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particle6:心に、翼を(1)

 椅子から立ち上がり、伸びをする。

「ふーっ、一時はどうなるかと思ったけど、皆無事で良かったあ。藍ちゃんも新しい戦力になってくれそうだし、いやあ、良いことづくしだねえ」

 はるちゃんが撃たれた時、咄嗟に飛び出そうとした。

「あの子達が帰ってきたら、皆で飲みにいこ、ゆかりん。良いお店知ってる?」

「静さんの店なんてどう? あそこなら、お酒以外のメニューも充実しているし」

「そいつぁ、グッドですよー」

 この幼馴染が止めてくれなかったら、私は冷静でいられなかっただろう。

 歯がゆかった。本来ならば、その場で指揮を取りたい。だが、戦闘しながらの指揮では、大局から指示を出すのはどうしても出しづらくなる。見落とすこともまた、多いはずだった。

「喜平次さんは落ち着いた?」

 変身や能力に対して、喜平次さんの興奮は凄まじい。学者の血が暴走しているのは、傍で見ていいかげん良くわかった。

「いえ、まだ。多分、研究室に籠って今回のデータの検証をしてると思う。私も、緊急の事態に備えて待機しておくわ」

「なんだよお、ゆかりんも一緒に行こうぜ」

 腕を握って左右に揺らす。幼馴染は、意に解した風でもない。

「私のことは気にしないで、小春さん達と楽しんで来たら? あなたはあの子達の指揮官なんだし」

「はいはい、わかりましたよう。…あれ?」

「? 美奈、どうかしたの?」

「ん、これ、このモニター」

 入口のカメラに、見ただけで優雅なお嬢様然とした女の子と、おそらくお付の者だろうか、燕尾服を着たご老人が立っている。

「大変。私、喜平次さんを呼んでくる」

「このお嬢様は?」

「この研究所を持つ企業の親会社の社長の娘さんよ。秋白鈴花さんといって、小春さん達の学校の同級生でもあるわ」

「なんでまたその社長の娘さんが。ウチに何の用なのかねえ」

「今日、社長が査察に来る予定だったの。戦闘でドタバタしていて、連絡が取れないでいたんだけど」

「あー、うん、なんとなく大体わかった。ゆかりんは早く喜平次さんのとこ行ってあげて。私が応対してくる」

「決して無下に対応しないでね。ほとんどの資金出しているの、あの子のお父さんだから」

「合点だ!」

 入口を開け、ロビーへと急ぐ。

 ロビーには、先に二人がきていた。

「お待たせいたしました。私は西織美奈と申します。この研究所に所属する職員であります」

 挨拶すると、燕尾服を着た柔和だが厳格そうなご老人が会釈してきた。

「これはご丁寧に。わたくし、瀬山、と申します。こちらは、秋白鈴花様」

「秋白鈴花です。お見知りおきを」

 そう言って、目の前の女の子が優雅に微笑みながら、お辞儀をする。

 手入れに小一時間かかりそうな、長く、一部後ろでまとめられた、しなやかな直線を持った髪。各パーツ、そしてその配置が正解としか思えないように整った顔立ち。キュッと引き締まったお腹から、すらりと伸びた二本の脚。

 うん、この娘、本物のお嬢様だ。

「こ、こほん。大体の事情は、ゆかりから聞きました。すみません、急な要件が入り、ご連絡も出来ず」

 渋く優しい声が返ってくる。

「いえいえ、お気になさらず。今日鈴花様が参りましたのは、お父上の名代として視察にお越しに来られたのです」

「そう言ってもらえると、助かります。少しお待ちください。もうすぐ担当の者も参りますので」

 誰かが駆けてくる音が聞こえた。

「これはこれは。こんな何もないところにようこそ。私がこの研究所の所長の桑屋喜平次です。視察でしたか、さあ、どうぞこちらに」

「喜平次様自らご案内をしてくださるのですかな?」

「もちろんですとも。鈴花さんにも、わが研究所の研究の素晴らしさを知っていただきますぞ。はっはっは」

「ただいま~!!」

「はっはっはああッ!?」

 元気よくロビーに入ってきたはるちゃんと眼が合う。

「あ」

 はるちゃん、さすがにこのタイミングはマズイって。

「あ、あれ…? 二人とも、どうしたの?」

「? どうかした、小春ちゃん?」

 はるちゃんの後ろから、あいちゃんがひょこっと顔を出す。

「あ、あなたは、ハンカチをくれた…!?」

「あら、確か、藍さん、でしたわよね。それに、貴方は小春さん、だったかしら。どうして、貴方がたがここにおられるのですか?」

「え、えーとね、ほら若いうちって色々経験した方が良いって言うじゃない! だから、はるちゃんとあいちゃんには、ウチの研究所の見学をしてもらってたってわけなのよ。うん、そう。し、社会見学ってヤツ? ははは、いやあ全く、はるちゃんもあいちゃんも大真面目さんなんだから♪」

