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particle10:ふたりと、ひとり(4)

「はああッ!」

 目の前の少女が叫ぶ。凛とした雰囲気の少女だった。初陽という名前だったか。その初陽がナイフを振りかざす。避けずに、手で受けた。手首が血を噴き出しながら飛んだが、すぐに再生した。初陽が飛びずさり、距離を取る。肩で息しているが、まだ余力は残していそうだ。先程から、東裏の操る等身大の糸人形の悪獣の攻撃の隙をついて、我の方に攻撃してくる。

「くっ!」

 目の前の初陽。戸惑いが見えた。我の方から攻撃していない。戸惑いの元は、多分、それだろう。

 戦う気は無かった。人間も輩も、同じ生命であることに変わりはない。だから、殺す気も無い。ただ、輩のために戦うならば、やはり戦うしかなかった。今、こうして闘う理由がそうだった。

 また、悪獣の隙をついて、初陽が我に斬りこんでくる。今度は、腕。ナイフの切っ先が腕に入ってきたとき、思い切り力を込めた。筋肉の収縮によって、ナイフが途中で止まり、初陽の動きが一瞬止まった。

 いくら戦いたくないとはいえ、今は戦っている。

 ならば、手加減などできようがない。

 空いている方の腕に力を込める。筋肉が盛り上がり、血管の筋が浮かんだ。その拳を、思い切り、目の前の少女に叩きこむ。

「!? ぐうううッ!」

 少女が勢いよく吹き飛んでいく。拳の当たる瞬間、空いている方の手のナイフで、拳の軌道をずらされていた。殺すつもりで殴ったが、それで急所は外されている。

 初陽がよろよろと立ち上がった。

 眼。

 まだ闘志は消えていない。

「良い眼だが、悲しい眼だな」

「なんだと…」

 お互いの間合いの少し外で構えながら、向き合う。

「生き急いでいる。いや、死に急いでいる眼だ」

「貴様に、何がわかるッ!」

「わかるとも。我々は、この肉体を持つことを、待ち望んでいた。君も、何かを待ち望んでいる」

 一瞬、瞳が揺れた。

「そんな眼を見ていると、我は何か言ってやりたくなる。老婆心だが」

「戯言をッ、言うなッ!」

 目の前の少女の右手が素早く動いた。縄だった。先に鉤がついている。我の胴に撒きつき、鉤が腹の肉に刺さっている。

「刃に煌めく、白銀しろがねの波動ッ! シルバーホワイト・スファルファラーレッ(銀翼の飛撃)!!」

 声。上空からだった。見る。声の下方向から、唸りを挙げて、戟が空から降ってくる。身動きが出来ない今の状態では、避けられそうもない。

「ぬんッ!」

 良い腕だった。だが、それゆえに軌道も読めた。頭。狙いはそこ。頭に来る戟を右手で受け止める。間一髪、刃の先が目の前で止まった。

「!? あたしの必殺技を止めた!?」

 驚きの声を上げながら、上空から降りてくる巫女服の少女。確か、鈴花と言う名前だった。

「我が君たちの能力を知っていて、君たちは我の能力を知らない。これは、公平ではないな。一つ、言っておこう。七罪はそれぞれに何らかの力を持っている。そして、我の持つ力は、粒子の波動の作用を無効化し、消失させる力。すなわち、君のこの戟は、私にとっては普通の少女が投げる戟の威力となんら変わらない。良い腕だが、我には通用せん」

