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MerCurius  作者: 藤崎 成一
3/4

參 メルクリウスの日

問答無用に外に叩き出された俺は、散々迷った挙句に避難する事にした。

放っておくのはかなり気が引けたが、宇宙エレベーターの出入り口は内側から破壊された瓦礫で埋まってしまっており、どうやら退くしか道はなさそうだった。

数百メートル程外周に向かった辺りで、なんとクリーチャーに遭遇した俺は、周りにいた他のプレイヤーの話なんかからエレベーター内に発生したクリーチャー発生源が街の至る所に出現したことを知った。

(これじゃ逃げた意味がないじゃないか)

わざわざ一人だけを敵の群れに残してまで逃げ出した俺の決断は何だったのかと少し憤った。

また一方で、冷静な部分の頭は別のことに気を取られていた。

何故街の内部にクリーチャーが出現したのか。

街、と呼ばれる場所は幾つもあるが、公式が保証している通りその内部はセーフティエリアとして、危険な物は存在しないという常識があった。

その規範が今、進行形で破られている。クリーチャーは完全に油断した人々を襲い、街の中心部からその悲鳴の輪を広げていた。

しかも出て来たのは通常のクリーチャーとは違うダーク種。このゲームは別の星に生息する原生種の生き物をクリーチャーと呼び、倒すべき敵キャラにしている。しかしこのダーク種は特別で、彼らには母星が無く、宇宙を漂い他の星を侵略し破壊することで知られる凶暴な種だ。外見は虫のような物が多い。

何故そんなものが街に。

考えてもわからない、と頭を振って考えるのをやめた。

今は生き残るのが先だ。

と、大分外周が近くなってきた辺りで、どす黒い枝のような物で三百六十度を囲まれた檻のような物が見えた。

ダーク種は他のクリーチャーと違って色んな方法でプレイヤーを倒そうとする。

これもその一種で、ガーグと呼ばれる檻だ。プレイヤーを捕まえて閉じ込めて、その内側から袋叩きにしようとするいやらしいトラップだ。

目の前のガーグはどうやら結構大きな物で、中には十数人程の人影が見えた。

その中に見覚えのあるシルエットを見つけた。

ウィルさん。

近くにいって外側から声をかけてみる。

「おい! ウィルさん!」

「あ! さっきの人!」

覚えてくれていたようだ。

「急に走っていっちゃうからどうなっちゃったか心配でした……怪我は無いですか!?」

「ええ、大丈夫です、ちょっと引っかかれましたが」

「え、本当!? すぐ手当しなきゃ!」

「いや大丈夫ですって。それよりすいません、突っ走って行ったのに何もできませんでした」

「ええと……爆発の原因はわからなかったんだ。気にしないで、あなたのせいじゃ無い」

アシェも連れて帰れなかったし、奴の探し物も見つけることができなかった。一応フォローはしてくれているが、成功するに越したことはなかったろう。

俺は何とか茶を濁すことにした。

「いやそれよりもあんたをこの檻から出すのが先でしょ。じゃなきゃ何もできませんよ」

「えへ、そうでした」

ウィルさんはなんとなく話を合わせてくれた。

「あ、それよりも……」

何かを思い出したように言う。

「無理を承知でお願いがあるんです、二つだけ」

因みに彼女は只今戦闘の真っ最中だ。魔法が得意なのか、杖剣を振るいながら、ガーグから漏れ出し続ける敵を片っ端から薙ぎ払っている。

「お願い?」

大方予想はつくけど。

「ええと……言いにくいんですが、さっきのグレーの女の子、アシェを助けに行って欲しいのです」

やっぱり。

「彼女、多分私達の大切な物を探しに行ってるんだと思う。けど、それにはちゃんと護衛もいたし、何より彼女が心配なんです」

「成る程。僕に連れ戻してきて欲しいわけですか」

「はい。私は檻の中だし、ジャミングのせいで彼女の安否もわかりません。どうかお願いです。助けてあげて」

一振り、大きく杖剣を振るい、一段と大きな炎を展開してから、こちらに向き直り、檻越しに真摯な目を向ける彼女。

炎の壁を背にして、長いツインテールの栗色の髪が宙を泳いだ。

そして、彼女がL.I.G.を開いて少し操作すると、こちらのL.I.G.が反応した。

ワンタッチで開いてみると、L.I.G.の画面にチームの参加申込手続きの文面が表示された。

「これは?」

「彼女、目的を果たすまで帰って来ないかもしれません。ですから、もし良ければ手伝ってあげて欲しいんです。そしてそれにはチームメンバーである必要がある」

協力するなら入れと。

「一時的なものでもいい。終わったら退団しても構わない。でも、命の危険が伴います。恐らく、街の中央にはもっと敵が蔓延っている筈です」

この炎の中で、彼女の瞳は揺らいでいなかった。

ただ真剣な眼差し。

「それでも協力してくれるなら、その手続きを許諾してください」

改めてL.I.G.の画面を見る。

空中に浮かぶ立体映像のそれには、長い利用規約と許諾、拒否ボタンがあった。

俺は、迷わずに許諾のボタンを押した。

その結果を見た彼女は、ハッと煤のついた顔を上げて、

「え、えと……良いんですか」

「今更聞かないでくださいよ」

「だって……危ないですよ。他の人に頼もうとも思いましたが、中心部から逃げてきた人は皆この檻に目もくれずに逃げちゃうし」

「そんなことは関係ありませんよ。どうせ僕の命はまだ短い。それに元々無理矢理ここまで逃げさせられたんだ。人を助けに戻れと言われたら断る理由なんて無い。僕の個人的な欲です。僕は単純に、あのアシェとか言う女の子を放っておけないんですよ。あの女の子を助けたい」

それを聞いたウィルさんは納得してはいないみたいだが、頷いて確認したと言ってくれた。

「気をつけてください。あなたみたいな良い人は生き残らなきゃならない。毎日戦争が続いてますが、あなたは最後まで生き残らなきゃいけない。慎重に生きてください」

こちらも頷いて意思表示をする。

「檻を壊したら私もすぐに向かいます、それまで耐えてください」

「任せてください。僕、逃げ足は早いんですよね」

それだけ言って、『チーム入隊おめでとうございます』と表示されているL.I.G.を閉じ、エレベーターに向かった。



エレベーター内部はさっきよりも酷い状態だった。こうこうと光っていた照明は落ち、エスカレーターはガタガタに削れて、最早移動手段として成り立っていないし、吹き抜けの周りを縁取るようにある各フロアの廊下は所々崩落してしまっていた。

しかし吹き抜けが幸いして、一階のエントランスは端の方に瓦礫が山になっているくらいだった。

中心部分には相変わらず、羽の生えた恐竜の化石が立っていた。天井からワイヤーで吊るされているだけだと思うが、それでもまだこんなオブジェが生きているとは驚いた。

そんな化石を横目に、俺はフロアを駆け上った。すぐにでもアシェを見つけないと、この様子ではもう人のいられる場所ではなくなってきているし、危険どころの話じゃない。最悪、エレベーター全体とまではいかずとも下層の何回かは潰れるかもわからない。

エスカレーターは使い物にならないので、俺は仕方なく長い階段を飛び越えながら駆け上った。

四、五階登った辺りで、クリーチャーが行く手を塞ぎ始めた。

やはり、全てダーク種。

俺は無視してフロアを駆け上がる。倒しておきたいのは山々だけど、おそらくすぐには捌き切れない。

ちらっと見ただけだったが、このクリーチャーが出現したワームホールはかなりでかかった。そう簡単に打ち取れるはずはないのだ。まして、アシェも無視しただろうこの物量は流石に素人一人では無理だ。数の暴力という言葉のその通り、その量は圧倒的。戦うのはバカか極み付きの愚か者だ。

