particle9:仕組まれた、出会いを(2)
竹の鳴る音が、広い庭に静かに響いた。
目の前に広がった庭は、大きな池があり、さっき船瀬が鯉がいると驚いていた。敷き詰められた砂利と植えられよく手入れされた様子を伺わせる松も、何とも言えない気品を醸し出している。先程庭を少し見せてもらったが、軽く散歩できそうな広さがある。
料亭だった。しかも、小さいながらも一戸建てで、貸切だった。このような建物があと二件あるらしいが、ひと月先まで予約で全て埋まっていると言う。本来は政治家などが秘密裏に会合するような場所なのだろう。オーナーと思われる人物も、従業員も、何か独特の雰囲気を秘め、間違っても他言しそうな雰囲気でもなかった。
「先輩らしくないですね。やはり、緊張しますか?」
隣に座っている水トが真面目な顔で聞いてくる。船瀬だったら、にやついてただろう。そして、すぐさま叩き出している。
「代わってみるか?」
水トが苦笑いする。自分でも、動揺しているのはわかった。
「少し、同情しています。まあ、大半は面白がっています」
二十畳ほどの和室に、大きな机が一つ。その片側に、私と水ト。部屋の隅に、森部が静かに座っていた。如月は先方を迎えるために、ここにはいない。如月が仲人ということだった。そして、この計画を聞いて真っ先に連れて行かせろと言った船瀬は、隣の部屋に待機させている。絶対出てくるなと言ってあるから、おとなしく様子を観察しているはずだった。
「しかし、先輩からこの話を聞いたときはまさかと思いましたよ」
「一番、私自身が驚いている」
「ならば、何故受けたのですか?」
「総統のため。輩全体の利益のためだ。そのために私がいくらか苦労することになるのならば、何ということはない」
そこで、水トが小声になる。
「もっと先輩はご自分を大切にすべきです。第一、如月が組んだ相手だ。どんなゲテモノをよこすかわかりませんよ?」
「私は惚れる気などないのだ。ゲテモノの方がちょうどいい。目的は、娘を使って父親に資金を出させるだけのことなのだからな」
「しかし、そう割り切れないのが、男と女というものでもありますが」
「知ったようなことを言うのだな。水ト、お前、さては好きな女がいるな?」
「いませんよ。その辺の風俗で済ませています」
いくらか面食らう。
「初耳なのだが」
「同志から色々と相談も受けていますので。あ、船瀬は溺れそうなので禁止にしています」
「正解だな」
一旦話は途切れ、また庭の水のせせらぎと竹の鳴る音に耳を澄ませる。
「しかし、遅いですね。もうすぐ約束の時間ですよ? ゲテモノのくせに時間にルーズとは笑えませんよ」
部屋の入り口で、人の動く気配があった。今日おろしたてのスーツの確認をする。見たところ、どこも変なところは無い。間もなくして、如月が男性と女性を一人ずつ連れて部屋に入ってくる。
立って、二人にお辞儀する。隣の水トも、それに続く。
「いやあ、すまぬのう。渋滞で、少しかかってしまったわい」
「時間にはまだ少し間があるので、お気になさらず」
如月相手に敬語など使いたくもないが、立場上、今は如月に敬語を使っていた。その他にも、この日のために森部に色々資料や実地で必要な知識は詰め込んできた。
二人の人間。少し背の高い男性だった。年のころから見て、娘の父親だろうが、見たところ、若い。兄妹にも見えそうではあった。
「いやあどうもすみません。わたくし、天花寺グループ会長の、天花寺龍之介と申します。優衣、ご挨拶を」
「天花寺優衣です。今日はお忙しいところ、ご足労願いまして、ありがとうございます」
お辞儀から顔を上げる女性。長い黒髪を、毛先に近いところで一本に結んでいる。全体的に柔らかな感じの服を纏い、少し緊張している様子だった。
「いえ、こちらこそありがとうございます。私は専務の東裏と申します。そして、これは私の部下で、水トと申します」
「水トです。いや、先ほどまで先輩と相手の心配をしていたのですが、どうやら杞憂だったようです。お美しい女性で、先輩が羨ましいです」
「そうですか! いやあ、自慢の娘でして…」
龍之介さんが笑いながら話し出す。隣の優衣さんは少し俯き恥ずかしそうにしていた。
水トめ。
よくもこう、こんな状況でそんな言葉が出てくるものだと、驚きながらも同時に感心していた。水トを連れてきて良かったと思った。船瀬ならば、この後余計なことも言いそうだ。
「ほっほっほ。先に自己紹介を済ませてしまったか。まあよい。では、皆には座って頂いて、料理を運ばせよう。料理を待つ間に、自己紹介の続きといこうではないか」