 大声かつ早口で捲し立てる。

「はるちゃんと、あいちゃん…?」

 ああ。

 やっぱ、そこ、気になるよねえ。

「いやあ、二人とも親しみやすくてさ。お姉さん、うっかり渾名で読んじゃった♪」

「ですけれど、先ほど小春さんは、『ただいま』とおっしゃられました。ただいまと言うのは、多くの場合、親しみのある場所、例えば家に帰った時の言う言葉です。ただ見学に来ただけなのに、ただいまなどと言うでしょうか」

 ヤバい。

 この子、案外するどいぞ。

「すみません。秋白さん、瀬山さん。今日のところは、どうかお引き取り願えないでしょうか?」

 後ろから、ゆかりんの声。

 天使来たッ!

「連絡も取れず、誠に申し訳なく思っています。今回のことは全て、近いうちに社長と鈴花さんにお話ししたいと思っておりますので」

 瀬山さんが鈴花さんに目配せする。鈴花さんは、気にした風でもない。

「わかりました。それならば、明日、皆さんをわたくしの家にご招待致しましょう」

 おっと。

 これは意外な展開。

「私だけでも結構なのですが」

「ちょうど明日はお父様も家におりますし、それに…」

 鈴花さんが、はるちゃんとあいちゃんの方に笑みを向けた。

「せっかくですから、わたくし、お二人ともお話ししてみたいんですの。よろしいですか?」

「…わかりました。では、明日、主要な研究員と小春さんと藍さんとで、鈴花さんの家にお邪魔致します」

 うん、私もこれは断れないな。

「楽しみにしておりますわ。それでは、ごきげんよう」

 優雅にお辞儀をして、鈴鹿さんがロビーから出ていく。あとをぴったり半歩半、右後方を瀬山さんが続いた。

「えーと、なんか、ごめんなさい」

 はるちゃんが頭を下げた。その頭を撫でる。

「はるちゃんは気にしなくていいよん。なに、ちょっとばかし間が悪かっただけのことなんだから」

「しかし、どうしたものかな」

 喜平次さんが難しい顔をする。

「本当のことを言いますか?」

 ゆかりんが、喜平次さんに問うた。

「表面的には隠し通さなければならん。だが、先方が理解のあるようであれば、話した方がこちらとしてもこれから先、色々と有利だろうな」

「わかりました。それでは、明日まで、その辺りを色々考えておきます」

「うむ、頼んだぞ、ゆかり君」

 どうやら、私の幼馴染はまた徹夜のようだ。

「ゆかりん、手伝おうか?」

「大丈夫よ。美奈は小春さん達を連れて出かけるのでしょ。早く行かないと、お店が閉まってしまうわ」

「おみやげはシフォンケーキで良い?」

 私もゆかりんも大好きな、喫茶静の看板メニューだ。

「ありがと。ほら、早く行って」

「よおし、じゃあはるちゃんあいちゃん、そしてそこの物陰に隠れてるひーちゃん!」

 びしっと、指を差す。

「やはり、バレていましたか」

 ロビーの柱の影から、ひーちゃんが姿を現した。

「ふっふっふ。私の眼をごまかそうなんて、一年早いわよ?」

「い、意外と早いんですね…」

「面倒な事態だったようなので、身を隠していたのですが」

「何か食べに行くんですよねッ! くぅ~、楽しみだなあ~ッ!」

「食べ過ぎは駄目だよ、小春ちゃん」

「お付き合いいたします」

「よっしゃあああぁぁ~、行っくぞおぉぉぉ~!!」



「…と、いうわけで、私達は人類に敵対する機関と秘密裏に戦っているのです」

「なるほどな。それならば、何故、君達の研究所に関するリークが私になされたのかがわかるな。そういう事情があったのか」

「はい。今回の視察は、そのことを確認しに来られたのでしょうか?」

「その通りだ。だが。ふむ…」

 隣で、ゆかりさんの説明を聞いていたお父様が、考えるような表情をする。それを見て、研究所の職員全員が息を飲むのがわかった。

「どうなされるんですか、お父様?」

「少し、考えなければな」

「では、信じていただけるのですね?」

「それほどすぐ信じられない話であるというのは、君達は知っているように見えるが?」

「すみません」

「少し、時間をくれ。確証が欲しいのだ、私は」