居所もわからないアシェを捜すのは骨が折れた。何せ、ただでさえだだっ広いエレベーター内部の地形が破壊により変わっている上に、この量のダーク種だ。避けながら進むだけでかなり体力を持ってかれる。

運良く四、五分程で、暗い室内でアシェの陰をちらっと見ることができた。廊下の角を折って走って行く姿をギリギリ下の階から見た。

全力で走り、フロアの階段を探す。もし近くに階段がなければ、アシェはまた遠くに行ってしまうが。

来た道を戻り、角を曲がった。その途端、目に良くない光景が広がっていた。

初めはよくわからなかったが、わらわらと蠢くその黒い絨毯は、呆れる程の虫。

これまで振り切って来たダーク種の連中が壁を這って追いついて来ていた。

「うおおッ!?」

咄嗟に槍を構えると、目の前に飛びかかってきていた一匹がそれに刺さった。

目の前に巨大なグロテスクな虫の顔が迫ってきて思わず俺は叫び出したくなったが、そこは堪えて虫を振りほどき、前を確認する。虫の群れは階段までずらっと並んでおり、到底辿り着けそうになかった。

曲がり角の手前、戻ってきた後ろを確認する。

アシェが飛び込んだ曲がり角に、大量にクリーチャーが這っていったのが見えた。

ーーーーやっべぇ!

このままだと二人とも死ぬ。間違いなく死ぬ!

更に運の悪い事に、上の階から地響きが聞こえてきた。どうやら上の階には大型の、つまり普通に手こずる奴までいるらしい。遠くからアシェの道まで走ってきている。

前に向き直り、虫の数を確認する。ざっと、千匹くらい。ふざけてんのか。

今度は上の天井を見てみる。そこまでは、約三メートル。ギリギリイケるだろうか?

否。迷っている場合ではない!

大型の足音を確認しながら、俺は後ろに駆け出した。虫まみれの道、つまり階段への道から離れる形だ。

大型が俺の真上に来るまであと少し……。

虫の大群は角を曲がり、俺を追いかけて来る。

大型の走るスピードは虫や俺より速く(俺は別に本気で走っているわけではない)、もうすぐ真上に来る。

あと三メートル。思い通りにいくだろうか。

あとニメートル。いや、信じろ、俺自信を。

あと一メートル。槍を握る手にありったけの力を集約させる。

地響きが丁度真上に来た。

「そこだァァーーーーーッ!!」

走りながら膝を折り、スライディングした。そのまま上体を反らして思い切り腕を真上に振り切る。

空気を切り裂く音がした。

ドヒュン!! と手元から消えた槍は一瞬のうちに天井に当たり、そのまま天井に食い込んで行き、やがて穴を穿った。元々ダメージを受けていた天井は脆かった。

やや前方に投げたため、目の前に瓦礫が降り注ぐ。あと少し手前だったら今頃下敷きだった。

頭上から降って来たのは瓦礫だけではなかった。噴水のような赤黒い液体と、激痛に哭く轟くような咆哮。

見上げると、崩壊した穴の一歩前に転ぶようにして、足の生えた黒い肉の塊みたいなものが横たわっていた。その短い五本の足のうち一本には、先程まで手元にあったニメートル程の槍。

ぼやぼやしていられなかった。後ろには千体の人喰い虫がいる。

瓦礫を階段にして上の階に上がり、化け物から槍を引き抜いた。またしても滝のような血。進行方向にそのでかい体があっては邪魔なので、思い切り跳んで大型の巨体に乗ると、頸動脈のある場所に槍を突き立てて、完全にとどめを刺した。そこでローリングし、クリーチャーの前に出る。鋭い牙の並ぶ大きな口が目に飛び込んで来たが、臆せずに地面に槍を突き立てる。

先程の崩落から、地面には蜘蛛の巣状にヒビが方々に走っており、予想以上にやすやすと破壊できた。

目の前にあった黒い塊は消え、下の階に落ちた。

足元まで壊れては格好つかないので槍を突き立てた段階で一目散に退いた。

虫の大群の一番前にいた奴らはごっそりと潰されていたらしく、気味の悪い断末魔が後ろからたくさん聞こえてきた。

耳を塞ぎたくなったが、今はアシェの所まで急ぐべき。

全力であのムカつく女を追いかけた。



アシェは困り果てていた。

暗い廊下を走りながら、目の前に飛び出す敵を掻っ捌く作業を延々と続けていると、本人にも何のために戦っているのか忘れそうになる時がある。

そしてすぐ、ハッとする。

自分は今、仲間の守りたいものを見つけなくてはならない。あの胡散臭い老人と。今の戦争や世界全てを脅かす、恐ろしい力の詰まったカプセルを。

思い出すと、取りこぼしそうになる剣を握る手にも力が湧いて来る。

こんな所で死ねるかっつーの。

アシェはひたすら走った。アバターの体力ゲージが減っていっても。ひたすらに走った。

アシェは知らなかった。後ろから迫る大量の足音を。

いや、薄々気づいてはいたはずだが、背負う責任と自負に誇りを持った彼女の前には悪条件なんて目に入るものではなかった。後ろから敵が来るなら走り続ければいい。そんな真っ当でない考え方をする彼女はきっと、焦っていた。

限界というものはやがてやって来る。足音の数がふっ、と少なくなっていたのに気づかなかったアシェには、曲がりくねっていた道が元の道と繋がっている円形状の廊下だと認識するのに大分時間を要した。

道の向こう側、緩やかな曲がり角の先が見えた彼女はゾッとした。背筋に冷たいものが走るのを、アシェはリアルに感じた。

前にも後ろにも虫の群れ、群れ、群れ。横道なんてない、一本道。別れ道はもっと先だったはず。

いわゆる、完全に包囲されている状態。『|詰み≪チェック・メイト≫』だった。

ボソッとアシェは呟いた。

「ここまでか……!」

そんな台詞吐きたくもないのに、アシェは、勝手に口をついて出る言葉に少し驚いた。

まだ終わりたくない。命乞いではない。仲間のために何も残せないのはダメだ、という考えから来る願いだった。

ジリジリと虫たちは迫って来る。アシェは私が何かして来ると構えているこのクリーチャー達は良くできたAIだ、なんて的外れなことを考えていた。

やや思考が状況から来るひどい緊張でおかしくなっているのかもしれない。

気付けばアバターは、酷く息を切らしていた。フーッ、フーッと追い詰められた猫のように息を吐いている。目にかかるくらいの前髪からは汗が滴り落ちた。

虫たちの足はすぐそこにまで迫っていた。

アシェは今更考えた。

この敵達は私を、襲って来る。

あの鋭利な顎で、牙で、鎌で。

自分の身体をバラバラにするために。

急に手元の剣が頼りなく思えてしまった。

(あぁ……私という人間はここで死ぬんだ)

考えるが速いか、そんなタイミングで、ちっとも合図をとったりしていないはずの虫たちは一斉に飛びかかってきた。

(ごめん、ボス)

