particle6:心に、翼を(2)
訓練は今日も順調に行われている。何度かの実戦を経た今、同志達は、何のための訓練かしっかりとわかり始めている。
「遅れているぞ、船瀬!」
「ぜぇ、ぜぇ、すいませんッス…!」
あいつの足は速いが、この前の実戦では初陽という少女に簡単に追いつかれている。偵察隊としてはそれでは失格なのだ。
「もう始めていたのか」
先輩が訓練所に入ってくる。飛澤と話していた。
「何の話だったのですか?」
「B2の件だった。グリードが上陸して、施設の資源が一時枯渇しかけたらしい。その補充に関する件と、他の七罪の方がたが数名、もうすぐ上陸されるということだった」
グリード。その名を聞くだけで怒りが湧いてくる。
勝手に同志を引き連れ、人間を見境なく虐殺し、最後には多数の同志を半ば道ずれにする形にしてアルズ達に敗れた男。
あの男のせいで先輩の計画が滞っている。情報操作にかなりの手間がかかったのだ。
そして、二人目のアルズの存在も確認された。
アルズブラウ。盾を使い、主な能力は物質発生。アルズロートの負傷を回復させたという報告を聞いただけでも、十分にその存在が厄介なものであることが伺える。
「グリードも、もう少し慎重になっていればな」
「報告を聞く限り、自業自得だったのでしょう。僕だったら、アルズブラウが出てきた時点で、一度引きました」
「人質を取らせるのを許可したのが、失敗だったか」
「先輩が気にする必要はありませんよ。むしろ、我々は動きやすくなりました。あのままグリードに居座られると、内部分解なんてことも考えられましたし」
先輩は、少し優しすぎるというところがある。グリード相手に二面作戦などを許可したところも、そうだ。こちらは初陽という少女を誘導出来たが、今回の悪獣が弱すぎて、戦いにならなかった。グリードの方に加勢に行く前に、グリードは倒されていたのだ。
「グリードと共に、多くの同志を失ってしまったな」
「そういう言い方は同志に失礼ですよ、先輩。僕達は、また肉体をもって存在する。その繁栄のために、自分自身を賭けているのですから」
「そうだな。まさか、お前に教えられるとはな」
「上官である先輩を支えていくのが、副官である僕の責任だと思っていますから」
「そんなに気を張ることはない。私も、七罪の方がたの下につく場合もあるのだ」
「僕の上官は、先輩だけです」
「そうか。…すまんな」
何について謝られたのかはよくわからない。しかし、嫌な気分も無かった。
「おい」
走りこみが終わり、床でへばっている舟瀬に話しかける。
「あ、何スか、副隊長?」
「何スかじゃないだろう、何をしてる」
「何って、休憩スけど?」
「休憩なら映像を見ながらでも出来るだろう。前回のグリードの対アルズ戦の映像がある。それを見ながら休憩しろ」
「それ、休憩じゃないんじゃ…」
「あと映像を見て、気になったところをあとで報告書にして提出しろ。加えて、そこから考えられる作戦もだ」
「ええっ!? いや、自分偵察ですし。それは副隊長とかの仕事じゃ」
「いやも何もない。お前がするんだ」
「あー、わかりました、やれば良いんでしょ。まったく、副隊長は部下をこき使うのが好きなんすから」
頭をかきむしりながら、船瀬が立つ。
「お前には緊張感が絶対的に足りない」
「まあ、そりゃあ、自覚してるッスけど…」
「我々は先輩の下、極めて難しい作戦を行っている。のんびり構えては、出来ない作戦を」
「敵は人類だけではない、穏健派にも配慮した上での、力での侵略ッスよね」
「そうだ。そして、この目的を本当の意味で理解出来ている同志は、意外と少ない」
特に古参の同志は、そうだ。元々、皆過激派として息をひそめ、じっと機を伺っていたのだ。いざ実戦で抑えるというのは難しい。グリードに相当数の同志がついていってしまったことが、如実にそれを現している。
「まあ、そうッスよね。自分みたいに、どうでも良いと思っている同志もあんまりいませんし。さすが、隊長の部隊と言えばそうですが」
「お前は上陸してあまり日が立っていないからな。だからこそ見えるものもあるのだろう」