如月が二度手を鳴らすと、森部が部屋から出ていく。料理を運ばせに言ったのだろう。隣の部屋の船瀬にも、一応料理はいくようにはしてある。
それぞれの席につくと、龍之介さんが、堰を切ったように話し出した。
「いやあ、しかし、驚きました。如月さんの紹介ですから、まず間違いはないだろうと思っておったんですが、しかしどうして、なかなかの方のようです」
「今会ったばかりではないですか。そんなに褒めないで下さい。これから、褒められなくなってしまいますから」
気さくな人のようだ。人を立てるタイプなのだろう。大企業の会長だというから、どんな堅物がくるのかと内心冷や冷やしていたが、表面上は打ち解けやすい人なのかもしれない。
「優衣が幼い時に妻を無くしましてね。それから、再婚なども考えてみたのですが、優衣に反対されまして。それで、もうこれは私がこの子を責任持って育てなきゃならんと思いましてね。それからですよ、毎日馬鹿みたいに働き始めたのは」
身の上話だった。長くなるだろうが、これからの計画のためには、聞き漏らすことなどできない。
「それで会社も大きくなって、今では不自由ない生活を送れるようになったわけなんですが、随分優衣に寂しい思いをさせてしまっていたんじゃないかと、後悔もしているんです。ですから、娘には、是非しっかりした相手を選んでほしいと思い、如月さんのお話をお受けしたんです」
龍之介さんが話している間、優衣さんは一言を話さず、ただじっと私を見ていた。笑うでもなく、ただ私も、龍之介さんの話に頷きながら、たまに優衣さんの方を見た。
「そうでしたか。龍之介さんも優衣さんも苦労なさったのですね」
話が終わり、水トがうんうんといった調子で言う。
「こちらの先輩、いや、東裏さんも、それはそれで苦労されておりまして…」
自分の番だと言わんばかりに、水トが話し始める。如月と森部、私と水トが作った私の過去話を矢次早に二人に語っていく。裏付けと後付は全部如月と森部に任せた。そして、それに合うような知識や振る舞いは一通り身に着けてある。
「先輩も幼いころに両親がお亡くなりになって、今こうして部下である私が先輩の立会人になっているわけですが…」
元々、家族などいない。輩が家族と言えば家族だが、輩の中にも、血縁者はいなかった。それを思うと、何か寂しい気分もしたが、特に家族を持つつもりもなかった。
「そうだったのですか…」
両親がすでにいないという事実に、優衣さんがわずかにそう呟いたのが聞こえた。感じるものがあったのだろう。この線でいけると思ったが、同時に騙している自分自身に、ひどく嫌気が差した。
一通り水トが話し終わると、程よく、料理が運ばれてくる。森部が差配したのだろう。絶妙なタイミングだと言わざるを得ない。
「では、冷めぬうちに、頂こうではないか」
机いっぱいに埋め尽くされた料理。一目見ただけで、金がかかっているのがわかる。船瀬は喜んで食べそうだが、私自身、金のかかった料理が嫌いだった。如月に歓待された時のことを思いだすからかもしれない。
あまり口を付けないでいると、如月が促すように話しかけてくる。
「どうした東裏。遠慮しているのか? あまり食が進んでおらぬようじゃが」
「あまり、食欲がないもので」
事実だったが、それを聞いた如月がにたりと笑う。
「ほほう、そなた、優衣さんが綺麗だから、見とれてあまり食えぬというところかのう?」
「そんなことではありません」
隣で、水トが慌てたようにフォローをする。
「は、はは。いやだなあ、先輩、そうならそうと早く行って下さいよ。まあ、確かに、綺麗な人で、緊張してしまうのはわかりますが」
しっかりしてくださいと、隣に座っている水トが足で合図してくる。
確かに、さっきの言葉は迂闊だった。
見ると、優衣さんが俯いている。先ほどからもあまり話しておらず、急に冷や汗が出てくる。
なんとかしなくては。そうでないと、この見合い自体が破談になってしまう。
「二人とも、皆の前では緊張してしまうものと見える。ここは、邪魔者は退散しようかのう」
「そうですね。優衣、お父さんは先に帰っているから。東裏さん、厚かましいのですが、優衣を送っていただけませんか?」
「構いません。責任を持って、送らせていただきます」
「ははは。頼もしいのう。では、わしらはこれで失礼するぞ」
如月と龍之介さんが立ちあがる。
「先輩、美人な人で、良かったじゃないですか」
