particle14:想いを、灯して(2)
薄暗い穴の中を、ゆっくりと進む。同志は、少ししか連れてきていない。大部分が、入り口のところで待機している。人の出入りがあまり無く、戦闘の気配は薄かったが、それでも、後方から大勢の信者に攻撃される可能性は、十分にあり得た。後方指揮は、小隊長に任せている。
「隊長、悪獣は用意しなくて良かったんスか?」
罠が無いか一歩一歩確認しながら、後ろの隊長に話しかける。
「入口が狭すぎる。入らなかったら邪魔になるだけだ」
背中から、隊長の声が聞こえた。
如月が潜むという炭鉱。その中を進んでいく。しかし、これと言った敵や罠も無ければ、人の気配もあまり感じられない。
「本当にこんなところに如月がいるのか、船瀬?」
副隊長の声。振り向かず、そのまま答える。
「色々調べてみて、その全てを分析してみると、ここにいるとしか言えないんスよ」
自分と自分の部下の偵察班で、如月の居場所は調べた。最近は他の部隊の指揮を任せられることが多かったが、今回だけは自分の手で調べたかった。その結果が、この炭鉱ということになったのだ。この炭鉱のどこかに間違いなく、如月はいる。
だが。
「確かに、如月本人が潜伏しているにしては、何もないっスね」
「おい」
「だ、大丈夫ッスよォ~、副隊長。絶対、ここにいますって!」
「だと良いがな」
今のところ、罠らしい罠が無い。それが、罠にも感じられるほどだ。
「ん? 前が明るいな」
隊長の声。確かに、前方が明るい。坑道の中も時折明かりがあったが、前にある光の眩さはその比では無い。
「ここは…」
前に進み出た副隊長が辺りを見回す。どうやら、大規模な採掘場の跡のようだった。円形にくり抜かれた巨大な空間で、天井もかなり高い。その円形の中に、無数に通路が伸びている。
「どの道を進めばいい、船瀬?」
「少し待って下さい。今、調べた地図と照らし合わせまスから」
胸元から地図を取り出す。これが無ければ、この炭鉱を無事に出ることは出来ない。
地図を見ていると、何かが地図に撒きついてきた。
「?」
上に引っ張られ、地図が自分の手から離れる。地図は宙に浮き、その先を見ると。
「た、隊長! 副隊長! 上!」
「? どうした船瀬、そんな大きな声をあげるな。敵に気づかれるだろ?」
「違うんス! いるんス! 敵が! 上にッ!」
「?」
副隊長が天井を見上げると。
「巨大な蜘蛛だとッ!?」
「悪獣か!」
隊長は、冷静に状況を把握したようだ。
「!? 気を付けろ! 何か来るぞッ!」
隊長の声と同時に、何かが体に絡みつき、重力が消える。
「? うわああああ!?」
気づくと、宙に浮いていた。いや、悪獣の蜘蛛が吐き出した粘液が体に絡みつき、それを蜘蛛が引っ張っているのだ。取ろうにも、粘着性の強い粘液でなかなか取れない。
うそォ~。
オレ、このまま蜘蛛に食べられちゃって死ぬんスか。
「…はあッ!」
坑道の壁に、影が走った。何かが切れる音がし、体が地面に落ちる。
「あでっ!?」
「死ねなかったようだな、軟派男?」
「あ、あんたはッ!?」
一本にまとめられた髪が、目の前で揺れる。切れ長の眼が、ナイフを構えたまま、悪獣を見つめていた。
「初陽ッ!」
ひゅんと、オレの傍にナイフが刺さる。
「お前に呼び捨てにされるほど、私はお前と慣れ合ったつもりはない」
「あ、あはは。助けてくれたんスね。ありがとうございます、初陽さん」
「お前に借りがあった。それを、返しただけだ」
「どうしてここに?」
「ディアに聞いた。グラ殿の仇を取りに」
「な、なんですとッ!? そんな、初陽さんはグラ様と…!」
「ば、馬鹿ッ! そ、そういうんじゃないッ! 私とグラ殿は師弟関係だったのだ! それ以上のことはないッ!」
「ほっ…。なら、良かったッス」
「何が良かったのだ?」
「だって、もしグラ様と貴方がそういう関係だったなら、オレは負けるなあと思いまして」
「馬鹿馬鹿しい。そもそも、私とお前はそういう関係じゃあない」
「こんなに愛してるのに?」
「ッ!? だ、だからッ、そういう台詞を簡単に言うなッ!」
「だって、事実なんスもん」
立ち上がり、初陽を後ろから抱きしめる。
「や、やめろッ!? 戦闘中だッ!」
「好きだ」
「だ、だからッ…!」
