はじまりというなのしゅうかつ
あー。いろいろと書き直したい。
「でさ、なんで俺がここに捕まったわけ? 流石にホットドッグ作らせるためだけじゃないだろう?」
そう、フォブ子に聞くと彼女はキョトンとした顔で皿を突き出す。
「いや、それ以外になんの理由があるのだ? ホットドッグ。それは主にしか作れない品物なのであろ?」
「もう食材が無いわ。おい、どういうことだこれは」
そう、鳥さんに叫ぶと彼女は冷や汗をかきながら言葉をつむぐ。
「魔王様は世俗のことには大変疎くて」
「いや、疎いってレベルじゃないぞ。もしかしてあれか親御さんが厳しいってわけか」
「まあ、それに近いものではございますけれど、それらは少々事情がございまして」
「事情?」
「本来で、あればこの国の魔属は表の世界からの商人がまいりまして表の世界の食料を食することができるのですが、いかんせん魔王様がご就任された際に取り入ろうとする商人が多く」
「……それでもしかして全員おっぱらったのか? ……馬鹿?」
「返す言葉もございません」
「む!? 我を馬鹿にしたか?」
「お、お姉ちゃん。だめだよ今なんだか大事なお話なんだから」
「してない」
「しておりません」
「ならばいい」
「いいの!?」
そういうと、さらに残ったかけらを食べる魔王。
「だめだよお姉ちゃんみっともないよ」
「そう言って。食べる気なのだろう! その手には乗らぬよ妹よ」
「ち、違うから! お客さんの前でそんなことをしちゃだめなんだよ!」
……そういえば、キッチンに俺の分をひとつ残していたっけか。
「なあ、フォブ子」
「なんだ無礼者。この皿はやらぬぞ!」
「いや、いらないから。キッチンに俺の分のやつがあるけど」
「ほう、では私は少し急用を思い出した。妹よ付いて来い」
「え? え?」
不安げにこちらを見てくる妹。表情でさっさと行けと伝えるとこちらに軽く一礼してそのまま姉の後を追う。
「おう、行って来い」
そんな二人を見送り。それにしても、とつぶやいて。
「……威厳の欠片も無いな。まるで子供みたいだ」
「ええ、子供ですよ。まだ十六にも満たないのですから」
「ふうん。で、それを部外者に言ってもいいのか?」
むしろ、危害与える要素が大きい人物にこんなことをおしえてもいいのだろうか? そう考えていると、鳥さんはクスリと笑う。
「危険人物が、敵地のど真ん中で調理などしませんよ」
「取り入る罠かもしれないだろう?」
もっとも、そんなつもりは微塵も無いが。
「ええ、ですから商人は全員炭になりました」
「なるほど、そういう目はあるわけだ。けれど子供って訳ね」
微笑みながら鳥さんは、ため息をひとつ付いて。
「ええ、先代様は生まれて間もないお二人をそれはもう溺愛されておりましたが幼い頃に旅に出られてしまい、私がこれまで育ててまいりました」
「……それで? あんたらが俺に望むのは何だ?」
「はい。それに関してなのですが」
「さて、それに関しては我が話そう」
バタンと大きな音を立て魔王がこちらに歩み寄る。口の端にパンくずをつけて。
「魔王様」
「おかえりつまみ食い娘。俺のホットドッグはうまかったか?」
「た、食べてなどおらぬ。だ、だがそうだな。ねずみ共がお主のパンを食べていたがな」
「そうか」
フフンと偉そうにふんぞり返る彼女。その後ろで申し訳なさそうに妹がこちらを見ている。
「それで? フォブ子。俺を呼んだ理由を教えてくれないか?」
「何、この状況を見ればわかるであろう?」
「いや、全くいきなりホットドッグ作らされただけだからな俺」
「ふふんにぶちんめ。お前を雇うためだ」
「なんで俺?」
「この世界。日本の魔属であると言う事は聞いたな?」
「名前だけな」
「なに、名前だけで大体は理解できる。読んで字の如く魔の属する国それがここ。人々と隔離された我らの世界よ」
「隔離された?」
「そう、この世界と日本は繋がっているがその間の橋には厄介な代物があってな。我らのような魔の者は日本には行けぬのだ」
「いや、来てたじゃねえかお前。百円玉握り締めて駄菓子屋に行く子供ぐらいの元気さで」
「ふん。我らのようなものは別よ。あんなもの軽く炎で舐められる程度。多少不快なだけだ。だがな、いくら我らでも何度も何度もそんな気分を味わうのは不快なのだ」
「……ちょっと待て」
「なんだ?」
「お前今、お前らは日本には来れないって言ったよな」
「ああ、それがどうした」
「じゃあ、俺みたいな人間はこちらに来るとどうなる?」
「知れたこと、正常な人間は我らと同じように苦痛を味わうのさ」
