particle7:空へと、高く(2)
むかしむかし、あるところに女の子がいました。
女の子は裕福な家庭に生まれましたが、いつも優秀な姉に比べられ、母親に疎まれ、心を許せる人と言えば、たまに家に帰ってくる父親と、いつも傍にいる老執事だけでした。
ある時、女の子が庭で綺麗な宝石を見つけました。女の子にはその宝石に、なりたい自分を念じました。
するとどうでしょう。
宝石が一度眩しく輝いたかと思うと、その女の子は、なりたい自分に変わっていたのです。
姉よりも優秀で、母親に好かれ、活発で元気な女の子の姿に。
そうして、女の子はいつまでも幸せに生きていきました。
めでたし、めでたし。
眼が、覚めた。
少し、うとうとしていたらしい。
「ちっ、アイツめ」
幼いころから聞かされた、アイツがあたしをモチーフにして作った夢物語。幼いころは眼を輝かして聞いていたが、今思うと、何とも陳腐なストーリーラインだ。
別に、ルーオと喧嘩しているわけでもない。あんな言い争いは、普通のことなのだ。
「焦ってるのよね、きっと」
あたしも、アイツも。
いつまでも理想なんかに近づいて行かないあたしと、理想を押し付けるのを頑張ってこらえてるアイツ。
まったく、素直じゃない。
「お互い様、なのかしらね」
机のベルを鳴らす。直ぐに瀬山がやってきた。
「お呼びでございますか、お嬢様」
「出かけるわ、車をお願い」
「かしこまりました」
結論は、出ていない。それでも、会うべきだった。あまり話さないことも多くなったが、それでも、何かしら心に空虚な部分がある。
「お待たせいたしました。行先は、研究所でよろしいでしょうか?」
「わかっていて、聞いてくる。貴方の悪い癖ね」
「申し訳ございません」
「そして、あたしが大して怒っていないことも知っている。いいから、早く出しなさい」
「かしこまりました」
窓から流れていく風景をただぼんやりと見ていた。
アイツは研究所でも、あたしじゃなきゃダメだと言っていたらしい。
だから、迎えに行くことに決めた。
後のことは考えていない。下手すると、その場でまた研究所に戻しそうな気もした。
別に、素直になる気は無い。そんなこと、アイツは望まないだろうし、あたし自身もそんなつもりは毛頭ない。
「到着いたしました」
「じゃ、待ってて。多分、どうなるにせよ、用事はすぐ済むから」
「かしこまりました。お気をつけて」
車を出て入口まで歩き、研究所のインターホンを鳴らす。少し間があって、自動ドアが開く。
「鈴花君ッ!」
(鈴花鈴花鈴花ァーッ!!)
「うるせえ落ち着け変態ども」
ロビーに行くと、いきなり喜平次とルーオが待っていた。
「何の騒ぎよ」
「うむ、私の研究室へ来てくれ、さあ、早く」
「ちょ、ちょっと…」
(鈴花鈴花鈴花ァーッ!!)
「お前は、だ・ま・れ」
喜平次に案内されて研究室に入る。中は改装されていて、数多くのパソコンの前に研究員がおり、必死で何か作業をしている。特徴的なのは、大きなディスプレイで、変身した小春たちが映っていた。
「これって」
「そうだ、鈴花君」
「ピンチじゃないの」
ディスプレイに映った映像。白馬に翼の生えた動物が二頭。それに跨っているイケメンが二人。その白馬の翼の羽が、上空から小春達に襲い掛かり、なんとかそれを藍が防いでいた。しかし、攻撃をしかけるものの、上空に逃げられ、二頭の連携でしばしば藍の防御の裏をついている。
「その通りです、鈴花さん」
「あ、ゆかり」
美奈もいたが、必死に指示を飛ばしている。あいさつどころではない状況なのは、映像を見ていてもわかる。
「我々を助けてほしい」
「言ったでしょ、あたしはそんなことしてる暇はないの。それに、ルーオがいるんだから、あたしじゃなくても出来るじゃない」
(じゃ鈴花、なんでここに来たの?)
