particle18:いつか、きっとまた(2)
山中を、船瀬と共に歩いていく。
「あの、初陽さん? コレ、どこに向かって歩いてるんスかね?」
「うるさい、黙って歩け」
「いや、オレ、せっかくなんで初陽さんと色々話したいんスけど」
「…好きにすればいいだろう」
「じゃ、初陽さんはお風呂で体を洗う時、どこから洗うッスか?」
「…何故、そんなことを聞く?」
「いや、想像するのが楽しいって…。じょ、ジョイ談、冗談ッスからッ!? ナイフはしまってッ!」
「ふん」
一応、これもデートというものなのだろうが、一般的にデートと呼ばれている物とはずいぶん違うという感じもする。しかし、それでも、こんな会話が私達らしいという気がした。変な空気になるよりは、全然マシだ。
空を見上げる。雲一つない空に、満月と、無数の星が煌めいている。山の中で、昔から、星はよく見えた。
私の視線に気づき、船瀬が口を開ける。
「月と星ッスか。どちらも貴方の美しさには敵わないッスよ」
「ふん」
聞き流し、歩く。完全に聞き流せない自分が、何だか悔しかった。
「着いたぞ」
「おおッ!?」
船瀬が声を上げる。
山中の湖だった。月が湖面に映り、二つになっている。それを囲むように、無数の蛍が湖面の上を光を放ちながら飛び交っていた。
「蛍ッスかあ。この季節には、珍しいッスねえ」
「この辺りの蛍は、秋に成虫になる。今が、その季節なのだ」
「感激ッス。感謝するッス、こんな素晴らしいトコに案内してくれて」
「落ち込んだ時に、ここで月を見る。そうすると、湖面に映った月に自分の欠けている物が見えてくるような気がする。だから、私はこの場所が好きだ」
蛍が傍に寄って来た。指を差し出すと、その先に止まる。
「…もう一度だけ、言っても良いッスか?」
指の先で動く蛍から顔を上げると、真剣な顔をした船瀬がいた。
蛍を空に逃がし、船瀬に向き合う。
「オレは、貴方が、柊初陽が好きです。打算も何の掛け値も無く、貴方のことを愛しています」
「だが、私達は、いや…」
言葉を止める。言いきるには、あまりに船瀬の眼は誠実すぎた。
多分、そういうことではない。
船瀬は、敵とかそういうことは関係なく、私に自らの想いを伝えてきた。
だから、私もそれを抜きにして考えて答えるべきだ。
口を、開けた。
「私は正直、お前のことをどう思っていいのかわからない。軟派で、ストーカーで、軽薄な男だ。しかし、こうして接していると、不思議と嫌な気分にはならない。女としてはどうかと思うこの私に告白してくれたのは、お前が初めてで、告白されてから、少なからず、お前のことを考えていたのは事実だ」
船瀬は、何も言わずにただ話を聞いてくれていた。次の言葉を考えるが、それより先に、言葉が不思議と口からこぼれ出してくる。
「だから、私は、お前のことを、…船瀬のことを、少なからず、憎からず思っているのだと思う」
言い切った。船瀬は、何も言わない。
「そ、その、な、何か言え…」
黙ったまま、船瀬が近づいてくる。後ずさりするが、そんなことは構わないと言った風に近づいてくる。
「!? な、何だッ!?」
抱きかかえられ、抱き上げられる。
「やったああああァァァァーッ!!」
私を抱きかかえたまま、その場でくるくると回る船瀬。景色が回転する。