小声で私にそう告げながら水トが立ちあがり、如月達に続いた。最後に、森部も退出し、広い部屋に、私と優衣さんが取り残される。
竹の音が鳴る。少し、居心地が悪い。
こういう場合は、男性から話すものですよ。
多分、水トならば、こんな時こう言うはずだ。
「料理、お口に合いませんでしたか?」
優衣さんに話しかける。そういえば、優衣さんに面と向かって話しかけたのが、これが初めてだった。
「は、はい」
そう言って、優衣さんがかしこまる。そんなに緊張されると私の方も身構えそうになってしまうが、なるべく優しく問いかけてみる。
「私は、このような料亭は初めてで。緊張しているのもありますが、いかにも高そうな料理で、味がわかりませんでした」
「わ、私もです」
あまり、喋らない人なのだろうか。ならば、こちらから話題を振ってみる。
「しかし、あまり私は料理が得意ではないので。どこがどう美味しいかなどとも、実はよくわからないのですが。優衣さんは料理などはされますか?」
「毎日でありませんが、出来るだけは。料理教室などにも通っています」
「それは良いですね。どんな料理などをされますか?」
「簡単なものが多いと思います。それで、その…」
「はい」
何か、聞きたいことがあるのだろう。正直、自分一人でこの間を埋めるのは辛いと思っていたところで、ありがたかった。
「先ほど、両親がいないとお聞きしましたが…」
「はい。両親は私が幼い頃に死別しています」
そういうことになっていた。
「お辛かったでしょうね」
「いえ、幼いころのことで、正直、私自身、あまりよく覚えていないのです」
元々の家族は既に忘却の彼方であり、嘘だが、嘘では無かった。
「優衣さんも、お母様を?」
「はい、八歳の時でした」
「そうでしたか」
「それから、父は私を本当に大切に育ててくれました。感謝しても、しきれないほどです」
「わかります。優衣さんを見ていると、お父様の愛情をたくさん受けて育ってこられたのだということは」
「ありがとうございます」
「…」
「…」
そこで、また会話が途切れる。獅子おどしの音が、静かに庭に響き渡った。
「…」
そういえば、優衣さん自身、この見合いをどう思っているのか、聞いていない。 これまでの様子を見ると、父親に頼まれて仕方なくと言った感じに見える。まだ若いし、当然のこととも思えた。確か、年は二十五、六歳だったはずだ。
「…私のことは、お気になさらずに。優衣さんが龍之介さんに恩を感じておられるのはわかります。ですが、貴方がそれに縛られ過ぎるということは、ないのです。ですから、私が気に入らなければ、遠慮なく断って頂きたい。貴方のお父様にも如月様にも、私が責任を持ってそのようにお伝えしますから」
とんでもないことを自然と口から発してしまっていた。知らず知らず、もどかしいこのやりとりに、そろそろ我慢できなくなっていたらしい。やってしまったと思ったが、すぐにうまく取り繕うような言葉を私は持ち合わせていない。水トがこの場に入れば、この後全力でフォローを入れただろう。
「私は、何か、東裏様のお気に触るようなことを言ってしまったのでしょうか?」
優衣さんが綺麗な顔を俯かせてしまう。少し、声が震えていた。
「い、いや、決してそんなことは無いのです!」
必死に言葉を続けた。数秒前の自分を殴りたくなってくる。
「ならば、せめて理由を教えて頂けませんか?」
うるんだ眼を向けて、優衣さんが真っ直ぐに私に視線を向けた。その泣き顔が可愛い。緊急事態だが、不意にそんなことを思った。
「いえ、本当にすみませんでした。さっきのは、全面的に私が悪い。これは、言いつくろっても仕方ありません。本当に、すみませんでした」
頭を下げる。謝るよりほかに、うまい方法があるとは思えなかった。こんなことがあるから、家族を持ちたくなかったのかもしれないと、この期に及んで不意に自覚してしまう。
「謝って頂きたかったわけではないのです。その、私の方こそ、問い詰めるような真似をして、すみませんでした」
優衣さんも頭を下げる。女性に頭を下げさせている自分が、酷く憎い。
「頭をお上げください。とりあえず、落ち着きませんか? 水でも飲みましょう。お次致します」
「そ、そんなこと、東裏様にさせられません」
「良いのです。さあ」
ガラスの瓶に入った水を優衣さんのコップに注ごうと、優衣さんに駆け寄る。
「!?」
長時間座っていたせいか、足がしびれうまく歩けず、もつれた調子に倒れてしまう。
「きゃあ!」
…?