「うっ…、し、視察よ視察。あんたがサボってないかどうか。何、あんたこそ、なんでここにいるの? 絶賛サボり中じゃない、あんた」
(鈴花を待ってた)
「ッ!? バッカじゃないのッ!」
「ルーオの言う通りだ、鈴花君。我々は、君を待っていた。どうか、我々に協力してほしい」
「お断りよ。あたしはただ、ルーオを取りに来ただけなんだから。あんた達の事情なんて、あたしには関係ないの。じゃ、悪いけど、ルーオ連れてくから」
そう言うと、喜平次の手からルーオをひったくり、研究室を出た。
(いいの?)
歩きながら、ルーオが聞いてくる。
「秋白家、家訓(お父様訓示)その一」
(一、人を幸せにする嘘をつけ)
「そういうこと」
(じゃあ…!)
「ふんッ! せいぜいこき使ってあげるんだから。感謝しなさいよ?」
(す、ず、くぅわぁぁぁーッ!)
「はいはい。それにね…」
(うん)
「こんなこと、面白そうじゃない! 何、変身して人類の敵と戦う? なにそれどんなおとぎ話! それで、あたしが救世主? お姉様じゃなくて、このあたしが? あははは、何もかも傑作よねッ!」
(鈴花、ホントはやる気満々だったんだね…)
「悩んだわよ。でも、お姉様に出来なくて、あたしに出来ることがある。それって、とてつもなく、愉快な話だと思わない?」
(ふふ、鈴花なら、そう言うと思ったよ)
「なら何で、あんた、あたしにこんな大事なこと隠してたのよ?」
(最近、鈴花全然わたしに構ってくれなかったから)
「ふん、女の嫉妬って無様なもんよね」
(あなたもだけどね)
「言ってろ」
研究所を出る。瀬山が恭しく待っていた。
「御用事はお済になられたようですね」
「ええ。あ、あと光栄に思いなさい。貴方、あたしの変身を見る初めての人になれるんだから」
「左様でございますか。それは、是非拝見したいと思います」
「ルーオ」
(左に一回転しながら、スピンと叫ぶ。それだけよ)
「よし、スピンッ!」
白い光の粒子と共に、服が再構成されていく。
って。
「何よこれぇぇぇえええ!?」
光が晴れ、着ていたのは。
「なんであたしの服が巫女服になってんのよ!」
上着が白。下は赤色の袴だ。
(鈴花、キミキャワイーネェ~)
「お・ま・え・の・せ・い・かッ!」
(うん、わたしの趣味。婦人警官と迷った)
「そういうこと聞いてるんじゃあないわよッ!」
「大変お似合いでございますよ、お嬢様」
「どぐそがぁ…。まあ、衣装はおいおいまた考えるとして、右手にいつのまにか持たされてたこれは何?」
「戟」
「…まあ、いいけど。あと、あんたもフェルミ達みたいに、何か能力ないの?」
(わたしの能力は、電磁力を操る力よ。鈴花のイメージ通りに、電磁力を操ることが出来るわ)
「ふうん、電磁力、ね。よしわかった」
頭の中でイメージする。
ふっと、足が地面から離れる。
(おおっ!)
ルーオが感心したような声を出す。別にそんな感心するようなことじゃない。
「電磁浮遊、でございますか」
「そっ。あたし、空飛んでみたかったのよね」
「はい。よく、おっしゃられておりました」
「でも、これじゃ浮くだけだわ。ルーオ、衣装どうにか出来るなら、羽生やしなさい。そうね、今はトンボ辺りで良いかしら。待ってなさい、今イメージするから」
(え~、巫女服にトンボの羽はちょっと…)
「お嬢様は無類の昆虫好きでございましたな」
「ええ、お姉様が無類の昆虫嫌いだから。でも、今はそんなこと関係なく、純粋に好きよ。ほら、ルーオ、愚痴愚痴言ってないで今すぐやりなさい」
(はあい、わかったわ)
「お…」
背中に、むずむずした感触。見えないが、羽が生えるってこんな感触なのかしら。
「よおーしッ、じゃあ行くわよッ!」
宙に浮く自分を、強くイメージ。体がさらに宙に浮く。三十メートルは浮いただろうか。
「そしてッ!」
背中の羽を広げながら体を前方に倒す。落下、しかし、羽と空気との抵抗で、私の体は落ちながらも前方に進んでいく。
風が頬に当たる。能力を使いながら、風に当たる羽の当て方を変えてみる。前進は上昇に変わり、どこまでも高く身体を天空に運んだ。街がどんどん、あたしの手の中の世界になっていく。
「やったッ、ルーオ、あたし、飛んでるわッ! それも、自分の力で!」
(わたしの力は?)
