particle8:真夏の、バカンス(3)
「お待たせいたしました。さあ、食べましょう」
皿には焼いた肉と串に刺さった野菜。粗末なものだったが、美奈の希望で用意した。そして、嫌という在庫がある。その他にも、こちらでご飯ものや麺類も別に用意してある。あと何故か、ビールも嫌というほど、美奈が買ってきていた。多分、自分一人で全部飲むつもりだろう。
「いただきまーす!!」
皿に乗せられた肉を割り箸で口に運びながら、小春が宣言する。
「小春ちゃん、乾杯がまだだよ!?」
「あ、そっか。じゃあ、皆、コップを持って…」
「待ってはるちゃん、乾杯はアキちゃんにやってもらおうよ。招待してくれたの、アキちゃんなんだし」
「あ、そうだね。ごめんなさい。鈴花さん、お願いします!」
「こほん。では、小春も待ちきれないようですし、簡潔に。今回は、慰労も兼ねております。十分に、体と心を休めて下さいませ」
「お嬢様、ご立派ですぞ」
(キャー、鈴花ぁー!)
「…こほん。では、乾杯!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
皆それぞれに近くの相手とコップを合わせる。小春はさっそく肉と野菜を豪快に食べ始め、喉の詰まっているところを藍に助けられていた。美奈はビールから飲み、ビールビール肉ビールの順に食べている。なんともおっさん臭いが、不思議と絵になっていた。瀬山はこの暑い中、いつもの燕尾服で、汗を必死に手に持ったハンカチでふいている。目立つが、特に何も言わなかった。
「初陽、楽しんでる?」
一人で静かに食事をしていた初陽に話しかける。
「ああ。この肉も野菜も、良い味をしている」
そう言うと、初陽が、食べた串をわずかな動作で投げる。勢いよく放られた串は、見事ごみ袋の中に入った。
「至急準備させたから、あまり満足のいくものではなかったのだけれど、そう言ってくれると嬉しいわ。あ、あと、貴方の持っているあの水蜘蛛、後であたしに貸してくれないかしら?」
「構わない。鈴花もしてみたくなったのか?」
「ええ、是非」
「わかった。ならば、この後一緒にやろう。私も、コツくらいは教えることは出来ると思う」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
皆の周りを見て歩く。料理が行き届いているか、何か困ったことは起きていないか。そんなことを気にするのが、いつの間にか習慣になっている。お姉様には、こういうところだけは感謝したい。
「あら…?」
隣の集団。男性四人と女性二人のグループだ。鉄板を目の前に呆然としているように見える。近づいて見ると、鉄板の上の野菜や魚介類がほぼ黒い炭になっていた。
「…お腹、減った」
黄色いビキニの水着を着た少女が、力無げに呟く。
「姉さん、もうちょっと我慢しよ? ほら、もう一度あたしと一緒に泳ごう!」
隣で同じ人間、いや、双子だろう、よく似ていておそろいの水着を着ていた。姉と呼ばれた方と違い、その少女は全体的に明るいイメージだ。その顔が、苦笑しながら、姉と思われる少女を宥めていた。
「…ジョーンズが来るごっこは、疲れた」
ジューンズが来るごっこって何!?
「ならばわたくしがッ! わたくしがお二人の血肉となってッ!」
二人の傍で、全身囚人服のデザインの水着を着た男の人が必死に少女を宥めすかしている。でも、内容はよくわからない。
「アンタはいっつも極端なのよ」
「…宗久、暑いからかき氷になって」
無茶振りだ!?