 言って、戟を鈴花に向かって投げる。鈴花がそれを中空で掴む。初陽が驚いた顔をしていた。空中に浮かぶ鈴花の顔には、なにやら引きつった笑みが張り付いていた。

「すまぬな」

 呆然としている初陽の縄を持ち、操る。捕まえたつもりだろうが、もろ刃の剣だ。力を込めると、初陽の体が浮いた。

「なにッ!?」

 そのまま、遠心力を利用して、悪獣の方へ。待ち受けていた糸人形の拳が、初陽のお腹に突き刺さる。

「ぐはッ!」

「初陽ッ!」

 鈴花が叫び、悪獣に戟で斬りかかる。悪獣が距離を取った。

 腹の側面。悪獣がその拳を当てたのはそこだ。恐らく、確実にあばらが二、三本折れているだろう。

 大丈夫かと手を伸ばす鈴花。その手を取らずに、ゆっくりと立ち上がる初陽。しかし、誰の眼から見ても、その姿は満身創痍に見えた。

「まだ、だッ…」

 力無く構える。眼が死んでいない。殺すには惜しい眼だと思った。

「?」

 初陽の様子がおかしい。 何か、話を聞いている様子だった。恐らく、敵の本部と通信をしているのだろう。一瞬、顔にこれまでの戦闘の中で見たことのない苦悶の表情が浮かび、静かにうなづいた。直後、初日は地面に玉を複数個ばらまく。

「煙幕だ! 敵が離脱するぞ! 追え!」

 東裏の副官の水トが荒い声で指示を飛ばす。輩達が、周囲に散っていく足音が白煙の中から聞こえた。

「脳ミソがお留守よ?」

 白煙を切り裂き、目の前に戟の刃が現れる。躱せず、手で受ける。手だけでは止まらず、胸まで切られた。瞬時に再生をする。

 煙の中。

 中指を勢いよく立て、怒りの表情を浮かべた鈴花が現れた。

「テメエ、さっきはよくもやってくれたわねえ。あたしの戟を掴んどいて、何余裕な顔してるワケ? そんで、別にあたしは、あんたに戟を返してほしいなんて一言も言ってないッ!」

「それは、済まなかった。君を侮辱したのならば、謝ろう」

(あ、違うんです。これは)

