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particle8:真夏の、バカンス(1)

 甲高く、笛の鳴る音がする。

 それは少しずつ大きくなり、そしてまた少しずつ小さくなる。その繰り返しの音に合わせながら、信者がひれ伏した状態から上体をゆっくりと起こし、またゆっくりとひれ伏した状態に戻っていく。

 今回のセミナーは、母堂に百人程の規模だった。それ以上は、どこかのホールや施設を借りて行っていた。出席者は主に会社の社長などで、大事な出資者でもある。輩も少なくは無いが、大半は人間の信者だった。

 セミナーの間は、特に言葉は掛けない。森部がその代わり、御言主として代弁している。生神としての演出だった。森部は汗をかきながら、信者に大きな声で教義を語っている。

 セミナーを終えると、信者は皆高揚した顔で帰っていく。音もそうだが、母堂に焚く香の中に、覚せい剤と似た物質を持った葉を混ぜて炊き、一種の興奮状態にさせている。

 普段はこの後、主だった信者と他愛ものない金の話をするのだが、今回は来客を待たせていた。

「教主様、東裏様がお待ちです。こちらへ」

 森部に案内され、屋敷の一室に赴く。以前も東裏と会談した一室だった。いつものように香が焚かれ、後ろにいくつもの仏像を侍らせながら、目の前の凛々しい眼をした男に声を掛ける。

「久しぶりじゃな、東裏。見たところ、変わりなくて、安心したぞ」

「単刀直入に言います。今日私が呼ばれた用件を伺いたい」

 依然と変わりなく、憮然とした態度だった。

 この男が、過激派の実質の指揮官だった。そして、以前は穏健派として、惑星開発の責任者をして、一応の成果を上げていた。

 今は過激派だが、その内面は、十分穏健派に傾く余地はある。

「ディア様とウィデア様、それにグラ様が上陸されたようだな」

「知っておられましたか。今、私の基地におられます」

 こちらが情報を掴んでいたことに、別段、驚いた風でも無い。それほど簡単に底を見せない男であるのは、森部の調べた情報と前回の会談でよくわかった。

「歓待したい。グリード様の時は出来なかったが、今回はちゃんとしなければならん。出来るだけ早急に、お三方をお呼びしたいのだ」

「今回私を呼んだ用件は、そのことですか?」

「もちろん、お主も呼ぼう」

 少し考えたような表情をした後、東裏が言う。

「その件ですが、早急には無理です」

「ほう? どうしてじゃ?」

「私達も、七罪の方がたを歓待するからです。ウィデア様が海が見たいと言われましたので、普段の同志の慰労も兼ねて、少人数で海に行こうかと」

「ふむふむ。それは良いな。主だったものは全員行くのかの?」

「いえ、グラ様は万が一に備えて、基地に残るようです」

「ふむ。ならば、私の方の歓待はまた後日といたそう。だが、私が七罪の方がたを歓待する用意がある。それは、七罪の方がたによくお伝えしてくれ」

「伝えるだけは伝えておきます。話は終わりですか?」

 立ち上がろうとする東裏を、手で制す。

「まあ待て待て。もう少しのんびりしていってもよかろう」

「部下が待っていますので、手短にお願いします」

 手元の茶をすすり、一度息を吐いてから、東裏に問いかける。

「時に、東裏。そなた、妻帯したいとは思わんか?」

 東裏が不意をくらった顔をする。

「妻帯と、言いましたか?」

「そうだ。これは穏健派代表としての助言じゃ。輩の中には、深く人間に食い込むため、人間の異性を妻や夫にしている者達がおる。情を通じたにしろ表面的にしろ、片割れを得れば、肉体を得た喜びと悲しみが埋められるぞ?」

 東裏の顔にあからさまに嫌悪の色が浮かぶ。

「私は、輩のために戦っている。その輩を裏切るような真似は出来ん」

「別に人間と一緒になれと言っているわけではない、輩でも良いのじゃ。だが、私なら人間の方が良いのう。屈服させた時が実にたまらん。あれこそ、肉体の喜びを感じる数少ない瞬間の一つであると、間違いなく言える。のう、森部?」

 傍らに控えていた森部に話を振る。

「実にその通りでございます」

 東裏が気色ばむ。

「もしそれが本当であったとしても、私は全くそういう気分にはなれない!」

「ふふ。初めは誰しもがそうじゃよ。だが、一度経験すると…」

「失礼するッ!」

 東裏が急いだ様子で、部屋を出ていく。特に話すことも話したので、これ以上引き留めておく理由も無かった。

「この線で、揺さぶれそうでございますね」

 傍らの森部がぽつりと言う。よく出来た従者で、考えていることの少し先をよく言うのが、長所であり短所でもあった。

「ちょうどいいのがおる。今度揺さぶってやろう。しかし、あやつらは海か」

「アルズ達は、来るでしょうか?」

「わからんな。作戦行動はしない、ただの慰労なのであろう? 来ぬのではないか?」

「その辺りも、調べておきます。あとは、例の者ですが…」

 森部の声が、調子を落とす。

「うまくゆかぬか。お主達でも無理とはのう」

「説得はしてみましたが、今のところなんとも。やはり、波長が合わねば、無理なようです」

「ふむ」

「破棄しますか?」

「いや。何かの材料に使えるとも限らぬ。続けて説得してみよ」

「かしこまりました」

 初めは、自分と森部で起こした、宗教だった。

今では、数えきれないほどの信者と資金を抱え、自分自身も、穏健派の代表となっている。

 総統上陸前に、どこまで自分の力を伸ばせるか。そこで、上陸後の力関係も決まってくる。過激派だろうが七罪だろうが、取り込める者は、なんでも自分の側に取り込んでおきたい。

