particle10:ふたりと、ひとり(1)
「隊長、隊長宛に手紙っス」
朝。部屋でコーヒーを飲んでいると、船瀬が入ってくる。最近、雑用なども積極的にやるようになっている。どんな心境の変化かはわからないが、良いことだった。
「誰からだ?」
「二通ありますね。一通目の差出人は、『天花寺 優衣』。って、こないだお見合いした超お嬢様な感じの綺麗な人じゃないッスか!? 今時手紙なんて、古風な人ッスねえ」
「おそらく、見合いの返事だろう。携帯の番号は、教えていなかったはずだしな」
如月辺りから、住所を聞いたのかもしれない。優衣さんの自宅で手当てを受けていた時も色々話したはずだが、確か住所は聞かれなかった。その時も、当たり障りのない話が多かった気がする。
「しっかし、驚いたんスよ、オレ。だって、堅物の隊長の口から、いきなりお見合いだなんて言葉聞くと思わなかったッスから。しかも、当日はあんな綺麗な人が来るじゃないッスか。ひどいッスよ、隊長」
何が酷いのかわからない。そして、これはあくまで作戦行動に付随した任務でもある。先方がどんな人となりであろうと、あくまで丁重に接する気だった。
「船瀬。やはりお前、隣の部屋で覗いていたな」
「覗いていたなんて。オレは、隊長に悪い虫がつかないか偵察していただけッス」
こんな時だけ口がうまい。普段もこれくらい頭が回って欲しいものだ。
「もう一通は?」
「宛名は『天花寺 龍之介』。お父さんからと娘で別々ですか。『オマエに娘はやれん!』とかッスかねえ」
見合いで話してみた限り、そんな想像は考えられないが、何か他に色々とあるのだろうか。
「開けてみて下さいよ」
船瀬が興味津々という目をして手紙を渡してくる。受け取り、手で追い払う。少し渋っていた船瀬だったが、廊下から船瀬を呼ぶ水トの声に逃げるように部屋を出て行った。
「まずは、こちらから開けてみるか」
龍之介さんの手紙から開けてみる。何かしら重要なことが書かれているのなら、こちらの方だろう。優衣さんの手紙は、おそらくイエスかノーだけ書かれているだけなので、簡単に判別は付きそうだった。込み入ったことが書いているのは龍之介さんだろう。
「ん?」
手紙。それ以外にも、何か入っている。ホテルやレストラン、レジャー施設などの優待券。見たところ、殆どが無料になる優待券だった。それが、大量に手紙に詰まっている。最後に手紙を読むと、今度優衣さんをどこかに連れて行ってあげて欲しいと書いてあった。
「…」
少し、めまいがした。自分に子供がいなかったことをいまさら少し後悔する。
親の気持ちとは、こんなものだろうか。
よくわからない。
続けて、優衣さんの手紙を開けてみる。こちらも何か色々とある。しかし、色々あると思ったのは、全て手紙で、八枚もあった。
「…」
血を感じさせる親子である。少しだけうんざりした気分になりながらも、手紙を読んでみる。
季節のあいさつから始まり、自分の生い立ち。近況。最近感じていること。
三枚目になっても、お見合いのことにすらたどり着かない。
「…」
なんだろうか。
割と話さない人なのかとも思っていたが、案外、手紙ではよく話す人のようだ。
よくわからない。
それでも、読んでいくと、丁寧な言葉使いながらも、言葉の端々に、ところどころ親しみが滲んでいるような表現がある。
「?」
妙だ。
あのお見合いの時は、お互いあまり話さず、時には気まずい雰囲気でさえあった。その後、私が優衣さんに粗相をし、それはあの後、手当の最中に幾度も謝罪はした。それについては、特に優衣さんは気にしていた様子でも無かった。あとは、グラ様とアルズとの戦闘。あとは、手当の最中のたわいない会話。
特に、親しみを覚える部分など無かったはずなのだが。
「よくわからんな」
六枚目になり、ようやくお見合いの話が出てくる。色々と書いてはあったが、助けてもらったことを感謝している表現が多い。肝心のどうだったかの話はよく見えてこない。
八枚目。本当に最後の方に、返事を下さいとだけあった。
「…結局、どうだったのだろうか」
龍之介さんの方は乗り気であることはわかった。しかし、優衣さんの方は、今一つ要点を得ない。返事が欲しいと言われても、何をどう返事をすればいいのか。