「今ッ、あたしは有頂天にキレているッ! ここまでコケにされてッ、初陽をボコボコにされてッ、これでキレずにいられるなら、そいつはタダのインポ野郎だッ!」

 なるほど。この少女も、初陽とはまた違う、良い眼をしている。

 また、白煙の中に鈴花が消えた。飛んだ音がする。恐らく、攻撃は上空からだろう。

 霧が晴れる。読み通り、初陽が上空で戟を投げる構えを取っていた。

「さっきのこと、利子万倍返しで、コイツがお礼よッ! 刃に煌めく、白銀しろがねの波動ッ! シルバーホワイト・スファルファラーレッ(銀翼の飛撃)!!」

「心意気は買おうッ! だが、無駄だッ!」

 戟。直線的に向かってくる。

「!?」

 それが、曲がった。見ると、周りに小型の磁石がばらまかれている。

「煙の撒かれた中で、撒いていたというのかッ!」

「そうよッ! これであんたは戟の軌道が読めない。そして、これでフィナーレよッ!」

 鈴花の手が、白く淡く輝く。恐らく磁力で戟を操作しているのだろう。

 だが。

「そんな小細工が我に通じると思ったかァー!」

 戟。磁石の力で回り込み、真後ろから来る。少し反応が遅れたが、力を消して受け止めた。

「どうだッ!」

「へっへ~ん、あたしの本命は、あんたじゃないわッ!」

「何ッ!?」

 空中に浮かぶ物体が、まだあった。

 二本のナイフ。初陽が落としたものだろう。それが、空中で羅針盤の針のように回転しながら、一つは悪獣の胸に刺さり、もう一つはその首を飛ばした。

 悪獣の動きが止まる。

「くっ!」

 東裏が苦虫を噛み潰したような声を出す。

「やられたな」

 鈴花が、遠くの空を飛んでいた。今から追っても、多分見失うだろう。

 恐らく、キレたように見せかけて、この場にいる全員の眼を我に集中させ、その隙に悪獣を狙っていた。

 あの怒りは本気だったような気はしなくもないが、それすら利用したとすれば、なかなかどうして、面白い少女だ。

「先輩、大丈夫ですか!?」

 水トが東裏に駆け寄る。

「悪獣はやられたが、私は大丈夫だ。初陽という少女の追跡の方は、どうなっている?」

「船瀬のヤツとその部下に行かせました。偵察部隊の同志は大半」

「実動部隊の方も回せ」

「良いんですか?」

「深手を負わせた。おそらく、歩くのもままならないはずだ。そう遠くは行ってはいまい。今は、悪意を煽るよりも、敵を見つけ出し、確実に戦力を削ぐ方が先だ」

「わかりました」

「先ほど、ディア様たちから通信が来た。あちらでも、撤退されたらしい。ならば、こちらに増援は出しにくい状況だろう。何としても見つけ出せ」

「わかりました。ならば、全部隊に探索を指示します」

「…」

 東裏と水トの会話を、口を挟まず聞いていた。

 見つけ出されたば、殺すのだろうか。東裏はやると思えないが、最終的には、そうなってしまうような気もする。やり方は、良いとも悪いとも思えない。

 出来れば見つからなければいいと思った。

 


 急いでいた。

 初陽が逃走したであろう路地を駆ける。逃走した経路は住宅街だった。入り組んだ道も多く、細い路地も多い。事前に作戦地点周辺の地理を頭に入れておいて良かった。でなければ、迷っていただろう。

