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particle10:ふたりと、ひとり(2)

 組まれた薪に火がつけられる。

 薄暗い地下に光が灯り、同時に、温度も上昇する。

 火のつけられた薪には油を染み込ませてあり、よく燃えた。それに、信者が飛び込み、駆け抜ける。火を使った儀式で、高位の信者が、それをよく行う。

「行っきま~す♪」

 ウィデア様が勢いよく燃え盛っている炎に飛び込む。飛び込んだかと思うと強固に組まれた薪の上に乗り、堂々と手を広げる。その光景に、周りの信者が大きくどよめき、歓声を挙げた。

「…私も」

 ディア様も炎を孕んだ薪の上に乗り、ウィデアと図ったように独特のポーズを決める。炎をバックに背負ったそのポーズに、集まった信者が更なる完成を挙げる。

 その様子を見ながら、横目でグラ様を見た。無表情のような、笑顔である。案外、表情が読めない部類なのだろうか。

 セミナーは大成功に終わり、三人と共に、セミナーのあった部屋で食事を取る。すでに使った薪や儀式の道具は綺麗に森部が片付けていて、代わりに贅を尽くした料理が並べられていた。これを用意するのに、少し手間をかけていた。

「儀式は、いかがでしたかな?」

 正面に仲良く並んでいるディア様とウィデア様に声を掛けた。七罪の方がたとの親睦会ということで、東裏以下の隊長は呼んでいない。この部屋にも、七罪の三人と、自分と森部がいるだけだ。

「いやあ、楽しかった~。最後なんか私達、崇められてたし? もう姉さんと二人で新しい宗教とか起こせちゃうかもね」

「…奉られるのは、面倒」

「でもさ、お供えとか来るんだよ」

「…三日ぐらいなら、やる」

「ほっほっほ。気に入っていただけたようで、何よりでございます」

 機嫌は、取っておいた方が良い。今度何か送ってみようと、思った。

「グラ様は、いかがでしたか?」

「我はどうにもこうにも。ただ、信じるものがある。それで、救われるものもあるということは、わかっているつもりだ」

「左様ですか」

 グラ様は、どちらかというと穏健派のはずだ。戦闘でも、あまり戦おうとしているようには見えない。それでも、悪意を煽っているのは、輩のためなのだろう。案外、自分と近いところにいるのかもしれない。

「今日は七罪様の歓迎の宴なのですから、存分に楽しんで下さいませ」

 料理を三人に進めながら、手を二度叩く。

 薄着の女達に引かれてきた一頭の豚。軽く麻酔を打ってある。

「これは?」

「ほっほっほ。食事をお楽しみいただきながらの、余興です」

 薄着の女達が、剣を持ちながら、豚の前で舞を披露する。袖についた布が、踊りに合わせて激しく揺れる。その衣に隠れるようにして、女達が舞う。

「どうです、グラ様?」

「良い酒ですな」

「綺麗だね~」

「…でも、なんだか、怖い」

 踊りには、あまり興味がないようだ。逆に、ディア様とウィデア様は一緒に踊りたそうな雰囲気すらある。

 女たちの踊りが激しくなる。同時に、一人の女の持っていた剣の刃が煌めき、豚の体に斬りつけられる。

「!?」

 豚の苦しそうな鳴き声をよそに、女たちが、次々と舞いながら豚を切りつけていく。血を吹き出し、弱った豚。それを確認すると女たちがまた豚の周囲で舞はじめ、森部が件を持って豚に近づき、持っていた剣を真上から真下に振り降ろした。

 豚が苦悶の鳴き声を発しながら、頭を床に落とす。血が噴き出し、部屋に血の匂いが充満する。

 あっけにとられるディア様とウィデア様をしり目に、黙々と酒を飲むグラ様。

「おまり、ほめられた余興とは言えんな」

 グラ様は言う。

「お気に召されませんでしたか」

「豚も、生きているのだ。むやみに殺して良いものではない」

「いえ、私達は、あの豚を救ったのです」

「救った?」

「はい。生きるのは悲しい。そして、豚は悲しくとも自分で死ぬ術を知りませぬ。ならば、悲しい生を終わらせてやるのが、豚を飼う我々の役目だと思っておりまする。グラ様は、そうは思いませぬか?」