「失礼します。先輩、そろそろ、今日の訓練なのですが」
水トが呼びに来る。
「ああ、今行く」
立ち上がろうとする。
「先輩、それは?」
手に持った手紙を見ながら、水トが聞いてくる。
「先日の見合いの件の手紙だ。だが、どうも要点を得なくてな」
「僕に見せてもらっても良いですか?」
「構わないが」
水トに八枚全て渡す。少し読み、水トが携帯でどこかに電話を掛ける。
「船瀬か。私も先輩も少し遅れる。グラ様にそうお伝えしてくれ。その間の指揮はお前に任せたからな」
水トが携帯を切り、手紙の続きを読みだす。
「良かったのか?」
「最近、アイツもやる気になっていますし、これぐらいの方が良いのですよ。それより、僕たちはこちらの方が重要でしょう」
やれやれと思いながら、コーヒーに口を付ける。淡々と手紙を読んでいた水トだったが、五枚目辺りから表情が変わる。驚いたり、笑っていたりだ。
最後まで手紙を読み終わり、水トが私に手紙を返す。それを受け取ながら、水トに聞いてみる。
「どう返事したものだろうか?」
水トが驚き、笑う。
「良かったですね。先輩、先方に気に入られたみたいですよ」
「文面からは、少しそんなことは伺えた。自惚れではないかとも思っていたのだが」
「その可能性もありますが、もう会うのが嫌になったとはどこにも書かれていません。自信を持っていきましょう」
「あまり急ぎ過ぎるのもどうかと思うが」
「何を言っているんですか。こういうものは、惚れさせたもの勝ちですよ。鉄は熱いうちに打て。先方が先輩に興味を持っている今が、最大のチャンスなのです!」
「そういうものなのか?」
「はい、そういうものです」
コーヒーをまた飲む。何か、普段より苦く感じる。
「返事に困っている。何を書いて良いのか」
「二人で出かける。返事には、そのお誘いも添えましょう」
「性急すぎないか。手紙をくれた感謝の言葉だけでも…」
「歯切れが悪いですね。先輩らしくもない。優衣さんと会うのが嫌なのですか?」
別に、嫌というわけでもない。ただ、男女の会話の間の悪さというか、あのじれったい空気がなんとも居心地が悪いのも確かだった。段々と自分が情けなくなり、苛立つ。そして、しまいには余計なことも言ってしまいそうな気もする。実際、それでこの間は妙な空気にさせてしまっていた。
「嫌ではない。だが…」
「なら決まりですね。返事は、当たり障りのない感謝の言葉と、デートの誘いと、優衣さんの予定を聞いておいてください」
「おい、水ト」
「作戦を成功させるにも失敗させるにも、出来るだけ早い方が良いではありませんか。何か、先輩を見ていると、このまま何も進展せずに時を過ごしてしまいそうですし」
「お前」
「デートのプランは僕と先輩と船瀬で考えましょう。それが出来たら、また手紙ででも優衣さんにどうか聞けばいいのです」
「船瀬もか?」
「アイツ、それが、その辺りはなかなか侮れないのです。付き合う女もいないくせに、その手の知識だけは豊富にありますから」
引きつった口が戻らない。一度、ため息をつく。
「わかった。お前達には負けたよ」
「当日までに、先輩には色々学んで頂きます。主に女性のエスコートの仕方について。当日も、助けが必要な時は、ボクが責任を持って指示しますから」
「また詰め込みか」
お見合いの時だけでも、訓練を休み、結構な詰め込みをした。詰め込みは嫌いではなかったが、女性関係となると気も重くなる。
「さあ、頑張りましょう!」
「…ああ」
とりあえず、今は手紙の返事を書こう。
紙に向かい、ペンを握る。なかなか、最初の一文目が思い浮かばない。
隣で何やら笑顔を浮かべている水トを少し気にしながら、頭を捻っていた。
結局、先輩の手紙が書きあがったのは、昼になってからだった。ポストに投函するついでに、昼休みにグラ様と外に食事に出かける。船瀬は指揮の疲れかへばっていたが、奴にはちょうどいい経験になっただろう。夏に海に行って以来、船瀬の中で何かがあり、変わったのだろう。その変化は、今のところ、悪いものではない。
「ここです」
「おお、ここが水ト殿絶賛の団子屋か」
二人で入る。休日の昼時だったが、店内にお客は少ない。混んでくるにしても、これからだろう。
「こんにちは」