 さっきの戦闘で、初陽という少女は負傷し、逃走している。見ただけだが、軽傷とは思えなかった。捕まえるにしても、傷の手当は早い方が良い。

 そこまで考えて、ふと気づいた。

 なぜ、オレはあの少女のことをこんなにも心配しているのか。敵だった。死ねば戦力が減る。

 それでいいはずだった。 

 しかし、今、そういう気持ちは微塵もない。

 海辺でのあの笑顔。

 忘れられなかった。

 敵と気づいた後でも、同じようにあの笑顔が頭に浮かぶ。

 どうも、自分は、あの少女を好きになってしまったらしい。

 しかし、敵だった。どうにできるものでもない。どちらかが死ねば、この関係は始まるのかもしれない。つまりは、絶対始まらないと言うことだった。

 それを思うと、何か凶暴な気持ちが胸の中に湧き上がってくる。こんなとき、肉体は、著しく不便だ。

 路地を辿る。時折、血の跡があった。腹を殴られて血が出ている。折れたあばらが内臓のどれかに突き刺さり、中で血を出している。そういう状態であるならば、やはり危険だ。

「早く、見つけないと」

 見つけて、どうするか。

 多分、報告するのだろう。

 そして、捕まえ、移送する。

 傷の手当は、されるだろう。

 それと同時に、敵の情報も聞くはずだった。

 あの強情そうな性格では、多分難航する。

 拷問も、されるかもしれない。

「…」

 止めよう。

 考えない。

 ただ、見つけ、連れていく。

 自分が出来ることと、すべきことは、それなのだ。

 駆けて、少し道を戻る。

 細い路地があった。いや、路地と言えないかもしれない。人ひとりが通れるかどうかという、建物と建物の隙間の道だった。慎重に進んでいくと。

「あっ…!?」

 壁に体全てを預けるように、初陽がいた。眼を閉じ、肩で呼吸をしている。呼吸の音は大きく、早い。

「大丈夫ッスか?」

 声を掛ける。眼をゆっくりと開ける初陽。ぼんやりとした眼だった。それが、一瞬で、鋭い眼に変わる。

「貴様はッ…!」

 立ち上がろうとして、腹を押さえ、うずくまる。やはり、腹部の近くを怪我しているようだ。

「無理に動いちゃ駄目ッス。怪我、腹のあたりッスか?」

 静止を聞かず、立ち上がり、構える初陽。

「敵に心配など、されたくない。まして、貴様になど…」

 立ち上がるも、体制を崩し、地面に倒れる。

「大丈夫そうじゃ、ないッスね。背負いますから、持ってるその物騒なもんは捨ててくださいッス」

「断る…」

「このままだと、あんた、死ぬかもしんないんスよ?」

「敵に捕らわれるよりは数倍マシだ。しかし、こうして敵に見つかった以上はッ…!」

 初陽が、手に持ったナイフを首筋に当てる。

「止めろッ!」

 足で思い切り、ナイフを蹴る。ナイフが初陽の手から飛び、地面に落ちた。

「何をするッ…!」

「なんで、もらった命を粗末にするんだッ! あんたは今、あんたを信じる仲間の想いを裏切ったッ! あんたの帰りを待ってる人たちの気持ちを、踏みにじったんだッ!」

「敵に捕らえられ、味方の不利になるよりも、今ここで死んだ方が良いんだ!」

「違うッ! あんたは、あんたの命はッ、そんな自販機の缶コーヒーみたいな安っぽい命なんかじゃあないッ!」

「なんだと?」

「少なくともここにッ! 一人! あんたに死んでほしくないと思ってるヤツがいるッ! オレだ! オレなんだッ! オレは、あんたに死んでほしくないッ! どんなことがあろうと、あんたには、生きてて欲しいッ!」

「なッ…!?」

「好きだッ! どうしようもなく、馬鹿みたいに、阿呆みたいに、あんたが好きなんだッ! だから、死なせないッ! オレの目の前で、あんたを決して死なせたりはしないッ!」

 何を言っているか、わからなかった。言った後で、頭が言ったことを理解する。そんな感じだったが、構わなかった。

 言ってから、急に冷静になってきた。初陽は何も言わない。

「…」

「…」

 沈黙。しかし、あまりゆっくりしている時間は無いと思い直す。

「…えーと、初陽さんでしたか。…背負って、いいッスかねえ? あと、出来れば、物騒なもんも出さないでくれるとありがたいッス…」

 多分、この状態でも、本気を出されたら確実に負けて死ぬ。

 初陽の返事は無い。

「あの、えーと、じゃあ、背負いますよ? 背負いますからね~? よっと」

 初陽に背を向けると、首に手が回った。締め上げられるかナイフを首に当てられるかと思ったが、力なく首に手が回り、体を預けてくる。

 初陽を背負いながら、住宅街の人気のない道を歩いていく。戦闘の場所から少し離れていて、戦闘の喧騒が聞こえてこないせいか、落ち着いた空気が漂っていた。それでも、人目も有り、怪しまれるので、なるべく人目に付かないような道を選び、歩いていく。

「少し歩くと、タクシーを拾える場所があるんスけどね」

 半分語りかけるように話す。初陽の返事は無い。

 しかし、よく考えてみると、この状況がおかしい。

 敵に背負われ、わざわざ敵に捕まりに行くだろうか?

「あ、あのですね初陽さん…」

「何だ?」

 あ、良かった。

 さっきから返事が無かったから、眠っているか、気絶しているか、それとも怪我で話せないほどひどい状態なのかと思っていたが、答える声は、それほど危機的な状況ではないと感じられた。

「えーと…。なんで、オレに背負われることにしたんスか?」

「何が言いたい?」

「いや、だってオレら、敵同士じゃないッスか? だから、なんで初陽さんがオレに背負われることを良しとしたのか、気になってですね~」

「お前について行けば、敵のアジトの場所や戦力を測れるだろう。場合によっては、有益な情報が取れるかもしれない」

 うわぁお。初陽さんって、案外したたかあ~。

「でも、捕まると思うんスけど?」

「貴様に心配される必要はない。私は、生きて帰る。さっき、そう決めた」

 ん?

