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particle2:あなたの、背中を(2)

 浮いていた。底は、深い。やや緑色をした青が、黒に変わっているほどだ。

 落ち着いて、体を半回転させる。一瞬、視界が白く埋め尽くされ、すぐにまた像を戻した。

 どこかの建物のようだ。やたら天井が高く、照らすライトも眩しい。

 浮かびながら、周りにある青い液体を指で舐めてみる。塩辛く、少し刺激臭を伴う味だ。ただの水とも違うが、海水とも違っていた。

 浮かぶのを止め、泳いでみる。岸は見えるが、それほど近くは無い。五十メートル四方といったところだろう。 数メートルおきに、ブイのように銀色の箱が浮かんでいた。中に何が入っているのか、なんとなくわかった。

 誰も、何もいなかった。胸に不安がよぎり、そしてすぐ、そんなことを考えた自分を恥じて笑った。

 不安を打ち消すように、潜り、泳ぎ続けた。泳いでいる間は、一人だと、冷静に考えることも出来た。

 そうだ。

 誰しも、元はただの一つではないか。泳ぎながら、怯える自分を、ただ恥じていた。

 岸に着いて、地面に上がると、目の前に、一人の男が立っていた。

「飛澤です」

「東裏だ」

 差し出された服を受け取りながら、答えた。柔和そうな顔をしている。

「君は、先に上陸していた輩か?」

「はい。元は、スペル様のところで、細々とした手伝いをしておりました」

 慎ましい性格らしい。だが今は、この表面的な問答が、もどかしくさえあった。

「これは、君がやったことか」

 目線を、青い液体の方へ向ける。プールなのか、何かの貯水槽なのか、判然としなかった。

「はい。私はB2と呼んでおります。『ブルー・ブルー』または、『原初の海』とも」

「銀の箱の中身については、問わないことにしよう。輩をいたずらに問い詰めることは、私の趣味ではない」

「ありがとうございます」

 飛澤と言った男が、恭しく頭を下げた。

「何故、下手に出る? それが、君のやり方なのか?」

「このB2から生まれた輩の方々については、そうした方が良いとスペル様から言使いを受けております」

「なるほど、これは、そういう施設なのか。だが、私には不要だ。他の方々には、わからないが」

「服を着替えられましたら、私についてきて下さい。東裏様に、会わせたい輩がおりますので」

 服を着替え、建物の中を歩いていく。何かの研究施設のようで、窓がないところを見ると、どうやら地下にあるようだ。

「君がこれから私に会わせたいというのは、過激派の一派か。見たところ、君は穏健派のように見えるが」

「私は、どちらという風でもございません。ただ、知というものを探求しております。肉体を伴う、知性にです。過激派でも穏健派でも、技術が欲しいと言えば与えます。逆に、私どもでデータが必要な場合には、協力も仰ぎます」

「そうか。君の考えは、我らが種の繁栄というのでは、有益なことだ。これからもよろしく頼む」

「是非もございません」

 飛澤の後について歩いていく。どこまで歩くのかと、何度か聞こうとしたが、黙って歩いていた。

「こちらで、ございます」

 扉を開ける。運動場の、二階だった。眼下に、整列した人間が見える。

「あの集団は?」

「では、私はこれで」

 問いに答えず、飛澤は去っていく。集団と、眼が合った。皆、覇気を秘めた眼をしている。

「!?」

 突然、集団から雄叫びが上がった。驚きつつも身構えていると、一人の男が集団から飛び出し、私の方に駆けてきた。

「久しぶりですね、えーと…」

 人懐っこそうな青年が、駆け寄って、手を差し出した。

「東裏だ」

 その手を握りながら、かつての面影を探した。似てはいないが、どこかしら面影はあった。

「ああ、そうだ、わかったぞ。ただ、名前は知らないが」

「すみません。久しぶりで、つい嬉しくなって。つけられた名前は、水ト、です」

 そう言った水トは、頭をかきながらも、笑顔だった。

「そうか。水ト、久しぶりだ」

「はい。先輩がこちらに来られると、飛澤さんから聞いて、輩一同、お待ちしておりました」

「この輩達は、君の配下か」

「いえ、同志のようなものです。僕なんて、まだまだ新参ですから。この中で一番古い同志は、二百年前から上陸していたようです」

「まだ時間の感覚が掴めていないが、地球の時間では、長いことだったのだろう。よく耐えたものだ」

「聞くと、何度か、人間相手に事を構えたことがあるらしいです。その話は、また後にしましょう。それより、先輩は、僕達に何か一言言ってください。僕を含め、この同志達は、今から先輩の下につくわけですから」

