particle16:お互いが、お互いを(1)
「まだまだッス! もっと気合い入れるんスッ!!」
訓練中の同志達に檄を飛ばす。初めは慣れなかったが、副隊長の真似をして、訓練の指揮を取っていた。最初は手探りで部下の隊長とも対立していたが、話し合ったりして、少しずつ部下のこともわかり始めている。
自分がこんなことをしてもいいのか、ずっと感じながら指揮をしている。しかし、副隊長に託された。ならば、オレはオレなりにやるしかない。今のところ、訓練は順調に出来ている。
隊長はまだ部屋だった。無理に訓練に出ようとしていたが、止めさせてもらった。今の隊長は、抜け殻のようになってしまっている。副隊長のことと、あとは優衣さんのこと、それが立て続けに起こり、明らかに様子がおかしかった。僅かな変化だが、それでも、このまま指揮を取り続けるのは、少し危ういものを感じた。他の七罪がいれば、その指揮下に入ってもいいが、ディア様とウィデア様は人間のところにいてこちらには来ないし、新しい七罪も来てはいない。だから、自分がやるしかないのだ。
「ん?」
運動場の隅。男が座り込んでいた。見かけない顔だ。新顔だろうか。たまに、新たな同志が加わってくる。出来るだけ、顔と名前は覚えていようと心がけていた。
「お前は何故訓練に参加しない? 具合でも悪いんスか?」
座り込んだ男に近づき声を掛ける。近づいてみると巨体で、巨大な刀を身に抱えていた。
「…」
「どうした? どこか具合が悪いなら、医務室にで行け。ここで座り込まれていると、訓練の邪魔になるッスよ」
「…くだらない」
「何が?」
「…弱いヤツばかりだからだ」
「お前は、強いんスか?」
「…」
「一人は弱いんス。だから、こうして皆で訓練している。見たところ、お前は強そうッスね。でも、そんな強さ、いずれ限界がくるッス。お前は、すぐ死ぬッス」
「…」
答えは無かった。部下に男のことを調べるように指示を出し、運動場を出た。
軽くノックして部屋に入る。
「なんだ、船瀬? 訓練はもう終わったのか?」
コーヒーを見ながら報告書の束を見ていた隊長が顔を上げた。
「いや、途中ッス。部下に任せてきたんス」
「少しは真面目になったかと思ったが、そうでもないようだな」
「今は、隊長の方が不真面目ッスけどね。優衣さんから、手紙、来てましたよ?」
「何ッ!?」
「冗談ッス。ああっ、カップは投げるものじゃないッス!?」
投げようとしたコップを、隊長がテーブルに置く。
まったく。
はたから見ても、ベタぼれなのは確かなんスけどねえ。
「そういえば、初陽という少女の報告書があったな」
「あー、そうッスねえ…」
先に上陸していた七罪のルクス様とアルズ達が激突した。表沙汰になっていないので、情報を掴むのに、少し時間がかかった。ルクス様は小春という少女以下四名を捕縛し、もう少しのところで撃破するところだったが、初陽が現れ、倒されたと言う。そして、初陽も変身していた。
自分達にとっては厄介事がまた一つ増えたという恰好だったが、何故だか、嬉しい気持ちもある。
「隊長、あてつけは止めて下さいッス」
「私はただ、そういう報告があったと言っただけだぞ」
やれやれ。
優衣さんのこととなると、案外隊長も冷静では無い。
こんな状態で同志達の前に出させたくなかった。
恐らく、隊長自身も、自分が宙ぶらりんな状態は理解しているのだろう。
別れ方を後で聞いたが、尾を引くだろうという別れ方だった。それはそれで割り切れれば良いが、隊長はそこまで割り切れていない。
決定的な何かが必要だった。
結ぶにしろ別れるにしろ、何かしら決定的な何かが。
時間が解決してくれるだろうとも思うが、悠長なことを言っていられるような場合でも無かった。現に、今の隊長にはどこか危うさを秘めている。
「手紙の件は冗談ッスけど、一つ優衣さんに関して報告があるッス」
「何だ」
静かにコーヒーを飲んでいるが、どこかそわそわしているのはよくわかる。
「優衣さん、別の男と婚約したそうッスよ」
「何だとッ!?? それは本当かッ!? 相手は誰だッ!?」
隊長が思い切り立ち上がった拍子に、カップが倒れ、中のコーヒーがこぼれた。
「そ、そういう噂があるということッス。まだ、裏を取っていないんで、詳しいことはわかりませんが」
「ハッ…そうか」