なけなしの力で、目の前を剣で切り裂いた。

アシェは諦めていたが、望みは絶やさなかった、とこの男は考えた。

暫く目を瞑っていたアシェは、三瞬ほどの短い時間の後に恐る恐る目を開いた。

あれ、と思った。

目の前にいたのは虫でもなく。ましてや守るべき仲間やボスのちっこい姿でもなく。

自分よりやや高い身長の、赤いスーツのような装束の細身の男の背中。

背中の服の破れ目には見覚えがある。

確か引っ掻かれた時にこんな感じの穴が空いてた。

その。

その背中は。

「……間に合って良かった」

「お前……」

先程の、無理矢理エレベーターの外に弾き出した、唯の部外者の男、だった。

その男が、通路の向こうから突然飛び出してきて、群れの攻撃を散らした、らしい。素人だろうとばかり思っていたアシェには信じられなかったが、どうやらそういうことらしい。

「なんでここにいる!? てめえなんで戻ってきやがった!! 」

「うるせえうるせえ! 喚くな! 今は片付けんのが先だろうがよ! 」

言いながら、男は懐から手の平より少し大きな、角張った機械のような物を取り出した。

アシェには背中越しにしか見えないが、男はそれを左胸辺りに持っていった。すると、左肩と胴体にベルトのような物が巻き付いて固定された。

「足手まといなんか言わせてたまるかっつーんだ」

虫はまだ態勢を立て直していない。急に背後から纏めて薙ぎ払われたのだ、無理もない。

その間に男は、今度は右手の指の間に、USB位の三つのメモリと一つの消しゴムみたいな機械が挟んでいた。

勢いよく一つの消しゴムみたいな方を空中に投げ上げると、メモリを三本とも左胸の機械にある穴に突き刺した。

落ちてきた小さな機械を手に取ると、その表面にあったスイッチを流れるような動きで入れる。するとかしゃあん、と機械から薄い円盤状のディスクが広がり、CDのような外見になる。

「今度は僕がお前を逃がしてやる」

ディスクを持った右手で、左胸の機械のスイッチを右斜め上に引くと、CDプレイヤーのように機械がかぱっと開いた。そのまま左斜め下に腕をスライドさせて、持っていたディスクを挿入する。

虫たちはようやく態勢を立て直し、今度は前振りなど無しに二人に、主に男の方を目がけて飛びかかってきた。

「なあ、アシェ。もう俺を素人だなんて言わせない。足手まといとも言わせない。お前一人の命くらい守れる奴だって、人一人の願いくらい守れる奴だって。証明してやるから……だから。だから見ていてくれ! 俺のッ!!」

虫たちの攻撃が、アシェの目にはスローに見えていた。

その男は、それよりも速い、ずっと速い時間を生きているように見えたから。

「変身!!」

男が叫ぶと、腕を思い切り振りかぶり、ディスクを入れた装置の蓋を閉めた。

と同時に、人工音声のアナウンスが流れ出す。

Accel(アークーセェール)on(オン)

その瞬間身体の周りには光が迸り、飛びかかっていた虫が、三百六十度の全方向の虫が、片っ端から薙ぎ払われる。

空中の光をよく見ると、幾何学な形をした金属室のオブジェが舞っていた。細長い形のそれがしゅるしゅると男の身体を回ると、一斉に男の全身にぶつかっていった。蒸気が溢れ、虫たちがたじろぐ。

アシェは、眩い光の中、瞬きもせずに見ていた。

煙の晴れた後にいたのは。

先程とは違う、戦闘用に設計されたラインを身体中に纏った、まさしく戦士の姿だった。

注釈をするが、仮面を被った全身ゴムタイツの虫を模したヒーローなどではない。

赤い、長いコートのような戦闘服を着た槍士。

アシェは呆然とした顔で訊いていた。

「あんた、名前は」

男はゆっくりと言う。

「クィラウィッド。クィラウィッド・アクセル。クィラ……キラって呼んでくれ」



鮮やかな赤。迸る赤。それは血であり、また男ーーキラの服であり、またキラの武器であり、またその武器から弾ける雷であった。

周囲にいた虫の群れは、最初に蹴散らされてから態勢を立て直すことなくキラに圧倒されていた。

「あらかた片付いた! 倉庫に走るぞッ!」

「あっ、ちょっ……」

キラは何か言いかけたアシェの手を取り、隊列が乱れてほんの少しだけ穴の空いた虫の群れの中を強引に駆け出した。

「場所、わかるのか!?」

走りながらアシェが叫んだ。

「知るかそんなの! 一通りデータの入った僕のL.I.G.に表示されなかった!!」

「えっと……まずは『人』の方を捜したいんだけど……」

「はぁ、わかった。どこを捜したか言ってくれ! 他を当たろう! でもさっきみたいなことになるとまずいし、今度は二人で行動しないと……」

「なんで!?」

突然言葉を遮ったアシェにキラは動揺した。

「なんで戻ってきたんだよ、てめえ!!」

口が汚いなあとか考えてからキラは言葉を選んでから言った。

「なんでもいーだろ、別に。お前が損する訳じゃない」

「でも……」

「もうその話は無しだ。早くしないとそいつは無事じゃあ済まない事態になってるかもわからんぞ」

暗に『訊くな』と忠告しているキラの考えを読んだのか否か、アシェは追求をやめた。

「……わかった」

「それでいい。で?そいつはどこにいる可能性が高いかわかったりするか?」

アシェは首を横に振った。

「わかってたら今頃見つけてるだろうがよ」

「ですよねー……じゃあ手当たり次第にしか捜せないのか」

「そうなる……な」

溜息をつくキラを見てアシェは少しだけ後ろめたくなった。

「姿がかわってるかもとかなんとか言ってたが、せめて最後に会った時の姿だけでも教えてくれない?参考としてさ」

キラは気にせずに続けた。キラ自身としては、何かしらの特徴があった方が何処にいるのかイメージし易いのだ。そして……お尋ね者に心当たりがないわけではない。

「え、えっと……」

暗い廊下を走りながらアシェは思い出す。キラが待っていた言葉を。

「おっさん。白髪まみれの……老人だった」

やっぱね。とキラは人しれずほくそ笑んだ。

でもそうすると、マップにない所にいる可能性は少ない。おそらくキラが出会ったあの老人だろうが、その彼自身が案内してくれたマップにない所にいるはずがないんじゃないか、キラはそう考えた。

「しかしそうなると……」

隠れていられそうな所なんて限られている。

あとは……生鮮食品冷凍庫か、下層生産用物資倉庫くらいしかない。そしてその両方がおそらくかなりの耐久度を誇る。虫の群れごときでは暫くは破れないだろう。

「先に倉庫に行こう。カプセルの方だ」

「はあ!? あんた何考えてんだよ!?」

アシェがキラに噛み付いて来る。

「カプセルは物だけど、あれは人だぜ!? 早くしないと殺されちまうぞ!! 無事じゃあ済まないって言ったのはてめえじゃねえか!!」

「いや、おそらく彼の居場所は僕らが考えるよりも安全な場所だし……何より彼を連れて倉庫まで戦闘をこなしながら行くのか?」

「それは……」

「まずは倉庫に行く。それで良いか」

「なんでお前が指図する立場になってんだよ……」

愚痴りながらアシェは同意した。

「ん? そういえば、その倉庫のマップ、僕のに無いんだが」

「そりゃそうだ」

「なんでだよ」

「フ。その倉庫、エレベーターの中でも人が足で登れる一番高い所にあるから」

キラとアシェの二人は得てして、輸送搬送用第四倉庫へと向かうため、辛うじて動く業務用のエレベーターに乗り込むだった。



エレベーターの八十三階。そこに例のカプセルがあるらしい。

段取りとしてはこうだ。まずは、起動エレベーターの中の、人が上に行くための、業務用のエレベーターで八十三階に向かい、カプセルを回収。その後、エレベーター内を下りて引き返し、老人がいるであろう倉庫なりなんなりを捜して、街の外まで避難して、アシェのチームの宇宙船で避難する。そんな流れだ。

