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particle11:迷いの、なかで(1)

「はい、じゃあ転校生も来たところで、席替えしまーす」

 矢入先生が紙の入った貯金箱を端の席の子に渡す。

 そして。

「やったッ! また小春ちゃんの隣ッ!」

 藍ちゃんが私の右隣で。

「…私も、小春の隣。よろしく」

 ディアちゃんが私の左隣で。

「くそぅ。あともう少しで姉さんの前だったのに」

 ウィデアちゃんが私の前の席。

「じゃあ少し時間かかったが、授業始めるぞー」

 一限目は矢入先生の社会だった。

 矢入先生の鳴らすチョークの音が、教室に響き渡る。

「…小春、教科書見せて」

「あ、そうだね。いいよ」

「…ん、ありがとう。机、くっつける」

「むー」

 何だか藍ちゃんの眼が怖い。

「あ、いいなー! アタシも見せてよ!」

 ウィデアちゃんが体ごと振り向く。

「あはは、さすがにウィデアちゃんは隣の人に見せてもらったらいいと思うよ?」

「え~。アタシも姉さんと同じ教科書見たい~!」

「キミたち?」

 いつの間にか、矢入先生が私達の傍に立っていた。

「あ」

「…?」

「げ」

「うるさいので、少し外で頭を冷やしてください」

 優しく笑っていたが、眼は笑っていない。

「なによ~」

「…ちょっと話してただけ」

「キミたちねえー」

「わかりました、先生。ほら、ディアちゃん、ウィデアちゃんも。行こう」

 席を立ち、廊下に出る。二人とも、渋々ながら付いてきてくれた。

「ふーッ。二人とも、話したいのはわかるけど、それは休み時間にしよう?」

「ぶーぶー」

「…わかった」

「でも、今は良いってことだよね!」

「ま、まあ…」

 いいのかなあ…。

「…なら、話そう。私、小春と話したことあんまりない」

「そうだね。ええと、何で二人は転校してきたの?」

「…学校に行ってみたかった」

「なんだか、楽しそうだと思ったしねー」

「そ、そうなんだ」

 何となく思った通りの理由で、安心したような困るような。

「でも、驚いたよ。ディアちゃん達が急に学校に来たから」

「言っておくけど、ここで小春達と闘う気は無いから。アタシ達がここに来たのは、アタシの単なるわがままなんだから」

「そうなの?」

「…うん。ウィデアと学校、行きたかったから」

「そうなんだ…」

「そ、今、小春達と闘う気は無いの。だから、クラスメイトとして、仲良くしましょ?」

「うん、いいよ」

 二人から、同時に手を差し出される。両手それぞれで、二人と握手を交わした。

 手方伝わりぬくもりと感触。

 まぎれもなく、人のそれと同じだった。

 私は、こういう人と闘って、消してきたんだ。

「…」

「…どうしたの、小春?」

「え? あ、いや、なんでもないよ。ただ」

「ただ?」

「うん。握手してみて、やっぱり、私達と変わらないんだなあと思って」

「…基本的に同じ。例外の方が、少ない」

「そうね。お腹もすくし、眠くもなるし」

「そうだよね」

 聞いてみたかった。

 戦う理由。

 ディアちゃん達を見ていると、自分の戦う理由が、揺らいでいくような気がして。

「二人は、何で戦うのかな?」

 二人が顔を見合わせる。こうした仕草を見ていると、本当に鏡写しで見ているような錯覚にとらわれた。

「…もっと、楽しみたいから」

「?」

「肉体を持ったからね、二人で色々楽しみたい。その大きな目標のために、戦うなら、それもいいかなと思ってるんだ」

 でも、戦うだけじゃないはず。

「わかりあうことは、出来ないのかな?」

「理解し合えってこと?」

「うん」

「…多分、そのために私達はここに来たんだと思う」

「あれ、そうなの、姉さん?」

「…多分」

「そうなんだ」

 案外、私達は共存できるのかしれない。

「…でも、総統は、そう考えてはいない」

「総統?」

「アタシ達のボスみたいなもんね。この星をどうするか決める代表のような存在よ」

「その人は、共存に反対なのかな?」

「…総統は、賛成も反対もしない。ただ、輩が一番幸いになる結末のために、導いていくだけ」

「それが、人間の支配?」

「…大部分の輩は、そう考えてる。そして、そうある限り、総統も、その未来へと輩を進める」

「多くの人と、分かり合えなきゃ、ダメなんだね」

「小春は?」

「え?」

「小春の戦う理由って、何なの?」

「私は…」

 考えてみる。

 答えは、一つしか無いように思えた。

 今も昔も、変わらない、たった一つの、答え。

「私は、私の周りの誰かが、傷ついて悲しんだり、泣いたりするのを見るのが、どうしようもなく嫌なんだ」

「…赤の他人でも? 悪い人でも? 自分と違う種類の存在でも?」

「うん。だから、他人を傷つけるような人がいるなら、私は、その人に代わって戦うよ。戦える力が、私にはあるから。それを使わずに見ているだけなんて、そんなのやっぱり、どこか違う気がするんだ」