「ぬぬ!? かき氷、ですかッ!? くうっ、まずは保冷車から探さないとッ…!!」
「いやそれも間違ってるから」
妹の方がすかさずツッコミを入れる。
しばらく眺めていたいけれど、困っているようね。
「貴方達」
「あ、白いモデルの子ッ!」
傍にいた別の男性の頭を、また別の男性がこづく。こづかれた男性が苦笑し、頭をかいた。
「我々に、何か用かな?」
今度はまた別の男性だった。真面目そうな顔をしている。他の人より話が通じやすそうでありがたい。
「見たところ、食事に困っているようだったから、声を掛けてみたの。わたくしのところは、食材がたくさんあって、もしかしたら、余ってしまうかもしれない。だから、貴方達が良ければ、わたくし達と一緒に食べないかしら?」
「うっひょーい、美女と食事だあー!!」
また隣の男性が頭をこづく。
「…天使、天使がここにいた」
「ほんと!? ほんとに良いの!?」
双子と思われる少女達の食いつきが良い。
「わたくしのッ! わたくしのかき氷はッ!?」
「…暑いから、いい」
「ガーンッ!!」
双子の世話役のような人が地面にひれ伏す。そうしていると、本当の囚人に見えるから困る。
「ディア様とウィデア様がそう仰られるなら、私はお二人に従います」
真面目そうな男の人が双子の少女に言う。この口ぶりと言い、名前と言い、この双子がどういう人たちなのか、気にはなる発言だった。
「じゃあ、決定だ! 良かったね、姉さん!」
「…さあ、ゴーゴー」
「わっ、ちょっと、そんなに押さないで!?」
押されながら、小春達の食べているところに、一行を案内する。
「うわあ、ほんっとに食べ物がいっぱい!」
「…豪華だ業火だ」
「…ぶっ」
あ、初陽が何かつまんないダジャレで笑ってる。
眼を合わせると、何も無かったように凛々しい顔になった。
見なかったことにしよう、うん。
「さあ、どうぞお好きにお食べになって。まだまだたくさんありますから、遠慮することはありませんよ?」
「あれー、アキちゃんどうしたのその人たち?」
美奈が赤い顔で聞いてくる。実にご機嫌な顔で、もう完全に出来上がっていた。
「食事が無かったようでしたので、こちらはたくさんありますし、ご馳走した方が良いのではと思って、連れてきましたの」
「何と深きお心遣い。さすがは、お嬢様でございます」
(キャー、鈴花抱いてー!)
「待ってろ、今海に流してやる」
(キャー、ヤメテ―!)
「御厚意、感謝する。片付けは我々に任せてくれ」
真面目そうな男の人がそう提案してきた。
「なら、その好意に甘えることにします。よろしくおねがいしますわ」
「了解した。任せて欲しい」
「さあ、食べるぞー!!」
「…ミートをイート」
「ぷっ」
「あ、すごい食べ方!? 私も負けないよ! モグモグ…!」
「小春ちゃんまたそんな食べ方したら、ああっ!?」
「あれ、世界が回って見える? なんでだろう~?」
「ふふ、美女とお食事~♪ いでっ」
「お前は少し落ち着いて食べろ」
「やはり、ここはかき氷ではなくッ! アイスクリィィィームゥ!」
「…連れがすまない」
「…いえ、あたし達の方も、似たようなものだから」
全く。
「やれやれだわ…」
「うう、もう食べれない…」
重たいお腹を抱えながら、砂浜に敷かれたシートに寝転がる。
「…小春、なかなかやる」
隣に、私と同じようなお腹をしたディアちゃんが寝転がる。行儀が悪いことこの上無いが、二人とも、今座ったら色々戻しそうで危ない。
「あはは。勝負は引き分けかな」
「…それでいい。とりあえず、今は休みたい」
どうしてかいつの間に、どちらが多く食べられるか勝負していた。妹のウィデアちゃんも途中まで参加していたが、途中であきらめ、姉であるディアちゃんの応援に回った。
「二人とも、辛いと思うけど、これ飲んで」
藍ちゃんが心配そうに、私とディアちゃんを見下ろしていた。かろうじて起き上がり、藍ちゃんから持ってきてもらった飲み物と胃薬を飲む。飲むと、少しだけ、お腹が楽になった気がした。
「もう。皆驚いてたよ? 二人とも、一人であんなに食べるんだから」
食事はもう大方終わっていた。みんな、思い思いのお昼を過ごしている。また泳ぎたいが、まだお腹が重たい。
「うう、まだお腹が苦しい…。でも、ディアちゃんって何か見た感じのイメージと全然違うんだね」
「…どういうこと?」
無表情にも見える顔が、私の方に向く。それで、ふわふわなウェーブのかかった髪も、顔の横にこぼれた。
「うんとね、私、ディアちゃんって大人しい子だと思ってたんだ。でも、あんな風に食べてたりして、そうでもないんだと思って」