「うまく行くのかよ? そんなの」

走りながら、横にいるアシェが言う。

「やらなきゃこのエレベーターは、街と共におじゃん!だぜ」

おそらく今も街の方では、虫の群れが民衆を片っ端から食ってるか殺してるかやってる筈だ。それだけの恐ろしい物量はあると考えておいた方がいい。

と、アシェがこんな疑問を持った。

「あ、あのさ……」

「どうした? 引っ掻かれたか」

かく言う俺は、まだ背中の傷が癒えていない。後ろを見ると暗い廊下に、点々と血痕が残っている。

「そうじゃねえよ」

「じゃあ何だ」

「いや、その……おめぇ、ディスクドライバー持ちだったんだな」

「ああ……うん」

ディスクドライバーとは、さっきから俺の左胸にベルトで固定されているデバイスの事だ。パターンにもよるが、体の何処かに固定して、メモリとディスクを差し込む事で、特殊な戦闘服に着替える事ができる。

そしてディスクドライバーは、素人が二日三日で入手できるものではない。おそらくアシェは、見るからに素人だった俺がそんなものを持っている事を意外に思ったのだろう。

「その、さっきは……ゴメン。素人とか、足手まといとか言って」

まぁ素人では無かったが。

さっきの変身の前振りでそんな事を攻めてたような。どうだっけ。

「まぁ、気にすんな」

「……何かムカつくな、てめえ」

お互い様だろうが。

「まぁ、何だ。こんな状況でゆっくり話せる相手がいるのは助かるな」

今、俺たちが走っているのは真っ暗な廊下だ。足元には灰色のカーペットが敷いてあるが、少し上に視線を向けると、何も見えないかっぽりとした洞穴のような道が真っ直ぐ続いている。

さっきの虫たちは、俺が丸めてひっくり返したせいで身動きが取れなくなり、その間に距離を離した俺たちは撒く事に成功した。

「そうだな。いつ前から後ろから、連中が襲ってくるかわかったもんじゃないしな」

暫くは、奴らとは鉢合わせていない。怖いくらい会わないが、今はそれは有難い奇跡と受け取っておこう。この道はあまり目立たないし。

「あ、見えてきた」

言われて前を見ると、うっすらと闇の中に大きな扉が浮かんできた。

「あのでかいエレベーターなら、カプセルを持ち出せる」

アシェは元々このエレベーターを知っていた様子だ。俺の地図には無かったのだが。

「……あれは? 誰だ?」

近づくにつれて、扉の前に人影が見えた。

「ああ……多分あれは」

アシェは身構えていない。敵ではないのだろう。

「遅いぞアシェ」

扉の目の前に来た俺たちは、その男と対面する。

「悪い、レオ」

レオと呼ばれた男は、腰に手を置いて溜息する。

二十歳(はたち)くらいだろうか。やや長めのふわりとした柔らかい金髪で、身長は俺より少し高いくらい。あと男前。

蒼い眼が俺を見る。

「こっちの男は?」

「協力者だ」

「……ふむ」

レオは俺の身体を見定めるように眺めると。

「素人に見せかけて、その胸にあるのはディスクドライバーだな。そしてその槍は、装備できるステータスは低そうだがレアな部類だな。恐らくイベント物か……?そうなると、腕前もそれなりと見受けた」

「まあそんな感じじゃね?」

手練れっぽいなあ、なんて俺は思った。

「だがまあ……気が足りない部分もあるのか? その血痕は」

「ああ、ちょっと引っ掻かれちゃって」

「回復してないのか」

「大丈夫ですよ。動きに支障はありませんでした」

「大丈夫か?」

「大丈夫ですってば」

「いや、そうじゃなくて……追っ手だ」

え? 追っ手?

「ああ……その血痕、敵が辿ってくる、かも」

……考えてなかった。

なんて言っている間に、遠くにカサカサ、という嫌な足音を聞いた。

「やっぱりな」

「あ……ご、ごめんなさい」

慌てて謝ると、レオは首を横に振り、肩に手を置いてきた。

「気にするな。君のせいじゃない。ここにあの化け物を掻き込んだ奴のせいだ」

「掻き込んだ?」

「詳しい話は後だ。君ら二人はエレベーターで上に行き、カプセルを保護しろ」

「レオさんは?」

「俺は残る。大丈夫だ、元々そうする予定だった。アシェの方に二人いた方が早く終わるし、俺自身ここを守るつもりだった」

「わかった」

俺が返事をするより早く、アシェは頷いていた。

「君もいいな」

「……はい。気を付けて」

「任せろ。これでも腕は立つ方だ」

「行くぞキラ」

「ああ」

言うが早いか、俺とアシェは二人で、元々開いていたエレベーターに乗り込んだ。

「健闘を祈ります」

レオさんに呟いた。

「そっちもな」

レオさんは振り向かずに言うと、背中の鞘から一本の日本刀、だろうか?刀を抜いた。

「……死ぬなよ」

ガイン。

エレベーターのドアが閉まった。閉まる直前にちらっと見えた、通路の向こう側から来るあり得ないような量の虫の群れに、俺は回復しなかったことを酷く後悔した。

でも、最後の言葉は強く心に残った。

『死ぬなよ』。

死ぬもんかってんだよ、畜生。



エレベーターの中は広かった。確かにこれなら、二、三メートルのカプセルくらいは入るだろう。

「これを」

アシェは、壁にあった箱を開くとヘルメットのような物を取り出した。

「これは?」

「ヘルメットシステムアセンブリと、酸素システムアセンブリ」

あ、あせ……なんだって?

「何のアイテム?」

「パラシュート降下に必要な物のセットだ」

「えー……と」

「別にスカイダイビングをやろうってわけじゃない。上の階は酸素が薄いから、酷いとアバターが高山病になる」

「そりゃどーも」

有難く頂戴すると、首まですっぽりと覆う大きなマスクを装着する。スプレーでも加工してあるのか、アシェの顔がバイザーに隠れて見えなくなった。

チューブを繋いでいると、既に準備を終えたアシェが口を開いた。

「しかしアレだ」

「なんぞ、アレとは」

「いや! 何でもない」

「何でも言ってくれよ。これから、かなり短い時間でミッションをこなさなきゃならないんだぞ。小さな疑問でも残してたら作業に集中できん」

「じゃあ言うけど……」

うん。

「その。ここまで来て、良かったの?……今更だけど」

そんな事か。

「今更だな」

「ホント。今まで生きてるのが奇跡みたいなモンだぞ? この世界じゃコンティニューなんてシステムはないんだぞ」

「それがどうした。僕のアバターはまだそんなに生きていないし、死んでも生きてても大して変わらん」

「嘘だろ。その武器といいディスクドライバーといい、短い間しか生きてない筈がない」

「嘘じゃない。何なら、僕のアバターカードを交換してやろうか?」

「いや、いい。もうわかったから」

何がわかったんだろう。

「もうすぐ着くはずだし……それと、もう一つ」

「なんだ」

「逃げたくなったら逃げても構わないから」

……、

逃げるわけないだろ。

そう言いたかったが、なんとか堪えてみる。

「……」

そうしないと。

「わかった?」

こいつは、多分ここで俺を降ろしてしまうだろうから。

「……ああ」

頷くしかなかった。

「死ぬなよ、お前」

「お前もーーーー」

な、って言いかけて口を閉じた。

揺れている。

エレベーター内が、だいぶ揺れている。

「!? なんだこれは!?」

「わからないーーッ!?」

今度は、耳を塞ぐ程の爆音。

いや、爆発音。

「エレベーターは止まってない、のか!?」

階数表示はまだ、増え続けている。もうすぐ八十三階に着く。

「ま、まあ取り敢えず、目的を果たそう」

「そうだな」

アシェの声は上ずっていた。



ドアが開いた時、思わず目を手で覆った。

凄まじい熱気と、身体を焦がすだろう熱風。

「火、だ」

炎が、あちこちで渦を巻いていた。

さっきの爆発からして、簡単に予想は付いた。このフロア、八十三階が爆発したのだ。でも一体何故?

