particle17:思いやれると、信じて(3)
どうする?
どうすればいい?
目の前には、腹部から出血したお姉様。
あたしに、何が出来る?
お姉様に、あたしは何が出来る?
お姉様に及ばない、このあたしが。
そんなあたしが、お姉様に何が出来るというのだろう?
(しっかりしてッ、鈴花ッ!)
ルーオの声で、我に返る。
「ルーオ、あたしは…」
(いつもの鈴花はどうしたッ! いつも自信満々で、ふんぞりかえって、わたしを罵倒している鈴花はッ!)
「でも、お姉様が…」
(桜は桜ッ! 鈴花は鈴花ッ! 今、鈴花には、出来ることがあるッ! 貴方にしか、出来ないことがあるッ!)
「…」
くそッ。
何であたし、ルーオに説教されてんのよ。
「…あたしに出来るコト、ね。クス、そうよね」
立ち上がり、集中した。白い粒子がお姉様を包み、磁力で引きちぎれた腹部の肉と血が体に戻っていく。
これで、少しはもつはず。
「いつも、それを考えてた。あたしにしか、出来ないコト。お姉様にだって、出来ないコトを」
(それが今、ここにある、あるよッ!)
「そうね、確かに今、そいつはここにある。ふぅ、何を混乱していたのかしら、あたし。らしくないわね」
目の前のライオンの姿をした悪獣を見る。あたしとお姉様を見て、お姉様の方を襲った。弱い者から襲う。そういう習性なのだろう。今は、逆であって欲しかったが、次の行動は予測しやすくはある。
「引けッス!」
船瀬という男の声が響くが、悪獣は動かず、間合いを測っている。
「くそッ、何で言うことを聞いてくれいんスかッ!?」
制御が効かないらしい。さっきの攻撃速度から考えるに、初速は悪獣の方が上だろう。だが、先を読めれば、やりようはある。
低いうなり声を上げながら、低くライオンが構えた。
来る。思った時、影が走った。瞬間、倒れているお姉様と襲い掛かるライオンの前に飛び出し、戟を振るう、その戟が躱され、ライオンの牙があたしの腕に深く刺さり、骨を噛み砕き、戟を持ったままの右腕を食いちぎって駆け去った。
(鈴花ッ!)
「ぐっ…!」
やっぱり、少し、あたしの方が遅いか。
まあいいわ。これ以上、お姉様が傷つけられるのは防げた。
(でも、腕が…)
悪獣があたしを見据え、少し顔を笑みで歪めさせた。負傷したことでお姉様よりも簡単に倒せるとでも思っているのだろう。
まったく、畜生はおつむが単純で羨ましいことこの上無いわ。
「なぁに猫のくせして、クッソ気持ち悪い笑み浮かべてるのかしら? もしかして、腕一本取っただけで勝ったとでも思ってるのォ? もしそうだとしたら、あんたの首から上をはく製にして、どこかの劇団に売りつけてあげるわ」
悪獣が、深いうなり声を上げる。どうやら怒ったらしい。
(鈴花、本当に大丈夫!?)
ルーオが叫ぶような声を上げる。
「あんたが騒ぐんじゃあないわよ。こんなの、後から藍に治してもらえば良い。それだけの話じゃない。それよりも…」
地に伏したお姉さまを見、それから、残った左手で悪獣を指さす。
「あんたはあたしの大事なものを傷つけた。光栄に思いなさい、ひどくあっさり無様に殺してあげる」
「大事なものっていうのは、その女性のことっスか? よく見れば、顔がそっくりッス。とすると、あの女性はあんたの姉の秋白桜。でも、情報によれば、あんたと姉は不仲のはず…」
背後の船瀬に振り向かずに言う。
「そうよッ! あたしはお姉様が苦手だった! あたしより何でもうまく出来てしまうお姉様がッ! でもね、こんなことで、あたしはお姉様を失うわけにはいかないッ! お姉様はあたしが超えなきゃいけない壁、目標、通過点ッ! だからお姉様には、あたしがお姉様を超えていく様を、誰よりも何よりも近くで見てもらわなくちゃあいけないッ! あたしが、悠々とお姉様を超えていくその様をッ! そのために、あたし以外の誰にも、お姉様を傷つけることなんてさせないッ!」
(それでこそ、あたしの鈴花だッ!)
「いくわよルーオ、力を貸しなさいッ!」
(合点承知だぜッ!)
悪獣に向かって飛びだし、空中で加速する。悪獣も迎え撃つように飛びかかってきた。
飛びながら、腕の先が無い右手を、頭上に構える。そして、それを思い切り悪獣に向かって振りおろした。
「血汐に廻る、白銀の波動ッ! シルバーホワイト・コルテッレリーアッ(銀翼の刃撃)!!」
右手の傷口から吹き出した血が、磁力によって赤い鎌に変わる。飛びかかってきた悪獣の脳天を、右手と一体化した血鎌で、真っ二つに裂き、馳せ違った。
磁力で鎌となった血をあたしの中に戻す。血を流し過ぎているので、腕も一応、磁力でくっつけた。
(鈴花、船瀬がッ)
ルーオの声に周りを見回すと、船瀬がいない。悪獣と戦っている間に撤退されたようだ。
(追う? まだ遠くに行っていないと思うけど)
「あんた、今のあたしを見て、よくそんなことが言えたわね」
全身血だらけだろう。痛みで、眩暈もする。
(でも、桜のことで怒ってると思ってさ)
「そりゃまあ、そうだけれど。でも」
(? でも?)