「そんなことは、許されないだろう。第一、私は、誰より新参なのだ」

「先輩のやってきたことは、僕が彼らに伝えました。そして、先輩が僕達の隊長になることについて、反対の意見は無いんです」

「出来ないと言っている。私は、どちらかといえば力での支配には反対なのだ。その私が、過激派の部隊の隊長など、勤まるわけがない。いたずらに、消える輩を増やしてしまうだけだ」

「皆っ!」

 水トの声で、また雄叫びがあがる。大きさは、さっきの比ではない。

「もっと、もっとだ! お前たちの想いは、そんなものなのか!」

 雄叫びが、さらに大きくなる。

 震えた。

 体が、震えた。

 心が震えているからだろう。

 思わず、叫んでいた。

 ただ、叫んでいたい。そう思った。

 水トも、横で叫んでいた。

 叫びがだんだん小さくなり、そして、しんと静かになった。

「これが、我らの同志の声です」

「わかった」

 目立つ位置に立ち、一階にいる輩達を見回す。

 皆、言葉を待っていた。

「一つだけ、誓おう!」

 全ての瞳が、向けられていた。

「我らは、長き旅路の果てに、この星に辿り着いた! それは、考えることを放棄してしまう程の時間であった!」

 これで良いのか。乗せられたという想いも、どこかにはあった。

「その時間は、決して無為なものだったか! いや、違うッ! この星、この惑星で、再び我らが血肉を持ち、繁栄するための、尊き雌伏の時間であった!」

 だが、あの時思わず叫んでしまった自分を、嘘にはしたくなかった。

「取り戻そう! 今こそ、我らが繁栄を! 我らが世界を! 我らが喜びをッ!」

 誰しも、難しいと思うことはある。無理かどうかは、この先考えればいい。

「そのために、その肉、その命、捨ててくれ! 私と共に! 君達の死を、私は無駄にせぬ! 君たちの躯の上に、我らが繁栄が成される! そのために、私は全力を尽くそう!」

 雄叫びが、上がった。

 右手を挙げて、それに応える。

 水トが、泣きながら笑っていた。



 粉を振るいにかける。今日は甘めにしたくて、ココアパウダーを多めに振るいにかけた。

 ふるいにかけた薄力粉とココアパウダーを容器の中で混ぜる。

 あらかじめ、一度鍋に沸かしておいたお湯の温度を測る。温度計は、四十度を示していた。

「少し、温いかな」

 火を中火から弱火の間のところにし、もう一度お湯を温めなおす。お湯の上にボウルを乗せ、入れておいたチョコレートとバターを溶かし、湯気が入らないように気を付けながら混ぜ合わせる。よく溶けてきたら、砂糖を入れてまた混ぜ合わせる。

 混ざってきたら、火を止め、ボウルをお湯からあげ、初めに混ぜておいた粉と混ぜ合わせる。あらかじめ調理台に敷いておいたラップに、混ぜたものを乗せ、ラップで包みながら、円柱に整形していく。

 整形し終わってものを冷蔵庫に入れたところで、私は、調理台に伏せている小春ちゃんを見た。

 「ふふ、よく寝てるね」

 授業中も、何度か危ない場面があった。その度に小春ちゃんを起こすと、苦笑いが返ってきた。

 疲れていることは、よくわかった。家庭科部では、専ら食べる方が専門だが、それ以外では、森田のおばあちゃんの手伝いもしていたし、道場の稽古もしているはずだ。

 そして、最近は、それ以外にも、何かしている節があった。小春ちゃんは言おうとしないが、多分、間違いない。

 七人兄弟だった。両親はわたし達を養うのに忙しく、朝はわたし達より早く起きて朝食を残して仕事に出かけ、家に帰るのは、わたし達が寝た後だった。

 それで幼いころから家事を覚えたし、下の兄弟の面倒もよく見ていた。髪形は、上の姉がお母さんから教えられた三つ編みを、わたしに結ってくれた。

 三つ編みが、嫌いだった。初めは好きだったが、いつも同じだから、嫌いだった。他の子の可愛い髪形が羨ましくて、両親にねだったこともあったが、いつも髪を切ってくれるのは母親で、凝った髪形には、どうしても出来なかった。