「もし。もし、ここから生きて出られたら、オレと会って下さい。頼みます」
少し、抱きしめる腕に力を込める。
「そんな約束は出来ない。私達は敵同士だ」
「一度、そういうのは抜きに、会ってくれませんか?」
「…生き延びていたら」
「え?」
「聞こえなかったのか! お互い生き延びていたらと言ったのだッ! だから、その時は、お前と会う。それで、良いか?」
「やったーァ! マジ、それマジッスかーァ!」
「うるさい、さっさと離せッ! 戦闘中に抱き着くなッ!」
「戦闘中じゃ無かったら?」
「殺す」
「あ、あはは、そ、そうッスよねえ~」
仕方なく、初陽から体を離す。隊長と副隊長が蜘蛛と闘っていた。
「!? 危ないッ!」
初陽がオレを突き飛ばす。次の瞬間、初陽の体が蜘蛛の糸に絡め取られた。
「!?」
隊長達が戦っている悪獣の他に、もう一匹の悪獣がいた。
「いや、これはッ…!?」
見回す。いつの間にか、巨大な蜘蛛が六匹いた。それが、天井や壁、床を縦横無尽に駆け回っている。
「ぐっ、初陽ッ!」
意図に絡まったままの初陽。糸で両手が使えず、ナイフで糸を切ることも出来ない。
「くそッ!」
こんな時、自分に出来ることはあまりにも少ない。ただ、蜘蛛の口へ運ばれる初陽を見ていることしか出来ないのか。
「刃に煌めく、白銀の波動ッ! シルバーホワイト・スファルファラーレッ(銀翼の飛撃)!!」
白い粒子の軌跡を描きながら、凄まじい速度の戟が蜘蛛を突き刺さる。
「あの人はッ!? 白いモデルの子、いや、アルズヴァイスッ!」
「私達もいるよッ!」
声に振り返ると、アルズロートとアルズブラウがいた。
「ったく、いきなりピンチとか、助けるの大変なんだから、止めてよね」
(そんなこと言っても、心の中じゃ『今のあたし、チョー格好良いじゃん!』とか思ってるくせに)
「うっさい。そんなこと思ってないわよ」
空中を自在に飛ぶアルズヴァイスは、蜘蛛に刺さった戟を抜き、二度軽く振る。一度で蜘蛛が真っ二つに斬られ、二度目で、糸が斬られる。自由になった初陽を中空でキャッチし、地面に降りるアルズヴァイス。
「何で、あんた達がここに?」
「宗久さんって人から連絡をもらって。ウィデアちゃんを殺した人が、ここにいるって。だから、私達はその人を倒すためにきたんだ」
確か、ディア様の下についていた隊長だった。上司のために何でも利用しようとするその姿勢は、嫌いにはなれない。
『ククク…』
「!?」
大音響で、坑道に知らない男の笑い声が響く。
『よく来たのう、東裏に、アルズ』
「!? 如月かッ!」
蜘蛛を拳でふっとばし、隊長が言う。
『わしは如月教の教主、如月じゃ。せっかく、お前達がここにきてくれたんじゃが、わしは今、誰とも会いたい気分では無くてのう。残念じゃが、そなた達全員には、ここで死んでもらうぞい』
如月がそう言うと、六つの影が、坑道の床に伸びた。
「悪獣を操っていたのは、お前達かッ!」
隊長が声を上げる。その先に、法衣を来た六人の男が立っていた。
『こやつらは、七天。わしが七罪に変わる者達として育て上げた輩よ。森部が死に、六人になってしまったが、なに、六人でも、十分じゃ。さあ、七天よ、この者達をお前達の手で、死の淵へと葬るのじゃ!』
六人の男が頷き、素早い動きで、それぞれ別々の坑道の中へと消えていく。悪獣も、操り主を追いかけ、坑道へと駆けて行った。
「アルズ」
隊長がアルズ達を見た。
「ここは、共闘しませんか?」
アルズロートが隊長に問いかける。
「断る」
その声に、アルズブラウが身構えた。
「共闘はしない。しないが、結果共闘になってしまうこともある」
「まどろっこしいわねえ。あたし、こういうまどろっこしいこと、一番嫌いなの」
そう言うと、アルズヴァイスはいくつかある坑道の一つへと歩を進める。
「鈴花さん?」
アルズヴァイスがアルズロートに答える。
「この道は任せなさい。どうせ、どれかがさっきの声の男のとこへ繋がってるんでしょ」
「でも、一人じゃ危険だよ」
「大丈夫、あたし、あんな雑魚には負けないから。それより、早くあの男のところに行かないと、逃げられるかもしれないわよ。一本一本調べてる時間が惜しいわ」
「そうだけど…」
「だから、あたしはここを調べるの。運よくあの男のとこに行けたら、さくっと倒してくるから。他の道は頼んだわよ」