「マジッ!? マジッスかああああァァァーッ!!」
「う、うるさいッ、黙れッ、おろせッ!」
船瀬の背中を叩くが、そんなことどうしたという風に船瀬は同じた様子が無かった。
「嫌ッス、降ろしたら初陽さん、逃げそうッスもん」
「…」
何故バレたのだろうか。
「なら、オレ達、両想いってことでオッケーすよね!」
「な!? どこをどう勘違いしたらそうなるんだッ!?」
「いやもうそういうことにしましょう、うん!」
「誰がッ…、おい、抱きしめるのは止めろッ! ぎゅ~ってするんじゃあないッ!」
「無理ッス、もう無理ッス! 嫌なら、そのナイフでオレを殺せばいいッ! そうしないということは、しても良いってことッスよね!?」
「くッ…!」
数回回転した後、ゆっくりと船瀬が私を地面に降ろす。回りすぎて船瀬は若干荒い息をしていた。私も、叫び過ぎて荒い息をしているのが自分でもわかった。
「はぁはぁ、い、いいか…。私達は、敵同士なんだぞ。敵同士なのに、こんな…」
「はぁはぁ…、そうッス。オレ達は敵同士ッス。でも…」
船瀬が見つめてくる。顔を背けずにはいられない眼差しが、そこにはあった。
「それは今の話ッス。いつか、敵同士じゃなくなる日が来るかもしれない。その日が来たら、オレは、貴方を迎えに行くッス」
「なッ…!? 馬鹿ッ!」
「そうッス。馬鹿な話ッス。でも、オレは約束したい。誰でもない、柊初陽と」
「ッ!? …まったく、お前は本当にバカな男だ。こんな私に惚れ、妄想じみた約束を一方的に押し付けてこようとする」
「嫌いになったッスか?」
「ふん」
小指を差し出す。
「え?」
「約束してやる。そんな日は絶対に来ない。だから、約束してやる」
「ふっ、素直じゃないッスね」
指を絡める。絡めた指に、蛍が一匹止まった。
二度目の、約束。
果たされるかは、私も、船瀬も、期待してはいないだろう。
それでも、約束することに、意味はある。
そう、信じたいのだ。信じていたいのだ。
「これぐらいは、良いッスよね」
不意に、絡めた指が引っ張られた。蛍が指先から飛び立ち、私の体が船瀬の方に寄りかかる。受け止めた船瀬。何か、温かいものが、頬に触れた。
「お、お前…ッ!?」
「さあ、帰りましょう。いなくなったのがバレるのも嫌ッスよね?」
「さ、さっきのはッ…!?」
「いやあ、綺麗な満月ッスよねえ~」
「答えろォーーッ!!」
指は絡まったままだった。
もうすぐ、離れる指。
それでも、まだ絡めていたいと思った自分に、少しだけ、鈍い痛みが差した。
初陽さんが牢の中で呆然としていた。呆然と言い方がぴったりとくる様子で、何かをじっと考えているようだった。
聞かなくても何を思っているのかはわかっていた。船瀬さんという男の人のことだろう。私も一緒にいたが、とても声を掛けられる雰囲気ではなかったし、掛けなくて正解だったと思い返して思う。
(初陽さん、大丈夫ですか…?)
「ん? ああ、シノ。すまない、少し、考えてしまっていた」
船瀬さんは、初陽さんを家まで送ってから、別れた。お互い、名残惜しそうな顔をしていたのは覚えている。
(船瀬さんのことですか…?)
「ああ。自分でも馬鹿なことをした気がしている」
(後悔、してますか…?)