「…幻滅?」
「ううん。そういうことじゃ、決してなくて。むしろ、楽しい子なんだなって思ったんだ」
「…楽しいのは、好き。それは、ウィデアも」
「そうなんだ」
「…うん」
二人で、しばらく寝転んでいた。波の音がする。隣に藍ちゃんが微笑みながら私達を見ていた。会話が無かったが、眠たくもならなかった。
「姉さーん!」
ウィデアちゃんの声がする。起き上がると、ウィデアちゃんがこちらに駆けてくるところだった。
「鈴花さんが、ボート出してくれるって! で、バナナボートもあってね?」
ディアちゃんとそっくりだが、快活さを宿した瞳がキラキラと光る。いちいち大きなアクションに、 ディアちゃんと同じふわふわな髪と胸が躍る。
「…引っ張ってくれるんだ?」
「そう、そうなの!」
「…乗ろう乗ろう」
ディアちゃんが勢いよく立ち上がり、ウィデアちゃんに答える。お腹はもういいようだ。
「私も乗るよ!」
立ち上がってみる。うん、休んだおかげか、お腹はもういいみたい。
「良かった! アレ、四人乗りだから」
「…でも、一人足りない」
「大丈夫!」
そう言うと、藍ちゃんの方を見る。藍ちゃんが苦笑しながら、立ち上がる。
「小春ちゃんがやるなら、わたしも付き合うよ」
「よっしゃあ! これで四人!」
ウィデアちゃんがディアちゃんとハイタッチをする。本当に、この双子の姉妹はどちらもテンションが高い。
「…さ、小春、藍、ゴーゴー」
二人に手を握られながら、鈴花さんの用意したボートまで泳ぐ。白いボートでそこからロープが伸び、先に四人乗りのバナナボートが結んであった。
「まずはこの救命胴衣をお付け下さい。少し窮屈でしょうが、事故防止のためですので」
ボートにいた瀬山さんから、それぞれ救命胴衣を受け取り、瀬山さんの案内に従って身に着ける。ボートの操縦も、瀬山さんがやるようだ。
「鈴花さんはしなくて良いんですか?」
藍ちゃんが聞く。
「お嬢様は、別のご友人との予定があるようですので」
鈴花さんの姿を海に探すと、初陽さんと一緒に水蜘蛛の練習をしていた。もう立てるレベルまで進んでいて、今度は歩く練習をしているようだ。私も歩けるようになったが、走ろうとするとバランスを崩して倒れてしまう。
「…つけ終わった」
「よおし、それじゃバナナボートに乗りましょう!」
「…スタンバーイ、スタンバーイ」
二人が海に飛び込み、バナナボートのところまで泳いでいく。
そういえば。
「確か、藍ちゃん、こういう絶叫系のって、苦手だったよね?」
「う、うん。でもわたし、頑張るから!」
「藍ちゃんは私の後ろで、しっかり掴まっててね」
「うん」
私と藍ちゃんも救命胴衣を身に着け、バナナボートのところまで泳ぐ。バナナボートには、すでにディアちゃんを先頭にして、その後ろにウィデアちゃんが乗っていた。二人とも、期待に満ち溢れた表情をしている。私はウィデアちゃんの後ろに乗る。その後ろに藍ちゃんが乗り、私の腰をしっかりと掴んだ。
「準備はよろしいですかなー!?」
ボートから、瀬山さんの大きな声。
「…準備、OK?」
「アタシはいつでもオッケー!」
「私も大丈夫だよ!」
「わ、わたしも大丈夫です…」
皆の声にディアちゃんが頭上で腕で大きく丸を作る。直後、ボートが動き出し、少し遅れて、わずかな反動と共に、バナナボートがゆっくりと動き出す。
「おおっ!」
「…アグレッシブ」
波をかき分けながら、バナナボートが進んでいく。たまに少し高い波に乗り上げ、バナナボートが海面を大きく跳ねる。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
先頭のボートが曲がり、バナナボートも曲がる。横からの波を受け、バナナボートに波しぶきが上がる。その度に海水が全身に降りかかり、何とも気持ちいい。
「気持ちいい!」
「うん、そうだね」
乗り心地に慣れてきたその時。
「ね、姉さん、前、前!?」
「…ん? …あ、もうこれは乗るしか」
大きな波。そこに、ボートが突っ込んでいく。遅れて、バナナボートもその波に侵入した。
バナナボートが波に乗り上げ、そして一瞬空へと対空する。過ぎ去った波と海面との落差が凄まじい。バナナボート海に落下し、その反動で激しくバナナボートが揺れた。
「…めっちゃスリリング」
「おわあっ!?」
「わあっ!」
「きゃああ!」
三度、バナナボートが大きく海面でバウンドする。
「…今のは、ヤバかった」
「うん! ひっくり返りそうになったよね!」
「ふう、でも良かった無事で。ね、藍ちゃん」
後ろを振り向く。