 何かオレ、余計なことしたのかなあ。

 良かったような悪かったような。

「こちらからも、いくつか質問がある」

「へ? あ、何スか?」

「海辺で、何故、私に綺麗だなどと言った? 答え如何では、この場でお前を殺す」

 首に添えられた手に、少し力が込められる。

「ちょっ!? 強迫は止めてっ!?」

 これでは、どっちが捕まっているかわからない。

「なら早く答えろ」

「事実だったからッス」

「…は?」

「だから、初陽さんが綺麗だから、そう言ったんス」

「誰にでも、そう言うのだろう? 男という生き物は皆そうだと聞いている。そして、お前は軟派男だ」

「軟派男は否定しないッスけど…、ああっ、絞めるのはやめてッ」

 少し、首に係る手に力が込められている。

「…さっき、好きだのなんだのとぬかしたのも、そうなのだろう?」

 そこで、少し、初陽の声が小さくなる。

「あ、あはは。つい勢いで言っちゃったんスけど。でも、アレは嘘じゃないし、誰にでもあんなことは言わないッス」

「…そうか」

「…」

「…」

 沈黙を保ったまま、歩いていく。話している時より、歩く歩調が速くなった。

 返事を、聞きたいとも思う。しかし、それを聞くとこの場で殺されそうな気がしたので止めた。

 聞いたところで、どうなるのだという気持ちもある。もう、二度と会えないかもしれないのだ。聞けないもどかしさはあるが、聞いてこのまま会えないでいる方が、もっと嫌だとも思う。

 ヘタレている。さっきの勢いと比べると、ずっとヘタレだ。

 相手を傷つけたくない。そんなヘタレた理由で理論武装しながら、歩いていた。

「…借りが出来た」

 不意に、初陽が呟いた。

「借り?」

「わからないなら、いい。ただ、一つだけ、お前には借りがある。それは、覚えていて欲しい」

「いらないッス」

「何ッ!?」

「いやだって、あんたに貸しなんて作った覚えないッスもん。だから、いらないッス」

「素直にもらえ」

「いやッス。だってあんた、お礼で殺してきそうじゃないッスかあ」

「それが借りの礼なら、今すぐにでも返してやるが」

「冗談、冗談ッス。あんたも重傷なんだから、大人しくしてて欲しいッス」

「とにかく、貴様には借りがある」

「いや、無くていいんスけど」

「借りは返す」

「いや、返さなくて結構スから」

「あんた達、何やってるの?」

「「!?」」

 声のした方。頭上からだった。目の前に、白いモデルの子が降りてくる。いや、確か、鈴花という名前だ。じっと、こっちを観察するように見ていた。

「鈴花…」

「あっ、いやっ、これはッ…」

 まずい。

 敵と出会うなんて。

 この状況はマズイ。

 両手は塞がっている。

 背中には初陽。

 どうする?

 初陽を人質にして、突破するか。

 無理。

 どー考えても無理。

 うまく行ってもオレ一人でこの場を逃げるしか手は無い。それでも、うまくいくかはわからない。

 じっとこちらを見ていた鈴花がニヤリと微笑み、わざとらしい声を上げた。

「わー、こんなところに石ころが~。躓いちゃうわ~」

 そう言うと、首に付けたマイクと耳に付けたイヤホンを地面に叩きつけ、思い切り踏みつける。

「うん、これで良しと」

 なんだかすっきりした表情の鈴花。次の瞬間、何かよくわからない微笑を浮かべる。

「あのだな、初陽、これはッ…」

 初陽が切羽つまったような声を上げた。初陽のインカム、話しかける前に潰しておいて良かった。こちらの通信は、オフラインにしてあった。

「いや、初陽。何も言わなくてもいいから。何となく、事情は理解したわ」

(うん、わたしも理解したぞ♪)

 鈴花がうんうんと頷く。どこからか、他の声も聞こえた。

「でもさ、ほら、見つけちゃったわけじゃない? あたしとしてはさ、馬になんて蹴られたくはないんだけれど。でもやっぱり、大事な大事な仲間である初陽を見つけちゃった手前、このまま、敵に捕まっている初陽を見過ごせもしないのよね」

(さっすが鈴花。外道の極みッ!)