「何でも無いわ」
初陽が悲しむからなんて、あたしも甘いわね。
それを知っていて聞いてくるコイツもコイツだけれど。
「鈴花さーんッ!」
「大丈夫か、鈴花ッ!」
「…チャリで来た」
駆けてくる小春が見えた。藍もかなりも初陽もいる。
「すごい怪我です! すぐ治しますから!」
「あたしは後でいいわ。お姉様をお願い」
駆け寄ってきた藍に、お姉様の治療を頼む。血はなるべく流れ出せないように能力を使っていたが、内臓や痛みまではどうすることも出来なかった。
「わかりました」
藍が集中し、お姉様の腹部に手を当てた。傷が見る見るうちに治っていく。
「んん…」
気を失っていたお姉様の眼が開く。どうやら助かったみたいで、ほっとする。
「鈴花、さん…?」
「はい、そうですわ」
藍の治療を受けながら、お姉様に答える。
「その姿は…?」
もうバレてしまっているし、今さら隠す必要もないと思えた。
「お姉様に隠していたことです。わたくし、先程の輩と戦っているのです」
「そうだったのですか。格好いいと思います、とても」
「!? クス。はい、ありがとうございます」
お姉様が見たのは、藍が治した、傷一つ無い変身したあたしだろう。
(血みどろの鈴花じゃなくて良かったね)
「まあね」
ついでに、さっきあたしが言ったことを聞かれなくて良かったとも思う。
「? 鈴花さん、誰と話しているのですか?」
「他人です」
(ひでええええぇッ!?)
「そんなことよりも、あの、お姉様…」
さっき、あんなことを堂々と言ってしまった手前、少しあたしも、効率よくお姉様を超えることに決めた。
「? 何ですか?」
別に、妥協したわけでも、丸くなったわけでもない。
「わたくしに、お勉強を教えて頂けませんか?」
「!? ええ、私で良ければ、喜んで」
少し、楽しみたいだけ。
お姉様とわかりあって、楽しみたいだけ。
(ほんとに、それだけ?)
「秋白家家訓その五十八(あたし訓示)楽しみは分かち合うこと」
そういうことにしておこう。
何故か涙を流しているお姉様を見ながら、つられて泣きそうになるのを、じっと堪えていた。
上陸の時は、近い。すでに、スペルは上陸しようとし、傍にはいなかった。
地球と呼ばれる星を見る。青が印象的な星だった。母星の歴史の中に、こんな姿があったのを思い出した。母星から離れた時は、海と呼ばれるものは、地下にあり、地表は全て陸地に開発されていた。惑星の内部でさえ、開発しつくされ、貯水をしておく空間が、区画として開発されていた。
母星を共に旅だった輩は、数でおよそ百億。今どれほどいるかスペルに地球に到着する前に調べさせたが、先遣隊を含め、およそ二十七億ほどだった。
「随分、減ったものだ」
母星からここまで、長い月日があった。途中、開拓しようと試み、幾たびも失敗した。それでも、失敗した惑星に愛着を持って住み着いた輩もいた。大半は、各々好き勝手に銀河を旅しようとしたのかもしれないし、開拓に飽きてしまったというのもあるだろう。
しかし、まだ輩はかなりの数がまとまっている。
そのために、やるべきことはある。
輩は、人間を支配しようとする意思が大半だった。別に、それが悪いとも思わない。
全ては輩の幸福のため。一番良い方法があるのならば、それを追及すべきだ。
少し、気になる動きもある。
七罪のディアとウィデアが、人間と共存していく方向性を考え始めたことだ。それは、支配する輩とは、対立している。
どちらがいいのか。
本当に、このままこの星を人間から奪い、支配する方が良いのか。
(悩んでおられますな、総統殿。良いことですぞ)
(グラ、か。戻ってきていたのか)
(無念でしたが)
(俺もいるぜぇ、総統)
(グリードか。残念だったな)
(けっ、まあ次は殺ってやるさ)
(ボクの楽しみ、ボクの楽しみがァ~)
(ルクスも、ご苦労だったな)
すでに肉体を失い。粒子に戻った七罪の三人だった。
(何を悩んでおられたのですかな?)
(人間との共存を、考えていた)
(まさか。無理ですよ。支配してあれやこれ出来ないじゃないですか)
(そうだな。殺し尽くす楽しみが無いぜ)
(グラ、お前は?)
(全ては、総統が決められるべきです。我が、どう考えようとも)
(わかっている。だが、俺はお前の意見も聞きたいのだ)
(人間は、愚かですな。しかし、我々とて、それは同じでしょう)
(肉体を持てば、か?)
(ええ。我々とて、それは同じではありました)
(そうか)
(最後には総統が決められる。ボク達は、それについていきますよ)
(まあ、そんなもんだな。俺はあの小春とかいうヤツを殺したい)
(やれやれ)
グラの呆れた声を聴きながら、眼前の地球を見る。
上陸の時は近づいている。それは、確かに感じられた。
(ところで、どうしてお前達は今まで顔を出さなかったのだ?)
ふと気になったことを聞く。
(スペルと話していましたからね。ボクは、あの人が苦手で)
(俺も同じだ)
(大事な話に水を差すのも悪いと思い、皆遠慮しておったのですよ)
(気にしなくて良い。俺は、誰の話でも聞きたいのだ。そうだな、上陸してからの話を、お前達から聞きたい)
(ふむ。では、我から話しましょう)
グラが話し始める。
近づく上陸の時。
輩は皆、俺についてきてくれるという。
ならば、輩にとって、もっとも幸いなる結果にたどり着くようにしなければならない。
その想いだけは変わらず、それをどうして実現するかを、話を聞きながら考えていた。
鈴花回はこれにて終了。姉と和解できて良かったです。次話は初陽回。果たして船瀬の暑苦しい想いは初陽に届くのか? 多分そんな回です。