船瀬は一見軽い男のようで、よく物をみている。その洞察力を買われて、先輩から偵察役に選ばれたのだ。その眼は、間違ってはいない。
「だから、自分に作戦立案を?」
「ただやらせてみるだけだ。お前、結構適当だが、ごくまれに良い意見もするしな」
「まあ、褒められたと思って、やってみますよ」
終始、軽い調子で、船瀬が訓練所を出ていく。
あいつの軽い調子が羨ましいと思う時がたまにある。それでも、あんな適当にはやれないとすぐに思い直す。
訓練を一通り終わらせると後は部下に任せ、スーツに着替えて外に出た。
何度か下見はしていたが、いざ向かうとなると緊張していた。
「すいません、団子、醤油で二つ」
「あいよ。ここで食べていくかね?」
「はい。パソコンで仕事をしますが、構いませんか?」
「好きにしとくれ。あんた以外に、客もおらんからねえ」
「では、失礼して」
パソコンをテーブルに置いて、店内の席に座る。年季の入った木の椅子とテーブルで、姿勢を変えるとその度に少し軋んだ音が鳴った。店内は狭く、十五名入ればいっぱいだろう。この時間、学生はまだ授業中で、会社員などもいない。元々、オフィス街からは少し外れた立地だった。
店内を見回す。一部に修理した真新しい跡があるが、全体的には古い建物である。
「珍しいかい?」
炭火にかざした団子を手でひっくり返しながら、森田さんは言う。
「ええ、こんなお店があったんですね」
報告によると、アルズロートである赤桐小春がよく通う店だった。定かではないが、望月と言う男が上陸した時の、戦闘場所ともなっている。真新しい修理の後を見るに、事実なのだろう。
さらに置かれた醤油団子を手に取り、食べてみる。
「!? 美味しいですね」
「そうかいそうかい。なら、これも食べてみなさい」
そう言うと、森田さんはうぐいすの団子を一つ、皿においてくれた。
「これも、なかなか」
お世辞では無かった。あまり、普段から甘いものは食べなかった。少し甘味は苦手だったが、これは気にならない味だ。
「気に入ったら、お土産にでも買っていっておくれ」
そう言うと、森田さんは団子を焼く手を再び動かし始めた。甘いものが苦手な自分でも食べられたのは、甘さと同じぐらいの香ばしさのためだからだろう。
前回の戦闘の後、アルズ達の身元はわかった。先輩には暗殺という手を進めたが、予想通り却下された。
アルズ達さえ始末してしまえば、過激派は相当大きく動けるはずだ。グリード程ではないにしろ、人類にかなりの恐怖を与えることも出来る。
しかし、先輩はそれを許さなかった。正々堂々アルズ達と闘い、倒すという思いがある。だから、グリードが人質を取るのにも猛反対した。
自分も、その考えには賛成だった。個ではなく、集団として、アルズは潰すべきである。すでに、同志達には、アルズと自分たちの戦いが、過激派と人類との戦いなのだと言ってある。
それゆえに、グリードが現れた時は参ったものだった。正直、アルズ達に倒されて清々した気分だった。あのまま行けば、決定的な対立の構図になっていっただろう。
いつの間にか、一本目の団子を食べ終わっていた。もう一本に手をつけ、一口食べる。
いつだったか。
そんなことはもう忘れた。
眼を開くと、そこに先輩がいた。今では想像できない研究者然とした恰好だったが、その時の先輩は、その姿も一つの姿でしか無かった。
惑星Ζ―R。
それが、自分が生まれた惑星につけられた名前で、自分はその惑星で生まれた高度な生物体第一号であり、先輩はその星を開発するための代表者だった。
生まれた時のことはよく覚えている。
培養液の詰まったカプセル状の機材の中から、先輩と眼が合った。先輩は、少し笑い、何故この生物は笑っているのだろうと思ったことを覚えている。
生まれてすでにある程度の知能はあり、不足していた知識は先輩の部下が教えてくれた。
その後、研究所で遺伝子暴走の事故があり、それは惑星中に広がった。元々それほど大きな惑星ではなかったらしく、感染はすぐに広がり、先輩達上陸者から生み出された生物は全て破棄されることとなった。
