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particle16:お互いが、お互いを(5)

 空が七色に燃え、見ている人たちの顔を様々に染めた。真っ黒な背景に、一瞬色が落ちる。そして、それはすぐに消えていく。

「いやあ~、私は今日一日、ほとんどあの子達と遊んでないけど、皆どうだった?」

 手の中の五つのアクセサリーに話しかける。なぜフェルミたちがアクセサリーの姿を取るのか、多分女の子に興味を持ってもらいたいからなのだろう。そう考えると、少しそのいじらしさが微笑ましく思えてくる。

(小春は至っていつも通りね)

 手の中の腕輪が一瞬光を放つ。今は、皆からフェルミ達を預かっていた。たまに、はるちゃん達とは別に、こうしてフェルミ達だけで話していた方が良い気がする。それぞれのパートナー以外に話しておくことがあるだろう。今はるちゃん達は夜に行われるパレードを見に行っている。

(あの食欲にはびっくりしたけどね)

 ルーオが少し呆れ気味に答えた。はるちゃんの食欲は静さんの喫茶店で私の財布が嫌という程経験した。あの時はあいちゃんが止めてくれたから破産せずに済んだが。

(藍殿には、ゆっくりと休んでいただきたいものです)

(あはは、姉さんがごめんね~)

(ティノ殿も煽っておりましたが)

(あれ、そうだっけ~?)

「シノちゃんは、どうだった?」

(ええと、よくわかりませんが、初陽さんは楽しんでいたようなので、良かったと思います)

「シノちゃんは、楽しめた?」

(は、はい…とても)

(もう、もっとガンガン行こうよ~、シノ♪)

(そそ、別に初陽はパートナーなんだから、どんどんいじっていけばいいんだよ)

(ルーオ殿はもう少し自重すべきですがな)

(あら、クォ、あれはあれで良いのよ。鈴花も楽しんでいるようだし。それに、貴方だって、何かと藍に余計なことを言うじゃない)

(わたくしは藍殿に助言をさせて頂いているのです。ただ少し、言い過ぎてしまうだけなのです)

(クォだって大概だよね~。ま、シノは初陽が構ってくれるから、それで良いんじゃない?)

(は、はい…。初陽さんは、いつも私のことを気にかけてくれています。それは、わかっていますから…)

(いいないいなァ、何か話聞いてたらシノが羨ましくなってきたぜぇ。とっかえっこ、とっかえっこしようよォ!)

(初陽さんと、鈴花さんをですか?)

(ううん、わたしに絡んでくる鈴花と)

(それ、貴方の都合のいい願望じゃない)

(やれやれですな)

(姉さん達は、パレードだっけ? 眠ってそうだな~)

(あれ、さっきベンチで寝てなかったっけ?)

(うん、姉さん、大体は寝てるから)

(く、熊みたいですね…)

(あの寝顔がまたいいんだよね~♪)

(小春もお腹いっぱいになると寝てしまうことが多いわね。その時の顔が一番良い笑顔だけれど)

(初陽さんは寝ているか起きているかわからないように寝てしまいますね。起きる時も、静かに起きます…)

(ふむ。藍殿はぬいぐるみを抱きしめながら、たまに小春殿の名を呟いて少しにやけ顔で寝返りを打ちます)

(うわ、地味に個人情報駄々漏れだね~)

(いいなあいいなあ、わたしも鈴花にそんなことしてもらいたい~! 小さい時はよくわたしを抱いて寝てくれたのに~! 今はちゃんと小物入れにしまうんだよ、ひどくないッ!? 何その夫婦別居状態ッ)

(貴方も地味に羨ましいことしてるじゃない)

 また花火が上がった。フェルミたちの会話は、いつまでも続きそうだ。その様子を傍で聞きながら、ゆかりへのお土産を何にするか、考えていた。



 人が多くなってきた。もうすぐパレードが始まる時間。花火が見ている人の顔を照り返していた。

「もう少しで始まりそうだね」

 藍ちゃんが眼を輝かせている。藍ちゃんには珍しい反応だったが、思い出すと、藍ちゃんの家は家族が多いから、こういうテーマパークのようなところに来るのは本当に久しぶりで、しかも生のパレードを見るのは初めてなのかもしれない。

