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particle5:秘めた、決意で

「いやあああああああぁッ、小春ちゃああああんッ!!」

 叫んでいた。馬鹿みたいに、ただ、叫んでいた。

 動かない両腕。目の前に横たわる、小春ちゃんの姿。

 お腹からは出血が止まらず、すでに血だまりが出来ている。背中が上下に大きく波打ち、必死に呼吸しているのがわかる。それでも、このまま放置すれば、間違いなく待っているのは死だ。

 どうして?

 いつも。

 いつもいつもいつも。

 わたしは、小春ちゃんに助けられてばかりなんだ。

 どうして。

 わたしってヤツは、こんな風に小春ちゃんの足手まといにしかなれないんだッ…!

「離して、離せえぇぇぇッッ!!」

 目の前にいる男。小春ちゃんに向けて指を構えている。

「安心しな、コイツの頭を撃ち抜いたら、次はアンタの番だからよぉッ。ひゃはははははッ!!」

「止めろおおおおッッ!!」

 恨むべきはこの男。憎むべきはわたし自身の弱さ。

 小春ちゃんのためなら。

 わたしはなんだって出来るのにッ!

(…どの)

「?」

 声?

 でも、何か変だ。

 直接、頭に響いてくるような。

(…藍殿ッ!)

「!? 誰!?」

 周りを見回す。小春ちゃんを狙う男と、その部下達。それ以外に、目立った人はいない。

(ようやく聞いて頂けましたか。いえ、なかなか声をかけられなかったわたくしに大いなる非があるのですが)

 声の方向。抑えられた右手にはめられた指輪。

「もしかして、指輪さん?」

(はい。わたくし、そうですね、クォとでも呼んで頂ければ、幸福なことこの上無いのですが。とりあえず、自己紹介はまた後に。今は、この状況をなんとか致しましょう)

「小春ちゃんを、助けて下さいッ!」

(それは、出来ませぬ)

「どうしてですかッ!?」

(いえ、失礼いたしました。わたくしの力だけでは、この状況の打開することは出来ないのです。藍殿、あなたのお力が必要なのです)

「わたしの? わたしに、そんな力は…」

(ございます。無ければ、まかり間違っても、結び地蔵からわたくしを取ることは出来なかったはず。藍殿には、小春殿を救う力がある。それは、他の誰よりも)

 もし。

「もし、わたしにそんな力があるなら、わたしはそれに賭けてみたい。わたし自身の、力に」

(あいわかりました。なれば、わたくしのパートナーになって頂けるでしょうか?)

「わたしの方こそ、よろしくお願いします」

(今、隙を作ります。その一瞬に、体を左に半回転させながら、『スピン』とお叫び下さい)

「わかりました」

 混乱していたが、やるしかない。今まさに、小春ちゃんが殺されようとしているのだ。

 そんなことは、絶対にさせないッ!

(参ります!)

「はいッ!」

「ん、なんだアンタ、さっきから何をごちゃごちゃと…!?」

 指輪からほとばしる、一瞬の閃光。

「ぐっ!? なんだッ!?」

 押さえつけられていた腕の力が弱まる。その一瞬を突き、束縛からすり抜けた。

「今ッ!」

 少し眼が眩んだが、気にしない。左足を軸に、左に半回転。

「スピン!」

 瞬間、蒼き閃光が体を包む。服が目の前で溶け、新しいものへと作り変えられている。

 小春ちゃんと、同じなんだッ…。

 どうしようもなく、それが嬉しい。

 蒼い光子が大気に溶け、現れたのは―、

「わああっ、素敵ですッ!」

 中世の西洋騎士を思わせるような、武骨な銀の鎧。その下には、高貴なお姫様が着る、薄青色のふわやかなドレス。

(藍殿の、守られていた過去の自分と、守り抜く決意を秘めた未来の自分、過去と未来を着こなす、ただ今の藍殿自身。僭越ながら、わたくしが用意させて頂きました)

「ありがとうございます、クォさんッ!!」

(さあ、喜んでいる暇はありませぬ、反撃開始ですッ!)

「はいッ! あ、でも、具体的にどうすればいいんですか? わたし、お世辞にも運動が得意という方では…」

(ご安心下さい。わたくしの力は、粒子同士を結びつける力。ただ、藍殿のイメージを手に集め、解き放てば良いのです)

「コイツは驚いた、まさか土壇場で敵がもう一人増えるなんてなあ。いいぜいいぜえ、燃えるぜ燃えてくるぜこういうのッ!」

 目の前の男。小春ちゃんに向けられた指が、こちらに向く。

 あの空気をはらんだ弾が、来るッ!