何だ。
倒れたのに、何故か痛くない。
「あ、あの…」
「!?」
すぐ傍に、優衣さんの顔があった。どういうわけか、転んだ拍子で、私の体が優衣さんの上にあり、まるで押し倒したような形になっている。
「す、すみません! すぐ、退きますので!」
そう言った刹那、庭に何かが吹っ飛んできて、松の枝が音を立てながら折れていく。
「!?」
見ると、巨大な独楽だった。いや、ただの独楽ではない。
アレは。
「どうした! まだまだお前の力はこんなものではないはず! 一片の塵になるまで、敵を砕くのだ!」
「そう気張るな二井矢。それでは、勝てる戦でも勝てぬ。冷静になるのだ」
遅れて庭に現れたのは、剃髪の僧侶の風貌をしたグラ様と、その下の隊長の一人で、同じく剃髪の二井矢という若者だった。
「逃がさないわよ!」
「回転の時に当ててもかき消される、どうしたら…」
「アレ、効いてない!?」
アルスロート、ブラウ、ヴァイスの三名。初陽という少女はまた補足出来ない位置にいるのだろう。
「「「「「あ」」」」」
「あ」
五人とちょうど眼が合う。優衣さんは悪獣に怖がったのか、首に手を回し抱き着いていた。今さら、そんな自分の状態を理解する。
「こ、こんにちは」
アルズロートが律儀に挨拶をする。
「う、うわぁ…。うわぁ…」
アルズブラウは真っ赤になりながらも、ちらちらとこちらを見ていた。
「ほほほ、どうやらお邪魔したみたいね。ま、悪いのは私じゃなく、あんたの部下だから」
アルズブラウはいたづらっぽそうに笑いながら、こちらを凝視している。
「失礼した」
「と、東裏殿ッ!?」
グラ様には謝られ、二井矢には驚かれる。
ああ。
今日は厄日だったのか。
「!? 東裏殿。避けるのだ!」
グラ様が叫ぶ。見ると、体制を立て直した独楽が回転し暴走しながらこちらに向かってきていた。使い手の指示が一瞬無くなるとこうなる。
「と、東裏様…」
それを見た優衣さんが、私の胸の中で不安そうな声を上げた。その声に、心のどこかがかっと熱くなる。
左手で優衣さんを抱えたまま、立ち上がる。
向かってくる独楽。
「邪魔を、するなッ!」
右手で、思い切り回転している独楽を打ちつける。
独楽が吹っ飛ぶが、まだ勢いを保ったまま回転し、こちらに向かってくる。
「二井矢、ちゃんと制御しろ!」
グラ様の声が響く。
「やっています! しかし…!」
「くっ…!」
優衣さんを部屋の床に静かに降ろす。
「危ないので、ここから動かないでください」
「ですが…」
「大丈夫、貴方は私が守ります」
「!? …はい」
すうっと、一度大きく息を吸う。
「アルズロートッ!」
呼びかける。
「え? は、はいっ!」
「今から、悪獣をそちらに飛ばす。済まないが、後は頼む!」
「わかりました!」
私の意図は伝わったようだ。
敵だったが、ありがたい。
今は、そんなことを気にしている場合ではない。
向かってくる独楽。激突の瞬間、少し側面に移動し、さらに拳でその側面を思い切り叩きあげる。
「よしッ!」
狙い通り。独楽が、アルズロートに向かって飛んでいく。
「右手に宿す、臙脂の波動! ローズレッド・マーレモート(紅血の波撃)!!」
アルズロートの赤き拳が独楽に叩きつけられ、独楽が光に溶けていく。
地面に座り込んでいる優衣さんに声を掛ける。
「あ、あの、血が出ています」
右手。さっき独楽に叩きつけた腕だった。軽傷だが、血が出ていた。
「大丈夫です。それより、貴方が無事で良かった」
「怪我をしているのです。良くありません。あの、東裏様、私に、その怪我の手当てをさせて頂けませんか?」
「いえ、これぐらいの傷でしたら、特に問題はありませんから」
優衣さんが俯く。また、何か不味いことを言ってしまったのか。ここは、素直に好意に甘えておいた方が良いのかもしれない。
「…わかりました。では、お願いしてもよろしいですか?」
「!? はい! それと、あちらの方がたは…?」
アルズ達とグラ様達を見ながら、優衣さんが言う。
「知り合いと言えば知り合いなのですが。今は、聞かないでいただけると、助かります」
「わかりました。手当をしながら、ゆっくりと東裏様のお話が聞きたいです。それでは、私の家に来ていただけませんか?」
