particle12:復讐の、残り香(2)
ディア様とグラ様が本部を出て行ってから、二日が過ぎていた。まだ、如月教の総本山に目立った動きは無い。無いと言うことは、まだあの二人は行動せず、機を伺っているのだろう。
ディア様達が出て行ってから、先輩は何か考えてこんでいるようだった。無理もない。優衣さんのことだろうと言うのは、容易に想像がついた。婚約までこぎつけたが、今回の件でそれも怪しくなってくる。如月が優衣さんに先輩の本当の姿を暴露すれば、このお見合いは簡単に破談に出来る。グラ様達と一緒に行動しようとしないのも、その辺りのことがあるからだろう。今先輩は、微妙な位置に立たされている。
「副隊長」
船瀬が珍しく部屋に入ってくる。
「随分早いな、お前らしくもない」
「それ褒めてないッスから。少し、副隊長に聞きたいことがありまして」
神妙な顔をしている。前にもこんな顔を見たことがあった。浜辺で見た時の顔だ。
「先輩のことか?」
「はい。今回の待機、やっぱりおかしいッスよ。なんで輩の裏切りで同じ輩が殺されたのに、オレ達が待機なんスか。オレ達もディア様達と一緒に如月教に行くべきッス!」
「お前の言うことは正しい。そして、先輩もお前と同じように思っていると思う」
「なら、何でッスか」
「先輩は、迷っているのだ。なまじ、優しい人だからな。自分が穏健派を攻撃することで、優衣さんと総統に対して、結果として裏切ってしまうのではないかと考えているのだ」
「そこがわからないんス。どうして如月はウィデア様を殺し、しかも総統の上陸を前提とした縁談を盾にすることが出来るんスか? オレ達は皆同胞のはずッス。それなのに、どうして同じ輩を殺したり、利用するなんてことが出来るんスか!」
「それはな、船瀬。おそらく、如月が、誰も信用していないからだ」
「信用していない?」
「ああ。如月は、自分だけが繁栄できればいいのだ。自分だけの繁栄。そのためならば、他の全てを利用しても構わないと考えている。そして、利用する対象は、総統すらもその中に含まれるのだろう」
「なんでそんなこと考えられるんスか?」
「わからない。わからんが、奴は穏健派の代表として、長く地球にいた。そうして力と権力を持っていく中で、そういう野心を抱いたのだろう。だが、敵としては強大だ。私自身、奴に現状で勝てるかよくわからん」
資金はあちらに握られている。やるなら短期戦だが、それで決着がつくかは、今のところ無理だと思えた。
「だから戦わない、スか」
「先輩も、今辛い立場に立たされている。私達が、先輩を支える時なのだ。だから、今はもう少しだけ、耐えろ」
「…わかったッス」
「先輩には言ったのか?」
「いえ、悩んでいるのはわかってたんで、ここでオレが何か言っても余計なことになると思って、副隊長に愚痴を聞いてもらいに来ただけッス」
「そうか。さっきも言ったが、お前の言っていることは正しい。だから、これからも臆せず、私や先輩にちゃんと言え」
「はは、褒められてるスかね?」
「お前はすぐ調子に乗るから、褒めん」
「そうッスよねえ」
船瀬が力なく笑った。コイツも、色々考えていたのだろう。僅かだが、着実に何か掴みつつある。それは、悪いことでは無かった。
「団子でも食いに行くか」
「副隊長のよく行く団子屋ッスか。良いッスね」
団子とお茶でも飲みながら、気分転換でもすることにした。
先輩にも、お土産を買って行こう。そう思いながら、外出用の背広に袖を通した。
少し、藍ちゃんの様子がおかしい。何かに思い悩んでいるようではあった。
何を悩んでいるかは、多分わかってるし、当たっているとも思う。
「藍ちゃん」
隣の席の藍ちゃんに声を掛ける。
「今日は森田のおばあちゃんとこに手伝いに行くんだ。藍ちゃんも来ない?」
「え? わたしは…」
「駄目かな?」
「いいよ、だって、せっかく小春地ちゃんが誘ってくれたんだもん」
「やったッ。じゃ、早く行こう!」
学校が終わると、すぐおばあちゃんの団子屋に行く。他に特に用事もなく、久しぶりに手伝いに来れた。
「こんにちはー!」
「こんにちは」
森田のおばあちゃんが出迎える。
「小春ちゃんと藍ちゃんかい。いらっしゃい」
「あら? いらっしゃい、小春、藍」
「へ?」
「え?」