「お願いッ!」

 次の瞬間、体が後ろに飛ぶ。

「へえ、俺の風をはじく盾か。面白れえええッ! そうこなくっちゃああああなあッ!」

「くっ! …でも、出来たッ!」

 両手には、巨大な盾。それで、あの風弾は防げた。

「ククク、でも、どこまで防げるかなあぁぁッ!」

 続けて風弾が来る。

「くっ! …よしッ!」

 今度は、吹き飛ばされずに攻撃を弾けた。

(その調子です、藍殿!)

 こんなところでぐずぐずしてる場合じゃあない。

 小春ちゃんは、今死にかかっているんだ。

 風弾の攻撃を防ぎながら、じりじりと小春ちゃんに接近する。

「小春ちゃん! 小春ちゃんッ!」

 後ろに小春ちゃんをかばいながら、話しかける。反応は無い。

「ちっ! 埒があかねえ、こいつで、ジ・エンドだッ!!」

 男。明らかに力を込める姿勢に入っている。

 次を防げなけば、小春ちゃんもろともミンチだ。

「させないッ!」

 盾を投げ捨て、両手を地面に着く。

「ちいッ!!」

 わたしと小春ちゃんの周囲の地面が盛り上がり、四メートルほどの土壁が出来上がる。おそらく、あの男の攻撃だろう。一瞬土壁が震えたが、しばらくは大丈夫そうだ。

「小春ちゃん、小春ちゃんッ!!」

 少し体を揺すって、話しかける。

「あ…い、ちゃん?」

「そうだよ。良かった、わたしがわかるんだね?」

「…ご…めんね」

 小春ちゃんが咳き込み、口から血を噴き出した。

「ううん、謝るのは私の方。また、小春ちゃんに迷惑かけちゃったから」

「私も、…ね」

「うん」

「藍ちゃん…が、ね。…私、に…迷惑かけてくれること、…大好きなんだよ?」

「小春ちゃん…」

「でも、…ごめん、…なさい。藍ちゃん、の、迷惑…、嬉しいけ、ど…、もう…、受け止められそうに…、ないんだ…」

「そんなことないッ! そんなこと、言わないでよう…。 小春ちゃんはいつだってわたしの王子様でッ! 決して諦めることのない、わたしの太陽なんだッ!」

「泣か、ないで、…藍、ちゃん」

「だから、だからね」

 涙を拭い、小春ちゃんの体の傍に屈む。

「今度はわたしに、あなたを守らせて」

 意識を集中。

 思うは、無二の人。

 刻むは、わたしの想い。

「両手に秘めるッ、秘色ひしょくの波動ッ! セルリアン・カウテラーレッ(蒼質の防撃)!!」

 蒼い粒子を纏った両手をそっと、小春ちゃんに押し当てる。瞬間、小春ちゃんが蒼い光に包まれ、そして、その光が、晴れた。

「あ、あれ? 傷、治ってる! これ、藍ちゃんがしてくれたの!?」

「小春ちゃん、小春ちゃああああぁんッ!!」

「あ、あはは、藍ちゃん、落ち着いて、ね?」

「良かった、良かったああああッ!」

 出来る、と思った。

 出来ないとは、考えなかった。

 でも、実際に出来てしまうと、どうしようもなく、わけがわからなくなった。

 ただ、小春ちゃんを強く、抱きしめる。

「ありがとう。本当に、ありがとう!!」

「うん。うんッ!」

(あー、こほん。お邪魔なことは重々承知しておりますが、藍殿)

「あ! あなたももしかして、フェルミと同じ―」

(はい。クォとお呼びくださいませ、小春殿)

(あらクォ。貴方も来ていたのね。というか、貴方が力が貸すなんて、珍しいこともあるものだわ)

「クォさんを知っているんですか、フェルミさん?」

(会ったことはないけれど。私たちは一応、全員が全員を知っているから。偏屈な貴方が力を貸すなんて、藍、やっぱり貴方には適性があったのね)

「ずっと、自分に力なんて無いんだと、そう思っていました。でも、違った。それをクォさんが教えてくれたんです」

(いえ、わたくしはただ、藍殿の背中を押しただけです。全ては、藍殿の秘めた力の致すところ)

(ふふ、二人とも、謙虚すぎるほど謙虚ね。改めて、小春のパートナーとしてお礼を言うわ。小春を二度も救ってくれて感謝します。これからよろしくね)