「み……見て、キラ」

アシェに言われて、炎の中をじっと見た。

そこに居たのは。

「遅かったな、ヘルメスの諸君」

三人の、人間だった。

一人は恐らく女性。丸みの帯びた体つきからして、多分女。一人は男、なんだろうか。炎の影になっているのと、俺たちと同じく全員ヘルメットをしているせいでよくわからない。そして三人目は、男だろう。大柄な身体からして、男のはずだ。

「お前たちは!?」

アシェが声を荒げると、大柄な男が応えた。深くて暗い、不気味な夜闇のような声だった。

「いやぁ、それにしても残念だよ。我々の交渉は、かなりの譲歩をした上での物だったのだが」

「お前……ッ!」

「知ってるのか、アシェ!?」

そんな感じだった。

「ああ、知ってる。さっき捜してた人がいた場所……最初に、お前を追い出す前にチェックした部屋、つまり最初に爆発した部屋で、カプセルを引き渡すかどうか交渉していた奴らだ」

……色々ややこしいが、要するに奴らはアシェ達の大切なものを渡してくれと言ってきて、交渉に入った、というわけか。

ん、あれ? するともしかして。

「もしかして、最初に爆発を起こしたのは、まさか……」

「ん?ああ、そうだよ。我々だ」

「……ッ!?」

誰よりも俺よりも、アシェがショックを受けていた。

「手に入らないなら壊すまで。いや、非常に残念だった」

断られたから爆発を起こした、と。

ふざけてんのか。

「しかし、気が変わった。放っておいて、虫に食わせるなり瓦礫の下敷きにするなりするより、無理矢理にでも奪っておいた方が良いかな、とね」

「説明書も、ないくせに」

アシェが反論する。説明書? なんの事だろうか。

「そういうわけで、虫の群れが邪魔だから輸送機で直接この階に来たというわけさ」

「下でどれだけの被害が出てるのかわかってんのか、コラ」

「わかってるとも。しかしあの『(はね)』はどうしても必要な物だ。少しの犠牲くらいどうってことあるまいて」

こ、……こいつ。狂ってやがる。

いや、取り乱すな、俺。今なんて言っていた?『翅』?

「貴様……」

アシェが剣を抜いた。

「さあ、早くカプセルの場所を教えたまえ。このフロアを探し回ったが、どこにも見当たらない。……よもやあれ程の物が輸送機の下敷きになるわけはあるまいて」

「……ふッ」

途端、横にいたアシェの姿が消えていた。気付けば、遥か前方の、炎の向こうの大柄な男に突っ込んでいた。

きーん。

金属どうしが弾き合う音がフロア中に響き渡った。

「許さねえ……ッ」

「……」

アシェの剣を捕らえていたのは、もう一つの剣だった。三人のうち、向かって左にいた女、らしき奴。その女が無言でアシェの剣と鍔迫り合いになっていた。

「ふふははは。やはりこうなるか……」

大柄な男はたじろぎもせずに笑った。

「フン。リーファ、ネホロヴァ、片付けておけ。終わり次第カプセルを探せ。なるだけ情報をもらっておけ」

大柄な男はそれだけ言うと、背中を見せた。

「貴様……ッらァァーーッ!」

ぎぃーんっ!

アシェが剣を弾いて構え直した。

「……早く済ませろよ?もうすぐこの街は壊れるのだから」

ちらっと後ろを……俺を見た大柄な男は、高笑いをしながら炎の中へと消えていった。

「来いよ。纏めて掃除してやるッ!」

アシェが斬りかかる。

「アシェぇッ!」

「お前はカプセルを頼む!」

頼むってったって、どこにあるんだよ。これだけ焼け落ちたフロアの中を探し回れっつーのかよ。

「詳しい場所は……ッ私も知らん! 探せ!」

「畜生ッ。俺はもう知らんぞッ!」

言いながら駆け出した俺の前に、すっ、と立つ影があった。三人のうちの一人、男だ。

「行かせんぞ」

男は剣を抜いた。

「あぁァァーーッもう! どいつもこいつもォォォーーーーッ」

俺は背中から槍を抜いて構えた。

静寂。二人とも動かない。

「悪い! 一人逃したー!」

知ってる。

「行くぞッ」

瞬間、奴の姿が消えた。

「うおぉっ」

火花が目の前に飛び込んだ。危ねえ……、咄嗟に防御をとったおかげで助かったが、そうでなければ今頃首が飛んでいた。

「ふぅッ……たっ」

奴は屈んで剣を真っ直ぐ俺の首に突き立てて来る。

やっべぇぇぇっ! 死ぬ! 冗談なしに死ぬっ!

「させるかっ」

首を防御しつつ、足払いをかける。……が、読まれていたのか一歩引かれて、煙を巻き上げるにとどまってしまう。

「ふんっ」

今度は、持っていた細身の剣を投擲して来た。

「ちぃぃっ」

弾くのが精一杯。剣が二、三本回転しながら飛んで行く。

「……ッ」

そこで下を見て、気づく。またしても姿勢を低くした奴が潜り込んで来ていた。

「終わりだ」

「おぉぉーーッ!?」

目の前が、白くなった。



アシェは、戦いながらもチラチラと横を確認していた。

今戦っている女は、恐らく自分と互角。気を抜かなければ勝てる自信がある。

でも気になるのはやはり、さっきとり逃したもう一人の方。今はキラと戦っている。素人ではなかったことがわかったが、それでもプロというわけでもなかった。

大丈夫だろうか。

「……余所見を、するな」

目の前にいた女がボソッと言う。

「悪かったな、コラぁっ」

アシェは凄みながら大振りの一撃。対する相手は、弾かずに剣の表面を滑らせて受け流した。

火花が飛ぶ。

今度は相手の方がアシェに斬りかかる。

アシェは剣の腹で受け止め、競り合いに持ち込む。筋肉ステータスには自信のあるアシェだった。

が、

「それにもう、向こうも片付くみたいだし」

「えっ」

思わず炎の向こうを確認すると、丁度キラが敵に懐に潜り込まれている所だった。

「ネホロヴァの敵ではなかった」

女はそう言いつつ、アシェの剣の向きを構え直した。

いや、待て、待つんだ。落ち着くんだ、私。キラはまだ何かを隠しているはずだ。やれる。彼なら、何か、何か……。

アシェは半ば適当に考えた。すがるような眼をしたアシェに、女が鼻で笑った。

「無駄、どうせ負ける」

「……、」

アシェはそれでも食い下がる。

男の剣は、キラの首を、

(ダメ、か……ッ‼)