見ると、テーブルで座って皿に乗ったお団子を一本一本上品に食べる鈴花さんがそこにいた。隣で、瀬山さんが鈴花さんの湯飲みにお茶を注いでいる。
「鈴花さんッ!?」
「遅かったわね。学校が終わったら、すぐ手伝いに来るものだと思っていたのだけれど」
「あはは、ちょっと時間がかかっちゃって。どうして鈴花さんはここに?」
「おばあさん、小春と藍にもお団子を」
「あいよ」
私の質問に答えず、鈴花さんがおばあちゃんに団子を注文する。とりあえず私と藍ちゃんは鈴花さんの座っているテーブルに同席することにした。
「ほら、人って、ストレスがたまると甘いものが食べたくなるでしょ? だから、気分転換に、こうして美味しいお団子を食べているの。貴方達も食べなさい」
ちょうどおばあちゃんがやってきて、私と藍ちゃん目の前に、団子の乗った皿を置く。
「私達、おばあちゃんの手伝いをしに来たんだけど…」
「そんなのあとあと。とりあえず、美味しいうちにさっさと食べなさい。あ、これ、あたしの奢りだから。ありがたく味わいなさいよね」
そっぽを向きながら、ひたすら団子を食べている鈴花さん。
「ふふ。鈴花さん、ありがとうございます。食べよ、小春ちゃん」
「え? うん、そうだね。いただきます」
目の前のお団子を口に頬張る。
うん、やっぱりおばあちゃんのお団子は美味しいなあ。
「別にさ」
そっぽを向いたまま、鈴花さんが話し出す。
「うまく出来なくたって、いいじゃない。私も、姉様と比べたら、うまく出来ないことも多いわ。そうね、姉様よりうまくできることと言えば、あのクソ女への罵倒の仕方と、虫のことぐらいかしらね」
(ねえねえ、わたしはわたしは)
「あんたはあたしにとって長所か短所かよくわからないから除外」
(うええーッ!!)
「おい驚いたふりしてキタネェ吐き声あげるんじゃねえよ」
「あははは」
やっぱり、この二人のやりとりは聞いてて面白い。
「ま、そんなことだから、藍が思い悩む必要なんて、ミジンコほども無いのよ。でも、後悔しているのなら、その後悔は覚えておきなさい。それは、後からいざって時の、自分の力になってくれるわ」
「はい。ありがとうございます、鈴花さん」
「さて。食べたし、手伝いでもしてくるわ。小春達は食べてなさい」
「え、でも…」
「小春ちゃん。せっかくだから、ゆっくり食べよ?」
藍ちゃんの顔。少し、嬉しそうだった。
「うん。じゃあ、鈴花さんに甘えるよ」
「ふふ。ゆっくりしてなさい」
そう言うと、鈴花さんは店の奥に消えて行った。
「小春ちゃん」
「うん、なに、藍ちゃん?」
「心配かけて、ごめんね」
「藍ちゃんが元気なら、私はそれでいいから」
「うん、ありがと、小春ちゃん」
その後、少し藍ちゃんと話をしながら、お団子を食べた。
鈴花さんはその間ずっと手伝いをしてくれていて、私と藍ちゃんが手伝う頃には、もうほとんどの作業が終わっていた。
その後の手伝いはすぐ終わり、藍ちゃんと鈴花さんと別れ、道場へと急ぐ。最近は、色々と忙しく、顔を出せていなかったので、久しぶりに来る。
「おう、小春か。今日は、稽古していくのか?」
奥で組み手をしている輝さんが私に気づき、声を掛けてきてくれる。
「うん。久しぶりに、輝さんと立ち合いをしに来たんだ」
「ん? そうか」
何やら、輝さんが私の顔をじっと見つめてくる。
「? 私、何か変かな?」
何か顔に付いているだろうか。お団子は食べてちゃんと口は藍ちゃんが拭いてくれたし。
「まあいいか。小春、着替えたら俺のところに来い。ゆっくりで良いからな」
「うん」
道着に着替え、少し体を動かしてから、輝さんのところに行く。
「ん、やっぱり、何か元気が無いな」
「え?」
「ちゃんと食べてるか?」
「うん。そりゃあもう。毎日毎食、ごはん三杯食べてるよ」
輝さんが苦笑する。
「なら良いが。まあ、お前の年なら色々あるんだろうな。ああ、弥生も、そうなっちまうんだろうなあ」
何故か一人で頭を抱え始める輝さん。子煩悩さは、話していると日常的に感じられる。良いお父さんだと思う。
「ま、まあ、それはともかくだ。何か元気が無いようだから、俺が少し色々と教えてやるよ」
「色々?」
「まあ、そこに立ってな」
言われた通り立つと、私の背中に、輝さんが手を当てた。そこだけ、何故かじんわりと温かく、疲れが取れていくような感じがする。ややもすると、眠たくなってしまうほどだった。