「はいッ!」

『いやあ、めでたいッ!!』

「!?」

 小春ちゃんのインカムが震える。

『あ、ごめんね、大きな声出しちゃって。いや、藍ちゃんが人質に取られた時はどうしようかと思って。それで、小春ちゃんも致命傷受けた時もどうしようかと思って。いや、本当に何も出来なくてごめんッ!』

 研究室で一度会ったことがある、美奈さんという人だった。

『あ、あと私のことは気軽にミーナ――』

『アルズブラウ、アルズブラウだッ! 藍君!』

『喜平次さん、落ち着いて下さい』

 ゆかりさんが喜平次さんに声を掛けている。

『あ、うるさいから一旦切るね。防御を解いたら、藍ちゃんは盾であの風弾をはじきつつあの男に向けて全速前進。小春ちゃんはその影で藍ちゃんに襲い掛かってくる敵を倒しつつ、タイミングを見て、あの男にトドメの一撃を叩きこむ。大筋はこんなところだから。二人なら、きっと大丈夫! では、健闘を祈るッ!』

 ブツという音を立てて、通信が切れる。

「行こう、藍ちゃん。私達の戦いの決着をつけに!」

 小春ちゃんから、手。

「…うんッ!」

 そっと、でも力強く、その手を握った。



 意外に、しぶとい。

 目の前の土の巨壁を見つめながら、そんなことを思った。

 上等だ。そうこなけりゃ、痛めつける甲斐も、殺しつくす甲斐もない。

 腕に力を込める。

 こいつで、ぶっ壊すッ!

 瞬間、土壁が粒子に還った。そこから、盾を構えた少女が、俺に向かって突進してくる。

 これだ。

「この時をッ、待ってたんだぜぇッ!」

 さっきの攻撃で、あの盾の耐久はおおよそ割れている。

 最大を込めた一撃。

「これなら、そのご自慢の盾も、こなっごなだッ!」

 指に集めた風。盾に向かって、思いっきり放出する。

「!? ちいぃっ!!」

 盾の目の前に庇うように出てきた拳の少女。何故か傷が回復している。その少女が、風の固まりに対して、拳を叩きつける。風の塊が光の塵になるが、同時に少女の右腕が千切れて飛んだ。

「この野郎ッ、特攻もいいところだぜッ!」

 だが、拳の少女の戦闘力は激減出来た。あの技は、拳からしか放てない。左手に気をつけれていれば、致命傷をもらうことはないのだ。

「インスタント回復なんて、やめてくれよ、なッ!」

 細かな風弾を盾の少女に飛ばす。部下も襲い掛かっているが、拳の少女のせいでなかなか近づけないでいる。

「大体わかってきたぞ、アンタ達の考えてることがッ!」

 盾の少女の前進。その後方から、隙を見計らった拳の少女の攻撃。

「そいつで決めようとしてるようだが、大きな誤算があるんだよォ」

 さっきの俺の攻撃で、拳の少女は負傷している。必殺の拳の技の威力は、負傷した痛みで十分な集中が得られず、俺への決定打にはなりえない。

 まず、拳の少女。その攻撃を受け、反撃で確実に殺す。見たところ、盾の少女の戦闘能力は、それほど高くない。拳の少女さえ殺してしまえば、盾の少女の撃破など、像が蟻を踏みつぶすより容易い。

 盾の少女が前進する。風弾を撃つのを止め、力を込める。盾は壊せないが、拳の少女の首ぐらいなら、これで跳ねることは出来る。

「ククク、来いッ!」

「小春ちゃん、今だよッ!」

 盾の少女の影から、拳の少女が飛び上がる。

 飛んだ。中空で赤い粒子を纏った左の拳をかわし、右手で、真空の刃を少女の首に叩きつける。一瞬の轟音と共に、拳の少女の首が血を吹きながら胴体から離れ、空へと舞い上がった。

「ぎゃははははは、無様なもんだなああッ!」

「小春ちゃん、今だッ!!」

「OK! じゃあ、いくよッ!」

「何ィッ!?」

 いつの間にか、拳の少女に背後を取られている。

 瞬間、全てを理解した。

 何故、一見、無謀にも見える特攻をしてきたのか。

 何故、少女の傷が回復していたのか。

 迂闊だった。

 全ての鍵は、盾の少女にあったのだ。

「さっきのアンタは、俺を誘い出すための、囮かあああッ!」

「そうだッ!! ちょっと複雑な気持ちだけど、藍ちゃんが、この一撃のために、生み出したんだッ! あなたを倒すッ、この一撃のためにッ!!」

「驚いたぜえェッ! だが、終わらねえッ!! 俺は、こんなところで終われねえんだッ!」

 殺し尽くすんだ。

 弱い奴らも、強い奴らも。

 そのためのッ!