「いや。それが不思議と、少しもそんな想いは起きてこないのだ。それにも戸惑っている」
(初陽さんは、嬉しそうでした。傍で見ていた私には、わかります。ですから、あれで良かったと思います…)
「そうか。シノにそう言ってもらえると、少し安心する。ありがとう、シノ」
(いいえ、私は、初陽さんの力になりたいだけですから…)
「シノは何故、私を選んでくれたのだろう?」
(前も、話したような気がします…)
「不思議だから、もう一度聞きたいんだ。シノも船瀬も、何故私を選んだのか。それが、とても不思議なんだ」
(船瀬さんが何故、初陽さんを選んだのか、私には少しわかるような気がします…)
「? 何故だろう?」
(初陽さんの思い悩む姿が、その姿がとても気になってしまうのです。それで、惹きつけられたのだと思います…)
「変だな。何か、とても、変だ」
(はい。でも、初陽さんのそんなところに、惹きつけられてしまった。私も船瀬さんも、きっとそうなんだろうと思います…)
「そうか。…シノ、ありがとう。私はずっと眠るのが怖かった。一人で眠りにつくのが、怖かったんだ」
(今は、私がいますよ…)
「ああ、共に眠ってくれるか? 少し、今日は色々あって、疲れた」
(わかりました。陽が出る頃に、起こしますね…)
「ああ、頼む」
初陽さんが、石の床に横になった。
すぐには眠れないだろう。
虫の声だけが、牢の中に木霊していた。
気配で、眼が覚めた。
格子窓から流れる霧。
外は、白い靄に覆われていた。
シノを使って、錠を開ける。慣れたものだった。
地下の階段を上がり、家から外に出た。周りは深い霧で囲まれ、周りはよく見えない。
それでも、いる。
「シノ、頼む」
(はい、初陽さん…)
「スピン」
一瞬で軍服を纏う。霧の中。気配の方から、人影が姿を現した。
「お前は…」
巨大な刀を持った男。
七罪のイラだった。
「他の者は、いないようだな」
明らかに殺気を放っている。
「…サシで勝負がしたいと思った。集団戦では、純粋な個の強さは測れない」
個別撃破ということだろうか。あちらも単独で来た分、純粋に一対一の戦いを望んでいるのだろう。
悪くない。この条件ならば、私自身も思い切り戦える。
「良いだろう、アルズグリューン、参るッ」
ナイフを両手に持ち、駆けだす。イラに斬りかかるが、姿は霧の中に消えた。
「ッ!? ちッ!」
右下段。巨大な刃がすくい上げるように斬りつけてくる。跳び退くが、正確に私の逃げる方向を読んで刃が襲ってくる。ナイフで受け流すが、完全に勢いを殺しきれずに、鋭い痛みが腕を襲う。
(初陽さん!)
「ああ、わかっている、シノ」
恐らく、イラの能力で数秒後の未来が読まれているのだろう。だから、この視認困難な霧の中でも正確な攻撃が繰り出せる。
「だが、私達にも戦いようはあるッ!」
再び襲ってきた刃。霧の中から微かに見えた。
「セデーレ・マッジョラッツィオーネ!」
刃の運動がひどくゆっくりになる。余裕をもって躱し、その先を斬りつけた。
「!? いないだとッ!?」
ナイフが空を切る。巨大な刃は私に斬りつける形で投げられていた。
とすれば。
(初陽さん、時間がッ…!)
「くっ!」
瞬間の集中では、今は質量を増大させるには数秒がいいところだった。周りの空間の質量を増大させるのと同時に、私自身が動く予定の空間の質量も減少させなくてはならない。その分、ただ質量を減少させ加速することよりも能力の持続時間は短くなる。
「…隙ありだ」
背後。振り向く。腹に拳が飛んでくる。喰らい、吹っ飛んだ。
(初陽さんッ!?)
受け身を取る。口から血がこぼれた。当たる直前で能力を使い勢いを殺す方に加速したが、それでも半端ではない威力だ。
(能力の使用さえ、読んだ上で攻撃してくる。一体どうしたら…)
「くッ…!」
「次で、フィナーレだ」
刀を拾い上げたイラが構える。
まだだ。
こんなところで死ねるか。
「私は、約束を交わしたのだッ! 私には、まだやるべきことと、果たすべき約束があるッ!」
イラに向かって、駆けた。イラも、駆ける。
「セデーレ・リドゥツィオーネ!」
加速した。多分、勝負は一瞬。
一瞬でいい。
一瞬だけ、イラの動きが止められれば。
「!」
思い出した。
多分、やれる。
それに、賭けるしかない。
「シノッ!」
呼びかける。
(!? 初陽さん!? でもそれはッ!?)
同一化している。すぐに私の考えを読んでくれた。
「構わない、やってくれ。私の合図で、頼む」
(わかりました。必ず、勝って下さい…!)