「どうだ。少しは気が楽になったか?」
「うん。なんだか、体も軽くなった気がする。何をしたの、輝さん?」
「文字通り、気をお前に送っただけだ。それで、お前の中の気の滞っている部分に当て、気の巡りを良くした。体も心も、少しは楽になったはずだ」
「確かに」
「ここんとこ、よくは知らないが随分張りつめてたみたいだな。お前の内なる気が、これ以上ないぐらいに暴れていたぞ」
「そんなことまでわかるんですか?」
「まあ、何年かやってればな」
「なんか、いいなあ。私にも、その気を教えてください!」
「言うと思った。だが、少し、難しいぞ?」
「やってみたいんです。今、輝さんが私にしてくれたことを、私も、他の誰かにしてみたい!」
「まあ、お前ならそう言うと思ってやってやったんだが。いいだろう、教えてやるよ」
「やった!」
「じゃ、まず最初は両の手をくっつくかくっつかないかってぐらいに近づけて、合わせてみろ」
両手。輝さんがしているのを真似て、胸の目の前で掌の指同士が触れるか触れないかのところで合わせる。
「それで、呼吸を整えて、リラックスしてみろ。そして、自分の中の血の巡りをイメージしろ。心臓を中心に、体を循環するイメージだ。そして、内なる自分の気をイメージし、それが血流と同じように、体の中を駆け巡るイメージを持て」
想像するのは、慣れていた。それで、あまり苦労せずに想像できた。
「よし。いい感じだな。次は、体を巡る気を、自分の右手に集めるんだ。そして、相手の体の気の流れを正してやるイメージを持て」
「はい」
「それが出来たら、いよいよ本番だ。自分の手から気を発するんだ。今回は、宙に向けてで良い」
「わかりました」
イメージ通りやってみる。集めた気。それを、手の平から放つ。
「?」
目の前、輝さんが、いつの間にかティッシュを一枚、手からぶら下げていた。
そのティッシュが、風に吹かれたように揺れた。
「これが、今お前が放った気だ。いわゆる遠当てってヤツだな」
「私、出来たのかな?」
「まだまだ弱いがな。しかし、初めてでこれだけ出来たんだ。見込みは十分だな」
「輝さんは、どの位出来るの?」
聞くと、輝さんが眼を閉じ、集中していた。その眼がいきなり開かれたかと思うと、私に向かって有効範囲外から拳が突き出される。と、急に、体が何かに突き飛ばされたように後方へ飛んだ。
「おっとっと」
地面に倒れたが、受け身を取り、すぐに体制を立て直す。見ると、輝さんがニヤリと笑っていた。
「これぐらいだ」
「すごいなあ。今、拳が当たってないのに、当たったみたいに体が飛んだ」
「こんなことも出来るぞ」
言うと、輝さんが右手を私の方に向け、そしてそれを輝さん自身の体の方に寄せる。その動きに同調するように、私の体も、何か見えない力で引っ張られた。
「あ、飛ばすだけじゃなく、引っ張ることも出来るのかあ」
「慣れればな。とりあえずお前は、自分の中にある気を練る練習が必要だな。練った気が多ければ多いほど、より強い気を放つことが出来る。気を練りながら、まずは自分の気と向き合ってみろ。大分、荒れていたぞ?」
「はい、わかりました、輝さん」
「師範だっつーの」
輝さんが他の人のところに行く。何となく気にしてもらっていたのかもしれない。あまり、そういうことは言わない人ではあった。
「内なる気かあ…」
色々あったし、考えて、悩んでいたのかな。
この辺りで、私は私とと向き合った方がいいのかもしれない。
「そう言えば、初陽さんも今頃、こんな風に修業しているのかなあ」
初陽さんは一人で修業しているはずだ。一人の方が、辛い修業になるのかもしれない。
眼を閉じ、色々なことを考えながら、気を練っていると。
くいっくいっ。
「?」
何か、道着の端が引っ張られるような感覚。
眼を開けてみてみると。
「あ、弥生ちゃん!」
そこには、私の道着を引っ張る、道着を来た小さな女の子がいた。
名取弥生ちゃん。輝さんが溺愛する娘さんである。そして、輝さんに似て、明るく活発な女の子だった。
「あはは、こはるちゃん、おす!」
構えを取る弥生ちゃん。なかなかどうして、様になっている。私も、構えた。
「押忍ッ! って、弥生ちゃんだあ。久しぶりだね」
確か、もう五歳になってるはずだった。
「最近、こはるちゃん道場に来なかったから、結構ひさしぶり~」
