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particle14:想いを、灯して(3)

「はああああッ!!」

 思い切り拳を振る。

 が、悪獣の素早い動きに、私の拳は空を切った。

「ふはははーッ、惜しいぞ惜しいぞッ!!」

 男の人。確か、八柳と名乗っていた。私に近づくも、何かを感じ取ったように飛びずさる。

(なかなか、手強いわね)

「うん。私の攻撃の気配を的確に感じ取って引いた。あのまま突っ込んで来ていたら、私の拳の射程内だったから」

(戦闘狂のようだけれど、意外に冷静ね)

「そうみたい。さっきから、近づいては離れての繰り返しだし。どうにも戦いづらいよ」

(! 小春、右よ、危ないッ!)

 右。八柳さんに気を取られているうちに、蜘蛛の悪獣が右から粘液を飛ばし、私の腕に巻きつけてきた。

「ふはははーッ、終わり終わりだッ!!」

「残念だけど、そうはいかないッ!」

「何ッ!?」

 一瞬で集中し、イメージする。

 手から糸へと伝線するイメージ。

「はあああッ!」

 赤い粒子が、蜘蛛の糸を伝わっていく。

(!? 何!?)

 その糸が、蜘蛛の口によって切られ、粒子は蜘蛛に届く前に切られた。

「読まれたッ!?」

「ふはははーッ、貴様たちの技など、全てお見通しよッ! ゆけい、悪獣ッ!」

 八柳さんの指揮で、また悪獣が動き出す。攻撃しては素早く離れられ、攻撃を当てられない。

「ふはははーッ、アルズロートッ! 貴様の最大の弱点は、その攻撃射程の短さよッ! お前の動きより素早いか、射程の外から攻撃すれば、お前は手も足も出せないッ!」

「ぐっ!」

 悔しいけど、確かにそうだ。何か粒子を伝えられるものを探すか、ここには石ぐらいしかない。私の粒子は、私の手と繋がったものでなければ、粒子を伝えられない。

(小春。イメージが大切よ)

「フェルミ?」

(貴方に初めて会った時、私、言ったでしょ? 貴方のイメージが、貴方自身の現実に影響を及ぼすって)

「そうだけど…」

(貴方は今、自分で自分のイメージに限界をつけている。それは、大人のやること。少なくとも、私の小春のやることではない。だって、小春は、もっと強い子だと思うもの。どんな困難にだって、乗り越えていけるような)

「…そうかな?」

(信じて。自分を信じられないのなら、私が信じる、貴方を信じて)

「うん、わかったよフェルミ。ありがと」

 そうだ。

 アレがある。

 習ったばかりのアレが。

 うまく、出来るかな。

 いや。

 信じたい。

 フェルミが信じると言ってくれた私が、うまく出来ることを。

 信じてくれているんだ。

 なら、私は。

「それに、応えたいッ!」

 眼を開けたまま、一度深呼吸する。

「むッ!? なんだなんだっ!? 何かわからんが、悪獣よ引けえぃッ!」

 そこから両手を目の前で合わせ、集中。ゆっくりとそれを離し、深く呼吸しながら構える。

(やりなさい、小春)

 拳。

 悪獣に向かって、深く突き出した。

「拳で飛ばす、臙脂えんじの波動ッ! ローズレッド、カーリカァッ(紅血の気撃)!!」

 拳。その先から、練った気が悪獣に向かって飛び出す。赤い粒子を乗せたその気は、蜘蛛の悪獣にぶち当たった。

「な、なんだとォーッ!?」

 悪獣が激しく光を放ちながら消えた。

「出来たッ!」

(やったわね!)

「うんッ!」

「くそーッ、こんなこと私は聞いとらんぞッ!? 撤退、撤退だーッ! …アレ?」

 背中を向けて逃げ出ようとする八柳さん。

「なッ、引っ張られるゥーッ!?」

 私が手を引くと、後ろ向きに倒れ、なお引っ張られる八柳さん。

「こ、これもお前の仕業かッ、アルズロートッ!?」

「ごめんなさい。でも、倒させてもらいますッ!」

「御無体なーッ!?」

「ローズレッド、マーレモートッ(紅血の波撃)!」

 引かれてきた八柳さんの体に、拳を当てる。

「ぬわああああーッ! まぶしーッ!!」

 叫び声を上げながら、八柳さんが粒子に溶けていく。

「ふぅ」

(お疲れ様、小春)