 そして、敵対するものは輩だろうが人間だろうが、徹底的につぶしておかなくてはならない。

 総統の上陸は近い。聞こえる声が、日ごと大きくなっているのだ。初めは、あるかなきかのか細い声だったが、今はもう、はっきりと聞こえる。

「時は近いぞ、森部」

「存じております。教主様が、輝いておられますので」

「ほっほっほ。これから太陽に照らされるのは、あやつらじゃがのう」

 一つ、謎かけをした。

「焼き尽くされぬか、私は心配ですが」

 森部は、意図に正確に気づいたようだ。



「海だーっ!!」

「ちょ、小春ちゃん!? 準備運動はー!?」

 水着を身にまとった小春が、海に向かって駆けだす。それを追いかけて、同じく水着を着た藍も海へと駆けだしていく。

「ふう。全く、小春達は子供ね。泳ぐ時間なんて、いくらでもあるでしょうに」

 寝椅子に横になってまったりとくつろぎながら、瀬山が用意した飲み物に口をつける。弱い炭酸といくつもの果実の味が口の中に広がり、夏気分を盛り上げる。

「ありがとね、アキちゃん。いやあ、ここんとこ戦闘続きで、みんな大変だったからねえ。ここらで、なっちゃんとアキちゃんの歓迎会もしたかったし、今回別荘に招待してくれて、皆嬉しいんだよね」

 傍らにパラソルを広げながら、美奈が言う。

「ま、まあ、そう言われれば、悪い気はしないけど」

(ふふ、鈴花照れてるぅー)

「あんた、いっぺん漂流してみる?」

(うん、漂流したい。鈴花と、愛というなのシーに…って、鈴花、置いていかないでぇー!)

 ルーオを椅子に置き、あたしは小春達の元へと駆けだした。

(あなたは良いでしょう。首飾りなど、泳ぐ時は邪魔なだけなのですから。問題はわたしです。何故わたしが藍殿に置いていかれたかです)

(指輪だと無くしちゃいそうだからねえ。まあ、私も似たようなものなのだけど。小春は持っていこうとしたわね。私が止めたけど)

(えー、どうして?)

(あの様子だと、小春、本当に無くしそうだから)

(…)

(…)

(いや、黙られても困るわ)

「あはは、喰らえーっ!!」

「うわ、小春ちゃん、やめ…」

 小春が、水を思い切り藍に浴びせかけている。藍は嫌そうにしているが、表情はいたって笑顔だった。

「ふふ。甘いわ二人とも! こうやるのよ!」

 跳躍。そして、二人の間に思い切りダイブ。

「うわあっ!」

「きゃっ!」

 二人の近くで波しぶきが起こり、思い切り水がはねた。

 海中から顔を出す。

「ふふふ、どう?」

「やったな~? 藍ちゃん!」

「うん」

 藍があたしのお腹に手を回し、しがみつく。

「ふ、二人がかりなんて卑怯よ!?」

「問答無用~!」

 小春が私に向かって水を掛ける。小春は、藍も巻き添えになっていることに気づいているのかしら。

「ぶわっ!」

「ごほっ、小春ちゃん、やめ…」

「あ」

 二人の様子に気づき、小春の手が止まる。

「あ、あはは。…ごめんね?」

「よし、藍! ここは、共同戦線といくわよ!」

「え? あ、はいっ! …小春ちゃん、ごめんね?」

「二人だろうが、受けて立つよ!」

 また、水の掛け合いが始まる。ひとしきりそれをした後、三つ繋ぎの浮き輪を用意してその上で、三人で波に揺られていた。

「今日は本当にありがとう、鈴花さん」

 浮き輪の上で小春がバタ足をしながら話しかけてくる。小春のバタ足に合わせて、とないでいる浮き輪が、少し揺れた。

「別に、お礼なんて良いわよ。せっかくなのだから、喜平次もゆかりも来れば良かったのに」

「何か、緊急の場合に備えて、残るって言ってたよ?」

 小春のバタ足が激しくなる。何気なく、あたしも負けじとバタ足をし、藍が必死に揺れた浮き輪の上でバランスを取っていた。

「ふーん、そうなの。ところで藍、初陽も来ているのよね? 見かけた?」

 浮き輪のバランスを取っていた藍が、キョロキョロと辺りを見回す。

「え? ううん。そういえば、見かけないですね」

 そう言うと、地面から竹筒が不意に現れる。そこから、海水が吐き出されたかと思うと、水着姿の初陽が姿を現した。その波を受けて、小春と藍の浮き輪がまた大きく揺れた。

「わっ!? びっくりした!」

「初陽さん、いつからそこにいたんですか?」

 水蜘蛛のようなものを足に履きながら、初陽が海面にゆっくりと立つ。忍者の家系らしいが、こんな時までそれに忠実であろうとする姿は、一瞬見習おうかと思う程だ。ほんの一瞬だけだけど。