そう言うと、アルズヴァイスは中空に浮かびながら、坑道の奥へと消えて行った。
「もー」
不満そうなアルズロート。
「我々も、同じ方法で行こう。悪獣がいない今の状態では、戦力は集中せざるを得ないが。行くぞ、水ト、船瀬」
隊長に呼ばれる。
「お、オレもッスかあ~!?」
「馬鹿、当たり前だ。お前は先輩一人で行かせようとしていたのか?」
「いえ、そういうわけじゃないッスけど…」
初陽をちらりと見る。ここで別れるのが名残惜しかったが、そんなことも言っていられない。
「そ、それじゃ、初陽さんも、どうぞご無事で~」
「軟派男に心配される必要は無い」
うわぁ、クール。
まあ、そんなとこも良いとか思ってたりもする自分は、少し自分でもどうかと思う。
「約束は、覚えておく」
「え?」
「何をしてる船瀬、さっさとついて来い!」
「ちょ、副隊長、引っ張らないで下さいよ~」
もっと話したかったのに。
まあ、約束してくれただけでも良しとしよう。
前の約束も、今度会ったら聞こう。
そう思いながら、薄暗い坑道を、慎重に歩いて行った。
「皆、行っちゃったね」
「うん。藍ちゃんはここに残って。私は、あっちの方の道に行ってみるね」
小春ちゃんが、一番奥まったところにある道に行こうとする。
その手を握った。
「藍ちゃん?」
「わたしも、小春ちゃんと一緒に行くよ」
「でも、誰か戻ってくるかもしれないし、その時藍ちゃんがいてくれたら、皆安心すると思うから」
「…わかった。小春ちゃんがそう言うなら、そうするね」
手を離す。
「行って来ます」
「うん。行ってらっしゃい」
多分、自分がいると足手まといになるかもしれない。小春ちゃんはそんなことは言わないが、そうなる場合がある以上、小春ちゃんにこれ以上強くは言えなかった。
「…あ、藍」
「え? あ!? ディアさん!?」
入口の道から、ディアさんが男の人を連れて歩いてくる。
「ディアさんも、ここへ?」
「…ウィデアの仇は、誰にも取らせない。私が、絶対に取る」
悲壮な眼だった。あまり、直視できない。
「…藍達も、ここにきたんだ?」
「はい。宗久さんという方から、連絡をもらって。東裏さん達も来てます」
「…宗久」
ディアさんが傍にいた男の人を見る。その男の人は、ディアさんに向かい、かしづいていた。おそらく、この男の人が宗久さんなのだろう。
「すみません。ですが、全ては、ディア様のために」
「…わかった。でも、急がないといけない。一刻も早く、如月の元へ」
「こちらでございます」
宗久さんがディアさんを連れて、坑道へと入って行った。あの道は、まだ誰も入っていない道だ。
「…」
どうしよう。
小春ちゃんには待っていて欲しいと言われたけど、やっぱり気になる。
「小春ちゃんが危険な状態かもしれないから。そう、これは、小春ちゃんを助けに行くだけ。そう、それだけ」
小春ちゃんの入っていった道へと入る。中は薄暗く、時々、水滴の落ちる音が聞こえた。
「あ、あれ…?」
どうしよう。
右と左。道が二手に分かれている。
「どっちだろう?」
小春ちゃんの行った道。周りを確認してみるが、足跡のような痕跡も見つけられなかった。
「クォさん、どちらだと思いますか?」
(藍殿は、小春殿のところに行きたいと、切に強く念じるように考えておられます。ですならば、ここは小春殿のスピンの方向、つまり、右の道がよろしいかと)
「そうですね。わかりました。右の方の道に行きます。ありがとうございます」
(いえ、わたくしなどが藍殿のお力になれたのならば、恐悦至極の限り)
右の道。歩き進んでいくと、広い部屋に出た。
「ほほう。良かった良かった、女で良かった。むさい男だったらどうしようかと思ってたところだ。女をいじめるのが、オレ様の趣味だからよォ」
下衆な笑みを浮かべた男。側には、さっきの蜘蛛の悪獣が一匹。状況を整理する限り、小春ちゃんは左の道に行ったようだった。
(すみませぬ、藍殿)
「いえ、気にしないで下さい。今はとにかく、この状況をなんとかしないと」
「おい、何をごちゃごちゃ話している? お前が見せるのは、オレ様のために泣き叫び、嗚咽を漏らす姿なんだよーッ!」
盾を作り出し、構えた。
わたし一人で、どこまで戦えるだろうか。
そんなことよりも、小春ちゃんのことが気になった。