懸命に団子を焼いている森田さんに声を掛けた。
「おお、水ト。いらっしゃい。好きなところに座りなさいな」
「はい」
あれから、しばしばこの団子屋に来ていた。森田さんとももう顔なじみで、手が空いている時は、天気の話だとか、今日の団子の出来だとか、そんな他愛もない話をよくしていた。
随分と、可愛がってもらっている節がある。孫とでも思われているのだろうか。今後のことを思うと、少し心苦しくもなる。
だが、信頼されておくに越したことは無い。その方が、懐に入り込める。アルズ達の情報が何かの拍子に出てくるかの知れないのだ。今はまだ、こちらからその話題に持っていくことは避けていた。たまに、手伝いにきてくれる小春という少女がいるということだけだ。アルズロートである小春と森田さんの関係は、特に変わらず、良い関係であるらしく、特に使えそうな材料は無かった。
「醤油とあんことうぐいすとゴマを一本ずつ。あと、それをこちらの方にも」
「あいよ。そっちの人は?」
「僕の友達のグラ様です」
グラ様と眼を合わせる。グラ様がうなづく。
「どうも、水ト殿の友人のグラです」
グラ様がにかっと笑い、森田さんに手を差し出す。その手を握って、森田さんとグラ様が握手する。グラ様は、なかなか握った手を放そうとしない。
「いやあ。熱い。火に焼けた手ですな。仕事をしている良い手だ」
「ありがとよ。あんた、外人の名前だが、坊さんかい? 水人が初めて誰か連れてきたと思ってたけど、おおっきいねえ~」
「はっはっは、大きいだけしか取り柄がありませぬ」
グラ様がまた大声で笑う。よく響く声だ。
「どうか、水トとこれからも友達でいておくれ。なかなか、考え込んでしまう子だから」
「無論です、お任せ下され。仕事中に、失礼いたしました」
グラ様が手を離し、二人で席に座る。しばらくグラ様にこの店のおすすめを紹介していると、団子が盛られた皿を両手に持った森田さんがこちらにやってきた。
「あいよ、注文の品」
「ありがとう、森田さん」
「こいつは、サービスだよ」
団子が一本多く乗せられていた。この店ではよく見る光景でもあった。
「いつもありがとうございます」
「なんのなんの。さあ、冷めないうちに、食っとくれ」
冷めた団子もそれはそれで悪くないが、熱い団子は、おそらく出来たてを出すこの店でしか食べることは出来ないだろう。
「では、お言葉に甘えまして」
グラ様が大きな手で、団子の串を掴み、一気に串に刺さった団子五つを口に持っていく。串を動かすと、器用にすべての団子を口の中に入れ、その大きな口で、二度三度と噛みしめている。
「ンマーイ♪ 最高ですな!」
「気に入ってもらえたようで、何よりじゃ。水トも、ゆっくり食べていきなさい」
そう言うと、森田さんは焼き場に戻る。店内はエアコンが効いていて涼しいが、森田さんの額にはいつも汗があった。
「美味しい、実に美味しい。いやあ、ありがたい、ありがたい。まさに捨てる神あれば拾う神ありとはこのこと」
言いながら、どんどん団子を口に放り込んでいくグラ様。ちゃんと味わえているか、不安なところではある。
「良ければ、僕のもあげましょうか?」
もう食べ尽くしたグラ様の皿に、自分の皿を寄せる。
「良いのか! うぬぅ、しかしそれでは…」
「先輩や船瀬に、お土産を買って行きますから。僕はそこでも食べられますし」
「かたじけないッ!」
グラ様が、バッと座ったままに頭を下げる。
「お気になさらず」
そう言って、皿を差し出すと、グラ様が憑かれたように差し出された皿の団子を食べ始める。
「こんにちはー!」
「こんにちは」
入口が空き、現れたのは。
「ああっ!」
「あっ…」
「お前達は!?」
「うまいうまい…ぬ?」
アルズロートこと赤桐小春と、アルズブラウこと夏目藍。
今まで会ったことは何度もあるが、戦闘以外で会うのは、夏の浜辺以来二度目だった。
「あなたは、グラさん!? そして、…えーと、お名前は」
「確か水トさんだよ、小春ちゃん」
ふむ。僕の名前も判明しているようだ。今のところ特に問題も無く、それに対して行動も起こされていないが、いくらか注意しておいた方がいいかもしれない。この分だと、先輩以下、主要な隊長の名前は知られている可能性は十分にある。
