particle13:それぞれの、行く道を(1)
如月教の総本山がディア様達に襲撃されてから、丸一日が経った。あまり大きなニュースになっていないのは、如月が裏から手を回しているからだろう。
如月の消息は不明だった。船瀬が秘密裏に偵察に行っていたようだったが、如月の所在はまだ掴めていない。死体を見つけていないところをみると、どこかに潜んでいるのかもしれない。森部が死んだかもしれないという報告もあった。
このまま死んでいるのか、現れないのか。どちらにしろ、如月がいないので、私と優衣さんの婚約もどうなるかはわからなかった。数日しても消息がつかめなかった場合のことを考えると、少し気が重くなる。
ディア様について行きたかった。ただ、それは同志を全て戦いに巻き込むということだった。
何故、同じ輩同士で殺しあわねばならないのか。
肉体を久しく持たなかった私には、よくわからない。いや、持っていたとしてもどうしてそんな結論になるかはわからないだろう。
行かない、と決めたのだ。
ならば、私は私のやるべきことをただこなすだけしかないのだ。
携帯が鳴る。
「!?」
ディスプレイには、知らない番号。恐る恐る手に取り、通話ボタンを押した。
「もしもし、東裏ですが…」
(如月じゃ。お前に折り入って話がある)
「電話でか?」
(どこに儂を狙う輩がいるとも限らんでのう)
「…話とは?」
(ディア様には驚いたのう。まさか信者共の追撃を振り切り逃げるなどと。しかしまあ、虫の息だろうがのう)
「…」
携帯を壊しそうになるところを、何とかこらえた。
(しかし、万が一生きている可能性は捨てきれぬ。生き延びていたならば、お主からディア様に取り直してくれんか? 今回のことは、部下の森部が勝手にやったこと。儂は何ら関知しておらんとな)
クズが。
「ディア様はおそらく、要求を拒否されるだろうな」
(そこが、お主の腕の見せ所ではないか。ああ、そうそう、婚約おめでとう)
「…ああ」
(これで総統の上陸も保障されたのう。めでたいめでたい、いや、実にめでたい)
「用件は、これで全てか?」
(まあそう無下にするでない。お主がディア様を説得できねば、仲人の儂も、狂ってしまうかもしれぬ。何せ、生死がかかっておるんじゃからなあ)
「まさか、貴様ッ!」
(生死がかかると、何をするかわからんのは、人間も儂達も一緒なのかのう。優衣さんに、よろしくのう)
「止めろッ! 優衣さんは関係ないだろうッ! 何故何の関係も無い人間を人質に出来るッ!」
(ほっほっほ。人質とは失礼な。優衣さんはもう立派な関係者では無いか)
「馬鹿なッ…!」
(それに、たかが人間一人の命であろう。敵を一人殺すのに、何のためらいがいる? それに、優衣さんの代わりの取引先など、いくらでもある。まあ、総統上陸は大幅に遅れるだろうがのう)
「何故、何故だッ! 何故、こんなことが出来るッ!」
(ククク。全ては東裏。お主次第じゃ。お主がうまくやれば、誰も傷つかずに済むのじゃ。せいぜい良い報告を待っておるぞ)
通話が途切れた。
「クソッ!」
壁に思い切り投げつけられた携帯は、いくつもの破片になって散った。
ディア様を説得しろだと?
今の自分のこの湧き上がる思いは、明確にそれを拒否している。
だが。
拒否してどうなる?
総統の上陸が遅れ、優衣さんは危険にさらされる。
「私は、どうしたら良い…」
しばらく考え、水トの携帯を借り、優衣さんに電話を掛けた。
「見て下さい。このドレス、良いと思いませんか?」
「…え、ええ。とてもよく、似合っていると思います」
「良かったです。では、次のドレスも試着しますね」
そう言って、優衣さんはまた着替えのために部屋を出て行った。
「…」
何故こうなったのだろう。
優衣さんに電話を掛けたら、ウェディングドレスの試着をすることになった。
まず、そこがおかしい。
話がしたいと言ったら、私もと答えた優衣さん。
喫茶店かどこかでしましょうと言うと、優衣さんに逆に場所を指定されてしまった。
そして、連れてこられたのがこの所謂高級ホテル。まだまだ式場の候補はあるらしく、今日はとりあえずここなのだと言った。
わけがわからない。
「東裏様。今度は、さっきのものと比べてみてどうですか?」
別のドレスに着替えた優衣さんが部屋に入ってくる。先ほどのドレスは白を基調としていたが、今度のものは青を基調としたドレスだった。詳しいことはわからないが、どことなく、紫陽花をイメージしているようなドレスだ。
「ええ。良いと思いますよ」
「もう。それでは先ほどと感想が一緒です。先ほどと比べてみて、いかがですか?」
そう言って優衣さんがお辞儀に似たポーズを取る。
「そうですね。ドレスのことはよくわかりませんが、こちらの方が優衣さんには似合っているという気がします」
「そ、そうですか…。わかりました、なら、こちらにします。着替えてきますので、少々お待ちください」
そう言うと、優衣さんは着替えのためにまた部屋を出て行った。
どうしたのものか。
なかなか、話すきっかけが掴めない。
その後、優衣さんとホテルで軽く食事をし、次の式場に行こうと車に乗ろうとする。
「あの、優衣さん」
車に乗ろうとした優衣さんの手を握り、留める。
「…お話、ですか?」
「はい。優衣さんに、聞いてもらいたい話があるのです」
