。
「あと、一人。待ってて、小春ちゃん」
次回、小春救出編決着。自重しない藍にご期待ください。