捕らえない。

「……、」

「……、」

アシェと女の二人ともが黙った。

男の剣は、粉々に折れていた。

「何……ッ」

突然の事に驚いた男は距離をとった。よく見ると、横から石が飛んで来たらしい。それが剣の腹に当たって折れたみたいだった。

「あくせる……くうぃらー」

キラが呟く。

「何?」

「ストラクチャスキル」

……はっ、とアシェが眼を見開いた。敵の男と女は気づかなかったが、キラの眼には。

電流が迸っていた。

Accel(アクセル)Quiller(クウィラー)ッ‼」

キラが吼える。男も身構えた。

W(ダブル)Boost(ブースト)ッ‼」

その瞬間、キラの周りには夥しい程の赤い電流が舞った。近くにあった鉄が焦げていたし、炎が裂かれてもいた。

「これは……ッ!」

何が来るかと、男は身構えた。

「行くぜェェーーッ‼」

キラが叫ぶと、その姿が……消えた。



アシェは暫くして、キラが逃げたのだと気づいたが、恨みはしなかった。元より逃げてもいいといっていたし、相手の腕もかなり強かった。正直、逃げなかったらキラは死んでいた。

どうやってあの強敵の前から逃げ去ったのかはわからないが、せめてもの罪滅ぼしなのか、アシェの前には瓦礫の山ができていた。倉庫の一角が切り崩され、先程キラと男が戦っていた場所と隔離されていた。……つまり、アシェは二対一で戦う必要はなかったのである。

「こう言っちゃなんだが……正直助かった」

あの男は……何か、敵に回してはいけない凄みがあった。

アシェは、目の前の女と激しい鍔迫り合いを繰り広げながら思った。

あのヘンテコが、無事に逃げられますように。



キラはというと、実際完全に逃げ去ったわけではなかった。

キラの特殊スキルの効果で、少しの間だけあの男から離れただけであり、エレベーターから立ち去ろうなどとはこれっぽっちも考えていなかった。

(どこだ)

キラは、あの男から離れた少しの間にカプセルを見つけようと考えていた。二、三メートルにもなる巨大な鉄の塊がそう簡単に隠せるはずは無いはずだが、見渡す限り、小さな物資の積まれた棚だけ。あとはそこら中に散らばった火種くらいだった。

「早く見つけなければ……俺が死んじまう」

しかしカプセルは見つからない。いっそこの辺りの物を纏めて吹き飛ばせば見つかるかな、なんてバカな事を考え始めた段階で、フロアの片隅に突き当たった。広いフロアだが、隅の方に行くと反対側の壁はもう見えない。

と、キラは壁に、小さな穴を見つけた。輸送機が突き刺さったせいでエレベーター全体がそれなりのダメージを受けていたようだ。

何の気なしにその穴を覗き込んでみた。ヘルメット越しにあまり見えなかったが、近づいてみたキラは驚愕した。

暫く地上、外の様子を見ていなかったが、予想以上に酷い。あちらこちらで虫の群れが這いまわっており、ワームホールが壊せないくらいに敵にガードされている。

先程の大柄な男の言葉。考えたくなかったが、街が壊れるとはこういう事なのか。だとしたら、なんと惨すぎる終わり方だ。

(……いけない。今はカプセルを探すべきだ。奴のニュアンスからして、恐らくあれが無いと目論見は達成出来ないようだし、カプセルを優先すべき……)

と、そこまで考えた所で、燃え盛る炎の向こうから聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が聞こえた。

「……どこだ……」

……‼

さっきの男がついてきた。やばい、何処かに隠れなければ……と考えていたキラは誰かに腕を掴まれた。腕は、積み重なった瓦礫の隙間から伸びていて、なんとなく不気味だ。

「いぃ……っ」

思わず声をあげてしまうキラだったが、問答無用に何処かへ引っ張られる。

(まずい、まだ敵が……ッ!? さっきのデカい方か!? それとも新手……ッ!)

考えても、掴まれているのは槍を握っている右手。反抗できない。

しかも運の悪い事に、さっきの声を後ろの奴が聞きつけていた。

「そこか‼」

炎を掻き分ける音がする。

やがてキラは、足で踏ん張るのも限界が来て、その手が伸びる瓦礫の隙間の中へ引き込まれてしまった。

「う……ッ、う」

眼を開けてみたキラは夢かと思う事態に遭遇していた。

キラがいたそこは、暗い場所だったが、外の炎に照らされて、なんとなく辺りを見回せる。先程のフロアと比べると足場は狭い。三、四メートル程の幅しかなく、引き込まれた穴の反対側には、大きな鉄の壁があった。その大きさ、およそ二、三メートル。卵形にも見えるそれはカプセル、とでも形容できるのか。

そして、キラをこんな穴に連れ込んだ張本人は、キラのすぐそばに堂々と立っていた。白い頭。痩せこけた手。威厳を感じる眼。

「貴方は……」

キラは動揺した。カプセルと人、捜していた物が一度に見つかった。

「やぁ、久しぶり……という言い方は可笑しいかな」

「……なんでこんな所に」

「それは私のセリフだね。君が何故ここにいたのか多いに興味がある……が、今はそんな事は放っておこう」

「……」

老人は、やや焦っているように見えた。前会った時と同じように堂々としているが、やや挙動や口調が走り気味だ。

「街の様子は、どうだった」

老人はやはり焦っている。まるで子供の安否を気遣う親のように、落ち着いていない。

「……良くありません。と言うより最悪、です」

「……」

「あちこちにクリーチャーが湧いていて、しかもその全てがダーク種。対応できないルーキーは多分全滅でしょう」

「そうか……」

告げると、老人はやや落ち込んだように見えた。

と、キラは老人の脇腹に目が行った。老人はさっきからそこに手を置いているが、よく見ると赤い液体が滲んでいる。老人が焦っている理由を、キラはだいたい察した。

「このエレベーターももうじき限界だろう。このカプセルを運ぶには、この塔はダメージを受けすぎた」

……それはキラも薄々感じていたことだった。ここからこれ程大きな物を運ぶエレベーターは、おそらく登ってくる時に使ったあれしかないだろう。そして、多分もうそろそろ火の手が回る頃合い。

「君は、私達のチームの人間ではなかったが……今では違うようだ」

「……はい」

「それは、これを探している人間を手伝うため……なのかな」

少し反応にためらったキラだったが、最後には正直に頷いた。

「……そうか」

落ち込んだ様相の老人が、ようやく少し微笑んだ。

「君は、まだその人間の望みを叶えようと思うかね」

キラは、この会話の行く先をなんとなく感じていた。その上で、老人の言葉を黙って聞くことを選んだ。

「……はい」

「君は……私の思う以上に。白い人間なのだね。嘘を付いていないのが私にはわかるのだから」

「……」

貴方は、嘘が見抜けるのに自分の傷は隠すのですか。

キラはその言葉を呑み込んだ。

「君の……その望みを。…………叶えてあげよう」

老人の顔には、玉の汗が浮かび始めていた。

「どう……やって」

「君は、ここへ」

そう言うと、老人はカプセルの横っ腹にあるスイッチを入れた。するとカプセルの表面にある大きな扉がその口を開いた。

言われるままに、キラはその中へ踏み込んで行った。

中には何もなかった。円筒形の内部は、一面に液晶が貼られていて、中央にステージのようにほんの少しだけ高くなっている台座があるくらいだった。

「これは……」

「……君は」

老人が語る。

「君は、メルクリウスという人物を知っているかな」

「メル、クリウス?」

「ああ。盗人や科学、商業と言ったものの神なんだが……彼は旅人の守り神であるともされていてね。なんでも、彼の持ち物には『羽根(はね)』が付いているらしい」

「羽根……(はね)……」

羽根、と言う言葉には聞き覚えがあった。さっきの大柄な男が欲していた物だ。それは、つまり……

「これはそれだよ。このカプセルは、旅人の守り神の持つ羽根、なんだ」

「この……カプセルが?」

こくり、と頷くと、老人はキラを残してカプセルから降りた。

「……これから僕はどうすればいいんですか。このカプセルを彼女らに渡すには、どうすれば……、貴方は……ッ」

「このカプセルは一人用だ。そして……私の望みも、君に託そう」

キラは、余りにもこの状況が残酷すぎると思った。

「これを。この羽根を……」

老人はキラに、一つの白い化石を渡してきた。おずおずと受け取ったキラは、何も言えずに老人を見た。

「その化石は一階のエントランスの恐竜のものだ。……見なさい。光っているだろう」

キラの手元の化石は、確かに内側から自然的な、蛍のような明かりを灯していた。

「その光は……君の可能性だ。君の、希望のね」

「……希望……?」

「君は……君たちは、これから長い長い旅に出るだろう。それは、大事な物を幾つも失くし、大切な物を幾つも拾う旅だ。時には哀しい時もあろう。時には嬉しい時もあろう。だが、何時だって忘れないで欲しい。今から旅に出る、『羽根』を持った君たちの希望は、」