 小学生の時、それで苛められた。理由は、三つ編みがダサいとかいつも同じだからとか、他愛もない理由だったような気がする。下校中に、男の子からちょっかいを受け、髪をよく掴まれたりもした。

 その時、男の子に殴り掛かり、止めてくれたのが小春ちゃんだった。その時は顔も知らなくて、何故助けてくれたのかもわからなかった。お礼に家に招待して、お菓子をご馳走した時、何となく理由はわかった。

 この子は、何の躊躇も損得もなく、人を助けられるのだ。

 それから、小春ちゃんと、よく遊ぶようになった。家事が忙しかったから、専ら小春ちゃんが家に遊びに来て、お菓子をご馳走してただ話すだけだったが、それでも、ただ、楽しかった。

 中学に上がり、同じクラスになって、毎日側で小春ちゃんを見ていると、やはり思う。

「頑張りすぎだよ」

 止めたところで、無駄だろう。多分、この子は、昔も、わたしを助けてきてくれた時も、今もこの先も、ずっとこうなのだろうから。

 なら、せめて。

「その背中を支えたいと思うのは、わたしの我儘かな…?」

 時計を見る。冷蔵庫で休ませた生地を取り出し、円形状に切っていく。

 切った生地をシートを引いたオーブンの天板に並べ、加熱する。後は、待つだけだ。

「んん…」

 小春ちゃんが、突っ伏したままみじろぎした。

「あれ…?」

「おはよう、小春ちゃん」

「あ、…おはよう藍ちゃん。ごめんね、手伝うって言ってたのに」

「いいの。後は、焼きあがるのを待つだけだよ」

「いい匂いだね。うん、いい匂い」

 今なら、聞けなかったことが聞ける気がした。

「あのね、小春ちゃん」

「うん、どうしたの?」

「疲れてるみたいだけど、何かあった? 何かあったなら、わたしに相談して? ほら、わたしでも、少しは小春ちゃんの力になれると思うんだ。だから、その…」

「藍ちゃん」

「うん」

「ありがとう」

「うん」

「えーと、何て言っていいかわからないんだけど、その、人助け、そう、人助けみたいなことやってるんだ」

「それって、森田のおばあちゃんの店の手伝いみたいなこと?」

「まあ、そんな感じのを」

「詳しくは、聞いちゃ駄目だね?」

「ごめんなさい」

「……うん、わかった。頑張ってね、わたし、応援してるから。でも、あんまり危険なことしちゃ、駄目だからね」

「あ、…うん。…黙ってて、ごめんね」

「ううん。わたしも、無理に聞いてごめんなさい」

 オーブンの音が鳴る。焼きあがったようだ。

「クッキー、出来たよ」

「わあ、やっぱりおいしそう!」

「やっぱり?」

「藍ちゃんが作ったんだもん、『やっぱり』だよ」

 そう言うと、小春ちゃんはクッキーを一つ取り、口に運ぶ。

「あつあふ。熱いけど、おいしい!」

 クッキーと格闘しながら食べる小春ちゃんの横で、出来たクッキーを袋に入れてラッピングしていく。

「包んでいくから、残りは、帰ってから食べてね」

「ありがとう。あっ!」

「どうしたの?」

「五時に、約束があったの忘れてた。藍ちゃんごめん、私、先に帰るね!」

 慌てて、荷物を持った小春ちゃんが、調理室から出ていく。時計はすでに四時半を回っていて、場所にもよるが、間に合うのか、少し心配になった。

「……わたしも、帰ろう」

 使い終わった器具の後片付けをして、学校を出た。天気予報では晴れだったが、出る頃には、雨が降っていた。

「大丈夫かな」

 傘を差して歩きながら、小春ちゃんが傘を持ってこなかったことに気づいた。兄弟達には、折り畳みの傘を持たせてある。

 雨が、傘をしとしとと叩く音を聞きながら、少し手持ち無沙汰な気分で歩いていると、ある噂を思い出した。

 学校の近くにある、結び地蔵という地蔵。

 その薬指に、最近、指輪がはめられたらしい。

 不思議なのは、誰がはめたのかわからず、また、その指輪を誰も外せないことだった。

 はめたなら外せるはずで、何人も外そうと試し、ある人は小道具や洗剤などを持ち出してまで外そうと試みたが、やはり駄目だったという話だった。