「うん」

(悩んでいる暇はないわ。早く、如月を探しに行きましょう)

「そうだよね。うん、それじゃ、この奥に行ってみよう!」

(ええ)

 開けた場所の奥。まだ道が続いていた。

 残してきた藍ちゃんのこともある。

 早く調べて帰らないと。

 薄暗がりのその道を、速足で駆けて行った。



「いいかッ、俺は李家りのいえ。これから、お前を、屈服させる男の名だッ!」

 どうでも良い。

 どうでも良かったが、攻撃はどうでもよくは無かった。蜘蛛と男が、息もつかせぬ攻撃を交互に繰り返してくる。そのせいで、十分な集中の時間が取れず、盾以外の防御のための集中が出来ない。

(藍殿、大丈夫ですか?)

「な、なんとか…」

 目の前の蜘蛛の悪獣の粘液。盾がからめ捕られ、体ごと持って行かれそうになる。盾を離してそれを回避し、瞬時にまた新たな盾を虚空の粒子を集めて作った。

「女ッ! どこを見ているッ! 俺を見ていろと言ったはずだぞッ!」

「!? きゃあ!?」

 後ろ。盾を回すが、捌ききれず、吹っ飛ばされた。

「ンッンーッ! 今のは良い声だったぞ。そうだ、その声だッ! ずっとお前は、俺のために、その声を上げ続けるのだッ!」

「ぐっ…」

(藍殿、しっかり! 敵が参りますッ!)

 地に伏した状態のわたしに、男が近づいてくる。

「なんだ、その反抗的な眼は? まあ良い。そんな眼も、俺は好みだ。その強気な眼がどんどん歪んでいくのを見るのは、最高の喜びだッ!」

 傍に近づいてきた男が、わたしの頭に足を乗せた。

 そして。

「や、やああああああッ!」

 そのままぐりぐりと足に体重がかかる。耳のすぐ近くで、頭の骨がきしむ音が聞こえた。

(あ、藍殿ッ!? き、貴様ーッ!)

「あああああッ!!」

 声にならない痛み。

 それが、波のように襲ってくる。

「くあははッ! 鳴け泣け泣き叫べッ! もっと、鳴いてみろッ! 鶴のような声で、セミのような勢いでッ!」

 駄目。

 もう、限界。

 ごめんね、小春ちゃん。

「オラオラ、もっと鳴けよッ! ん? お前ッ、何、足を握ってやがる?」

「わざと、くらいました」

「あ゛?」

「こうして倒れれば、女性をいたぶりたい下衆なあなたなら、わたしを自分の手でいたぶるために、わたしに近づいてくることは、読めていました」

「だから、何だって言うんだ? お前はこれから、俺にゴミクズのように乱暴されるんだぜ?」

「今まで、こんなことをして良いのか、わかりませんでした。わたしが、それをするなんてこと、おこがましくて、恐ろしくて、したくないとも思っていました。そして何より、小春ちゃんは、悲しむと思った。だから、必死に抑えてきたんです。でも、わたしはまだ、生きていたい。生きて、小春ちゃんの傍にずっといたいッ! だから、もう我慢しないッ!」

「な、何だッ、この青い粒子はッ!」

 集中。

 二宮金次郎。

「喰らえーッ、わたしの全力ッ! 右手に秘める、秘色ひしょくの波動! セルリアン・アルテラートッ(蒼質の変撃)!!」

 わたしの手の蒼き粒子。それを、わたしの右手から、握った男の足へと伝線させる。

「な、足ッ! 足がァーッ!?」

 わたしの触れたところから、男の足が鈍い金属色に変わっていく。その変化は、ゆっくりと、でも確実に、男の体を変化させながら這い上がっていく。

「お、おまえーッ、な、何をしたァーッ!?」

 足の拘束から抜け出し、立ち上がる。頭から血が出ていたので、頭に手を触れ、傷を治した。

「『組み換え』させてもらいました、あなたの体の原子を。全て、銅になるように。その浸食はもう、止めることは出来ません」

「や、やめろーッ、俺が悪かったッ! 謝るッ! お前を踏みつけたことは謝るッ! だからッ!」

「もう、遅いんです。わたし、組み替えるのは得意なんですけど、治すのは苦手なんです。大事な時に、治せず死んでしまった人がいました。こんなことを言っても、あなたには関係のない話ですけど」