「あんたの力もねッ」
(鈴花大好き~ッ!!)
「あははは、こりゃ良いわね!」
空が、いつもよりずっと近い。まだ慣れないのか、飛行が不安定でくるくる回ったりもする。
それでも。
「今あたし、とっても良い気分よッ!」
ずっと、飛びたいと、思っていた。
何物からも自由に、高く。
ただ、高く。
「さて、と」
中空で羽の動きを止め、姿勢を安定させる。
「じゃ、仕方ないけど、小春達を助けにでも行きましょうか」
戦闘の場所へ、最短距離で飛んでいく。
風が、あたしの体を抜けていく。
これ以上ないくらい、愉快な気分だった。
一方を盾で受け流しても、他方から攻撃が来た。それで、後ろにいる小春ちゃんにしばしば攻撃が逸れた。初陽さんは、素早く動き回り攻撃を避けている。たまにナイフを投げていたが、投げるそぶりを見せると、敵はナイフの投擲の射程範囲の外にすぐ逃げていく。
「大丈夫、小春ちゃん?」
「大丈夫だよ。藍ちゃんこそ、怪我はない?」
「小春ちゃんがほとんど弾いてくれるから、大丈夫だよ」
お互い、飛んできた鋭利な羽に少し当たっている。全方位で防御すればいいが、それだと初陽さんが孤立する上に、こちらから攻撃を仕掛けることが難しくなる。
「相手が空にいるってのは、厄介だね」
小春ちゃんが呟く。
敵は二人で、それぞれに白い天馬のような悪獣に乗って攻撃を仕掛けてきている。攻撃のために近づいてくることはあるが、こちらから攻撃を仕掛けるには高すぎた。わたしも何か高い相手に有利なものを出そうとするが、その集中の暇すら与えず攻撃してきている。
このままだと、ジリ貧になる。
だが、誰もこの状況を突破する有効な作戦が思いつかない。
「どうした? さっきまでの威勢はッ!」
ここはやはり、一旦私が防御を解くしかない。
「はははは、ん?」
高い、風鳴りの音がした。
「ぐごぉぁあッ!?」
奥隅という男の叫び。見上げると、天馬に貫通した形で、奥隅の体に、巨大な戟が突き刺さっている。
「ちぇ、ちょっと外したわ。両方とも頭蓋を狙ったのに」
そう言うと、中空に浮かんだ巫女服を着た女の子は、戟を抜き、返す刃で、奥隅と天馬の首を飛ばした。赤い血が、雨のように降り注ぎ、地面を濡らす。
その女の子は、空中で長い髪を風に靡かせながら、優雅に戟を構えた。
「待たせたわね。アルズヴァイス、参上よッ!」
「奥隅ーッ!」
目の前の美形男が絶叫する。さっきの男も、なかなかの美形ではあった。
まあ、もう殺っちゃったけど。
「貴様ぁああッ!!」
「何よ、何か文句でもあるのかしら?」
「騙し討ちなどという姑息な手段で、よくも奥隅をッ!!」
「ふん、戦闘中に卑怯も糞もないでしょ、要は勝ちゃあ良いのよ」
(うーん、さすがわたしの鈴花ッ! すがすがしいまでの外道ッ!)