勢いを失ったように、隊長がまた椅子に座る。
「気になるんでしたら、本人に聞いてくればいいじゃないッスか?」
「そんなこと出来るわけがない。会ってもまた、私は優衣さんを傷つけるだけだ」
「隊長は、優衣さんをどうしたいんスか?」
「なに?」
「一度手を離したなら、きっぱり忘れれば良い。忘れられないなら、もう一度、会うべきッス。そしてもう一度、手を繋ぐべきッス。誰かに取られるのが嫌なら、力づくでも奪い取るべきッス。このままだと、隊長は優衣さんから逃げているだけッス」
「だが…」
「婚約者がなんスか。奪ってくればいいだけじゃないッスか。隊長は一度優衣さんを惚れさせたんスから。なあに、もう一度アプローチしたら、イチコロッス」
隊長の衣装棚から、真新しいスーツを取り出し、隊長に放り投げる。
「おい」
「善は急げってことで。さあさ、優衣さんのとこに行って下さいッス」
隊長を無理やり立たせ、その背中を押す。
「待て、まだ心の準備が…」
「恋は待ってくれないッス。誰かに取られる前に、自分で掴んでくるんスよ」
隊長を部屋から追い出し、こぼれたコーヒーをふきんで拭く。
「やれやれ」
しかし、これでどうあろうと隊長は進まざるを得ないだろう。
出来れば、良い結果になると良い。
隊長のいない部隊での作戦を考えながら、初陽のことが頭によぎった。
遠慮がちなノックで、思考が中断される。
「ん? 東裏様は?」
「今しがた大事な用事で外にいったッス。何の用ッスか、飛澤」
「東裏様に伝えたいことがったのですが」
「オレが聞いても?」
「よろしいでしょう。東裏様にお伝えください。『総統のB2の建設が完了した』と」
「なら、いよいよ」
「はい。もうすぐ総統が上陸されます」
「それは、めでたいッス! 隊長にもすぐに伝えておくッス!」
「お願いします」
「それで、具体的に総統が上陸するのはいつになるんスか?」
「詳しい予測はまだ出ていませんが、遅くとも、ここ数か月の間には」
「なら、それも先輩に伝えておくッス」
「船瀬様」
「? オレにも何かあるんスか?」
「…いえ、特には」
「?」
妙な男だった。時折、何を考えているのかわからないところがある。
「それでは、東裏様ともども、御武運を…」
そう言って、飛澤が隊長の部屋から出ていく。
「何だったんスかねえ…。あ」
まだコーヒーの跡を拭いていなかった。
また拭きながら、作戦をどうするか考えていた。
(ただいまー!)
「…ただいまー」
喫茶店のベルが鳴る。夏のベルは、もうすぐ聞き納めらしい。陽が落ちようとするこの時間は、たしかにもう秋の匂いが少しずつ強くなってきている。
「おかえり、かなり、ティノ。学校は楽しかった?」
カウンターで静がコーヒーを淹れながら、出迎えてくれる。何故か私の帰る時間がわかっているのか、すでにカウンターのテーブルに夕食が準備されていた。私の他に、お客さんが店内は数人いた。
「…まあまあ」
(姉さんのドラムは、なかなかだったよ~)
「ドラム?」
カウンターの椅子に座り、用意されたチャーハンを食べながら答える。
「…軽音楽部に、顔を出してきた」
「そうなの。入部してきたの?」
「…ううん」
(にぎやかし、みたいなもんだよね?)
「…うん、そんな感じ」
「あらあら。でも、楽しそう」
「…うん、楽しかった」
「なら、入部してくれば良かったのに」
「…ううん。帰るの、遅くなるから」
(姉さん、くいしんぼだもんね~)
「…ティノも、結構くいしんぼ」
「ふふ。足りなかったら言ってね。他にも、何か作ってあげる」
チャーハンに、サラダに、スープ、後、何故か豚の生姜焼きがあった。
「…ん、ありがと。…その、静」
「ん? なあに?」
「…しず」
「え?」
「…しずかあさん」
静が一瞬あっけに取られ、そして。
「あははははッ!」
盛大に笑い出した。
「…なんで笑うの?」
「ご、ごめんなさいねッ! で、でもッ! あはっはー、お腹痛いッ!」
「…むー」
せっかく頑張って言ったのに。
「ありがと、かなり。大好きよ」
「!? …ん」
照れくさくて、また目の前の夕飯を食べ始める。
外の街灯に、光が灯ったのが見えた。
学校が終わった四人が研究所の特別室に入ってきた。すでにひーちゃんはその部屋に待機している。
「…ミーナ、来た」
おおう。