……。

…………。

………………。

「そんな……貴方は酷すぎる。貴方の心は美しすぎる……」

キラは黙って聞くつもりだっだが、思わず愚痴をこぼしていた。涙すら流しかけていた。

「誰にも『翅』を持つ君たち旅人を、旅人の希望を阻むことはできない。……行きなさい、生きなさい……」

「な……、待っ……」

反応できないまま、老人はシャッターを閉じた。

外で何かを操作する音がする。恐らく、この『メルクリウスの翅』を起動している。キラの周りにある画面には、一面に幾何学的な模様や文字、数列が並んでいた。

「あとは……、」

老人の声が遠くなってゆく。

「任せたぞ……、」

外では爆発音が響いていた。恐らく、そこら中に飛んでいた火種が、ついに爆発を起こし始めている。

「キラ……」

カチっ。

最後のスイッチ音と共に、すぐそばで大きな爆発音が聞こえた。それに呼応するように、キラの周りの液晶が消えた。

キラは、泣けなかった。

悲しくなかったわけではない。会って一日も経っていない、唯の他人の筈なのに、悲しくて仕方なかった。

しかし、泣いてはいけない。

だって、泣いてしまったら、前の景色が滲んで、うまく歩けなくなってしまうから。

そうなったら、望みを叶えてあげたいと思っていたアシェたちを、無事に連れて帰ることが出来ないから。

だから。

クィラウィッド・アクセルは泣かないと決めた。

そう決意したのだ。この気持ちは誰にも揺るがせることなど……出来ない‼

キラの周りの液晶が、突然、さっきの幾何学的な映像を再生した。

キラは、さっきは気づかなかった液晶の隅に表示されていたマークを見つけた。

それは。

勇ましい青年の絵、だった。蛇の模様の杖を突き、帽子や靴には羽根が付いている。

「ごめん……アシェ。君は俺を巻き込みたくなかったようだが……もう俺は無理だ。だから……」

キラは、強くイメージした。この、勇ましく逞しい青年の様に戦場を駆ける自分を。

「俺は……自分を、君たちを護る‼ アシェ、君が失いたくないのなら……それを全て……俺が護る‼ それが俺の希望だ‼」

クィラウィッド・アクセルは、身体の奥に巻き起こる激情に咆哮した。



アシェは押されていた。

巻き起こる炎の中、一人で敵と戦っていたが、僅かに相手の方が体力において優っていた。鍔迫り合いになる度に押し込まれる事が多くなり、今では完全に刃の当て方まで攻略されてしまい、どんな切り方をしても返されてしまう。

認めたくはないが、相手の方が技、体において勝っていたのだ。

「……この後に及んでまだ余所見をするの」

アシェは、言われてみてハッとする。そういえばそうだ。今にも死ぬかもしれない命の駆け引きをしてるというのに、さっきからあの逃げた男の事が心配でならない。別に特別な感情を抱いたとかそんなわけではないが、奴が死んでいたりしたらそれは自分の責任だ。

「……ッ」

……この後に及んで責任を嫌だと思う自分に嫌気が刺したアシェだったが、あまりしょげていられない。隙を見せれば負ける、そんなギリギリ負けるかもしれない戦いをしているのだ。集中しなければならない……筈だ……。