「なんだい? 二人とも、知り合いだったのかい?」
森田さんが僕たちの様子を見て、焼き場から顔を出した。
「ええ、少し」
「水くさいねえ。それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「聞かれませんでしたから」
言いながら、少女達に眼で促す。小春がそれに頷いた。こちらとしては、今、ここでの戦闘は、避けたい。大事な局面で、ここでは戦うべきだった。
「おばちゃん、私みたらし三つで!」
「わたしは、あんこ一本お願いします」
「あいよー」
小春が話を変えるように、注文をする。
「良ければ、少し話さんか? 君たちとじっくり話す機会が無かっただろう? 前あった時には、とてもそんな雰囲気ではなかったしな」
グラ様が提案し、二人の少女が驚いた表情をした。しかし、すぐに小春の顔が凛々しい顔に変わり。
「いいよ。私も、話したいって思ってたから」
「小春ちゃん!? 良いんですか、フェルミさん?」
(私は止めないわ。戦う気はないようだしね)
(いよいよとなれば力になりますので、心配は無用です、藍殿)
「はあ、わかりました。ご同席します」
「こっちだ」
席に着く。グラ様と自分が座った後に、二人も席に着く。それを見払ったかのように、森田さんが団子をテーブルに持ってくる。
「はい、みたらし三本。こっちが、あんこね」
「ありがと、おばあちゃん」
「ありがとうございます」
何も言わずに、森田さんが焼き場に戻っていく。何かを察したらしく、話に交じるような素振りは無かった。
「いただきます」
目の前に座った小春は両手を合わせる、藍もそれに続いていた。
食べている。
あのアルズロート達が目の前で団子を食べている。
何とも不思議な光景だった。
こうしてみると、どこにでもいる普通にいる少女となんら変わらない。それが、我が輩と同志を何人も倒し、人類として我々に抵抗している。
この距離なら、倒すことは容易い。そう思い、体を動かそうとした。
しかし、動かない。
森田さん。
浮かんだのは、それだった。
小春から眼を背け、壁に貼ってあるお品書きになんとなく眼を向けた。
やめよう。
今は、機では無い。
逃げではないかと思った。
目線を虚空に移しながら、その場で何度か考えてみる。
やはり、機では無い。
「良い食べっぷりだな! これは、我も負けておられんぞぉ!」
「む、負けないよ!」
隣で、勢いよく残った団子をグラ様が食べている。前では、同じような勢いで団子を食べる小春。顔に餡が付いている。それを、藍が仕方ないという風にハンカチで拭いていた。
「ぷっ。あはははは!」
思わず笑ってしまう。
さっきまで真剣に考えていた自分が実に馬鹿らしい。
笑った僕を見て、三人が驚いていた。構わず席に立ち、焼き場にいる森田さんのところへ向かう。
「ん? どうしたんだい?」
「それぞれの種類の団子を五本ずつ、あのテーブルに。お釣りは、グラ様に渡しておいてください」
森田さんにお金を渡しながら、そう告げる。
「おや、もう帰るのかい?」
「急に、用事を思い出しましたので。僕だけ先に失礼します。グラ様は置いていきますが」
「そうかい」
少し、寂しそうな響きがあった。
「心配しないで下さい。近いうちに、また来ますので」
「少し待ってなさい」
そう言うと、森田さんが奥から団子の入ったパックを持ってきた。
「持っていきなさい」
断っても引かないことはわかっていたので、素直に受け取る。
「ありがとうございます。それでは、また」
「達者でな」
「はい」
一礼して、店を出た。グラ様を置いてきてしまったが、あの様子だと、アルズ達と戦闘になることもないだろう。案外今頃、意気投合しているのかもしれない。
手に持った団子のパックを見る。
何かに使えないかと思い、あの店に通っていた。
ならば、さっきの機会は、この上ない、絶好の機だったのだ。
しかし、出来なかった。体を動かそうとしたが、出来なかった。
動かす前に浮かんだのは、森田さんの顔。
また、手に持った団子のパックを見た。
ただの、団子だった。
だが、僕の中では、もう、ただの団子では無くなってしまっている。
パックから醤油を一本取り出し、歩きながら食べた。
味は、よくわからなかった。