誰も呼んでくれないかと思ったけど、かなちゃんは呼んでくれるのね。
人類と輩と呼ばれる異星人との共存を掲げて、かなちゃんは私達の仲間になった。
皆おおむね好意的にそれを受け止めていたが、ひーちゃんは少し戸惑っている節もある。真面目な子だから、すぐには割り切れないのだろう。
「では、美奈さん。四人に説明を」
そして、ひーちゃんもシノちゃんというパートナーを得て、アルズグリューンとなった。
全くめでたいことで、かなちゃんの歓迎会とひーちゃんのお祝いを一緒にした。
喜平次さんに言われていることだが、本人の能力の強化だけではなく、パートナーとの絆が深まれば、変身時により大きな力を発揮できるらしい。かなちゃんとティノちゃん、ひーちゃんやシノちゃんだけでなく、全員のパートナーとの絆も深めなければならないし、他にも、ひーちゃんとかなりちゃんのように、少しお互いのことを知っておいた方が良い子達もいる。
「皆にこうして集まってもらったのは他でもないわ。明日は学校もお休みだし、一日、強化訓練日とします!」
「きょ、強化訓練?」
あいちゃんが不安そうな声を上げる。
「めんどくさそうねぇ」
そう言うあきちゃんだが、眼は楽しそうに笑っていた。
「何をするんですか?」
聞いてきた小春ちゃんに答えた。
「パティクルランド。そこで一日、皆で遊びます!」
「へ? 遊園地?」
「訓練、なんですよね?」
「子供騙しだわ。まあ、行ってあげても良いけれど」
「…遊園地。ジェット、お化け、コークスクリュー」
「刃物は、持ちこめるだろうか…?」
皆それぞれの反応を示している。
「一日豪快に遊ぶ、それが訓練です。ってなわけで、明日行くから、楽しみだろうけど、皆、今日はよく寝てね♪」
「うわあ、すごいッ!」
目の前に何か色々な建造物がある。冥界の穴と呼ばれる、ブラックホール・ジェットコースターと名付けられた絶叫マシーンや、体が引きちぎられるほどの恐怖と銘打ったお化け屋敷。
その他にもいろいろなアトラクションがあるらしい。
美奈さんに突然強化訓練だと言われた次の日の休日、私達は朝から開園してすぐのパティクルランドにいた。
「どこにいこうかなあ」
パンフレットを見ながら、行くところを思案する。
出来るだけ美味しいものが食べたい。でも、まだお昼じゃないから、少し我慢。
「…無限大の漆黒」
私の持っているパンフレットを覗きながら、かなりちゃんが呟いた。
「ジェットコースター? 定番だよね!」
「…小春も、行く?」
「最初はもう少し、大人しめな方がいいかなあ」
「…そう、少し残念。じゃ、鈴花、行こう」
「え? あたしっ!?」
かなりちゃんが鈴花さんの袖を引っ張ってジェットコースターの方へ行こうとする。
「もしかして、鈴花は高いの苦手?」
「そういうわけじゃないわ、むしろ大好物よ。良いじゃない、行ってあげようじゃない。藍も来なさい」
「わ、わたしですか!? わたしは小春ちゃんと一緒に…」
「…藍も来て」
「ああっ、かなりさん、引っ張らないで~!」
「はいはい、諦めて行きましょうね~」
かなりちゃんと鈴花さんが藍ちゃんを引っ張っていく。藍ちゃんが眼で何かを訴えてきたが、私には藍ちゃんを引き留められなかった。
「小春ちゃぁあああん~!」
「楽しんで来てね~! 初陽さんは、どこか行くところ決めましたか?」
傍らに立って、パンフレットを凝視している初陽さんに声をかける。
「いや、まだだ」
「とりあえず、私達も、どこか行きましょうか?」
「そうだな。だが、私はこういう遊園地のようなところは初めてでな。昨日は前もって色々調べてきたのだが、いまいち、どう楽しめば良いのかわからなかった」
「単純に楽しめばいいと思います。どこか、行きたいところはありませんか?」
「ついてきてくれるのか?」
「はい、私で良ければ」
「ありがたいな。ならば…」
暗い廊下。
時折聞こえる女の人の叫び声。
その中を、初陽さんと二人で歩いていく。
「でも、意外でした。初陽さん、お化けとか好きなんですか?」
「いや、むしろ苦手なんだ」
「あれ、そうなんですか?」
「ああ。夜の闇は良いのだが、妖怪や化け物の類が苦手でな」
初陽さんがナイフをいつでも出せるように練習していた。いつも思うが、あのナイフは一体どこから出しているのだろう?