 夕飯までに、少し時間はある。噂にも、興味はあった。足が、自然と結び地蔵へと向いた。

 陽が少し低くなった頃、結び地蔵に着いた。

 結び地蔵は道路に面していて、その場には、私の他に、誰もいなかった。

 屈んで、結び地蔵を見る。赤い前掛けと赤い頭巾をしていて、小さい。子供を模した地蔵のようだ。こちらに掌を見せた姿で立っていて、確かに、その手の薬指には、指輪がはめてあった。

「本当だったんだ…」

 オカルトの類だと思っていたが、どうやら事実のようだ。

「お前さんも、地蔵の指輪に興味があって、来たのかね?」

 振り向くと、木傘に下駄を履いた年配の男の人が立っていた。

「夏目藍です。おじいさんは、このお地蔵様を管理されている方ですか?」

「これはこれはご丁寧に。いかにも、わしは、この地蔵様の手入れをさせてもらっている、八月一日というジジイじゃ。はちがつついたち、と書いて、ほずみ、じゃ」

 八月一日さんは、優しく、地蔵の肩を撫でた。

「立派なお地蔵様ですね。それに、綺麗な指輪」

「ちょうど、ひと月前だったか。いつものように、ワシが地蔵様の手入れをしようとしたら、地蔵様の薬指に、この指輪があってのう。どうにも不気味で、最初は必死に取ろうとしておったんじゃが、どうにも取れん。お参りに来た人も試してみたようじゃが、皆、無理じゃったなあ」

「わたし、噂になっていたので、一度見てみたくて、来てみたんです。でもまさか、本当だとは思いませんでした」

「じゃろうなあ。わしも最初は、何かのいたずらとしか思えんかったわい。しかし、こうして毎日地蔵様の世話をしていると、何か地蔵様が語りかけてきてくれているような気がしてのう。噂では、願をかけてこの指輪が取れたら、その願いが叶うなどと言われているが、全くもって、都合の良い話じゃわい」

「ふふ、そうですね。八月一日さんは、願い事はお嫌いですか?」

「嫌いじゃなあ。地蔵様を世話してるワシが言うことじゃあないが、願ってる暇なんぞあるなら、体を動かせと言いたくなる。世の中、そう都合よくは出来ておらんからのう」

「そうですね。…本当にそうです」

「お嬢ちゃんは、試していかんのかね?」

「そのつもりで来ましたが、止めておきます。体を、動かしたくなったので」

「ほっほっほ、若いならば、多いに悩め。若さとは、悩むことでもある。ま、いくつになっても、悩みなんぞは尽きぬが」

「はい。ありがとうございます」

 立ち去ろうとした。

「最後に一つ。ジジイの戯言と思って、聞いとくれ」

「え? はい」

「わしも、この指輪は、願をかけて取るものだと思う」

「え? でもさっき…」

「うむ。じゃが、その願いは、身勝手な願いではない。不相応な願いでは、地蔵さんも決してうんとは言わんじゃろ。思うに、その願いは、単なる願いでは無い、その者の生きる決意、みたいなもんじゃないかと、わしは思う」

「なるほど。意志表明、みたいなものですか」

「その点では、お嬢ちゃんはなかなかのものだと見えるのう。ただのジジイの勘じゃが」

「なら、わたしは一番駄目ですよ」

「何故かの?」

「わたしの我儘で、大切な人が傷つくのが、怖いんです」

 八月一日さんに別れを告げ、結び地蔵を後にした。

 夕飯の時間が近い。下の子達は、怒るだろう。

 少し、歩く速度を上げる。

「あっ」

 躓いた拍子に、無数の雨粒が、傘から跳ねて、地面へ落ちた。



 まず、四十キロ。

 走り終わると、一対一での、素手とナイフの長さの警棒での試合。

 一度休憩を挟み、その後、いくつかの隊に分けた集団での訓練が始まる。それぞれに隊の隊長がいて、全体の動きを見る。少しでも動きが乱れれば、激しい檄が飛んだ。

 その後、集団同士での模擬戦。怪我人が一番出るのがここで、指揮官たちが、一番緊張を強いられる。一番犠牲を出した隊は特別メニューが与えられ、訓練後の運動場の掃除をしなければならない。