「な、胸までーッ、呼吸が、呼吸が出来ないッ!?」

「あなたは死ねません。ずっと、そのまま銅像として、じれったい人生を送ってください。もう女性に、乱暴なんて出来ないように」

「く、くそーッ! こうなれば、お前も道連れだッ! やれッ、悪獣ッ!」

 蜘蛛の悪獣。粘液を吐いてきた。避けず、その粘液を浴びる。

「クク、お前も仲良く俺と死ねーッ!」

「あなたは、死ねません。わたしは、死にません」

 手に集中。青い粒子が糸を伝わり、蜘蛛にも伝わった。糸もろとも、蜘蛛が無数の花びらに変わり、舞い散る。

「なっ!? あががッ!! …ががッ」

「この花は、あなたへの花向けではありません。これは、救えなかった、不甲斐ないわたしからの、ウィデアさんへの、せめてもの手向けです」

 男を見た。苦悶の表情で固まっている。

 無視して、来た道を戻っていく。

(あ、藍殿…?)

「? どうかしましたか、クォさん?」

(い、いえ…。一時はどうなるかと思いましたが、どうやら、わたくしの取り越し苦労だったようです)

「心配をかけてしまいました。すみません」

(なんのなんの。ですが、あのような藍殿は、初めて見ました)

「死ぬかもしれないと思っていたので、必死でした」

(そうでしたか。普段の藍殿とはまた違う姿に、わたくしは何やら、恐れを抱いてしまいました。これは、普段の言動も気をつけねば)

「恥ずかしいので、忘れて欲しいです。特に、小春ちゃんには、言わないで下さいね?」

(は、はい。かしこまりました)

 分かれ道に戻り、今度は左の道に進んでいく。

 ちゃんと、追い付けるといいな。

 そう思いながら、小春ちゃんが通ったであろう道を、進んでいった。



「よく来たなッ、アルズヴァイス! 吾輩は七天の一人、伝刀でんどうであ~る!」

 胸を反らせた男が、開けた場所に立っていた。

 ただ一人で。

「…あんた、悪獣は?」

「…」

「おい」

「…ふんふふ~ん♪ 何のことであ~る?」

(鈴花、鈴花。あの人、さっき鈴花がやっつけた悪獣の人だよ、多分)

 男がぎくりとした顔を浮かべる。

「悪獣ゥ? 吾輩は、悪獣は持たない主義なのであ~る(やばい、バレてるのであ~る!?)」

「あら、そうなの? なら、コイツを倒せば終わりか。あっけないわねえ」

 戟を投げる姿勢で構える。男が首を左右に振った。

「まッ、待つのであ~る。吾輩は争いは好まないのであ~る! ここは、穏便に他の方法で勝敗を決めようではないか!(本当は悪無しだと弱すぎて相手にならないなんて、口が裂けても言えないのであ~る!)」

「ふ~ん、まあ、条件次第ね。面白そうだったら、やってあげてもいいわ」

「ほ、本当であるかッ!(ちょろい、ちょろいのであ~る! アルズヴァイスはその性格上、こういうことに乗ってくるだろうという期待はしていたが、ここまで簡単に乗ってくるとはッ! その油断が、命取りなのであ~るッ!)」

「それで、何で勝負するのよ?」

「吾輩、天下無双のじゃんけん使いなのであ~る。これまで、吾輩に勝てたじゃんけん使いは一人もいないのであ~る」

「へぇ~。ま、じゃんけんなら勝敗は簡単につくし、いいわ、やってあげる。あ、でも、二本先取ね」

「ふむ、その方が臨場感も出るであろう。同意したのであ~る(クク、吾輩は凄まじい動体視力で、出す直前の相手の手の形を見て、自分の手を出すことが出来るのであ~る。言わば、究極の後出しじゃんけん! この戦法に勝てたものは、いまだかつて誰もいないのであ~るッ!)」

「じゃ、いくわよ? 最初はグー…、じゃんけんッ!」

「(見えたッ! アルズヴァイスの手の二本の指が動いているッ! 出す手は間違いなくチョキ! ならば、吾輩は、グーだッ!)ポンッ!」

 伝刀がグー。あたしはチョキ。

(あ~あ、鈴花負けちゃった)

「うっさい、今度は勝つわよ! ふんッ!」

 戟を地面に投げつける。土が抉れ、派手に周りに飛び散った。

「これで、吾輩がリーチとなりましたな(クク、次もアルズヴァイスは絶対に吾輩に勝てないッ! それは必然ッ、当然の理ッ!)」

「ふんッ。たかがあたしに一回勝っただけじゃない。あと二回勝てば良い。何も問題は無いわ」

「負けて、約束を反故にするようなことはありませぬな?」

「当たり前じゃない。あたし、約束は守る方よ?」

(そうかなあ~?)

