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particle9:仕組まれた、出会いを(1)

 美奈の書いた報告書を読みながら、パソコンでその手直しをしていく。このままでも十分あげられる内容だが、専門用語ややたら個人に入りこんだ記述も多い。そういったものは、見方によっては情報が混乱する原因になりえるので、なるべく無難にまとめなおしたり、あるいは丸ごと消してしまったりもする。

「それにしても…」

 挙げられた報告書の詳細さには恐れ入る。しかも、これを片付けながら観察していたというのだから、怒っていいのか呆れていいのか感心していいのかわからない。昔から要領を掴むのがうまく、手を抜くところは適度に手を抜く子だった。何でもきっちりしないと我慢できない私は、美奈を傍で見ていて、羨ましく思ったものだ。

 冷めたコーヒーを飲む。働くようになってから、コーヒーが好きになった。このコーヒーは静さんの店で買った豆を使って淹れている。

 報告書で自分が指揮を取らなかった理由に、自分の指揮が必要ないほどのチームワークだったとある。半分当たりで、半分外れなのだろう。美奈が小春さん達を信じ、それに小春ちゃん達が答えずに応えたというところなのだろう。小春さん達の成長と、美奈と小春さんの関係性が、少し羨ましくなる。

「失礼するよ」

 ドアを開け、喜平次さんが入ってくる。この間は喜平次さんらしくないことを言っていた。本来、淡々と自分の研究にのめりこむ人だった。

「美奈から報告書を預かっています。見ますか?」

「ありがとう」

 大体の内容はもう覚えていた。手元の美奈の報告書を、喜平次さんに手渡す。

「美奈君から聞いたよ。敵と思いがけず遭遇したらしいな」

「はい。戦闘に入るまで、お互い、その正体に気づかなかったようです」

 報告書には書かれていないが、美奈は気づいていただろう。報告書に書かずに、知らないふりをしたのは、何か思うところがあったのかもしれない。

 恐らく、ただ『楽しそうだったから』と答えそうではあるのだが。

「敵と遭遇したのもそうだが、まさか別の悪獣が現れるとは」

 手元の資料を読みながら、喜平次さんが呟く。少し、落胆の色が混じった声だ。

「どう思われますか?」

「敵側での分裂。今考えられるのはそれだが」

「今のところ、そのような動きはまだないですね」

 小春さん達が旅行から帰ってきたのは、昨日。まだ、動きと思われる事態は起きていない。

「今日は、休日だったか」

「はい。旅行から帰ってきてすぐ学校ですし、緊急以外では休んで欲しいと思いまして」

「そうか。私が気に掛けることだった。すまない」

 多分、喜平次さんも自分でそれが出来るとは思っていない。それでも、言わずにはいられない。そんなところも、この人らしいところではあった。

「私の仕事ですから」

「ありがとう。それで、襲撃してきた悪獣のことだが」

「所属は、可能な限り調べてみます。そして、今敵に何が起こっているのかも」

「案外、対話できるのではないかと考えている」

「今まで、戦ってきたましたが、ありえるでしょうか?」

「報告書を読む限り、和気あいあいとした様子だったようだ。フェルミ達の件もあるし、可能性はゼロではないと思う」

「そうですね。そうなれば、私達の役目もあまりなくなるでしょうが」

「それは、少し困るな」

 少し笑って、喜平次さんが頭をかいた、多分本気でそう思っている感じではある。

「すぐに、報告書をまとめて、提出します」

「うむ。頼む」

 そう言って喜平次さんが出ていく。

 それから、冷めたコーヒーを飲み終えた頃だった。

「あ、あの…」

 声に入口のところを見ると、おずおずと初陽さんが入口から顔を出していた。

「? 初陽さん? どうしたの?」

 作業していた手を止め、席を立つ。

「本当にどうしたの? とにかく、入って。今、コーヒーを出すから。あ、ミルクとお砂糖は?」

「お願いします」

「ふふ、了解しました」

 温めておいたコーヒーをカップに注ぎ、初陽さんに手渡す。初陽さんが落ち着かない様子でそれを受け取り、一口口をつける。カップはそれぞれ専用のものがあり、皆、自分がよくいる部屋に置いていた。

