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particle10:ふたりと、ひとり(3)

「ぐッ!」

 ウィデアちゃんの両手のラッシュ。腕でガードしながら、後ずさる。そこに来た背後からのディアちゃんの拳を体を捻りながらかわし、二人から距離を取った。

「はあ…、はあ…」

(小春、大丈夫?)

「うん、なんとか」

 ウィデアちゃんに対して構えを取る。反撃する暇など無かった。一方の隙を、もう一方の攻撃で消してくる。

(双子ならではのコンビネーションと言ったところかしら)

「あはは…。考えてる余裕もないけどね」

 集中する暇すら与えてくれない。集中して繰り出した一撃は、ことごとく避けられていた。

(藍一人が狙われるよりは、マシだけれど)

 そうなのだ。あの二人は、私一人を相手にしている。私には厄介だが、同時にありがたくもある。一人ならまだしも、二人同時に攻撃を受けたら、藍ちゃんでは捌ききれないだろう。それ以外にも、私を倒すと、ほぼ勝敗が決まるというところもあるのだろう。

「ありがたいけど、どうしてだろう?」

(さあ。案外、楽しみたいだけなんじゃないかしら?)

「楽しむ?」

(私が小春と会った時の気分みたいなものかしらね)

「なんとなくわかったけど、何か、釈然としないなあ」

(小春は私達に人気ね。そこのところは、私も釈然としないのだけれど)

「勝手に想像して、勝手に嫉妬されても困るよ」

(! 小春、来るわッ!)

 右から、ディアちゃん。その拳を受け止める。

「!?」

 ディアちゃんが私に体を寄せる。ふわりとした髪が、私の顔をくすぐる。

 腕を掴まれていた。うまく身動きが取れない。

「…ウィデア」

「あいあいさー!」

 いつの間にか、正面にウィデアちゃん。その拳が唸る。

 避けきれない。

「!?」

 ウィデアちゃんに太い木の枝が襲い掛かった。ウィデアちゃんが飛びずさり、木の枝が地面に勢いよくつき刺さる。その先を辿ると、藍ちゃんが木に手を当てていた。

 ディアちゃんが攻撃に一瞬気を取られ、力を抜いた。その隙に束縛から抜け、ディアちゃんに拳を叩きこむ。だが、拳は空を切っていた。ディアちゃんが林の中に駆けていく。

 追えない。今追うと、ウィデアちゃんの攻撃を背中から受ける位置になる。藍ちゃんを一人にしてしまうのも、不安なところではあった。

 ウィデアちゃんが突撃してくる。それを見ながら、ディアちゃんの気配を探した。

 いない。まだ、出てこないということなのか。さっきみたいに、絡め手で来るのか。

 ウィデアちゃんの攻撃を受けた。重い。ディアちゃんの攻撃は早いが、ウィデアちゃんの攻撃は重い。受けた反動で、少し体が止まる。

「!? 危ない、小春ちゃん!」

 藍ちゃんの声。とっさに体が動く。ほとんど、本能のまま動いた。瞬間、右腕を何かが貫き、血が噴き出る。

「ぐううッ!」

 飛びずさる。腕。熱い。血が出ていた。傷口を見ると、銃弾のようだ。それが、右腕を貫通したらしい。

 林の中に、一瞬、光るものが見えた気がした。ライフルの銃口。それが、私の方を向いている。持っていたのは、ディアちゃんだった。

(大丈夫、小春!?)

「はぁはぁ、うん、大丈夫。頭を狙われてたみたいだね。何とか避けられてよかった」

(でも腕が)

「大丈夫」

 実際、痛みで、歯が鳴った。思い切り噛みしめ、震えを殺す。

(小春、また来るわッ!)

 藍ちゃんの木の枝の攻撃を避けながら、ウィデアちゃんが駆けてくる。

 一瞬の集中。

 私自身の全身。

 それを燃やす、イメージを。

 ウィデアちゃんの拳、左手で受けた。

「うおおおおッ!」

 ウィデアちゃんの右の拳が、手で触れたところから光を放ち、消えていく。

 同時に、銃声。

「それも、わかってたッ!」

 体めがけて飛んでくる弾丸。私の全身を覆う赤い粒子の層に触れ、弾丸が光に変わる。

「はあ、はあ…」

(小春ッ! 次が来るわっ!)

 痛みとイメージ後の反動で、反応が遅れた。

 ウィデアちゃんの左の拳。避けられない。

「!?」

 何かが横切り、私の代わりにウィデアちゃんの拳を受けた。鎧が砕かれ、骨の折れる嫌な音がし、その人物が吹き飛ばされる。

「藍ちゃん!?」

 木に叩きつけられ、倒れる藍ちゃん。

「うああああーっ!」

「「「「「呼んだ、小春ちゃん?」」」」」

 次の瞬間、藍ちゃんの声が重なって聞こえたような気がした。

 声の方向。

 振り向くと、何人もの藍ちゃん。

「藍ちゃん!?」

「うげ、なになに、そんなのありィ~!?」

 ウィデアちゃんも驚く。無理はない。少なくともさっき倒された藍ちゃんを含めて、六人の藍ちゃんがいた。

「小春ちゃん、大丈夫?」

「今治してあげる」

「小春ちゃんを傷つけるなんて、許さないッ!」

「小春ちゃん、傷をよく見せて?」

「いいなあ、小春ちゃんの身代わりになれて」

「あ、あの、一気に話されても…」

 五人の藍ちゃんが互いに顔を見合わせ、同時に五人全員がうなづいた。二人の藍ちゃんがウィデアちゃんに突撃する。別の藍ちゃん二人が、銃弾が飛んでいった方向に駆けて行った。残った藍ちゃんが、私の腕に触れて、怪我を治してくれた。