優衣さんが俯く。
「嫌、です」
「どうしてですか?」
「…今日、電話の声でわかりました。会ったら、もっとわかってしまいました」
「…優衣さん」
「だから、聞きたくないのです」
顔は、見えない。
「でも、私は、貴方に言わなければならないのです。私はこれ以上、貴方を裏切りたくない」
「嫌です。聞きたく、ないのです…」
優衣さんが両手で耳をふさぐ。
見ていて、痛ましかった。
そして、そんな痛ましいことをしているのは、自分なのだ。
「聞いて下さい。私は、貴方を騙していました。いえ、今も、貴方を騙し続けている」
「い、いやッ…!」
「本当の私は、貴方の傍にこうしていられるような、立派な男ではないのです。私は、貴方を利用するために、貴方に近づいた。貴方が聞いた私の経歴も、過去も、全て、嘘です。全ては、貴方に近づくための、嘘だったのです」
「貴方の…」
「え?」
「貴方の、想いは…?」
顔を上げ、見上げてくる優衣さん。頬には、すでに涙が流れていた。
奥歯を噛みしめる。
「それも、嘘です」
「…」
何も言わずに、優衣さんの眼から大粒の涙がとめどなく流れていく。それをどうすることも出来ない自分に、ひどく腹が立った。
「最後まで…」
「…」
「最後まで、裏切ってくれたら良かったのにッ!」
私の手を振りほどき、優衣さんが車に乗る。ドアが、閉められ、車は、ゆっくりと走り出した。
「…最後まで、か」
出来るわけがない。
貴方は、白なのだ。
私と言う黒で全てを塗りつぶすには、貴方はひどく、綺麗過ぎた。
何かが、流れていた。
顔。
拭う。
心に、風が吹いている。
ああ。
そうだったのか。
「確かに、私は、優衣さんの隣にいた…」
今頃、そんなことに気づいた、
だが、もう遅い。
時は、車は、走り去ってしまったのだ。
「パトロールなんて、どこのアンパンなのよ」
(愚痴言わない。それに、初陽を探しているんだし)
「あんたが真面目だと、なーんか、調子狂うのよねえ。まあ、わかってる。ちゃんと初陽を探すわよ」
ディア達が昨日、如月教に殴り込みに行ったらしい。如月もディア達の消息も不明。修業中の初陽が 最後の通信で、ゆかりに自分もカチコミに行くと告げたらしい。山中は小春と藍、市街地は空中からあたしが捜索していた。
「まったく。飛ぶの、目立つのだから止めて欲しいのよね」
(いいじゃん。注目されるよ。ムーに載るよ~♪)
「そういう載り方期待してんじゃあねえよ…って、アレ!?」
住宅街の通りを、よろよろと人を背負って歩いている少女が見えた。
「ディア!? それに、初陽もいるわ!」
(行こう、鈴花!)
「ええ!」
少女の前に降り立つ。
ふわふわの髪が、ぼさぼさになっている。
やはり、ディアだった。
「ディア! 初陽!」
「…鈴花?」
「ええ、そうよ。って、大丈夫!? あんた、今にも死にそうな顔してるじゃないッ!?」
「…寝ずに、ここまで来た。少し、寝不足なだけ」
「何言ってんのよ! よく見たら、髪だけじゃなく、全身ボロボロじゃない! 血も出てるし!」
「…すぐ治るから、平気。それより…」
ディアが初陽を地面に降ろす。
「…まだ、生きてる。でも、放っておくと、多分死ぬ。手当してあげて」
「あんたも来なさい。手当してあげるから!」
そう言って腕を掴もうとすると、後ろに引いて躱された。
「…私には、まだやることがあるから」
眼。
悲しい眼をしていた。
「はあ…。わかったわよ。行きなさい、初陽は私が預かるから。背負うの、これで二度目ね」
(いいの、鈴花?)
「いいも何も、あんな眼されて嫌がる子を誘拐できると思う? あたし、あの女以外には、誰にでも優しくしたい人なの」
(まったまたぁ~、鬼畜なフリして~)
「フリもしてねぇ。ディア、手を出しなさい」
持っていた携帯を渡す。
「使い方、わかる?」
「…わからない」
ライフルの使い方がわかって、携帯の使い方を知らない女の子。
ヤバい。
何かちょっと萌えるじゃない。
(鈴花も、存外わたしと同類よね)
「うっせ、黙ってろ。ええとね、待ってなさい」
ディアから携帯をもらい、自分の電話番号を一発でかかるように設定し直す。
「はい完了。このボタン押せば、いつでもあたしのところにかかるから。困った時は電話しなさい。ああそれと、充電器はその辺のコンビニででも買うように。あんたの傍にいた宗久ってヤツに聞けば、多分分かるんじゃないかしら?」
一通りの操作の説明を見せて、ディアに携帯を渡す。
「…ありがと」
「お礼なんていらないわ。初陽をこうして助けてくれたわけだしね。それと…」
じっと、ディアの瞳を見つめる。小宇宙を宿したような瞳は、何の感情も無いように見えた。
「頑張りなさい。それじゃね」
初陽を背負い、飛ぶ。一刻も早く、初陽を医者か藍に見せなければならない。
後方。見た。ディア。もう、米粒ほどの大きさになっている。
(ディア、大丈夫かな?)
「さてね。ま、何とかなるでしょ」
(冷たいね~)
「ま、夏だからそういうのも欲しくなるわね」
(!? 鈴花がノってくれたァッ! 結婚しようぜェェ!!)
「お断りだ馬鹿野郎」
多分、あたし達が立ち入れる問題じゃないのだ。
こういう時は、ただ信じて、待つしかない。
風のせいか、妙に体は寒かった。