藍ちゃんは、いなかった。
「藍ちゃん!?」
海面を探すと、少し後方に、海面で必死にもがいている藍ちゃんの姿が。
バナナボートから、勢いよく海に飛び込み、藍ちゃんの元へと泳ぐ。
「大丈夫!?」
藍ちゃんの近くまで行くと、藍ちゃんに抱き着かれる。
「うう~、怖かったあ~!」
少し泣いていた。海水で濡れた藍ちゃんの頭を優しく撫でる。
「よしよし。もう大丈夫だから」
「お二人とも、無事ですか~!」
こっちに向かってくるボートから、瀬山さんの声が聞こえた。
「もう、大丈夫だから」
「うん、うん」
まだ少し泣いている藍ちゃんの頭を撫でながら、この後は藍ちゃんと浜辺でゆっくり過ごそうと思った。
美女は、何も彼女達だけではない。
この砂浜には、まだまだ美女がいた。
と、いうわけで。
「副隊長や隊長にばれる前に、美女チェック~♪」
やましいことなど何もない。
これこそ、自然な男の性なのだ。
…多分。
「とりあえず、一周してみますかね」
基本的に、痩せた女性が好きだった、自分が同志の中であまり大柄ではないというところからきているのかもしれない。体の大きすぎる女は、それだけで圧倒されて苦手だった。
「おっ」
美女発見。後姿だけだが、オレの美女レーダーに引っかかったから、間違いない。
売店で、ビニール袋を重そうに両手に持っている。中はビールや飲み物など。買い出しだろうか。海辺なのに、珍しく競泳用の水着なんて着ている。全体的に細見の体つきで、足も腰も、ついでに胸も、すらっとしていて絵になっていた。
「彼女♪ 重そうッスね。その荷物がオレが持ちますよ」
「ん?」
美女が振り返る。ショートカットに、一部、伸ばし、まとめられた長い髪。それが振り返りで大きく揺れる。
「って、貴方でしたかッ!?」
さっきの美女の集団の一人だった。切れ長の凛々しい眼の中に、オレの姿が浮かんでいた。
「何の用だ?」
冷たい声だった。さっきの食事も、あまり話しかけて欲しくないオーラを出していたし。
しかし、そんなことで負けるオレではない。
「いや、腹ごなしに散歩していて、偶然貴方を見かけて、重そうな荷物だったもんで、大変じゃないかと思って、声を掛けたんス」
「余計なお節介だ。これぐらい、私一人で持てる」
「いやいや、女性には大変ッスよ。オレが手伝います」
右手に提げられた荷物を持とうとする。
「触るなッ!」
「!? す、すいませんッス!」
女性の剣幕にたじろぐ。言った後、女性は美しい顔を苦く歪めた。
「あっ…。いや、私もすまない。大声を出してしまった。許して欲しい」
「いや、いいんスよ。オレも、不躾だったっスから」
女性が、荷物の持った右手を、オレの目の前に突き出す。
「手伝ってくれるのならば、運ぶのを協力してもらってもいいだろうか?」
「よ、喜んでッ!」
荷物を持ちながら、浜辺を歩いていく。隣の女性は軽々と持っているように見えるが、オレにこの量の荷物は、案外重い。
「さっきは、済まなかった。どうも、私は男というモノが苦手でな。わからないというのが、大きいのかもしれない」
「いや、誰だってナンパされれば驚くモンッスよ」
「…ナンパだったのか?」
一瞬、冷たい視線が体を刺す。その誤解を解くように、すぐに言葉を続けた。
「そ、そのつもりでしたけど、今は違うッス」
「? 違う?」
「そ、そうッス! 今はナンパじゃないッス! 言うなれば、硬派ッス!」
混乱して、自分でも意味のわからない言葉を口走っていた。その言葉を聞き、目の前の女性はあっけにとられた表情をしていたが、
「ふふっ。おかしいな、それはおかしい。貴方は、見るからに軟派ではないか」
笑いをこらえながら、肩を上下に揺らす。
「あっ…」
笑った顔。憮然としたような表情が、一瞬で別なものに変わる。
「ふふっ。ん? どうしたのだ?」
まだ笑いを半分顔に秘めながら、彼女が聞いてくる。
「…綺麗だ」
思わず、言ってしまっていた。
「? 綺麗? 何のことだ?」
「笑ってたッス」
「? それが、どうかしたのか?」
「綺麗でした」
なおも、女性がわからないという顔をする。しかし、何かに気づいた様子で―
「!? ばっ、馬鹿を言うな!」
ああ。
慌てた顔も、実に可愛らしい。
「馬鹿なことじゃ無いッス。オレ、女性の前で泣かせる嘘はつきたくないんス」
不意に、尻に思い切り蹴りが飛んでくる。
「いでっ!?」
「さっさと歩け、この軟派男。荷物を置いて行ったら、承知しないぞ」
怒ったように顔を逸らしていたが、その横顔はまだ真っ赤だった。
副隊長。
どうしよう。
オレ、好きな人が出来たみたいッス。