「見つけた!」

 藍ちゃんの声。林の中から。遅れて、ディアちゃんがこちらに下がりながら、藍ちゃん達をライフルで攻撃する。うまく誘導していた。

「くっ! 邪魔あああッ!」

 ウィデアちゃんがディアちゃんの元に向かおうとしていた。それを、二人の藍ちゃんが阻んでいる。一人、ウィデアちゃんの再生した右腕に振り抜かれ吹き飛ばされたが、もう一人の藍ちゃんがが懸命にウィデアちゃんの攻撃を盾で防いでいる。

「小春ちゃん、この隙に!」

 目の前にいた本物の藍ちゃんが、ディアちゃんを指さす。ようやくわかったが、目の前の藍ちゃんが本物だった。他の四人は、どこか微妙に違う。知らない人が見れば、気がつかないほどそっくりだ。

 駆けた。ディアちゃん。藍ちゃん二人にライフルで攻撃している。一瞬、眼があった。

(小春)

 フェルミの声。一瞬、私によぎった思いがわかったのだろう。

 本当は、倒したくない。知らない人でも、それが敵であっても。

 まして、知っている人ならば。

 いくら戦いに慣れたと言っても、ここだけは慣れない。慣れたくもなかった。

 やっぱり、命は、他人に奪われるものではないから。

(小春ッ!)

 わかってる。

 わかってるんだ。

 全身を光に還す。

 そんなイメージ。

 瞬時に、強くイメージする。そうしなければ、ディアちゃんは倒せない。

 うん。

 大丈夫。

「ディアちゃん、ごめん! 両手に宿す、臙脂えんじの波動ッ! ローズレッド、マーレモートッ(紅血の波撃)!!」

 両手による掌底。ライフルを撃った反動で動けなくなっているディアちゃんに思い切り叩きつける。

「!?」

 すり抜けた、ディアちゃんの体を、私の全身がすり抜けた。勢いでよろめいた体制を立て直し、ディアちゃんに向き直る。ウィデアちゃんも合流していて、二人で何故か決めポーズを取っていた。

「ふふ、驚いた? これが、アタシ達姉妹の能力ッ!」

 ウィデアちゃんが胸を張る。隣のディアちゃんはライフルを持ちながら、また別のポーズを取る。

「能力? 確か、前戦ったグリードという人の能力は、指から風の弾丸を飛ばす能力でしたけど」

 藍ちゃんが聞く。ウィデアちゃんが藍ちゃんを勢いよく指さしながら答える。

「そうッ! そして、アタシ達二人の能力は、十一の次元を知覚し、そこに好きな時に移動できる能力!」

「…バーン」

 ディアちゃんが、ライフルで撃った後の音を呟く。

 なんだろう。効果音みたいなものだろうか。

「で、でも、次元は三次元までしかないはずッ!?」

(小春、一応訂正しておくけれど、私達が知覚出来る次元の数は、四次元までだからね)

「あれ? そうだっけ? あ、あははは…」

 ウィデアちゃんがそんな私達に構わず続ける。

「さっきの小春の攻撃。それが当たる前に、姉さんは別の次元に移動し、小春の攻撃を避けたッ! 自分から相手の姿を見ることができ、相手も自分の姿を見ることが出来るけれど、攻撃は絶対に当たらない、別の次元に移動したのよッ! この能力がある限り、小春達の攻撃は、決してアタシ達に当たることはないッ!」

「…まあ、色々弱点もあるけど」

「それをいっちゃあおしめえよォ、姉さん!」

 ウィデアちゃんがディアちゃんに思い切りつっこむ。

「くっ…」

「あら、来ないの? なら、こっちから行くわよッ!」

 ウィデアちゃんが突っ込んでくる。捨て身のような勢いだ。

 さっき、私達二人と言っていた。嘘でなければ、ディアちゃんと同じように、ウィデアちゃんも、私の攻撃を別の次元に移動してかわせるはず。

 そのための、特攻なのか。

 なら、ここは防御に徹するだけ。

 腕でウィデアちゃんの攻撃を受ける。その重さで、体が硬直する。

(小春、後ろよッ!)