「なるほどね。わかる理由だわ」

「…小春、立派」

「そうでもないよ」

 実際、何も出来ないことの方が多い。たまに、ただの自己満足なんじゃないかとよく考えたりもする。

「三人ともー、席に戻って良いですよー」

 矢入先生の声が聞こえる。

「じゃ、行こうか、二人とも」

「…うん」

「ちぇっ、もっと小春と話してたかったなあー」

「あはは。お昼休みにでも、ね?」

 授業を聞く。終わると、藍ちゃんが取ったノートを貸してくれた。あいかわらず字が綺麗で、要点がよくまとまっている。テスト前は、よく藍ちゃんに勉強を教えてもらっていた。

 お昼休みになった。今日は、お弁当の日で、私も藍ちゃんも、お母さんから作ってもらったお弁当を持ってきている。

「じゃーん!」

 ウィデアちゃんが大きな重箱を私の机に乗せる。

「わあ!」

 藍ちゃんがその大きさに驚いている。五段重ねで、十人分ぐらいはありそうな大きさだった。

「ふっふーん、驚くのはまだ早いわよ?」

 五段重ねの重箱弁当を、くっつけたディアちゃんとウィデアちゃんの席に広げる。中身は一段目と二段目がご飯もの。三段目と四段目がおかず。五段目がデザートになっていた。

「なんだか、見るからに手間がかかってるね」

 よだれが自然と喉の奥から出てくる。見る限り、冷凍食品の類は見当たらない。全て手作りで、作った人の愛がそこかしこに感じられる出来だった。

「これ、二人が作ったの!?」

「…ううん。作ったのは、宗久」

「アタシ達、料理からきり駄目だもんねえ。海の時も、担当から外されたし」

 海の時に、二人の傍にいたあの男の人。なんだか、頑張っている様子が見えて、微笑ましい。

「小春も食べていいわよ?」

「え? いいの!?」

 どうしよう。

 お母さんのお弁当、食べきれるかな。

「…小春達に食べさせたくて、大目に作ってもらった。宗久の料理の腕は、信用していい」

「そ、それじゃあ、遠慮なく、頂きまーす!」

 まずは、ダシ巻卵。

 これで、大体の料理の腕はわかる。

「お」

「お?」

「い」

「…い?」

「っし~いッ!!」

 思わず立ち上がる。

「これ美味しいよッ! 今まで食べた中で、三位以内に入るかも!」

 私の声に、クラスの他の子達が、ディアちゃん達の前に集まってくる。

 その度にディアちゃん達が説明し、クラスの子達がお弁当の具材を食べていく。そして、叫ぶ。

 その繰り返しだった。いつの間にか、二人を囲む人だかりが出来ている。

「わははは! アタシ達、人気者だねえ~。ね、姉さん?」

「…人気なのは、宗久のお弁当」

「そんなことないって。ほら、私達、何か目立ってるし。あ、どうもどうも~♪」

「…どうもどうも~♪」

 クラスメイトから、色々話しかけられている。皆、外国の人だと思っていたから、遠慮してなかなか話しかけづらかっただろう。

「こうしてみると、普通の子だよね」

 傍にいた藍ちゃんが、私にそう語りかけてきた。

「そうだね。私達と、何も変わらない」

 二人の笑顔を見ながら、そう思った。

 下校。一度家に帰り、自転車で輝さんの道場に向かう。

 今日は稽古の日で、部活を休んできた。多分、今頃藍ちゃんはディアちゃん達と仲良くお菓子を作っているのだろう。

(迷っていたわね)

「…うん」

 ペダルを漕ぎ、吹き付けてくる風を体で感じながら、フェルミに答える。学校にも、フェルミを持ってきていた。いざということがないわけでない。グリードと闘った時のような場合もある。

 フェルミは基本、学校では話さない。私が変に思われるのを嫌がると言うのもあるし、フェルミの声が聞こえてしまう人がいるかもしれなかった。適性のある人には、そういうフェルミの声が聞こえてしまうらしい。