 そう言って、悩んだ表情をするお父様。だけど、あたしは知っている。

 今の顔は、一見悩んでいるようで、この状況を最高に楽しんでいる表情だ。本当なら、今にも笑い出したいのだろう。バカげた話にではない。それが実際本当だったらの、もっとバカげた状況にだ。生まれてきてからずっとお父様の傍にいたのだ。それぐらいはすぐわかる。というか、あたしも同じなのだ。こうした、一見バカげたことが大好きで、多分、それはお父様ゆずりなのだろう。それを自分でも好ましくも思っていたし、今のお父様と私たちの暮らしがあるのも、ある種この性癖とでも呼べるものの賜物なのかもしれない。

「しかし、話を聞いて良かったと思う。事前に、人払いをしたのも」

 二十人ほどが入る応接間、普段は会議などの使用される部屋だが、そこにはお父様とあたしと昨日の研究所の関係者しかいない。その関係者達は今、父親の顔を見ながら、皆心配そうな顔をしている。

 突如、ドアが二回、やや大きい音でノックする音が聞こえた。

「あなた、お茶をお持ちしましたわ。お話も結構ですけれど、ちゃんとお客様をおもてなししなくては。鈴花さん、貴方も手伝いなさい」

 ちっ。

「…はい、喜んでお手伝いいたしますわ、お母様」

 席を立ち、銘々のグラスに麦茶を注いでいく。アイツは、少し媚びた笑顔でグラスを注いで回っていた。

「しかし、あなた、よろしいのですか?」

「ん? 良いとは?」

「だって、大事なお話なのでしょう。それなのに、鈴花さんを同席させて。桜さんの方がよろしかったんじゃありませんか?」

「鈴花ももう大人だ。家に来た客の応対も出来ないでどうする」

「失礼いたしました。それでは、皆様、ゆっくりくつろいでいって下さいね? 鈴花さんも、粗相のないように」

「はい、もちろんですわ」

 アイツが応接室から出ていく。部屋はまた重苦しい空気が支配する。

 ふん。

 蚊に刺されてくたばれ。

(コレ、どうなるのかしら?)

「!?」

 何、この声?

(わたくしには全く読めませぬな。それにしてもフェルミ殿、ゆかり殿に我々は静かにしているように言われていたような気がするのですが)

(話すなとは言ってないじゃない。それに、黙って聞いているのも暇でしょう?)

(しかしですね、ここにいる皆に聞こえているわけですから)

 気のせいだろうか。

「…」

 首を動かさず目線だけを左右にわずかに動かし、声のした方をちらりと見る。

 小春と藍。小春は苦笑いしながら、藍はいたたまれないように体を小さくして俯いている。

 でも、さっき聞いたのはこの二人の声じゃない。女性の声だが、明らかに全く別人の声だ。一人は何か大人がいたずらっ子になったような声で、もう一人はいかにも生真面目そうな声だった。

 二人に視線をむけていると、また声が聞こえた。

(もしかして貴方、聞こえているの?)

「!?」

 やっぱり、気のせいじゃない。

「お父様、何か声が聞こえませんか?」

「えっ!?」

 研究所の職員全員が驚くのがわかった。

 同時に、お父様が、悩みながらも何か面白いものを見るような目で私を見る。

「私には聞こえないが。鈴花には聞こえるのか?」

「はい。その声は、小春さんと藍さんから聞こえます。教えていただけませんか? この声が何なのかを」

 そう。こんな声を、あたしは幼い時からよく聞いていた。

 誰もが馬鹿にして、瀬山とお父様しか信じてはくれなかったけど、確かに、こんな声をあたしはよく知っている。

「ええと、これは…」

(小春、私から話すわ)

「そ、そう? じゃあ頼むねフェルミ」

 そう言うと小春は自分がつけていた腕輪を外して、私達の目の前の机に置く。

「この腕輪が…」

(はじめまして、私はフェルミ。さっきゆかりが話した異邦人の一人よ)

「はじめまして。フェルミさん」

「…やはり、私には何も聞こえないな」

 お父様が、心底悔しいという表情をする。こういうところは、案外隠さない父だった。

(あら、結構平然としているのね。私達に初めて会った人は、大抵混乱しているものだけれど)