しかし、いつまでもアシェの頭からあの男の最後に見せた顔……首を貫かれそうになった時の彼の顔が忘れられない。

あの一瞬。

彼は笑っていた。

まるで、ここから逆転してやる、とでも言う様に。

とてもここから逃げるとは思えなかった。

「……」

今頃何処にいるだろうか。この塔からは脱出できただろうか。

気がかりで仕方なかった。

「……だから」

目の前の女が呟いた。

「……余所見しないでよ‼」

グァバ‼と風が巻き起こる。堪えきれず、アシェは足元から掬われて吹き飛んだ。

「……ぅ、ぅッ」

尻餅を突きながら、周りの炎に炙られながら、アシェはまだあの男の顔をまぶたに映していた。

「……もういい。終わりにする……わ……」

女の言葉が濁る。

「……?」

不振に思ったアシェが煤けた顔を収めたヘルメットをあげる。

おかしいな、とアシェは思った。

辺りは一面、焼け野原になっているせいで明るい筈だ。

なのに。

何故、私の前には影があるんだろうか。

「貴様……は……」

女が驚愕の声をあげる。

「なあ、アシェ」

目の前の、背中を見せている影が語りかけてくる。

「僕は……君の護りたい物を……護るよ」

「……」

アシェは完全に力が抜けてしまい、その場にくずおれた。

「おい……女」

キラは、今度は女の方に向き直る。

「僕がきっちり叩き伏せてやる。……なるべくついて来いよ?」

「この……ド素人がァァーーーーッ!‼」

女が構えて、突っ込んだ。

「キラっ‼」

あっという間もなく、火花が散る。その結果は。

「ぅぐうっ‼」

構えてもいなかったキラが不動のままに立っていた。女の方は既に五メートル程吹き飛ばされた後だった。

「……こ、コイツ……っ」

女が立ち上がる。

今の一瞬、キラは目にも止まらない速さで女の剣戟を捌いた、ようだ。

「まだだ……君たちのした事は、僕がけじめをつけてやる」

「こいつ……速い……ッ」

構え直した女が、できる限りの、限界の速さでキラに突っ込む。

が。

「無駄ァッ……だッ!」

あっという間に剣を弾かれる。

キラは、燃えていた。

衣服に炎が燃え移った訳ではない。彼の中の熱いもの……心が、情熱が、燃えていた。辺りに炎がなくたって、彼の目には炎が写っていただろう。

「ふざ……けてるのか……この強さ……」

キラからは、無数の稲光が迸り始めていた。雷、電気、電流迅雷。今の彼は、まさしく雷の化身。

「……」

アシェは……泣いていた。彼が生きていたことに。その強さに。その美しさに。

彼の速すぎる時間が、アシェの涙を遅らせていた。

キラはいよいよ神のような姿になっていた。背中からは、さながら『羽根(はね)』のように雷が迸っていた。

「う、おおおぉぉォォーーーッ!!」

三度女が突っ込むと、今度はキラが跳んだ。

槍と剣が、かちあわされる。

「何ッ!?」

女は驚愕した。筋力面でも、この素人に劣っているなんて。

「街を……」

「っ!?」

「街を壊させるだと……」

キラの眼を見た女は、恐怖した。

「そんな事させて……」

キラの手から無数の電流と火花が散る。

「たまるかァァーーーーーーーーッ!!!」

押し切られた女は、二つ三つと柱をへし折りながら突き進められて行く。

「うぉぉーーーッ!!」

キラは叫ぶと、思い切り槍を振り切った。

女は吹き飛び、やがて塔の壁を打ち抜いた。

「がぁぁッ!……」

「‼ 勝った!?」

アシェは自分の位置からできるだけ首を動かして女の飛んで行った方向を見た。

「……仲間か」

そこには、黒く近未来な流線型をしたボディの戦闘機。その機体の表面に女は転がっていた。

「う……ぅっ」

ハッチが開く。中に乗っていたのはあの、大柄な男だった。

「一旦撤け、リーファ」

「まだ……やれます」

「やめろ。どうせ勝てない。先程このタワー内で莫大なエズェクの奔流が確認できた」

「……まさか」

「そのまさかだ。奴は恐らく、(はね)を習得した」

「そんな‼ 奴らは説明書の意味もわからなければ適任者の存在も知らない筈‼ どうやって!?」

「わからないが、取り敢えず今は退くんだ。ネホロヴァも回収済みだ」

「……わかりました」

二人のやり取りを見ていたキラに、大柄な男が言う。

「これにてさらばだ少年。まさか君が|翅≪はね≫に選ばれしモノだとは思わなかったが……もう会うこともなかろう。この街自体、もう残らんからな」

黙って聞いていたキラは、身体から無数の稲光を発しながら(いか)った。

「……なんだと?」

「もうすぐこの街は消えるのだよ。(はね)が手に入らないとわかれば、あとはそれが他人の手に渡らないようにするだけだ。よって、最も確実な方法で君もろとも街を吹き飛ばす」

「ど……どうやって……そんな事やるつもりだ」

すると男はハッチを閉めながら、ニタニタと気持ち悪い笑顔を浮かべ、手を振った。

「……知ったところで君には自分を救えない。 さらばだ、永遠に」

「待てッ!!」

当然男が待つ訳もなく、戦闘機は瞬く間に空の彼方に消えて行った。

暫く稲光を発していたキラは、気持ち悪い汗が流れている感じがした。

後ろのドアが空き、穴が空いて酸素が入ったせいで勢いを増している炎の中に小さい人影が飛び込んで来る。

「あ! 赤い人ー!」

気の抜けた声にキラは振り返ると、そこには見知った顔を包んだヘルメットが赤い光に揺れていた。

「……ウィルさん」

「い、今の人たちは」

「この騒動の元凶です。……それよりも今は、ここから撤退した方がいい。奴らは何かを企んでる。この街を根刮ぎ吹き飛ばす何かを」

ねこそぎ……とウィルが呟くと、何かを思いついたらしく、

「あれを……(はね)を護りきったんですね」

「いや……ちょーっと事情が違ってまして……」

言葉を濁すキラだが、視界の端に妙なモノを捉えた。

黒光りする、近未来的なフォルム。細長いパーツで組み合わさった、巨大なカラクリ仕掛けの兵器。

「……待て」

「?」

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て! あんなモノ、来る時はなかったぞ!?」

「外に何かあるんですか?」

「……そういう事か。そうやって……」

キラが何かブツブツ言うと、顔に玉の汗を浮かべて近距離でウィルに叫んだ。

「この塔を降りるんだ‼ 今、スグに‼」

「え……?」

「下だ。下に……たぶんシャレにならない出力を出せるレールガンがある」

言われたウィルはぽっかりと空いた壁の穴から顔を覗かせる。

そこには。その甲板に馬鹿でかいレールガンを積んだ航空艦が浮いていた。

やばい。

やばい。

やばい。

……どうしよう。

焦っても焦っても答えの出ないキラは、急ごしらえの打開策を思いついた。

しかしキラはその作戦を反芻してみて、そのリスクを計算した。

「いいですか、ヤツが去り際に残した言葉‼ あれはこの街を破壊するという内容だったけど……僕はてっきりクリーチャーを野放しにして放っておくという意味かと思ってました」

「……うん、そうだと思うけど、違うの?」

「……あのレールガンを使う気です」

「え!? レールガンなんて、そんな非効率な。アレで街を破壊し尽くすというのなら、丸一日はかかるよ」

ウィルの言う通りである。レールガンはその威力こそ高いものの、放電・充電には時間がかかるし、何より大量に物を破壊するのに向いていない。射線が狭すぎるのだ。

「ああ……だからそれを『使う』つもりなんだと言っている」

「ええっと……?」

話の見えてこないウィルに、焦ったキラは少し声を荒げた。

「だからあのレールガンで‼ このエレベーターを挫くつもりなんだよ‼」

これにはウィルも顔色を変えた。

「え、それじゃあ……‼」

「破壊されたこのエレベーターの上部からはッ! 無数の外壁材やデカいコンクリートの塊やらが猛スピードで雨のように降り注ぐんだよ‼ そしてそれはあのエレベーターから判型何十キロ先にまで届く」

「それで街を破壊する……って事ですか」

「恐らく。今見た段階ではもう充電(チャージ)が始まってる」

「わかった、このエレベーターから逃げよう‼」

「ええ、そこで放心してるアシェをお願いします。下で戦ってたレオさんは?」

「まだ、戦ってる。私は一人用のエレベーターを乗り継いで登ってきたけど、その途中で見た時にはまだ虫の群れを退けてた」

ひとまず死んでいない事に安心するキラ。

「わかりました。彼もお願いします」

「あ……あなたは?」

自分の事をまるで話に入れないキラを不審に思ったウィルが訊いた。

「僕の予想ですが……多分今更降りたところで、あなた達の宇宙船までは多分間に合わない。その前にあのエレベーターは発射される」

「……まさか、止めるとか言わないよね?」

「……二人を任せます」

それだけ言うと、キラは後ろを振り返った。

穴から、改めて街を見渡す。

そこには地獄が広がっていた。夥しい数の節足動物が絨毯のように地を覆い、血溜まりを着々と広げている。しかし、まだ戦っている人もいる。主に街の外に通ずる道を確保していて、逃げ遅れた人のために援護している人たちが大多数。……恐らくウィルのチームだろう、とキラは何の根拠も無しに考えた。

「それと……街の人達も」

任せる物を増やしたキラは、胸のディスクドライバーのスイッチを入れた。

「……やめて下さい。ここはエレベーターの中でも、人が生身で入れる内の一番高いところですよ!?」

「わかってます」

四つのスイッチを入れると、ドライバーのランプが点滅を始める。と同時に、キラは被っていたヘルメットを脱ぎ捨てた。

そして、深呼吸。

もし失敗すれば、唯の犬死にだ。……絶対に成功させるんだ。この身体には、この人達の護りたい物が入ってるんだ。

キラは一度目を閉じた。また開いた時、その眼は覚悟に濡れていた。

「……それじゃ、後よろしく……」

「え、ちょっと……待っ……」

Accel(アクセル)Quiller(クウィラー)Bolt(ボルト)Boost(ブースト)

ドライバーから同名のアナウンスが流れると、微かにキラの眼に稲妻が走る。

キラの眼に、真っ直ぐな線が前の穴に落ち込んでいく。

「……ごめん」

「き、キラぁッ‼」

誰のものかわからない叫び声が聞こえない内に、キラは白い宇宙へと伸びる梯子から飛び立っていた。

「あの爆発力……もう一回、出てくれよ……行くぜ」

真っ直ぐに大空へ飛び込んだキラは、目の前に槍を翳し、一本の矢となった。

その矢は赤く猛る雷の尾を引いて行き、……真っ直ぐに航空艦に突っ込んだ。














赤熾。

神の()に。

撃たれたもうたのは。

汚らわしき血で紅く染められた麻を纏った。

一本の樫の枝を槍の様に握った。

一人の男だった。


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