「ぐー」

「ほら、もうすぐ始まるぞ、かなり。起きた方がいい」

 器用に立ったまま眠るかなりちゃんの体を初陽さんが揺らす。遊び疲れて寝てしまったのだろう。来る前にあった初陽さんとかなりちゃんのぎこちない雰囲気は大分無くなっていた。

「でも、少し早めに場所取りをしていたけれど、人が多いわね。あたし、人ごみって嫌いなのよ」

「コーヒーカップの時のようなことは止めておいた方がいいぞ、鈴花」

「わかってるわよ。でも、こう人が多いと、空でも飛んで空中の特等席でバカな観客共を優雅に見ていたわね」

「…口は悪いけど、本当はルーオがいなくて寂しい?」

「あ、起きたんですね、かなりさん」

 藍ちゃんがかなりちゃんのよだれを持っていたハンカチで拭く。いつも何枚か持ってきているハンカチだ。

「ふ、ふんっ! そんなこと無いわ。アイツがいなくて静かで快適なのよ」

「今、美奈さんがフェルミ達を預かってくれてるもんね」

「そ。だから、うるさいのがいなくてせいせいしているわ」

「全く、素直じゃないな。シノは、大丈夫だろうか?」

「いじめられるてるんじゃない?」

「何ッ!? すぐ行かなければッ!」

「私も行くよ!」

「落ち着いて下さい、初陽さん。小春ちゃんも。ただの鈴花さんの冗談ですから」

「…きっと、多分、大丈夫」

「すごく不安だ、やはり…」

「はいはい。もうすぐパレードが始まるから、じっとしてなさいよ。さっきのはほんのジョークなんだから。誰もシノを取って食おうなんて考えてないわよ」

「…初陽は、心配性。でも、シノは幸せ」

「う、うぬぅ…」

「あ、パレードが始まるよ!」

 光で飾られた車が、様々なマスコットキャラクターを乗せながら移動してくる。

「わあ…!」

 藍ちゃんが手を降る。車のマスコットキャラもそれに応えるように手を振り返した。

「ね、見た小春ちゃん、今、あの熊さんがわたしに手を振り返してくれたよ!」

「うん、見たよ。良かったね、藍ちゃん」

「うん、来てよかった」

 そう言って、また手を振る藍ちゃん。

「ま、たまにはこういうのも良いものね、いい気分転換になったわ」

 何故かパレードの方ではなく、見ている人たちの方を見ながら、鈴花さんが言った。

「鈴花さんは、よくこういうところに来るの?」

「いえ、ほとんど来ないわ。大昔に、まだあたしが姉様と仲が良かった時、親が忙しくて、あたしと姉様の二人だけでこういうテーマパークを遊び倒したことを思い出したわ。まあ、ルーオもいたから三人だったけれど」

「そうなんだ」

「ええ。途中であたしが人ごみで迷子になって泣いてしまった時、姉様は必死であたしを探してくれて、ルーオは必死であたしの笑いを取ろうとしていたわ。あまり、良い思い出では無いわね」

 そう言う鈴花さんの顔はかすかに微笑んでいるように見える。

「でも、鈴花さん、何だか嬉しそうな顔をしてるよ」

「そう見えるなら、それは気のせいよ。あたし、ポーカーフェイスが得意なの」

 変わらず、鈴花さんは花火を照り返す人ごみを見ていた。

「…小春」

 袖が引かれる。

「? どうしたの? かなりちゃん?」

 かなりちゃんがパレードを指さす。

「…混ざってきても良い?」

「あ、あはは、さすがに、それはマズイから、止めておこうね」

「…残念」

 藍ちゃんと一緒に手を振るかなりちゃん。藍ちゃんから何か聞いているようだった。多分、マスコットキャラクターのことだろう。藍ちゃんはぬいぐるみが好きだし、そういうことにも詳しい。