「命は、悲しみを背負って生まれてくるのだ。存在は、生まれる時、場所、存在を選べぬ。我々とて、選べこそすれ、厳密にそれを選び取ることなど出来ぬ。それゆえに、生きることもまた、悲しいと言える。しかし、生の喜びを見出すこと、そして、自らの生に決着をつけることこそ、我は、存在として生まれてきた意味の一つだと思っている」

「我々の教義とは、いささか考えが違いますな」

「違って良いのだ。全てが同じにならなくてはいかんということでもない」

「私は、穏健派であるグラ殿に、我が教派に参加していただきたいと思っておったのですが」

「我如きが、そんなたいそうな真似は出来ぬよ」

「そうですか。ディア様とウィデア様は、どう考えますか?」

 二人に話を振ってみる。

「アタシは、難しい話はよくわかんないけどさ。あの豚さんが姉さんだったら、嫌だなあ」

「…私も、同じこと考えてた」

「ああ、やっぱり? うん、やっぱさ、誰かに握られた生き方なんて、楽しくないじゃん? アタシ達はさ、消えるその時まで、楽しくしてたいのよ。せっかくこうして、肉体を持てたわけだし」

「…美味しいものもいっぱい食べたいし、楽しいこともいっぱいやりたい」

「そうそう。だから、アタシ達も、教義がどうとか、そういうのはパス」

「先ほどは、楽しまれていたようですが」

「…如月」

「はい、何でしょう?」

「…ウィデアが、いいと言ってる。私も、同じ考え」

 無表情な顔に、少し怒りの色が見えたような気がした。余り、深入りしない方がよさそうな眼だった。

「失礼いたしました」

「…帰ろう、ウィデア」

「もう、帰られるのですか?」

「…血の匂いは、嫌い」

 ディア様が立ち上がり、ウィデア様がそれに続く。

「場所を移しましょうか?」

「…いい」

 そう言うと、二人が地下室から出ていく。森部が目線を向けてきたが、無視した。

「では、我も帰るとしよう。歓迎、痛みいった。感謝いたす」

 最後に酒を一杯飲み干し、グラ様が立つ。

「そんな、グラ様まで。もっとゆっくりしていただいても構いませんのに」

「如月殿」

 グラ様の大きな体が、私の方を向く。向けられた眼は澄み切っていて、底は見えそうにない。

「家畜を殺す。これは、肉体を維持するうえで、必要なことかもしれぬ。しかし、家畜同士が食い合いをする。これは、必要のないことだと思うぞ」

 そういい残し、グラ様が地下室を出ていく。

「どういたしますか?」

 完全に三人の気配が無くなってから、部屋の隅の座っていた森部が呟く。

「任せる」

 これだけで大体は察する。

 全く、よく出来た従者ではあった。

「はい」

 森部の姿が、闇に消えた。



『全く、厄介なことになった』

 インカムで、喜平次さんが愚痴を漏らす。

『指揮系統が、二つあるわね。隊長の東裏が、好きにさせているのでしょう』

 美奈さんが、それに答える。

 足元に気を付けながら、手に持った地図と手紙を見る。

 街中から大分離れた、山中。

 数日前に手紙が私の学校の下駄箱に入っていて、ディアちゃんとウィデアちゃんからのお誘いの手紙だった。お誘いといっても、遊びのとかじゃなく、戦闘のお誘いだ。手紙で戦闘のお誘いを受けるのもどうなんだろうと思ったけど、手紙には丸印のついた地図と手紙が添えてあった。地図は山中で、ゆかりさんに調べてもらった結果、どうやら開けた場所のようだ。

手紙には、邪魔が入らないところで待つ、と書かれていた。初陽さんがと偵察に行くと、付近にそれらしい人物がいたらしい。罠の可能性もあり、まずは私と藍ちゃんで様子を見るということになった。

 そうして私達がその場所に向かっている時に、今度は街の方で悪獣が暴れているという報告を受けた。そっちの方には、鈴花さんと初陽さんが向かっている。

 うまく、分断されたような気がする。しかし、ディアちゃん達の行動は単独行動の可能性が高いらしい。隊長の東裏という人が、黙認しているようだった。

「気をつけていこうね、藍ちゃん」

「うん」

(小春、相手は七罪。しかも、二人よ)