「形になってきましたね」

 隣で、集団線を見ていた水トが言う。

「まだまだだ。一応、集団として動けるだけに過ぎん」

 これから、まだまだ完成度は上がっていく。今の段階では、特に気になるような点は無かった。

「集団戦の感想よりまず、報告が先だろう。お前一人に掃除させるぞ」

「嫌だなあ先輩、そんな冗談…、いや、先輩ならやりかねないか。では、報告します」

 水トの報告を聞く。飛澤に聞いたところによると、B2から上陸した輩は、現時点では、私以降にはまだいないということ。B2の他にも上陸施設があり、そこから新たに上陸した輩が二十一人。他に街中にもいくつか拠点があり、そこに上陸したものは六十七人。これらは飛澤とその部下たちが集め、その適正によって色々な場所に振り分けられているという。振り分ける人事は別の者がやっているらしいが、そこを詳しくは飛澤が教えないという。

 水トには、過激派として部隊に加わる人員を引き取りに行ってもらっていた。

「三十六人か」

「もうすぐ二百人を超えますね」

「順調に数が増えている。良いことだが、そうすると、この運動場ではいくらか手狭になるな」

「その辺りも、飛澤さんと話してきました。いくつか、施設に心当たりがあるようです。いずれ、隊を分けることになるかもしれない、と言っていました」

 宿舎は地下にあり、運動場に併設されていた。古参の輩に聞くと、元々は企業の保養施設で、研究室が増築されたのは、ここ数年の話だという。

「今分けている隊のいくつかは、そちらに回すことにしよう」

「あと、一つ、気になることも聞きましたね。何でも、過激派だが、我らの隊に加わらずに勝手なことをしている輩がいると」

「それは、上陸前に知っていた。仕方のないことだと総統は言っていたがな」

「消えたそうです」

「…どういうことだ?」

「わかりませんが、この前、連続コンビニ強盗犯が、世間を騒がしていました。多分、輩ではないかと思いますが」

「その事件、私も後で聞いたが、犯人が二人捕まったそうだな」

「模倣犯も含めて、数十人捕まったらしいのですが、目撃情報や犯人の証言などを見ていると、どうもその二人の他に、もう一人いたらしいのです」

「それが、単独行動をしていた輩だと?」

「はい。そして、犯人達の証言では、その一人が粉々になりながら消えたそうなのです。警察は、狂言として相手にしなかったようですが」

「心臓を抉られたか、首を飛ばされたか。粉々というのが気になるが、輩を倒した人間がいる、ということか。警察ではないのだな?」

「はい。どうします?」

 事実だとすれば、脅威以外の何物でもない。

 そして、良い機会でもあった。

「暴れるか」

 水トの眼が輝くのがわかった。

「同志達も、訓練漬けでうんざりしているだろう。ここで、実戦を兼ねて暴れる。そして、その人間をおびき出す」

「倒せますか?」

「わからないが、輩を倒した人間なのだ。複数で闘っても、苦戦するかもしれん。犠牲が出るようであれば、我らは引き、『悪獣』を使う」

 人間の心の中に潜む悪意。それを粒子化して人間から取り出し、物質化する。限られたものにしか、許可されていない生体技術だった。ここにいる者の中で出来るのは、私だけだ。

「わかりました、人選は、僕の方でやっておきます」

「一般人でも構わないが、出来れば、問題のある人間にしろ。何か屈託を抱えている人間の方が、そこから生まれる悪獣も強い」

「はっ!」

 敬礼して、水トが運動場から出ていく。人選に入るのだろう。

 この世界で悪意を育てること。人間に空気が必要なように、我々には悪意が必要だった。

「単独犯の過激派、か」

 先走ったようだが、人間の不安を煽り、悪意を増幅させるということでは、成果を挙げたのは確かだ。

「まだ何もやっていないと思うのは、大分毒されているな」

 どうかしていると思いながらも、胸は高鳴っていた。



「いました」

 水トから資料を受け取る。会議には、各隊の隊長も同席していた。

 水トが、パソコンから出力した画像を、スクリーンに映す。

萌木二愛罠医もえぎにあわない、本名、田戸田大作たどただいさく三十九歳。連続幼女誘拐殺人事件で、八人の女児を殺害して死刑の判決を受けています。殺害方法は、下校中の女児を誘拐、監禁し、飽きたら四肢をバラバラに切り刻んで殺すという、クソから生まれたようなやり方を取っています。また、わざわざ誘拐した家に萌木二愛罠医の名前で手紙と女児を模した手作りの人形を送るなど、もうイっちゃってるとしか思えない人物かと」