「ルーオあんた褒めてんの? それに何よ、たかが仲間一人。それとも何? あんたたち、男同士でそういう関係なわけぇ?」
「そうだッ!」
「へ?」
「アタシと奥隅は付き合っていたのよ。近々、結婚の予定もあったわッ!」
「おい待て」
「それなのに、アンタはッ! アタシの元から奥隅を奪ったッ! 絶対にんもう、許さないんだからッ!」
「あー、一応聞くけど、あんた男よね?」
「そうよ! 男同士で、何が悪いっていうのッ!」
「この脳みそビチグソ野郎があぁッ!!!」
「ヒィィッ!?」
「よくもあたしの眼の前でそんな気持ち悪いことカミングアウト出来たわね! もう許さないわ。あたしの気分を害したこと、死をもって償いなさい!」
「それは、こっちのセリフよッ!」
天馬が疾駆の態勢に入る。
速い。眼で追えるが、変身したばかりで空中戦に慣れてないあたしが追えるかは、微妙なところだ。
「ウフフ、このスピードに付いてこれるかしら?」
「なんてねッ!」
天馬に素早く近づき、オカマの顔に向かってツバを勢いよく吐きかける。
「うわぁぁ、汚えッ! な、なんてことしやがるッ!」
「へっへ~ん、地が出てるわよ。ねぇ、怒った、怒っちゃったの?」
「こ、このクソガキがあああああッ!!」
天馬がさらに加速する。下を見ると、小春も藍も不安そうな顔であたしを見上げていた。
「アハハ、どう? これでアンタはもうアタシのスピードには付いてこれない。そして、この羽片の一撃で、アンタはオシマイよッ!」
「あはははははッ!」
「な、何がおかしいのよッ!」
「いやだって、あんたがその台詞言っちゃうんだもの。笑わずにはいられないわよ」
「何だと?」
「気づかない? あんたが徐々にあたしに引き寄せられていることにッ!」
「何ッ!?」
オカマが天馬を止め、あたしから逃げる方向に駆けようとする。だが、逆に、徐々にあたしの方向に引き寄せられていた。
「アンタッ、な、何をしたのッ!?」
「ただツバかけただけよ。電磁力を高める、あたしのツバをね。光栄に思いなさい」
「ま、まさかアンタッ!?」
「そうよッ! あんたは今、あたしの力で生体磁気を帯びているッ! あんたはN、あたしはS、そしてあたしの持つこの戟もS、この意味は、わかるわね?」
「く、くそがきがあああッ!!」
必死に逃げようとするイケメンオカマ。
ああ。
せっかくのイケメンが、台無しね。
磁力を宿した戟を、振りかぶる。
狙うは、脳天ただ一つッ!
「さあ、存分に喰らいなさいッ! 刃に煌く、白銀の波動ッ! シルバーホワイト・スファルファラーレッ!!(銀翼の飛撃)」
手から放たれた白い粒子を纏った戟が、磁力の反発によって勢いよくオカマ野郎に飛んでいく。必死に上下しているオカマのうなじに、戟が勢いよく刺さり、首を飛ばして、悪獣に突き刺さる。
「ごがおおおおおおぅーッ!!」
(ストラーイクッ!)
「えっへんッ!」
地面に降りると、小春達が駆け寄ってきた。敵はもうほとんど撤退していて、姿は見えない。
「鈴花さんッ!」
小春が抱き着いてくる。
「ちょ、ちょっと」
「むう」
藍が複雑な表情をしていたので、無理やり小春を引きはがす。
「仲間になってくれるんだねッ!」
「いや、これは、まあ、その…」
(ほら、鈴花)
「わかってるわよッ! …ええと、まあ、その…」
「うん」
「べ、別に、あんた達の仲間になったわけじゃないからぁぁぁッー!!」
「ええーッ!?」
駆け出し、飛ぶ。
(ふひひ、素直になれない鈴花、萌え)
「お前は少し黙ってろ」
(はいはい。これで、良かったのよね、鈴花?)
「…ええ」
ただ。
今は。
こうして、空を飛んでいよう。
手に入れた、この翼で。
風の音だけが、耳に木霊していた。
鈴花加入回これにて終了。八話は箸休め回です。