「熱い!?」

 初陽さんが驚く。そういえば、初陽さんは猫舌だった。

「もう、急いで飲むから」

 思わず、初陽さんの頭を撫でる。髪はさらさらでなんともさわり心地が良い。本人は手入れしていないらしく、生まれつきのこの髪が、少し羨ましくある。

 撫でられて、無表情ながらも嬉しがっている様子の初陽さん。初めは無愛想な子なのかなと思っていたが、付き合っていくと、無愛想な表情の中に、色々な感情が良く現れていて、見てて飽きない子だった。

 そんな初陽さんに少し意地悪をしたくて、単刀直入に聞いてみる。

「報告書の話ですか?」

「えっ!? …はい、その件です」

 何でわかったのかとかは、聞いてこない。少し信用はされているんだと感じて、嬉しくなる。

「追跡したが、敵を見失ったとのことでしたね。仕方ないです。敵も追跡には警戒していますし」

「はい」

 何か、歯切れが悪い。

 この件では無かったのかな?

「あの」

「うん、何?」

「聞いてもいいですか?」

 何だろう?

 かしこまっている初陽さんはよく見るが、同時にこんなにも緊張している初陽さんもあまり見ない。

「何でも聞いて良いんですよ? 私は貴方の上司ですし、個人的にも、初陽さんの悩みなら聞いて力にあげたいと思っています」

「で、では…」

 そう言うものの、初陽さんから言葉は出てこない。パクパクと、何度か声を出そうとはしていて、何だかそれが可愛い。

 そして、ようやく、その口が開き、

「あ、あのですねッ!」

「はい」

「ゆかりさんは、男性に『綺麗』と言われたことはありますか!?」

 身を乗り出す勢いで、初陽さんが言う。ああ、ちょっと眼が怖い。

「はい?」

「や、やはり、そうですよね。ゆかりさんならば、そうですよね。しかし、私などが…」

 何か、自動的に会話が進んでいる。

「初陽さん、落ち着いて」

「落ち着いていられないのです! 何故だか…、何故だか…」

 頭を撫でる。

「あっ…」

「落ち着いた?」

 撫で続けながら、聞いてみる。

「お世辞で、『綺麗』と言われたことはあります。それが、どうしたんですか?」

「そ、その、海で軟派な男に『綺麗』だと…」

「それで、混乱しているのですね。大丈夫、私から見ても、お世辞抜きで、初陽さんは綺麗だと思います」

 何となく、言いたいことはわかった。そして、それに対するアドバイスも私にはわかる。しかし、今の初陽さんに言うと、余計混乱しそうなので、言うのは止めておいた。

「今度、その人に、何故綺麗だと言ったのか、問いただしてみたらどうですか?」

「無理です」

「どうして?」

「問いただす前に、斬ってしまいます」

 答えが、何とも初陽さんらしい。

「我慢して、聞いてみて下さい。それで、初陽さんの気持ちも、ある程度整理できると思います」

 辛いことを言っていると思う。それでも、逃げるより向かう方が、初陽さんにとっていいはずだと思った。

「わかりました。ゆかりさんがそう言うならば、今度会った時にでも聞いてみます。聞いてから、斬るかもしれませんが」

 初陽さん自身も、特殊な環境で育ってきていた。面談の時、あまり男性と接したことがないと話していたことも覚えている。

「コーヒー、もう一杯飲む?」

 いつの間にか、カップが空になっていた。遠慮がちに差し出されたカップを受け取り、コーヒーを注ぐ。注いでいる間、何度も余計なことを言いそうになったが、何とか堪えた。

「ありがとうございました」

 初陽さんが礼儀正しくお辞儀をし、部屋から出ていく。コーヒーを三杯飲む間、いくつか話をしたが、ちゃんと力になれていたかはわからなかった。

 休憩ついでに、車で山を下り、静さんのお店に向かう。すでに外は暗闇に覆われていた。静さんの店の二台止められる駐車場に車を止める。たまに、二台とも車で埋められていることがあり、その時は近くの有料の駐車場に止めていた。

「こんばんは」

 ドアを開けると、ベルが揺れ音が鳴る。季節ごとにベルの種類が変えられていて、鳴る音も違った。今は夏らしい、虫の泣く音のような音色である。

「いらっしゃい。あら、ゆかりさん。ふふ、そろそろ来る頃だと思っていたわ」

 出迎えてくれたのは、喫茶店静のマスター、冬峰静さん。

 エプロン姿で、長い髪を一本に結い、いつも穏やかな笑みで来るお客さんを癒してくれる。私より少し年上で、気兼ねなく相談出来る、お姉さんのような存在だった。

 そんな静さんのお店は、その名の通り、いつも静かな空気が漂っていて、穴場的なお店でもある。あまりお客さんが入っていないようで心配になったが、よく聞くと、コーヒー豆の買い付けと販売の方がメインで、喫茶店は趣味のようなものらしかった。