第三次入星も失敗か、と落胆した先輩の言葉はよく覚えている。
そして、破棄される予定だった自分を粒子化させ、輩の仲間に加えてくれたのは、先輩だった。同じように、惑星Ζ―Rで輩の仲間になったものは何人かいる。
粒子化した後も、先輩と色々なことを話した。その中で、この星の入星の話もあり、先行部隊として志願した。先輩が上陸してくる前に、何かしらしておきたかった。それが、生を受け、輩になれた自分の出来る最大の恩返しに思えた。それで、各地に潜んでいた過激な輩を話し合い、自制を促しながら、来るべき時に備え、仲間を集め、訓練していった。
そして、先輩が上陸してきた。
それからは、自分が副官として何が出来るのか、そればかり考えている。
また、団子が串になっていた。気づかないうちに、食べ終わっていたらしい。
先輩は少し甘いところがある。ならば、そこを埋めるのが、副官としての役割だろう。
森田さんを横目で見た。ここは、アルズロートがよく来る場所だ。ならば、アルズロートは森田さんに何かあれば必ず動くはずだった。
少し、笑う。
グリードの考えそうなことを考えている。
しかし。
「…先輩には、勝ってもらわなくてはいけない」
幾度の、入星の失敗があったらしい。
ならば、先輩のために、今度こそ成功させる。
そのためなら、汚いことだろうが、なんだってしなければならないのだ。
「すみません」
「ん、なんだね?」
「醤油とうぐいす、十本ずつ。持ち帰りでお願いします」
「あいよ。気に入ってくれたかね?」
「はい、とても。また、来ると思います」
「そうかいそうかい。今度は友達でも連れてきとくれ」
「はい、楽しみにしておきます」
団子が入った紙袋を受け取り、店を出た。
まだだ。
まだ、その時では無い。アルズ達の身元は割れているのだ。
なら、しかるべき時に、しかるべき方法で倒せばいい。
訓練所に帰ると、船瀬が真剣な顔で映像と向き合いながら、書類をまとめていた。
「まだやっていたのか?」
「あ、副隊長、おかえりなさいッス。そんでこれ、副隊長がやれっていったんじゃないッスか」
「遅いんだよ、お前は。本気でやれば、こんなのすぐ出来るだろ」
「副隊長と頭の作りが違うんスよ。俺、こういうの向いてないんス」
「先輩が、自分で言っていた」
「へ? 何スか」
「誰にでも、難しいことはある。出来るか出来ないかは、やってみてから決めても良いと。お前はまだ、その途中じゃないか」
「さすが隊長っスね。わかりましたよ。自分も、もう少し頑張ってみるッス」
「報告書は一時以内に出せよ?」
「…うわぉ、やっぱり副隊長ってシビアぁ」
「まあ、これでも食べてさっさと終わらせろ」
袋から醤油団子を取り出し、一本舟瀬に渡す。
「団子ッスか。自分、うぐいすの方が好きなんスけど」
軽く舌打ちしながら、うぐいすを袋から取り出し手渡した。
「やりぃ、やっぱ副隊長、隙がないッスね。ありがたく頂きますッス!」
「ん、水トか」
映像室に先輩が入ってくる。その場で敬礼した。
「隊長、ただいま戻りました。そしてこれ、お土産です」
「団子か。知ってはいたが、初めて食べるな」
「そうでしたか。美味しいですよ」
醤油を一本手渡す。受け取り、先輩が一口食べる。
「ふむ、悪くないな。随分量があるようだが、他の隊長達のもか」
「はい。たまには甘いものでもどうかと思いまして」
「そうか。いや、私はあまりこういうことは気にしていなかった。確かに、最近食が単調だったな。気をつけよう」
「今後は、船瀬にやらせましょう。こいつ、その辺りは得意そうですし」
隣で聞いていた船瀬の肩が跳ねる。
「じ、自分スかぁ!?」
「お前は楽しすぎだからな。ちょうど良いだろう」
「隊長、最近副隊長の風当たりが強いんスけど」
「期待されているのだろう。私も、悪くない、と思っている」
「そうなんスか、副隊長?」
「まあ、いつ消えても良いぐらいには、期待している」
「そ、そんなぁ…」
先輩が、黙って自分を見ていた。
答えないことで、それに答えた。