「まあ今は許してやる。で、悪いんだけど、初陽返してくんない? あたしがつれてくからさ」

 オフラインにしていたことを激しく後悔する。近くに味方がいそうな気配はない。そして、今通信しても、その時はもう遅い。

 どこかで、こうなる予感があった。そんな願望もあった気がする。

 初陽を降ろす。

「お渡しするッス」

「…いいの? ずいぶんあっさりしてるわね。何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうのだけど」

「オレ一人じゃ、アンタ達には勝てないッス」

「物分りが良いのね。臆病とも言えるけれど」

「オレ、長生きしたい派なんス」

「そう。じゃあ、初陽はあたしが運ぶわ。敵に言うのもなんだけれど、ありがとう、感謝するわ」

「オレを殺したり、捕まえたりしないんスか?」

「あたし、面白そうなこと大好きなの。だから、貸しにしてあげるわ」

「オレは、あんたに何を返せば?」

「初陽の慌てる姿でいいわ。あと、初陽にも貸しだから」

「…私もなのか?」

「当たり前でしょう。今、非常にまずいことしてるんだから。あたし、もらえるものは全部もらっておく人よ?」

「…貴様も、これぐらい図々しいければな」

「いやそれはさずがに無理ッス」

「聞こえてるわよ。じゃ、あたし、ちょっとの間だけその辺ブラブラしてるから、何かあったら叫んで。すぐに駆けつけるわ」

(どうしたの鈴花? はっ、まさか覗きでもする気じゃ…)

「バラすんじゃねえよ。ほら、さっさと行くわよ」

(アデュー!)

 鈴花が路地を曲がる。本当に覗いているのだろうか。あの性格だと、意外に本当な気がする。

「あ、あはは~、良かったッスね。味方に会えて」

「お前は、残念だろうな」

「心底残念スね。ま、好きな女性を背負えた。役得だったんで、それでよしとするッス」

「またお前は、好きだなどと…」

「本当ッスから」

 初陽の顔をじっと見る。やっぱり、綺麗な顔だ。

「私達は敵同士なのだ。馬鹿げているとは思わないのか?」

「思ったッス。でも、仕方ないッス。だって、好きになったんスから」

 初陽が顔を逸らす。

「今度。もし、今度会えたら、その時は、聞いても良いッスか。その、貴方の気持ちを」

「…男性を好きになるということがわからない。だから多分、私は、お前にひどいことを言うと思う」

「それでもいいんス。貴方が、考えて出した答えなら」

「…わかった、約束する」

「じゃあ、指切り」

 そう言って、初陽に小指を差し出す。

「え?」

「いや、だって、人間は約束を結ぶ時、こうするって聞いたッス。違ったッスか?」

「いや、合ってる」

「なら」

「…わかった」

 差し出した小指に、初陽の小指が絡まる。思ったより、細い。しなやかで、そして、なにより柔らかい。

「へへ」

「気持ち悪い顔をするな。殺すぞ」

「ええっ!?」

 初陽が指を離す。少し、いや、かなり名残惜しい。

「…もう、いいかしら?」

 絶妙なタイミングで、鈴花が現れた。見ていたのかと思えるほどだ。そして、多分、見ていたのだろう。

「あ、ああ…」

 初陽の顔が赤くなっていた。夢でも、よくこんな顔が浮かぶ。

「それじゃ、はい。初陽掴まって。飛ぶわよ」

 鈴花が初陽に背中を差し出す。初陽がその背中に身を預けた。

「それじゃあルーオ。行くわよ。気合い入れなさい」

(んもぅ鈴花ったらあ~。わたし使いが激しいんだからあ~。あ、今気づいたんだけど、わたし使いって言葉、エロくない?)

「うるせえ集中するからお前は黙って力を貸せ。行くわよッ!」

 鈴花の全身が白い粒子で輝く。そして、宙に浮いたかと思うと、空高く飛び上がった。そして、上空の鈴花の足に、トンボの羽が生えていた。それが羽ばたいたかと思うと、ものすごいスピードで、鈴花が空を駆けて行った。

 手。指を握ってみた。初陽に触れたところだけ、熱く感じた。

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