「良いことと悪いことが、わからなくなっちゃって。だから、ディアちゃん達とどう接していいか、少し、迷ってるんだ」

(そうね。簡単にすべてのことを白か黒かで断ずることは、難しいわね)

「フェルミは、そういう時、どうするの?」

 聞いてみたくはあった。

 少しわかりづらい私のパートナーが、何て答えるのか、興味があった。

(私は、自分のやりたいようにするわ)

 聞こえてきたのは、意外な答え。

「ええ~!? でもそれって、無責任だよ!?」

(まあ、そうかもしれないわね。でも、私は、そうしたい。せっかく、長い時間を超えた先で手に入れた体なのよ? 私は、私のままに生きたい。私という存在を、私として、また生き直してみたい)

「それが、私達と一緒に戦ってくれる理由?」

(そうね。同じ輩からしたら、私の行為は、裏切り以外の何物ではないわ。でも、私は飽きていた。だから、私は小春のパートナーになったの)

「飽きていた?」

(私達の、一番初めの肉体があった星。あなた達の言うところの母星なんだけれど、そこでは、この星とは比較にならないほどの文明が発展し、人は生まれ、誰も死ななくなった。これが何を意味するか、わかるかしら?)

「皆で、狭い中でも仲良く暮らした?」

(だったら、良かったのだけれどね。でも、実際そうはならなかった。増えすぎる人口に、母星の資源は消費しつくされたけれど、それでも足りずに、資源を集めるために、近隣の惑星を開拓しはじめた。一時的には、それで充分だったのだけれど、爆発的に増えていく人口を養うには、母星でも、その近隣の惑星でも、遠からず限界を超えるコトは簡単に予測出来た)

「それで、どうなったの?」

(そして、もう限界寸前となった時、母星は、あることを取り決めたの。それは、選ばれた数千億人を精神を粒子化し、数億光年先の銀河の星の開拓民にするために、母星から飛ばすこと。そうすれば、増えすぎた人口を減らすことが出来て、さらに、将来の自分たちの居住惑星の確保も出来るからね)

「選ばれたってことは、名誉なことだったの?」

(そうね。皆、自分が母星の救世主になれることや、新天地に行けることに喜んでいたわ。でも…)

「でも?」

(送り出されて、戻れなくなった時にわかったことだったのだけれど、その銀河の開拓民計画は、仕組まれたものだったのよ。要は、母星にいらない住民を選別し、どこか遠くの星へ厄介払いすること。私達輩は、それにまんまと騙された。母星に、自分たちの存在を否定されたの)

「そうなんだ」

(だから、輩は強い結びつきで結ばれている。いつか、自分たちの母星に帰り、復讐しようとね。そのための技術を手に入れるために、銀河をさまよっているの)

「それで、地球が選ばれたんだ」

(悪意を持つほどの高度な生物が存在する惑星は、稀だったの。前も、何度か惑星を開拓したようだけれど、そこまでの生物を大量に繁殖させるまでには至らなかった。地球は、人間という高度な感情を持った生物が、すでに沢山いたからね。輩からすれば、絶好の星だったのよ)

「でもやっぱり、人間を支配するのは、間違ってると思う」

(そうね。結局、ここで人間を支配し、種として繁栄しても、また同じことが起こるだけ。人口爆発と、それに伴う追い出し。また、悲しい結果が繰り返される。だから、私はあなた達に味方することに決めたの。また、悲しい思いをする存在を生み出さないために)

「そっか。ありがとうフェルミ」

(お礼なんて、良いのよ。私が好きでやっていることなのだから。肉体は無限に増殖するわ。でも、その全てを入れる器は、あまりにも小さい。結局は、肉体の居場所を奪い合うしかない)

「人間も、同じなのかな」

(まだ、マシなのかもしれないわ。でも、輩も人間もそう思うのは、当然のことなのよ。生きる上で居場所は必要だし、それを奪い合うために争うことは、当然の悪意なのだから)

「そんなこと、ないと思いたいよ。私とフェルミは出会って、そして、こうして話してる。人と輩の人だって、わかりあえるはず。共存することだって、出来るはずだよ」

「ふふ、そうね。そう思う小春だからこそ、私は、あなたをパートナーにしたのかもしれない」

「出来るかな? …ううん、出来るようにしたい!」

「やってみなさい。あなたのその真っ直ぐな想いが、他の誰かの心を変えられるように。そのために、私は力を貸すわ」

「うん」

 フェルミに、頷いて見せた。

 消したくは、無かった。

 フェルミと私のこの力は、きっと他の誰かを救えると信じたい。

「うおおおおおーッ!!」

 立ち漕ぎをしながら、雄叫びを上げた。

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