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particle14:想いを、灯して(4)

 動きが早い。

 追いつけない。

 動きすぎると、隙が出る。わざと誘って、一度、刈宿かりやどと名乗った男の攻撃を受けてみたが、悪獣と共に相手をするには厳しい相手だった。

「…グラ殿」

 死んだ。

 ここに来る前に、ディアに聞いていた。グラ殿は敵に操られ、ディアの手でよって死に、その後死んだままディアの危機を救い、また死んでいったと言う。

 最後まで、グラ殿は命に真剣に向き合い、生ききった。

 教えられた。

 命の重さ。

 こんな私でも、心配してくれる人がいて、死ねば悲しんでくれる人がいる。

 ああ。

 私は、幸せだったのだ。

 巨大蜘蛛の粘液。躱していたが、今度は躱さない。

 腕に粘液が巻きつき、引っ張られる。その勢いに、任せた。

「これが、貴様の命の終わりだ…、柊初陽」

 蜘蛛。その口が迫ってくる。

 ナイフ。構え、急接近したその口に、深く突き立てた。

「なッ…!?」

「私は、死ぬためにここに来たのではないッ! 亡き師の弔いのために来たのだッ!」

 ナイフ。次から次へと、取り出し、蜘蛛の頭蓋にぶっさしていく。

「糸の勢いを利用したのかッ!?」

 蜘蛛の動きが止まり、ナイフで粘液を切り、刈宿に向き直る。

「…!?」

 いない。

 いるはずの刈宿の姿が、そこには無かった。

「こちらだ…」

 背後。向き直る。ナイフ。

「終わりだ…」

 ナイフで受けた。目の前を、火花が飛ぶ。

「ほう、これを受けるか…」

「ッ! 終わりは、それほど生易しいものでは無いッ!」

 跳びずさる刈宿。跳び、ナイフを振るった。

 ナイフ。光り、交錯した。

「ぐがッ…!」

 刈宿の首。ナイフが食い込み、半分千切れ、血が噴き出す。

「馬鹿なッ…」

 地面に横たわった刈宿の体。少し痙攣した後、動かなくなった。

「一歩の距離。貴様には、踏み止まる覚悟が足りなかった」

 見開いたままの刈宿の眼を、閉じさせ、手を合わせる。

「命は、皆、同じ…」

 奥の通路へ、進んで行った。



「うわあああッ!?」

「船瀬、お前は避けろッ!」

「んなこと言っても副隊長ォォーッ!」

 船瀬と水トが、悪獣を引き付けてくれていた。

 眼の前の男。千頭ちかみを見据えた。

 直接戦闘ではほぼ互角。

 決め手を欠いていた。相手には、悪獣がいる。長引けば長引くほど、こちらが不利だ。

「どうした? 東裏?」

「いや、少し、考えていた」

「何を?」

「何故お前達が我らと袂を別ったのかを。如月は、お前達にとって、それほどの人物なのか?」

「そうだな。肉体と金と喜びを結べば、俺はそういう結論になった。良い女も抱けるしな」

「そんなものッ…!」

「そんなもの? おいおい、聞いてるぜ? お前、人間の女と付き合ってたそうじゃあねえか。そんなお前が、どの口でそんなものなんてことが言える?」

「優衣さんと私は、そんな関係では無かった」

 そう。

 始まりすら、しなかった。

「まあ、いいか。女なんてのは、しょせん消耗品だ。抱きたいときに抱く、それで十分だな。お前の女も、いつか抱けるだろう」

「ッ! このッ!」

「甘えな。後ろが、お留守だぜ?」

「何ッ!?」

 背後、蜘蛛の粘液が降りかかってくる。

 今からでは、避けられない。

「先輩ッ!」

 水トの当身。飛ばされ、粘液は回避できた。

 だが。

「み、水トッ!」

 粘液が水トに絡みつき、引っ張られていく。

 引き寄せられていく水ト。片手での、グーサイン。