「いつもので良いかしら?」

「はい。お願いします」

 すぐに、私専用のブレンドが出てくる。お客さんごとにブレンドの淹れ方を変えているらしい。私も真似しているが、まだまだ静さんの腕には敵わない。

「お仕事、忙しいみたいね?」

 ここに来るときはいつも、もう少し早く来る。ここで遅めの夕食を食べた後、また研究所に戻って仕事をしていた。

「報告書をまとめるのに、少し時間がかかったもので」

「無理しちゃ駄目よ? 貴方が倒れたら、きっとひどいことになるから」

「そんなことないです。皆さんの方が、苦労してますから」

「どうひどくなるかは、知らない私にはわからないけれど。それでも、きっとひどくなるのでしょうね」

「ですので、ここに逃げてきているのです」

「ふふっ。そうかもしれないわね」

 店内に流れるゆっくりしたテンポのジャズに、眠ってしまいそうになる。

「眠っても良いわよ」

 心の奥を見透かされたのか、静さんが聞いてくる。

「なら、三十分だけ良いですか?」

「はいはい。ちゃんと三十分したら起こしてあげるわ」

「ありがとうございます」

 眼を閉じると、じんわりと、音楽が体に流れ込んでくるような気がした。

 呼吸の音だと気づく前に、眠りに落ちていった。



 ここには、湿った暑さがある。

 森部に拝殿に案内されながら、そんなことを考えていた。拝殿に入ると、前回とはまた違った趣の像が、如月の後ろに並んでいた。

「東裏殿、ご苦労」

 幾分そり返った姿勢で、如月が重々しく言う。返事には答えず軽く一礼して、座布団の上に正座する。

「海は、楽しかったかな?」

「はい。ディア様もウィデア様も楽しんでおられるようでした。最後を除いては」

「ほう、最後というと?」

 いかにも興味津々といった表情だった。

「どこの所属か知れない悪獣が二匹、我々とアルズ達を襲撃してきました」

「アルズ達に遭遇したことは聞いておったが、まさか悪獣も来ようとはのう…」

 そう言うと、難しい顔をする。

「何か、心当たりはないか?」

「ないのう。森部に調べさせてみよう。森部」

「かしこまりました」

 傍らにいた森部が部屋から退出していく。

「お主達以外にも悪獣を操る者がいる。これは、ゆゆしき事態じゃ」

「我々にも攻撃してきた。輩である、我々に」

 如月を見る。特に、変わった様子は無い。

「ふむ」

「今度、同じようなことがあれば、首謀者を見つけ出し、我々が捕らえる。場合によっては、厳しく問いたださなければならない」

「至極全うなことじゃな」

「とりあえず、今日はその報告をしに来た。一応、承諾ももらえればなお良いのだが」

「許可いたそう。味方のうちに敵を抱えていては、我々の目的は果たせまいて」

 敵か味方かもはっきりさせずに、『我々』と堂々と言う。いつの間にか、それが実態も持ちそうな気配もある。自分がいるかぎり、そうはさせない。

「おおそうじゃった。わしからも、一つ、お主に頼みごとがあったんじゃ」

「何だろうか?」

「そう身構えるでない。なに、わしのために何かして欲しいということではないのじゃ。これは全て、輩のためじゃ」

「具体的な要件を聞きたい」

「かねてより、飛澤から要請があってな。今のB2では、総統の上陸には足りない。それほど、総統は強大であるとも言えるのう」

 強大な力を持った輩ほど、上陸は遅い。その分、上陸してから発揮する力は誰よりも強い。

「それで?」

「うむ。如月教でも資金を集めて、総統用のB2の建設の費用を出しておる。しかし、飛澤の当初の予測よりも、費用が巨額になることが最近判明してな」

「資金は出せない。残念だが、穏健派からの資金で我々は活動している」

「それは、わしが一番よくわかっておる。そなたの言った通り、資金が少しばかり足りなくての。少しばかりと言っても、五十億ほどじゃ」

「少しではないな」

「じゃろ? そこに、ちょうど良い話があっての。我らが輩の所有する会社と懇意にしている会社が、この度合併することになっての。合併後の名前はあちらの会社のものを使うんじゃが、その会社が、合併に際して、資金を出しても良いと言っておる」