そう言いながら、右と左の拳を交互に繰り出す弥生ちゃん。
「そうだねえ。あ、また背伸びたね。そのうち私、追い越されそうだね」
「ふっふ~ん、今あたし、成長期~!」
空中で回し蹴りをするも、着地に失敗して転がる弥生ちゃん。それでも、すぐに体勢を立て直し、構える。
「さっきこはるちゃん、お父さんからエアリズム習ってたね?」
「へ? エアリズム?」
習ったのは気だったような。
「え、だってあの気持ちよくぶっ飛ぶヤツでしょ? エアリズムだよ~」
「そ、そうなの?」
「うん。あたしがなまえ、付けたの。お母さんはどこでそんな言葉覚えてきたのって、苦笑いしてた。お父さんは、気に入ってた」
「あ、あはは。そうなんだあ」
今度、輝さんがエアリズムとか言い出したらどうしよう。
「小春ちゃん、ちょっと元気無かったみたいだけど、今は結構元気!」
「うん。輝さんからエアリズムを教えてもらったからかな」
私があんまり元気が無いことに気づいた。そんなに顔に出していたつもりは無かったんだけど。
血のつながりを感じるなあ。
「ふふ、さすがあたしのパパ。あ、パパって言っちゃ駄目なんだった。今のは、ナシね。お父さん!」
「うん、お父さんだね」
「よしっ。こはるちゃん、あたしに稽古つけて。お父さん、お母さんが少し嫌な顔するから、あんまりあたしに稽古付けてくれないの」
「いいよ。じゃ、私が弥生ちゃんの先生をするね。未熟だけど、よろしくお願いします」
「やったあ。じゃあねえ、エアロライド、エアロライド教えて!」
多分、エアリズムのことなのかな。
「う~ん、アレはまだちょっと難しいと思うから、他のにしようね?」
「うぬう~っ、わかった。あたしは良い子だから、ちゃんと先生の話は聞く」
「よしよし、良い子だね~」
弥生ちゃんの頭を優しく撫でる。くすぐったそうに、弥生ちゃんが体を揺する。
こうして弥生ちゃんと接していると、何だかほっとする。戦い続きで、張りつめていたのかもしれない。
ふと、ディアちゃんのことが思い出された。
ウィデアちゃんを失った、ディアちゃん。
きっと、私には想像できないような張りつめ方をしているはずだ。
「? 小春ちゃん、どうしたの?」
弥生ちゃんが私の顔を覗き込む。心配させてしまうような顔をしていたらしい。
「大丈夫、何でもないよ。じゃ、稽古始めようか?」
「うんっ!」
張りつめぎて、切れないように。
それだけを、私は願うことしかできない。
それでも、どこかにいるディアちゃんに向けて、心の中で祈っていた。
山そのものが、実は巨大な要塞だった。如月の屋敷へと向かう山道は、信者によって固められている。それでも、初陽がどこからかが信者の制服を人数分手に入れてきて、それを着て如月の屋敷の傍までは近づけた。
「これ以上は、変装して進むのは無理です。ここから先は、選ばれた信者しか入ることが出来ません。警護する信者同士が一人一人の顔を覚えていて、部外者がいればたちまちばれてしまうようになっているのです」
「ふむ。ならば、ここからは、強行突破ということか」
「…十分、ここまで近づければ。後は、私一人で、やる」
宗久には、ウィデアの葬儀をしろと言う名目で、暇を出していた。私とウィデアに忠実に尽くしてくれる男で、そんな男を、私の我儘で巻き込みたくはなかった。
「何を言うディア殿。我も協力すると言ったではないか」
「…でも、多分、入ったら生きては帰れない」
「三人だけだものなあ。まあ、そんなのも、いいではないか」
豪快にグラが笑う。
「…初陽も、無理に私に付いてくる必要なんてない。これは、あくまで私の、如月に対しての個人的な復讐なんだから」
「私は、グラ殿に恩があるのだ。グラ殿が行くと言えば、私は恩を返すためについて行くだけなのだ」
「ディア殿」
「…何、グラ?」
「ウィデア殿は我にとっても、同じ輩。これは、言うならば、我の復讐でもあるのだ」
「…勝手にすればいい。私は一度、止めた。そして、一度言う。ありがとう、我儘に付き合ってくれて」
「言うに及ばずよ。行くぞ、二人とも」
木陰から飛び出し、如月の屋敷の門を守っている守衛に襲い掛かる。二人いたが、どちらも頭を潰した。
「…ウィデア、待ってて」
生きて帰れるかは、問題じゃあない。
私は、ウィデアのために、これを為すのだ。
屋敷の玄関の扉を、勢いよく拳でぶち抜いた。