「小春達が水を掛け合っている辺りから。良い素潜りの練習になった」

「いや、それもう人間辞めてるレベルだから。…もうそろそろお昼になるわ。混んできたし、昼食の場所取りと準備をしましょう」

「はーい」

 小春が浮き輪を引っ張りながら岸に向かって泳ぎだす。ぎこちない泳ぎで、藍もそれに習った。あたしは、浮き輪に乗りながらバタ足でそれを助けた。初陽は素早い動きで海面を水蜘蛛で走っていく。

「…」

 あとで、アレ初陽から借りよう。




 海は良い。

 そうとしか思えない光景が、今、目の前に広がっている。

「良い…」

 思わず、声に出していた。

 富裕層が真夏の休暇によく来るビーチらしい。ウィデア様の発案で、隊長が企画した慰労会だった。来たのは隊長と副隊長と自分、ディア様ウィデア様と、その下にいる隊長で宗久という男だけだった。残りの輩は、基地で思い思いの休暇を過ごしている。

「うおっ!? あそこの女子レベル高いっすね!」

 波打ち際から少し離れたところにシートとパラソルを設営し、サングラスの形をした双眼鏡で一つの女性の集団を見る。他にいくつか女性の集団がいたが、比べてもそこだけ際立っていた。

 ツーサイドアップの髪形をしている少女。まだあどけない顔で、年は中学生ぐらいだろうか。スポーティな感じの露出少なめの赤のビキニに、眩しい笑顔が印象的だ。胸も中学生にしてはある。そして、引き締まったお腹とおへそが実に健康的だ。

 その少女の傍で優しく微笑んでいる三つ編みの少女。青い色のワンピースタイプの水着でパレオなどを身に着けているので、露出は少ない。だが、隠そうとしているようだが、その年に似合わない大きな胸は隠しきれてはいない。むしろ、隠しているからこそ、逆に絶妙な趣がある。

 続いては、その横で二人に何か話している長い髪をなびかせた少女。これでもかと露出している白ビキニに負けない体のバランス。胸は年相応だが、お腹やお尻、全体としてのバランスで見れば、逆に下手にいじれないモデルのような体つき。背の高さも少しあるからか、ポーズがいちいち絵になっている。

 そしてその少女達を見守る、煙草をくわえたサングラスをかけた大人の女性。黒いビキニを着て爆乳な上に、無駄な肉が一切なく、腹筋など六つに割れている。先ほどの少女達とはまた違った魅力がある。

 あとは、少し離れたところで何か周囲を見回している、ショートカットに一部結んだ髪が長い少女。すらっとした長身で、深い緑色のビキニを着ている。が、残念ながら胸が無い。しかし、そのしなやかな体つきは、まぎれもなく女性のものだった。

「おい、何をしている?」

「へ?」

 声に振り返ると、副隊長が呆れた顔で怒っていた。

「ずいぶん、複雑な顔で怒られますね?」

「わかっているならこんなところで油を売ってないで、皆のテントの設営をしろ」

「え~!? もうちょっとだけ見てていいじゃないッスかあ~」

 副隊長がやれやれという顔をする。休暇なので、副隊長も甘めだ。普段なら、今砂に埋められているだろう。

「何を見ていた?」

「いや、それはその、女性の水着姿を…」

 副隊長ががっくりとうなだれる。

「お前なあ…」

「いやいや、だってしょうがないじゃないっスか!? もうこれは、男の性っスから! ほら、副隊長も見ます? ちょうどよく、あそこに美女の集団が…」

 予備のサングラスを副隊長に手渡す。いやだと言いつつも、副隊長がサングラスをかけて、自分の目線の先を見た。

「本当だな…」

「そうッスよね! いやあ良かったっス! 副隊長と女性の趣味が合って!!」

「確かにお前の言う通り、皆美人だな」

「そうッスよねそうッスよね! で、で? 副隊長はどの子が好みなんスか?」

 少し黙った後、ぽつりと副隊長がこぼす。

「やはり、胸の大きい女性だな」

「なるほど、副隊長も主流派の方でしたか、って、いてっ」

 副隊長のげんこつが頭に来る。

「な、なにするんスかぁ~」

「お前に言われると、何か気分が悪くなったからだ。それで、お前の好みは?」

「すらっとした女性ッスかねえ」

「なら、白か緑の子か。ふっ、変態め」

「副隊長だって胸が大きい女性が良いとか言ってたじゃないッスか」

「しかし、あの少女達、どこかで見たような気がするな」

「副隊長もッスか? 奇遇ッスね。オレもッス」

「おい、お前達」

 聞きなれた声がした。

 振り向くと。

「ここで何をしている?」

「「あ」」

藍>ディア≧ウィデア>小春>鈴花>初陽

何のことかは、詳しく言いませんが。

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