「もちろんだッ!」
近づくイラ。顔が見えるほどだ。
「今だッ、行くぞ、シノッ!」
(はいッ!)
「スピン!」
変身を解く。衣服に粒子に溶け、シノに再構築される。そして、私の元々の服も。
「な、何ッ!?」
裸の私を見て、イラの動きが一瞬止まる。
「うおおおおおおおッッッ!!」
交錯した。
ナイフの切っ先がイラの首に入り、斬りぬけた。
「ぐおおおおあああああッ!!」
振り向く。
白い霧の中を、吹きだす血で赤く染めるイラ。
(やったッ…!)
「はぁはぁはぁ…」
構える私に、首から血を流したままのイラが近づいてくる。
「お前の、勝ちだ。そして俺は粒子に還る。最後に、良い戦いが出来た。それだけで、俺は肉体を持った喜びを感じた。それを俺は、忘れぬことだろう」
イラがゆっくりと倒れる。倒れ、開いたままの眼を指で閉じた。
「初陽」
声に振り向く。両親と美奈さんがいた。
「!? …いつから、いたんですか?」
美奈さんがにかっと笑う。
「貴方達が戦っていたところから。それでね、私達、賭けをしていたの。この戦いで、ひーちゃんが負けたら私が死ぬ、勝ったらひーちゃんの好きにさせてあげる。ま、どうやら賭けは私の勝ちみたいだけどね」
「そうなのですか?」
父に聞くと、父は苦々しそうに頷く。どうやら私の預かり知らぬところで、何かが決まっていたらしい。
「ならば、私は隠忍でなくてもよいということなのですね?」
母が答える。
「ええ。その前に初陽、何か服を着なさい。風邪をひきますよ?」
「あ…」
言われて改めて自分の姿を見る。船瀬がいたら、何と言うだろうか。
そんなことを考えている自分が、なんだか不思議で嬉しかった。
「~♪」
アジトに戻って自室で作業していると、遠慮がちにドアがノックされた。
「はいはい~、どうぞッス~♪」
入ってきたのはドリンク剤を持った飛澤だった。
「? どうしたんスか? 隊長なら、今出かけてるッスよ」
「いえいえ、今日は船瀬様に用があって参りました」
「? オレに? 何スか?」
「過激派の副隊長として輩のためにお働きになられ、連日お疲れだと思いまして、船瀬様に栄養の付くものを持って来たのです」
そう言って差し出されたドリンク剤のような瓶を受け取る。
「これ、栄養剤っすか。飛澤が作ったんスか?」
「はい。船瀬様の不足しているものを詰め込みました」
「へえ、何スかねえ、不足しているものって。そんなの、無いと思うんスけどねえ」
「飲んでいただければ、おわかりになられます」
「そうッスかあ? じゃあ、さっそく」
瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。至って普通の栄養剤のように思える。
飲んでみた。味も普通だ。
「!?」
なんだろう。
ひどく、体が重くなる。
瞼がやたら重い。
「こ、これは、何、だ…? 睡眠薬か何かッス、か…?」
たまらず、椅子に座る。
「正解でございます。ですが、やはり輩相手では、効果は少し弱いようですね。人間では、すぐ眠ったのですが」
「言っておくッスけど、オレ、睡眠は足りてるッスから…」
「存じておりますよ」
「なら、何故…?」
「貴方様に足りないのは『死』でございます」
「!? な、ぜ…?」
「人間と情を通じられると、スペル様の、輩の計画に支障をきたすからですよ」
「う…」
椅子から転げ落ちる。床を這って、出口へ手を伸ばす。
「はつ、ひ…」
約束が。
約束が、あるんだ。
伸ばした手は、ドアノブに一瞬触れ、床に落ちた。
タイトルで嫌な予感がした貴方はいたって正常な思考の持ち主です(笑)
…はいすみません、ちゃんと結末はハッピーエンドを予定していますので安心して読んでいただけるとありがたいです。