「クソ力をッ!!」

 振り向きながら、瞬時に力を籠め、少女に放つ、風の弾丸ッ!

「ごめんなさい。でもぶっ倒すッ!! 両手に宿す、臙脂の波動ッ! ローズレッド、マーレモートォッッ(紅血の波撃)!!」」

 両手の掌底が、巨大な風の弾丸を弾きながら光に返していく。

「うおおおおッ!! くらええええッ!!」

 風の弾丸を突き抜けた両の手が俺へと襲い掛かってくるッ!

「させるかよォォッ!!」

 体をひねり、かわそうとする。

「!? なんだこれはァァッ!?」

 植物のツタ。それが、体に絡みついて身動きが取れない。ツタの根本。盾の少女が、蒼い粒子を放ちながら、花壇の植物に手を触れている。

「クソおおおおッ!!」

「うおおおおッ!!」

 少女の掌底が腹に叩きつけられた。痛みと共に、腹が勢いよく光を放ちはじめる。

「ちィッ!!」

 勢いからみるに、一貫の終わりといったところか。

 ならば。

「最後の一撃ィッ! くらええええッ!!」

 最後の風弾。

 盾の少女へ向かって、放つ。

「!? 危ないッ! 藍ちゃんッ!!」

 拳の少女のが、盾の少女に走る。

「クク、良いザマだぜ…」

 最後の一撃がどうなったか、もう少し見ていたいが、どうやらここまでのようだ。

「次は、殺し尽くしてやるぜぇ…」

 そこで、何かが途切れた。



「馬鹿ッ! 馬鹿ッ!」

「えへへ、ごめんね」

 負傷した小春ちゃんの体に手を当てながら、お説教中。

「危ないと思ったから、思わず」

 確かに危なかった。盾も無く、無防備だったのだ。

「あんな無茶しないでッ!」

(でも、小春に助けられて、嬉しいのよね?)

「なっ!? そ、そうですけどぉ…」

(なれば、ここは小春殿に素直にお礼をすべきではありませんか、藍殿? いやいや、何も言わずとも、このクォ、わかっております。藍殿がどれだけ小春殿を大切に思っているかは、わたくし、藍殿の傍にいて、重々承知しております。しかしながら、いくら仲良き間柄といえ、礼を失することは、藍殿に対する、小春殿の信頼を裏切ることになりましょう)

「わ。わかってますッ! あの、…小春ちゃん」

「うん」

「あ、ありがとう…」

「うんっ!」

(ふふ、藍は可愛いわね)

「フェルミさんッ!!」

(あらあら怖い怖い。ふふふ)

(フェルミ殿、あまり藍殿をからかわないで頂けますか? これでも、今はいっぱいいっぱいなのです。一度、小春殿を失うと考えた恐怖と、それが回避できた安堵。そのような感情が複雑に入り混じって…)

「クォさんもッ!!」

(おや、これは失礼致しました)

「藍ちゃん、私からも言わせて」

「え?」

「ありがとう。これからも、変わらずよろしくお願いします」

「わたしも、…こんなだけど。多分、これからもいっぱい、小春ちゃんに迷惑かけちゃうと思うけどッ!」

「うん」

「こんなわたしで良かったら、これからも、よろしくお願いしますッ!!」

『アルズブラウッ! 良かったッ!』

『あ、ごめん。間違えて電源入れちゃった。うん、こっちは気にしないで。はっちゃんも無事終わって戻ってきてるから、二人も、ゆっくり帰ってきてね~』

 ブツ、と通信が途切れた。

「…」

「…」

「…あははは」

「…ふふふ」

 思わず、笑い合う。

「帰ろう」

「うん」

 小春ちゃんの手を取って、歩き出す。

「クォさん」

 小声でそっと、話しかける。

(何の御用ですか、藍殿?)

「ううん。…ありがとうございます」

 大事な人を失うところだった。

 だから、お礼が言いたかっただけ。

(恐悦至極でございます)

 わたしのパートナーは、どうやらわたし以上に、照れ屋なようだった。



「ここが、今日、お父様が視察する予定だったはずの研究所なのかしら?」

「左様でございます、鈴花お嬢様」

「そう。では、参りましょう。お父様に、いい報告が出来ると良いのだけれど」

 歩き出す。瀬山が、半歩右後ろをぴったりと付いてくる。それをうっとしいと思わせることがないのが、幼少からの世話役であるこの老執事とあたしとの距離感なのか、それとも、瀬山の持つプロとしての技術なのか、よくわからなかった。


二話から続く藍加入回が終わりました。次の話から三人目の加入回です。

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