「これからですか!?」
「ここには、手当の道具がありませんし、家の方がちゃんとした手当は出来ると思います」
「送る約束はしていましたが、いきなり家に上がるのは…」
どうも優衣さんのペースに巻き込まれかけているような気がする。こちらとしては都合が良い気がするが、何故突然そんなことを言い始めたのか、よくわからない。
「私のために怪我を為されたのです。私には、その手当をする資格すら無いのでしょうか?」
その言い方は、卑怯だ。卑怯だが、不思議と、嫌な気分でも無かった。
「わかりました。では、お願いします」
「はい、参りましょう。歩けますか?」
「怪我をしたのは、腕ですから」
「そうでした。ふふ、すみません」
優衣さんに連れられ、料亭を後にする。
心なしか、先ほどよりもよく話しかけてくれている気がする。一時はどうなるかと思ったが、とりあえず、嫌われるようなことにならなくて良かった。
何か忘れているような気がしたが、大した問題ではないような気がしたので、今は忘れることにした。
優衣さんの家で治療し、少し話をして帰ってきたところだった。
「済まぬッ!」
基地に帰ると、揃って土下座をしたグラ様と二井矢がいた。
「何をされているんですか!? 顔をあげて下さい」
「いや、無理だ。過失とはいえ、縁談に乱入したばかりか、同じ輩である東裏殿をこちらの不注意で傷つけてしまうとは」
「気になさらないで下さい。お二人のおかげで、優衣さんとも距離が縮められたと思っていますし」
「しかし、やってしまったことは事実なのだ。二井矢の悪獣のしたこととはいえ、それは二井矢の上司である我の責任だ。この上は、我が切腹し、けじめをつけるしか…」
「そ、そのようなことは!」
どこからか持ちだした刀で、腹を刺そうとするグラ様を止める。
「グラ様!」
私と一緒にグラ様を止めていた二井矢がグラ様に涙ながらに叫ぶ。
「今回のことは、完全に私個人の責任! グラ様の責任ではありませぬ!」
「しかし!」
「なればこそ! 私が自分で落とし前をつけまする!」
そう言うと、二井矢がグラ様の持っていた刀を受け取り。
「お二方、見ていて下され!」
思い切り、腹に刺し、その勢いで、自らの腹を切り開いた。
「な、何を!?」
思わず呆然としている私をよそに、二井矢が自らの腹を切り裂いた刀を腹から抜き、心臓に構える。
「グラ様、しばしの間、おさらばっ!」
「うむ! また会おうぞ、二井矢!」
二井矢の持った刀が心臓を貫き、血が勢いよく噴き出す。
「天晴れであった! 我は、お前の死を忘れぬ! 忘れず、これからも戦うと今ここで地誓うぞ!」
グラ様が、二井矢の亡骸を抱きかかえながら、泣き叫ぶ。
きっと、この二人にしかわからない繋がりがあるのだろう。
「東裏殿。これで、手打ちとしてはくれないか?」
「は、はい」
あまりの勢いに、どう返事したらいいかわからず、そんな返事を返す。
「我は、二井矢の分も、いや、今まで消えていった輩の分まで生きて、戦わなくてはならない! それは、東裏殿も同じであろう?」
「はい。そうですね」
「ならば、許していただけるのか?」
「許すも何も、私は最初から、咎める気などの無かったのです」
「ありがとう、ありがとうッ!!」
泣きながら、グラ様と握手をする。さっきは驚いて何も思わなかったが、グラ様はどこまでも真っ直ぐなだけなのだった。そして、それは、配下の隊長も同じのようだ。極端だが、悪い人ではない。むしろ、好ましくすら思う。
「私は、グラ様と共に戦うことが出来て、嬉しいです」
「そう言ってくれるのか」
「これから、皆で飲みに出かけませんか? 今日のことも色々話したいですし」
「それは良いな」
「なら、水トと船瀬を呼んできます。ディア様とウィデア様は…」
「あの二人なら、なんでも、スイーツのお店の食べ歩きだとかで、帰りは明日になると言っておったぞ」
だから今日の作戦行動にいなかったのか。
「では、四人で参りましょう」
「いいな、男同士で飲む。悪くないぞ」
「はい」
また、何か忘れているような気がしたが、思い出すことは出来なかった。
「ううう~、ふへへ~、もう食えないッス…げふ」