「あれ、初陽さん、どうしたんですか?」

 周りを気にした様子の初陽さんに声をかける。

「いや、こういう人ごみにこそ、敵は潜んでいるかもしれないと思ってな。警戒していた」

「大丈夫ですよ、それえは、美奈さんもちゃんと調べてくれていたみたいですし」

 今のところ、敵がこの辺りで動いているという情報は無いらしい。入場者も密かに調べていたらしい。せっかく美奈さんが息抜きに誘ってくれたが、美奈さん自身は普通に仕事をしてしまっていた。

「それならいいんだ。だが、やはり、落ち着かない」

「音も光も、派手ですからね」

「それもそうなのだが、こういう晴れやかな場所に、私は似つかわしくないと思う」

「そうでしょうか? 私は、そんなこと無いと思いますけど」

「そ、そうだろうか?」

「はい」

「じ、じゃあ、もし、もしの話だ。私が男と二人きりでこんなところに来るのも?」

 ?

 唐突に何だろう?

 でも、聞かれたし、ちゃんと答えないと。

「そうですね。全然、変じゃないと思いますよ」

「そ、そうか! な、なら、良いんだ。うん、それなら」

「?」

 何だか、こんな初陽さんは初めてのような気がする。今はそっとしておいた方がいいのかな?

「…」

 何だろう?

 音も光も眩しいけど、何かが足りない気がする。

 そう。

 いつもならここで、フェルミが何か言うんだ。

 私を少しからかうような、でも本当は真剣に私のことを考えて言ってくれる、フェルミがいないんだ。

「あはは」

 フェルミと出会ってまだあんまり時間も経ってないけど、でも、フェルミのいない時間に、私は少し寂しさを感じてる。

「おみやげ、何か買っていこうかな」

 うん。

 待ってくれてる美奈さんにも。

 フェルミへのおみやげはまだ決まっていないけど、美奈さんへのお土産は、もう決まっていた。

「ねえ、皆ッ!」

 パレードを見ている四人に呼び掛ける。

 皆で選んだ方が良い。

 いつもにお世話になってくれる人のためにも。



「はい、じゃ、ここで解散~! 皆、気を付けて帰ってね~!」

 出口から少し離れた場所で、はるちゃん達に言う。フェルミ達は、はるちゃん達に返していた。

「あの、美奈さん、これ、受け取ってください」

 はるちゃんが何か箱を渡してくる。受け取ると、少し重みがあった。

「これは何かな?」

「私達からの、美奈さんへのプレゼントです!」

「瀬山に買わせたわ。でも、ちゃんとお金を出したのはあたし達よ」

「…飲みたい」

「かなりは、まだ駄目だぞ」

「…私は人間じゃないから、問題ない」

「かなりさん、何かずるいですね」

「開けてみても良い?」

「はい、どうぞ」

 包装を丁寧に剥す。中から出てきたのは木箱。その蓋を開けると、ワインのボトルが一本入っていた。

「わ~、お酒だねぇ~♪」

「美奈さん、好きですよね?」

「もっちのろんさ! ありがと、皆、私は嬉しいッ!」

 五人を抱きしめる。もう、ここで皆と飲んでしまいたいくらいだった。

「…喜んでくれたみたいで、良かった」

「いつも、美奈さんにはお世話になってますから」

「く、苦しいです…」

「おつまみは、自分で用意してよね」

「今日はありがとうございました」

「よしっ、解散ッ!」

 五人を離し、敬礼をする。皆、敬礼を返してくれた。

 瀬山さんの用意した車に、はるちゃんとあいちゃんとアキちゃんとかなちゃんが乗っていく。送っていくようだ。

「今日は、私が運転します」

「そう? 疲れてると思うし、良いんだよ?」

「それは、美奈さんの方が、そうでしょう。だから、私に任せて下さい」

「じゃ、甘えちゃいますか」

 ひーちゃんが車のハンドルを握る。助手席に座りながら、ひーちゃんのスリリングな運転に身を委ねながら、手の中のワインを見る。自然と笑みがこぼれてしまうのを、どうしても抑えることが出来ない。