「前に七罪の人と闘った時も、かなり苦戦させられたからね」

(あの時は、小春殿と藍殿のコンビネーションで敵を倒しましたが、今度はディア殿とウィデア殿の双子。先日の海での戦いを見るに、厳しい戦いとなるでしょう。いや、これは、戦闘前の二人の熱い気持ちに水をかけるようなことを申しました)

「でも、私達だって負けないよ。ね、藍ちゃん」

「うん、もちろん。でも、鈴花さん達は大丈夫でしょうか?」

(信じるしかないわ。私達も、おそらくギリギリの戦いになる)

「…うん」

(小春殿? どうかいたしましたか?)

「小春ちゃん?」

「…ううん。何でもないよ」

(小春)

「何、フェルミ?」

(それを考えるのは、戦いが終わってからにしなさい)

「…わかった」

 山の頂上。

 地図通り、開けた場所だった。

「あ、いらっしゃい。来たのは、小春と藍かあ」

「…少し、待ちくたびれた」

 ディアちゃんと、ウィデアちゃんがいた。傍に見守るように男の人がいた。確か、宗久という名前だったはずだ。

「ごめんね」

 ディアちゃんに謝る。ディアちゃんは首を左右に振った。気にするなということだろう。

「ね、これどうかな? へっへ~、姉さんとお揃いなんだ」

「…フリフリ」

 二人の来ている服。オシャレなファミレスの制服にありそうだ。見た感じでは、少し、メイド喫茶のような要素も見え隠れしている。

「ふっふ~ん、どう?」

「…ターン」

 二人がその場で一回転してポーズを取る。空気を孕んだスカートが、大きく揺れた。

「う、うん。可愛いと思うよ。…それ、作ったの?」

「…作らせた、徹夜で」

「思い出させないで下さいッ! ああッ、針の刺さった痕が痛いッ!」

 傍らの宗久さんが指をおさえながら慟哭する。

「あ、あはは。そうなんだ」

「さて、アタシ達の衣装のお披露目も終わったことだし、やりますか」

 二人の雰囲気が変わったのがわかった。

 構える。

「来いッ!」



『はるちゃん達が、ディアちゃんウィデアちゃんと遭遇。戦闘に入るわ!』

「わかりました。こちらももうすぐ、現場に到着します」

 インカムの美奈さんに返事を返す。報告にあった場所まで、もうすぐ。鈴花はいない。おそらく、空から奇襲のタイミングを伺っているのだろう。これだけ現場に近づいても、まだ戦闘の音が聞こえないということは、それ以外考えられない。

 情報によれば、敵はグラという七罪の一人と、東裏の部隊。東里の部隊は悪獣を出している。

 グラさえなんとかしてしまえば、勝てる。そう思った。

 小春達は交戦に入ったという。距離がありすぎて、加勢に駆けつけることは出来ないだろうが、こちらの戦局が優勢になれば、あちらも引く可能性はある。幾度となく追跡をかわされてきたが、うまくいけば今回で敵の拠点がわかるかもしれない。

 負けるわけにはいかない。

 それが、私の忍びとしての誇りと、矜持。誰から同意されなくてもいい。私は私のこの矜持を果たす。それが、私を信じてくれた人たちに対しての、ささやかな恩返しだ。

 悪獣が見えた。悪獣に乗っていた東裏という男も、私に気づいた様子だった。

「来たか」

 この部隊に、あの軟派な男がいるはずだった。名前は、船瀬という名だった気がする。その男は、半殺しにした後、なぜあんなことを言ったのか問いたださなくてはならない。

 見たところ。船瀬の姿は周囲に無かった。どこかに潜んでいるのだろう。前会った時も、何かを監視していた。

 今は、あの男のことは忘れよう。そんな想像をしているほど、どうやら、余裕はなさそうだった。

「貴殿が、柊初陽か。また会ったな」

 僧形の大男が目の前に立ちふさがる。動物園の時以来だった。七罪。小春が別の七罪にさんざん苦戦したらしい。それは、この間の戦いで身に染みてわかった。

 確かに、明らかにこの男は別格。

 勝てるかどうか、わからない。

 それでも。

 背中を見せることなどしたくない。

 ナイフを取り出し、両手に構えた。

「柊初陽、参るッ!」

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