 フェルミの声。首だけ、振り向く。ディアちゃん。至近距離で、ライフルを構えている。

 撃てないはずだ。この距離なら、流れ弾がウィデアちゃんに当たる。

 だが、銃声が聞こえ、弾が飛んできた。避けようとしても、距離が近すぎた。銃弾がお腹に当たり、貫通する。その銃弾は、ウィデアちゃんを傷つけることなく、すり抜け、近くの木の幹に着弾した。

「ッ!」

 声にならない声が、自分の喉から出た。お腹が熱い。内臓をかき回されているような、そんな痛みだ。痛みで、膝をつく。そんな私の頭に、ディアちゃんの持ったライフルの銃口が向けられる。

「ごめんね。でも、アタシ達、敵同士だからさ」

「…小春。バイバイ」

「させないッ!」

 木のツタが二人に勢いよく巻きつく。動きを封じられる二人。

「カウテラーレッ!」

 駆けつけてきた藍ちゃんが、地面に粒子を纏った手を着く。私と藍ちゃんの周囲の地面が盛り上がり、ドーム状の空間を形成する。

「今、治してあげるからねッ!」

 藍ちゃんが私のお腹の銃創に手を当てた。青い粒子と光が放たれ、傷は見る間に塞がり、それと同時に痛みも消える。

「ありがとう、藍ちゃん」

『あいちゃん、はるちゃん、聞こえる?』

 美奈さんの声だった。藍ちゃんが返事をする。

「聞こえます」

『えーとさ、さっきの戦闘を見る限り、二対二で正面からやりあうのはこちらが不利みたいなんだよね。相手はまだ本気を出しきっていない気がするし、長引けば、こちらが劣勢になると思うんだ』

(撤退が上策ですかな?)

 クォさんが聞く。

『残念だけど、私はそう判断したよ。喜平次さんもおんなじ』

「わかりました。撤退します」

 正直、ほっとしている自分がいる。あまり誉められたことではないが、それでもやはり、あの二人と闘うのはどこか心がもやもやとする。

『ほいほい。少し難しいかもしれないけど、二人とも、無事に帰ってきて。もちろん、帰ってくるまで離脱ルートは案内するからね』

「はい、わかりました」

 右手に粒子を宿し、地面へと振り降ろした。



 この土壁も、面白い。普通の土のドームに見えるが、強度はただの土では無かった。何回か殴ってみたが、びくともしない。おそらく、土以外の物質も混ぜ込んであるのだろう。

「小春もすごかったけど、藍もすごいわねぇ」

「…あの二人のコンビネーションは、厄介」

「だよね。何回か、ひやりとした時もあったし」

「…次元を移動できたから、助かった」

 そう言うと、姉さんが怒涛の勢いで壁を殴り始める。弱いところを見つけたのだろう。そこを重点的に攻撃している。何も変化の無かった土壁の一部に、一筋のひびが入り、徐々にひびが広がっていく。最後に、出来たひびに姉さんがライフルをぶっ放した。

「…ダーン」

 発射した銃弾はひびを貫通し、そこからひびが全体に広がり、そして土壁が音を立てながら崩れ落ちる。

 恐る恐る、その中を覗き込んでみる。

「わあォ…!」

「…大きなモグラ」

 大地に穴が開いていた。覗き込んでみるが、底が見えない。恐らく、小春の力で穴をあけたのだろう。

「入ってみようか、姉さん?」

「…いい。疲れそう」

 確かに、疲れそうではある。すでに小春達は穴を抜け、逃げたのかもしれないし、逆に穴の奥底で待ち伏せをされていたら厄介だ。次元移動は、不意の攻撃に対処しづらい。暗闇の中で不意に襲われたとして、とっさに次元移動できるとは限らない。そして、次元移動にも弱点はある。

「あーあ、まんまと逃げられちゃった」

「…でも、楽しかったから、満足」

「だね。それじゃあ、帰りますか」

「お二人とも、それでよろしいのですかッ!」

 振り向くと、宗久がいた。さっきは、邪魔になるからと姉さんが遠くに待機させていた。そこのところはちゃんと空気が読める従者で助かるのだが、ちょいちょいリアクションが大きかったり、声が無駄に大きかったりするのが玉にキズだ。全体的には、よく出来た従者だった。今日もこうして、夜なべで私達の衣装を作ってくれたし。

「…じゃ、宗久。この穴、どこにつながってるか、見てきて」

「へッ!?」

「…ゴーゴー」

「えッ! ちょッ! ぬわあああーッ!」

 姉さんに押され、宗久が勢いよく漆黒の穴の中に落ちて行った。

 宗久。

 あんたの犠牲は無駄にしないわ。

「そんじゃ、改めて、帰ろ、姉さん」

「…グラが言ってた、お団子屋」

「あ、いいねー♪ よってこよってこ」

 姉さんの手を引き、歩き出す。歩くたびに、アタシと同じ、姉さんのふわふわな髪が揺れた。同じだが、中身も何だかふわふわしている姉さんはやっぱり可愛い。そう思い、笑っていると。

「…ウィデア」

「ん、なあに姉さん?」

「…変な顔」

「姉さんも、アタシと同じ顔じゃない」

「…そうだった」

「ふふふ。もう~」

 手を繋ぎながら、山道を歩いていく。

 こんなことが出来る。

 この星に上陸して、また肉体を持って良かったと思える瞬間だった。

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