「お前は黙れ。さあ、二回戦と行きましょう?」

「最初はグー、じゃんけん…(今度の手の形は開いている。バレバレのパーッ! ならば、こちらはッ!)チョキッ!」

 伝刀はチョキ。私は、グー。

「な、何ですとォッ!?」

「あらあら、どうしたのォ? まさか、あたしの出す手をパーとでも予想していたけれど、その予想と食い違いでもしちゃったのかしらァ? あんた今、そんな顔してるわよォ?」

 ヤバい。

 えらく、楽しい。

「ま、何にせよ、あたしの勝ちね。これで、一対一のイーブン。次で、全てが決まるわ」

「ぐっ…(どうしてッ!? 確かに、出す直前の手の形はパー。だが、出した手はグー。なんだ、吾輩は幻覚でも見せられているのかッ!?)」

「先に言っておくけれど、あんたが今から出す次の手はグー。これを、あたしはパーを出して勝つわ」

「なッ!?(落ち着け、これは明らかに吾輩を揺さぶるための姦計ッ! さっきの幻惑のようなもので吾輩を混乱させ、さらに吾輩の出す手を予言することで、余計に吾輩を撹乱しようと言うものッ! ここは、冷静に相手を見、いつも通り勝負をすればいいのだッ!平常心、平常心なのであ~るッ!)」

「さあ、最後の勝負といきましょう?」

「の、望むところなのであ~るッ! 必ず、吾輩が勝つのであ~るッ!(よく見て、ちゃんと相手に勝つ手を出す。それだけなのであ~るッ!)」

「ならいくわよ。最初はグー…」

「じゃんけんッ!(よし、見えたッ! 相手はやはりパーッ! パーを出すッ! ここはチョキ、チョキ一択ゥッ!) なッ!?(何故だッ!? 手が開かないッ!? こ、このままではッ!) チョキッ!」

 私の出した手が宣言通りのパー。そして、伝刀が出した手は。

「やっぱり、あたしの予想通り、グーじゃない。チョキなんて紛らわしいこと言わないでよね。拳、がっちり握っているじゃない」

「ち、違うのであ~るッ!? これは、これはァーッ!?」

「まあ、仕方ないわよねェ」

(鈴花、おにちく~)

「へ?」

 地面の土を手に取り、触れずに手の中で整形する。

「!? き、貴様ッ! まさかッ、能力でッ!?」

「そう。普通にやっても勝てそうに無かったから、少し小細工させてもらったわ。二回目のアレは、こういうこと」

 拳についた土を、拳の周りで五本の指に整形する。

「こうしてパーであるかのように見せかけ、手を出す瞬間に能力を解除し、砂鉄を含んだ土を拳から離した。それで、出す瞬間に手がパーからグーに変わったというわけ」

(鈴花、サクシィー、セクシィー、ゼクシィー!)

「お前と結婚しねえかんな」

「なら、三回目の勝負はなんなのであ~るッ!?」

「あんた、自分の手、見てみなさいよ?」

「何だとッ? ああッ、吾輩の手の中に、細かい砂がッ!?」

「二回目の勝負で振り落した土。二回目の手を出す勢いで、さりげなくあんたの拳にかけておいたの。それで、能力で手が開かないようにくっつけて、あたしはあんたにグーを出させた」

「まさか、戟を地面に投げたところからッ!?」

「いくらあたしが可愛いからって、あんた、あたしのこと見すぎなのよ。かぼちゃが腐ったような眼で私を見ているんじゃあ無いわよ。そうやって、あんたは自分のことを見るのを忘れてた。これが、あんたの最大にして、唯一の敗因。さて、他に何か言うことはあるかしら?」

「イカサマ、イカサマなのであ~るッ! こんな結果、吾輩は認めない! こんなじゃんけんは無効なのであ~るッ!」

「秋白家家訓その四(お父様訓示)勝てない賭け事は身を滅ぼす」

「こ、このォ~!! こうなれば、実力行使なのであ~るッ!」

 男が襲い掛かる。

 戟を一閃。それで、男の体は二つになった。

「がばあああああッ!!」

「あたし、無類のチョキ好きなのよね」

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