「え、じゃあ俺帰れないじゃねえか」
「全く、何を言っているのだお前は、我は言ったはずだぞ。正常な人間はこちらにくるのは死ぬような苦痛を味わうと言っただけだ」
「じゃあ、俺は正常じゃないと?」
「それは自身が一番分かっているだろう? 狂人と自覚しているのであればな。そもそもあの橋は人間の感情を読み取る。それを持たぬものには炎を与えるなどをしてな」
「だが、そうだな。感情の一部が欠落、あるいは崩壊している人間であれば、橋は人でありながら人でないという結論を用いて危害を与えることが出来ぬのだよ」
「そりゃまた都合のいい解釈だな」
「だが、そのおかげで鳥やお主と出会えたのだ」
魔王の背後、従者は微笑を絶やすことなく一言、光栄ですと呟いた。
「さて、お主にはこの城で働いてもらいたい。コック兼魔王の部下として」
「えっ、お姉ちゃん、私初耳なんだけど!?」
突然驚いた妹さん。というかいたのか。
「居ましたよ! けどお姉ちゃん、お兄さんのほかのお仕事の都合とか」
「何心配は要らぬさ! 金ならいくらでもある!」
「だめだよお姉ちゃんそれは悪役の台詞だよ!」
「妹様少しこちらへ」
「鳥さん、ちょ、だめだよ。このままだと普通の人がひどい目に!」
「失礼いたします。では魔王様、ごゆっくりどうぞ」
「うむ。あとを頼むぞ」
そういうと、もがいてる妹と共に部屋の外へ追い出した。
「……家族の了承ぐらい取れよ」
「何、あいつも反対などしてないさ。それに喜んでいる」
「喜んでいるねえ」
「あの子が、初対面の男にお兄さんなんていうのはやはり、どこか似ているからなのかもしれんな」
「何が、誰に?」
そう聞くと彼女は微笑む。
「それを知るにはまだ好感度が足りぬよ。……さてそれじゃあタカヤス」
そういうと彼女の瞳の色が変わる。翡翠色から深く飲み込まれるような赤銅色に。
「魔族には弱点が多い。それを隠すために、我等は自分自身を隠す。だが、身内となれば別だ。我はタカヤス、お前を信用する」
そう、言うと彼女は笑う。その表情に俺は彼女ではない誰かの表情を思い出して。
「……なんで俺をそこまで信用するんだ?」
彼女は、一瞬驚いたような顔を見せ、逡巡したのち口を開く。
「なんでかな。懐かしいんだよ。タカヤスお前と話しているとどこかで父様の影がちらつくんだ」
「俺はお前の父親じゃないぞ」
「知っているさ。けれどタカヤスお前はさ優しいんだ。だって」
そう、こちらに体重を預けてくる。
「おい」
とっさに抱きしめてしまう俺。彼女の顔は押し付けられ、表情は伺えない。
「ほら、こういうとこだよ。タカヤス。お前は俺のわがままに付き合ってくれた。あのホットドッグ屋でお前を連れ去ったときもお前は抵抗なんて一切しなかった。ホットドッグを作ってくれと俺が言い出したときも、お前は作ってくれた」
「そんな短時間で、俺の何を知った風に言ってんだよ」
そう、強がることしか出来ない俺に、彼女はこちらを見上げながら震えるように呟く。
「短時間じゃあないさ。そう短時間なんかじゃ」
そう、語る彼女を俺は懐かしさを感じながらただ呆然と立ち尽くした。
『……貴方は優しい人だから。きっと何もかも背負って壊れてしまう』
「どうしたんだ?」
今はもう顔を思い出すこともできない誰かの顔と彼女の顔が重なる。
「……なんでもない」
ため息をついて彼女を引き離しため息を付いて。
「部下になるのはいい。だが、条件がある」
「なんだ」
「とりあえず、そのぐちゃぐちゃな一人称をどうにかしろ。私か俺か我かどれでもいいから」
「な、我の唯一のアイデンティティを消せというのか!?」
「それとさっきみたいな色仕掛けをやめろ。そんなことをしなくてもきちんと条件を出せばいいんだ」
「ふん。それぐらいでないと男の手綱を持つことは出来ぬと鳥が言っていたからな」
「入れ知恵かよ。で、これが一番重要な条件だ」
「なんだ? 今の我は機嫌が良いのでなそれなりに実現してやろう」
「とりあえずネット環境とPCと筐体ゲーム機とガチャガチャとパチスロ実機と小型冷蔵庫。それにキッチンに業務用冷蔵庫でさらに和包丁。あとついでにワインとかは嫌いなんだよビールおけビール」
「ちょ、ちょっとまて!」
「ついでに、本棚と」
「だから、待てというておろうに!!」
そう、涙目で叫ぶ魔王を見ながら自身のほしかったものを出せるだけ出しまくった結果。
三時間の協定の果てに、俺は魔王の部下になったのだった。
あー二ヶ月ぶり。なんでかしらんが途中でいきなり魔王が抱きついた。
すきなんかねタカヤス。俺もわからん。