「悪獣も、そんな感じのものがいたと思いますけど」
「敵は別だ。敵は、戦うものだと思えば、何ら怖くは無い」
「あはは…、そうなんですか」
真っ暗な通路を初陽さんと二人で進んでいく。
と、不意に横の壁が開き、包帯を巻きつけた女性が叫び声を上げた。
「なッ! いやあああああああッ!!」
包帯の女の人に負けないぐらいの悲鳴が私の隣で上がる。初陽さんは私の服を掴みながら、私の背中に隠れた。
「あの、初陽さん?」
「うう~ッ!」
「大丈夫ですよ、初陽さん。さっきの包帯の女の人はもういませんから」
「本当か?」
「はい、本当です」
おずおずと初陽さんが私の後ろから身を乗り出した。
「小春ならば、嘘は言わないな。よし。あ、本当にいない…」
「だから、本当だって言ったじゃないですか」
「万が一と言うこともある」
「あはは…。でも、本当にお化けが苦手なんですね」
その後も、何かあるたびに初陽さんは私に掴まり、叫び声を上げた。それを何回か繰り返して、ようやく出口から外に出た。
「よ、ようやく終わった…」
外の売店で飲み物を買って飲む。私はオレンジジュースで、初陽さんはストレートティー。
「落ち着きましたか?」
「あ、ああ…。何度もシミュレーションしてみたが、やはり実物となると大分違うな。情けない姿を見せてしまった」
飲み終わった紙の容器を空に高く投げる初陽さん。少し時間をおいて、ゴミ箱に鈍い音が響いた。
「秘密にしておきます。誰にも言いませんから」
「そうしてくれると助かる」
飲み終わった紙パックを、ゴミ箱に直接入れた。振り返り、初陽さんに言う。
「その代わりというわけでもないんですが、私と組打ちしてくれませんか?」
「今、ここで?」
「もう少し開けた場所が良いですね。ステージの方は、今はイベントをやっていませんから、空いていると思います」
パンフレットとは別に、今日のステージのイベント情報が載ったものももらっていた。この時間、ステージは使用されていない。そして、次のイベントまでまだ少し時間がある。
「そうだな。小春には迷惑をかけたし、私も、久しぶりに小春と組打ちしたいとも思う」
「なら」
「やろう。ステージはどこかな?」
「やったッ! あっちです!」
パンフレットの地図を見ながら、二人でステージの方へと移動する。ステージにつくと、人はまばらで閑散としていた。休憩している人がほとんどだった。特に今の時間はイベントが無いからだろう。
ステージの右端に立ち、構える。初陽さんも、左端に立って構えた。
「修業したんですよね。楽しみです」
「そうだな。修業後の、初めての組打ちか。小春も、道場には通っていたのだろう?」
「はい。たまにですけど」
「ならば、小春も強くなっているな。確か、お互い、5勝5敗3分けだったと記憶しているが」
「それで合ってます」
何が始まるのかと、見物する人が集まってきた。それに気を取られず、じりじりと間合いを詰めていく。初陽さんも、少しずつ距離を詰めてきた。
近づく顔。吐息すら、間近で感じられそうな気がした。
この交錯する瞬間が好きで、多分、それは初陽さんも同じだと思う。ぶつかるまで、頭の中で色々と考える。でも結局、ぶつかる瞬間になるまで、その正しい答えは見つからない。初陽さんとは、何度も組打ちをやっていた。だから、お互い相手の手の内は知っている。でも、修業で新たな技が増えているかもしれない。そして、私も初陽さんの意表をつけそうな技もあった。
また、距離が詰まった。
初陽さんの顔。その呼吸のリズムすらわかる。初陽さんの方からは、私の様子がわかるはずだった。
来る。思ったが、来なかった。
動きそうになった足を、意思の力で無理やり止めた。
誘いだったような気がする。
また、お互いに読み合い始める。
呼吸の間隔を、短くして待った。過呼吸になる一歩手前だったが、こうでもしないと、初陽さんの動きに対応できる気がしなかった。初陽さんの呼吸のリズムも、明らかに速くなっていく。
潮時。
それが、来ている。
張りつめた空気の中、もう、後は動き出すだけ。
どちらが動くのか。
決めた。
もう、動こう。
一度、大きく息を吸い、吐いた。
「…やめよう、小春」
動こうとした刹那、初陽さんが構えを解いて言った。
「え?」
「私達は、いささか、目立ちすぎているようだ」
「あっ…」
見回すと、ステージの周囲にいつのまにか人だかりが出来ていた。
「あ、あはは…。そうですね。じゃあ、組打ちはこれで終わりましょう」
苦笑して、初陽さんにお辞儀をする。初陽さんもお辞儀を返してくれた。
何故だかよくわからないが、それで、見ていた人たちから拍手された。照れながらも、二人でステージを後にする。
「今のは、引き分けだな。また、腕を上げたのを肌で感じたぞ、小春」
「初陽さんもです。そして、おめでとうございます」
「ありがとう」
何が、とは聞いてこない初陽さん。
組打ちで、わかることはわかる。
それぐらいのことなら、言葉にせずとも、お互い、よくわかっていた。
ほとんど話は進まない16話ですが、まったり読んでいただければと思います。
地味に六人目の七罪が登場します。