 説明を終え、水トがため息をつく。

「よく探してきたな」

「自分でもどうかと思うんですが、本当にこんなクズで良いんですか?」

 顔を苦笑で歪めながら、水トが私を見た。

「最上級のクズだが、こちらとしては都合が良い。この男でいこう」

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、水トがスクリーンに地図を出しながら話し出す。

「なら、続けます。え~、このクズを乗せた護送車が、三日後に刑務所から出るようです。我々はそれを襲い、クズを確保。その場で先輩がクズから悪獣を取り出し、悪獣が暴れ回ります。それに合わせ、我々の部隊も店などを襲撃。輩を倒した人間が現れれば、その人間を攻撃。状況により、悪獣を放置し撤退もありうる。作戦の全貌は、こんなところでしょうか」

 隊長の一人が口を開いた。

「そのクズとやらを人間に放った方が、より悪意を煽れると思うのだが」

「クズのパーソナリティは、普段は内気で気弱らしいです。それゆえ、犯行対象を幼女にした、という節があります。その辺の人間には攻撃しないと予想されます」

「ならば、その悪獣も」

「悪獣ならば、見た目で一般人の恐怖くらいは煽れるでしょう。現時点ではデータが乏しいので、今回の悪獣は試験運用という形になりますね」

「わかった。私からはもう質問は無い」

「私から一つ」

 違う隊長だった。

「我々が襲う対象は、店とあるが、店にいる人間も、ということでよいのか?」

「いや、今回はあくまで店の設備や商品だけだ。向かってくる人間に関しては、好きにして良い」

「何故ですか、東裏隊長?」

「一つは、今回の作戦の主題の一つに、我々の実戦経験を積むということがある。いきなり対人間戦を本格的にやれば、想定外のことも起きるかもしれん。それを考慮してだ。もう一つは、人間を殺し過ぎるな、ということだ」

「どういうことですか?」

「いずれ、我々は人間より種として上位に立ち、人間を支配し家畜化する。そうして得られる悪意で、我らが種の繁栄を享受するのだ。その時、人間は多ければ多いほど良い。見せしめに何人か殺すことは必要だろうが、大量に殺してしまえば、それだけ我らの繁栄が成るのも遅れることとなる。また、大量に殺したことによって、人間の抵抗も厳しくなり、穏健派の反発も強まる」

「…わかりました。では、今回は店を重点的に襲撃する、ということですね?」

「警官と遭遇したら、交戦か撤退かは各隊の隊長が決めろ。全体の撤退命令は、私が下す」

 細かい点の質問をいくつか受け、その日の会議は終わった。

 三日後、全員スーツに着替え、それぞれ配置についた。

「時間だな」

「あっ、先輩。護送車です!」

 小型のワンボックスカーだ。前と後ろに、警察車両が護衛としてついている。

「まだだ。目的の地点まで待つ」

 少し後ろを、車で後を追いかける。護送車が、目的の場所へと通りかかった。

「やれ」

 無線で各隊に合図を出す。

 護送車の進行方向が車で塞がれ、前方と後方の車両を、二つの隊がそれぞれ攻撃している。

「よし。先輩、僕達も行きましょう!」

「ああ」

 うるさくサイレンが鳴る中を、走り抜ける。妙に高揚した気分だった。

 輸送車のドアを、ドアごと外す。車の中には、どこにでもいそうな肥った男がいた。

「いひいいいぃっ!? な、何ですかあぬたたたたちは?」

「田戸田大作、貴様の『悪意』、いただくぞ」

 頭を鷲掴みにし、悪意を吸い取る。

「お。おほおおおおううっ!?」

 あまり聞きたくない、汚らわしい男の声が、車内に響き渡った。

「悪くないな」

 悪意の粒子を掌に集める。黒い塊は、もぞもぞと掌の上でうごめいていた。

「さあ、目覚めよッ! 大いなる悪意よッ!」

殺人鬼。チョイ役のくせに、妙にキャラが立って楽しかった不思議。

第二話は(3)まで続きます。

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