 笑顔が蜘蛛の口に吸いこまれ、蜘蛛の牙が、野深くその体に突き刺さり、二つに断ち割った。

「み、水ト…?」

「!? 副隊長―ッ!」

「あーあ、やられちまって。馬鹿なヤツだぜ。隊長をかばって、何になる。自分が死ぬだけなのによう」

 千頭が、樹からりんごが落ちたみたいな言い方をする。

「き、貴様―ッ!!」

「怒りの感情が遅いぞッ、東裏ッ!」

 蜘蛛の粘液に絡め取られた。

「お前も、水トの後を追ってしまえッ!」

「私の怒りの沸点はッ!」

 粘液を力づくで引きちぎる。

「貴様が思うより、ずっと高いのだッ!」

「な、何ッ!?」

 残った糸を掴み、遠心力を使って、蜘蛛を振り回し千頭に投げつけた。

「ば、馬鹿なーッ!」

 蜘蛛の下敷きになった千頭。

「こらっ、早くどけッ! 邪魔なんだよッ!」

「そうだ。邪魔だ。だから、私が、二匹とも始末をつけてやろう」

「と、東裏ッ!?」

「やって下さいッ、隊長ッ! 副隊長の仇をッ!」

 なおも蜘蛛をどかそうとする千頭。蜘蛛もろとも、拳を叩きこむ。

「この怒りは、全て、水トのものだァーッ!!」

 握った拳を、めちゃくちゃに二匹に叩き込む。

「うばあああああッ!」

 二つの肉塊が、出来た。

「隊長、副隊長がッ!」

「何ッ!」

 船瀬の元に駆け寄る。水ト。上半身だけで、大きく、息をしていた。

「水トッ!」

「先輩…、勝てたんですね。良かった」

「待っていろ、今、治療するッ!」

「…僕、隊長と一緒に戦えて、幸せでした」

「やめろッ! 弱気なことを言うんじゃあないッ!」

「…優衣さんのことは、なるようになると思います。それほど、思い悩むことでも無いと思います」

「こんな時に、何を言うんだッ!」

「…あと、悪いのですが、よく行く団子屋に、ツケがあります。僕の代わりに、払っておいてもらって良いですか?」

「お前が、自分で、その足でッ、払いに行くんだッ!」

「…船瀬」

「は、はいッ!」

「…私が死んだ後のことは、お前に任せる。先輩を傍で支えろ。いいな、これは命令だ」

「色々命令されましたけど、これが一番理不尽な命令ッスよ…。副隊長以外、そんなこと誰も出来ないんスよ…」

「…お前はよくやっている。お前なら、私も安心して任せられる。だから、ただ頷いてくれ。頼む」

 泣きながら、無言で船瀬が頷いた。

「…先輩」

「何だ?」

「…遠くから、ちゃんと見ていますから」

「…わかった。またな」

「…ええ、また」

 水トの眼がゆっくりと閉じられた。そして、もう二度と、再び開くことは無かった。

「うおおおおおおおおおおおおぉぉッ!!」

 吠える。土壁が震え、砂が零れ落ちた。

「行きましょう、隊長。副隊長の死を、無駄には出来ません」

 水トの二つの体を担ぎながら、船瀬が言う。眼は赤かったが、その顔に、もう、涙は無い。

 ああ。

 水ト。

 お前が育てた部下は、こんなに立派になったぞ。

 心の中で呟きながら、今心に空いてしまった穴のような道を、奥へと進んでいった。

 


「オレは石山ッ! 貴様もウィデアのようにィーッ!!」

 ドン。

「よ、よよようにィ…」

 どさりと、目の前の男が倒れる。

「ディア様、悪獣は如何しますか?」

「…宗久に任せる。一刻も早く、如月のひき肉をカラスに食わせたい」

「かしこまりました」

 奥へと進んでいく。

 両側に松明を燃やしながら、煌びやかな椅子に鎮座する肥った男。

 私が、一番殺したい相手。

「これはこれはディア様、はるばる、ご苦労様にございます」

 恭しくお辞儀をする目の前の男。

「…うん。殺しに、来た」

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