「着きました」

 ひーちゃんが車を止める。いつのまにか、研究所についていたらしい。

「ひーちゃんも、コレ飲もう」

「それは、美奈さんへのプレゼントですから。そして、私は明日、仕事があります」

「そんな冷たいこと言わないでさ~」

「ゆかりさんに言っておきます。美奈さんが呼んでいたと」

「おっ、良いねえ。ひーちゃんが来ないのは残念だけど」

「また、次の機会に飲みますよ」

「ふふ、覚悟しておいてね♪」

「何か、ひどく恐怖を感じるのですが…」

 そう言ってひーちゃんが研究所の中に入って行く。自分の部屋で休むのだろう。少し、考えたいことがあるのは、見ていてわかった。

「ま、それは今はおいておいてだ」

 ゆかりのいる部屋に行く。もう遅い時間だが、まだ働いているだろう。大体、働き過ぎなのである。

「ゆかり~、いる~!」

 パソコンとにらめっこしている幼馴染が、顔を上げずに応えた。

「お帰りなさい、美奈。今日はどうだった?」

「成果は、なかなかかな」

「その、手に持っている物は?」

「ふふ、さすが目ざといねえ~。これ、小春ちゃん達にもらったんだ~」

「良かったわね。もう、飲んだの?」

「飲むためにここに来たの、知ってるくせに」

「もう、酔ってるみたいだったから」

「酔いたい気分でさ。もう酔っていると言えば、酔っているかな」

「ふぅ、面倒ね。グラス、用意してくる。赤なの?」

「うん、赤だねぇ」

「わかった。何か、合いそうなもの、用意してくるわ」

「私も部屋から何か持ってくる」

 少ししてゆかりの部屋のテーブルに大量のおつまみとはるちゃんからもらったワインを含め、無数のお酒が並んだ。

「少し、驚いたんだ。でも、嬉しかったよ」

 グラスに口をつけ、ワインを飲む。あきちゃんが選んだらしい。渋さが効いている風味で、あの年でこのチョイスは末が恐ろしくなる。

 だが美味しい。決して高くは無いが、それでも、あの子達の気持ちなのだと思うと、格別だ。

「ほら、ゆかりも飲んで~」

 空いたグラスにワインを注いでいく。このぶんだと、すぐなくなりそうだ。そして、お酒はまだまだある。こういう時のために、日ごろから私の自室に、専用の冷蔵庫があった。

「少し、飛ばし過ぎじゃない、美奈?」

「固いこと言わない、嬉しいんだから」

「それもそうかもね」

「今だから言うけどさ、私、ゆかりに言われた時はびっくりしたよ。正直、何言っているんだろうと思った」

 ゆかりにこの研究所に来てほしいと電話で言われた時だった。あの時の自分を、今思い返しても鮮明に思い出すことが出来る。

「美奈なら、信じると思って」

「でも、怪しかったなあ。ゆかりが言ったから、少し調べてみようとは思ったけど」

 ゆかりは真面目で決して人をからかうような嘘は言わない子だった。だから、真面目に考えたし、ちゃんと調べた上で、協力しようとも思ったのだ。

「でも、ひーちゃん、はるちゃん、あいちゃん、アキちゃん、かなちゃん、本当に人が増えたよね。皆、良い子達だ」

「だからこそ、あの子達が危ない目に合わないように、私達がしっかりサポートしてあげないと」

「わかってる。時々、自分の力不足も感じるけど。でも、全力であの子達を支えるよ。それにしても、おいしいねぇ~、これ」

 渋さの中に、甘みが効いている。

 あの子達に取って、私がこういう存在なのだろうか。

 アキちゃんが選んだワインだ。だから、そんな深読みもしてしまう。

「ま、いいか」

 お酒は楽しく飲むものだ。

 そんなことは今は考えず、ただこの愉快な気分に身を委ねていたい。

 グラスのワインを一気に飲み干す。

 私の夜は、まだ始まったばかりだ。

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