「貴方のような方を、わたくしは知っておりますから」

「!?」

 喜平次さんが思わず立ち上がっていた。他の人々も、一応に驚いている。

 何か、とてつもなく心地良い。

「なるほど。それは鈴花、お前が昔よく私に言っていた『宝石の隣人』というヤツかね?」

「ええ、そうですわ」

 お父様と私が呑気に話している横で、隣はざわついていた。

「ほ、本当ですかっ! ならば、その宝石の隣人とやらは!?」

「喜平次さん、落ち着いて下さい」

「ええいっ、ゆかり君、これが落ち着いていられるかっ! それで、その宝石の隣人とやらはどこに!?」

「捨てました」

 喜平次さんが、がっくりと肩を落とす。

「ふふ、ごめんなさい。ほんの冗談ですわ」

 興奮している人間を見ると、つい無駄にからかってしまいたくなる。

「なら、それはどこに!?」

「わたくしの部屋のクローゼットに、今もちゃんと保管しておりますわ」

「な、ならば、今すぐ見せて頂けないでしょうか?」

 喜平次さんは眼を燦爛と輝かせて、こちらを見ている。

 正直、この情熱がどこから来るのかよくわからない。

「わかりましたわ。それでは、ただいまお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」

 そう言って、部屋を出た。アイツの嫌味で少しブルーになった気分も、今やすっかりなくなっている。

「何時ぶりなのかしら?」

 ルーオと話すの。半年ぐらいぶりだったか。

「あ、何かアイツのこと考えたら頭痛くなってきた」

 ルーオと出会ったのは、あたしが物心ついてすぐのことだ。

 いつものように庭で瀬山を撒いて遊んでいると、何故か芝生の上に知らない首飾りがあった。幼かったあたしはその首輪についている白色の宝石がすごくきれいに見えて、それと同時に、この首飾りはあのクソ女のものだと思って、絶対自分のものにしてやると思った。

 そんな時だ。

 ルーオの声なき声が聞こえたのは。

 その首飾りを家族に気づかれないように部屋に持ち帰ったあたしは、それからというもの、毎日ルーオと色んな話をした。半分は他愛もない話で、もう半分は家族の話、主に悪口。お父様は本当に素晴らしくて、お姉様のことは人一倍意識してるけどあんまり悪く言えない、あの女にまた嫌味を言われたとか、そんな話だった。

ルーオと話すのが楽しくて、ふとある時、ルーオのことを家族の前で話してしまったのだ。幼かったからかもしれない。自分にしかない特別感や優越感、そんな気持ちからつい話してしまったのだろう。

お父様は興味深く聞いてくれた。そういう変なことが好きな父でもあった。

 お姉様は、微笑みながらも決してけなしはしなかった。それでも、そんな余裕な雰囲気が、あたしの心をイライラさせた。

 問題は、あの女だった。その話を聞いた途端、困惑し、しかし、眼の底に喜びをたたえ、あたしを精神科の病院に入院させたのだ。すぐ退院できたから良かったものの、それ以来、父と瀬山以外にこの話はしないようにしていたし、あたし自身もそんなことがあって、友達や勉強や習い事でルーオと話す時間もなくなっていき、徐々にあまり話さないようになっていった。

 そして、最近は…。

「…来たげたわよ」

 クローゼットを開ける。前見た時と変わらず、白い大きな宝石のついた首飾りがそこにはあった。

(鈴花ッ!? やったッ! 鈴花を妄想してたら本物が来たッ!! メイン鈴花キタッ!?)

「なんであんた最後疑問形なのよ…」

 これである。

 そう、ルーオはあたしと話す時間が減るのと反比例するようにして、どんどんなんというか、変態になっていった。

 最近では、頭を抱える程に。

 それで、最近はあんまりコイツと話していない。

 頭痛くなるから。

(鈴花ッ、鈴花ッ、鈴花ッ、鈴花アッー!!)

「うるせえ話があるんだ少し黙れ」

(あああぁぁぁんッ!! この感じ、ひ・さ・し・ぶ・りッ!!)

「砕くわよ?」

(!? それは許してッ。どうか、どうか鈴花サマッ!」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あんたみたいなの、何人もいるわけ?」

(うん)

「うん、じゃねえよ! どうしてそういう大事なこと言わないの!」

 首かざりを持ち思い切りテーブルに向かって振りかぶる。

(や、マジ止めてッ! ごめん、だってそれ言っちゃったら鈴花傷つくと思って)

「なんであたしが傷つくと思ったのよ?」

(それは、あなたの心の中に聞くべきよ)

「…ふんっ。とにかく、あんたのお仲間が来たから、あんた紹介しに行くから」

(ねえねえ鈴花鈴花)

「今度は何よ?」

(もう来てる)