「なら、私は必要ないな」

「それがのう、その会社の若き会長には一人娘がおってのう。親も娘も輩ではなく、普通の人間なのじゃが。これが、親馬鹿なほど可愛がっておってのう」

 話が徐々に見えてくる。

 嫌な予感しかしない。

「会長は合併を機に、その娘と合併する会社の者を結婚させて、より結びつきを深くさせたいと思っておるのじゃ。まあ、娘の先を心配して嫁がせようとしているというのもあるじゃろうが」

「男親なのだろう? 嫁がせたくないのではないか?」

「男親と言えど、内心は複雑なのじゃよ。手放したくない思いと、安心したいという思い」

「勝手なものだな」

「そして、ここからが本題じゃ」

 今までの話は、本題では無かったのか。

「そなたには、合併統合される我らの輩が所有する会社の、若手有能社員として、相手会社の会長の娘と懇意にし、総統が上陸されるB2の資金提供をさせて欲しいのじゃ」

「断る」

「即答か。まず、理由を聞こう」

「私はその会社の若手有能社員ということになっているが、偽装したところですぐボロが出るだろう」

「その辺は、少し訓練してもらう。肩書や地位、評判などはすでにもう用意済じゃ」

「だとしても、どうしてそれを私がしなければならないのだ?」

「わしとお主は、いわば、穏健派と過激派の代表じゃ。代表同士がこうして共に同じことをする。それは、輩が真に一つになるために、必要なことだとは思わんか?」

 確かに正論だが、何かしら裏がある気がする。たとえば、相手の会長とその娘が、すでに如月の息のかかった者だとかいう場合だ。

「貴方の言うことには、一理ある」

「ならば、同意と見て良いのかの?」

「ああ。だが一つ、条件がある」

「ほう。聞こう」

「聞くところ、これは総統用のB2の資金を出すことが目的であるように思える」

「左様じゃな」

「ならば、資金は出させる。しかし、別に、私がその娘とやらと結婚までする必要はないだろう」

「なるほど。娘を操り会長を操る。そして、資金を出させるか」

「そうだ。その条件ならば、この作戦、私はやってもいい」

 拒絶したところで、あれこれ理由をつけて要請されそうな気がする。そして、資金提供を受けている以上、無下に断るのも得策では無かった。

「ほっほっほ、何とも頼もしいことじゃ」

 如月が豪快に笑う。笑うたびに、下顎の肉が少し揺れた。

「良いじゃろう。ならば、お主が望むようにやってみよ。しかし、もし、資金提供を受けられぬ場合は、お主には過激派の隊長を降りてもらう」

 悪くない。資金提供を止めるという条件よりは、ずっといい。後任は、七罪や水トでも任せられる。

「了解した。その覚悟でやろう。それで、期限は?」

「出来るだけ早くじゃな。それについては、お主も十分わかっておるはずじゃ」

 確かに、総統の上陸は早い方が良い。総統の上陸が為されれば、人類相手に、こちらが優位に立てる。

「先方には、わしから見合いの期日を聞いておこう。何、見合いと言っても、半分決まっているようなものじゃ。普段のお主らしくしておれば、何も問題はないじゃろ。お主にも、わしから見合いの期日は伝える。何にせよ、話がまとまって、良かった良かった。これ」

 如月が二度大きく手を叩く。部屋を出ていた森部が酒を持って現れ、杯を如月と私に手渡す。

「まだこれからやることがある。酒などは…」

「わしは、今愉快な気分なんじゃ。少しぐらい付き合っても、ばちは当たるまい」

 森部に酒を注がれ、一気に飲む。悪くは無いが、やはり金の味がする酒だった。

「そういえば、お主、妻帯は?」

 如月が酔ったように聞いてきた。それでも、眼は全く笑っていない。

「無い。昔も今も、そのような気も無かったし、そのような機会も無かった」

「ほっほっほ、女は良いぞ。たまにわしは、女に全てを預けてしまいたくなる。そうして預けられた女は、大抵、その後すぐ死ぬ」

 笑いながら、如月が自らの女癖を語る。

「しかし、ならば今回が初めて女とまともに接する機会か。苦労するだろうのう。そう思わぬか、森部」

「私には、なんとも」

 答えながら、森部が私の杯にさらに酒を注いだ。

 その酒を飲みながら、今から会うことになる女性の姿がどんなものなのか、ただ考えていた。

ここから話の中盤に入っていきます。恋愛も少しだけ絡んできます。

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