「…へ?」

 振り向くと、お父様と研究所の一団が私の開けっ放しにしていたドアからこちらを見ていた。

「もしかして、結構前から…?」

 小春が苦笑しながら言う。

「ごめんなさい。聞くつもりじゃなかったんだけど。砕くわよ?、の辺りから」

「それ結構最初の方じゃない!?」

 皆、驚いたり苦笑したりしていた。お父様は無表情だが、あれは絶対心の奥で面白がっている顔だ。

「それが、宝石の隣人ですかッ!?」

 喜平次さんが顔を寄せてくる。

「こ、こほん。そ、そうですわ。名前は、ルーオ。ほら、ルーオ、あいさつしなさい」

(こんにちは、今日はいい天気ですね。私、久しぶりに鈴花から外に解放されたので、陽の光が眩しいです)

「おいちゃんとあいさつしろ? …こほん、ちゃんとあいさつされた方がよろしいのではなくて?」

(初めまして、私はルーオ。鈴花とは鈴花がまだおねしょしていたころからの付き合いです。鈴花ったらおねしょして叱られるとよく私をベッドに連れ込んで、ぎゅっと抱きしめるんですがそれがもう幸せで幸せで…)

「喜平次さん」

「はい、な、なんでしょう?」

 喜平次さんの手に、首飾りを渡す。

「コレ、差し上げますわ」

「よ、よろしいのですかッ!?」

(す、鈴花ッ!?)

「ええ。もうわたくしには必要のないものですもの。察するに、これは貴方がたの戦いに必要不可欠なもの、そうですわね?」

「それは、確かにそうですが、ですが、本当によろしいのですか?」

「もちろんですわ。こういうものは、必要なところにあるべきもの。それは、わたくしのところではありませんから」

(鈴花、ごめんなさい! 謝る、謝るから! だから…)

「あんたも、あたしのクローゼットの中に閉じ込められたままじゃ嫌でしょ。あたしもあんたの扱いに困ってたし、ちょうどいいのよ」

(私が大事なことを言わなかったから? でも、わたしもそんなのやる気なかったし、何より、鈴花がやりたくないだろうって思ったから)

「そんなことは、気にしなくていいのよ。これまでありがとねルーオ。長い付き合いだったけど、いい加減そろそろ、お互い別々に生きた方が良いのよ。あたしもいい加減、あんたから卒業しないと。あんたも、あたしから卒業しなさい」

(鈴花ぁ…)

「それ、持っていって頂けますか? お父様も、これでわかったはずです。わたくしにも声なき声が聞こえ、そしてこの方達はその声なき声と共に戦っている」

「そうだな。お前がそこまで言うのなら、信じよう。皆も、研究所のことなら、心配しなくてもいいぞ」

「! 本当ですかッ! 良かった!」

 喜平次さんが満面の笑みでお父様と固く握手する。

「ッ、鈴花さんは、本当にこれで良いの? ルーオさんとは、鈴花さんが小さいころからの友達なんだよね。本当に、私達にルーオさんを渡してもいいの?」

 小春が、絞り出すように声を出していた。

「良いも何も、それはそうするべきですわ。貴方がたは今、少しでも戦力が欲しいはず。そそ一翼をルーオが担えるというのなら、喜んで私はルーオを差し出しましょう」

「なら、鈴花さんも私達と一緒に戦ってください!」

「え?」

「だって、鈴花さんはルーオさんと友達で、ルーオさんの声が聞こえる。なら、変身して闘うこともきっと出来るはず! だから、私達と仲間になって下さい!」

「それは出来ませんわ」

「!? どうしてですか?」

「わたくしは秋白家の次女。次女と言えど、わたくしには家督のためにはやらなければならないことがたくさんあるのです。だから、貴方がたの活動に参加することは出来ませんの」

 お父様が、あたしを見ていた。内心汗をかきながら、その眼から顔を背けた。

「帰って頂けますか。貴方がたの用件は、もう済んだはずです。瀬山」

 執事を呼ぶ。どこにいたのか、すぐに瀬山はやってきた。

「はい」

「お客様をお送りなさい」

「かしこまりました、お嬢様」

「ッ、鈴花さんッ!!」

(鈴花あぁぁー!)

 小春たちが瀬山に連れられて、部屋を出て行った。

 残ったのは、お父様とあたしだけ。

「…」

 嘘は、言っていないはずだ。でも、本当のことも、言ってはいない。

「鈴花」

「はい」

「俺は、悔いとか反省とか言う言葉が、大嫌いだ」

「…わたくしもですわ」

「そうか、なら良い」

 少し微笑みながら、お父様があたしの部屋から出ていく。

「…ふん、だッ!!」

 開けっ放しのクローゼットを、一度、思い切りぶん殴った。


鈴花が登場。ルーオと共に元気のある子です。しばらくは鈴花加入回が続きます。

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