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MerCurius  作者: 藤崎 成一
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貳 雷は炎を消せない

前話はまだプロローグでしたので、ここから一話って事になるのかな?

長く続きそうです。

お付き合い頂けたら光栄ですね。

それでは、ゆっくりしていってね。

 大学に上がると、やけに自分の時間が増えた。

 受験があったために、自分の時間なんて概念が無かったからかもしれないが、それを差し引いても暇が多すぎた。

 長期休業の無い社会人に上がる直前の段階だから休みが多いとか聞いた覚えがあったが、それはあまりにも辛く、やる事の無い飽和した生活がただするすると流れて行くだけだった。

 だから、と言い訳するのは些か悔しい思いも無くはないが、俺は自然と積んでいたゲームを取り出していた。

 そのゲームの名を、『トワイライト ウォーズ;オンライン』という。

 タイトルから分かる通り、オンラインゲーム、つまりは俗に言うMMOである。二百万ユーザーを抱える、今一番流行りのゲームだ。

 なぜそんなに人気か。幾つかの理由はあるが、一番の理由はおそらく、その全く新しいゲームの操作方法である。

 このゲーム専用のゲームハード、『プレイ・フィジカルアンドエモーション・デバイス』(通称PPaED)をつかうのだが、これが科学の集大成然とした、いわば超ゲームなのだ。

 多くの感動したという意見が寄せられたこのゲーム、凄いのはプレイヤーとキャラクターが同期する事である。ようは、こちらの自分が楽しくなればキャラクターも楽しそうにするし、悲しいと悲しそうにする、という感情のミッシングリンクを果たしてしまったのである。

 一見オーバーサイエンスに見えるが、結構前からこの構造は考えられていたらしく、二千年少し過ぎには自分の考えた単語をキーボードを使わずに画面に表示するというある種の同期システムは完成していたらしい。

 いやにゲームハードは高いのだが、それを差し置いてなお売上ランキング一位をかっさらい続けるのはこういうわけである。

 注意すべきなのはキャラクターの方の感覚が体感できるわけでは無く、あくまでもこちらの感情が反映されるだけ、という点だ。まあ、フルフェイス画面バイザーと主観操作モードがあるのでゲーム内の臨場感はリアルに感じられるが。

 俺はこのゲーム、春手前、卒業直前の時に友人に誘われて購入したのだが、ある理由で三ヶ月程ログインしていなかった。だが時間の多大なプレッシャーは、俺の怠さ、という弱点を巧妙に突ついて再開させたわけである。

 で、その矢先にこのバグとも思えるやまない大雨。

 なんというか、このゲームの世界は俺を好いていないのかもしれないな。

 だが謎である。サービス開始から早九ヶ月は経とうというのに、未だバグの発生は、少なくともβテスト以来聞いていない。これも人気の一つだったが、では俺が今体験しているこの現象はなんだろうか。自然に起きた唯の大雨で済ませてはならない何かを感じるのは気のせいなのか。

 これまでつらつらと説明をしてきたわけだが、もちろんこれでこのゲームの全てが拾えたわけではない。俺自身まだ理解していないところも多いのだ。なにせ、このゲームのコンセプトは『最高の現実を最も捻じ曲げた形で表現すること』であるからだ。

 だからこそ、まあ雨はやむはず。天気だってリアルに、普遍な形で変化しなければ現実など程遠いのだから。

 実際、二十分程後だろうか。待ちぼうけの俺はようやく辺りを見渡せるレベルの天候にありつくことができた。

 見えなかった足元も、今や錆と腐敗に侵された金属の地面まで見えるようになった。

「……結局なんだったんだ」

疑問を残しつつも、折角雨脚が弱まったのだから、今のうちにセーフティエリア、安全地帯に移動しておくのがベターだろう。

 もう一度辺りを見渡す。何処までも地面はくすんだ銅色。何年も前の人工物に見える。

 表面を覆う大量の水溜りは、辛うじて地面に所々ある段差のおかげで池にならずにすんでいるようだ。

 遠く、地平線の方には、未だ消えきっていないどす黒い雷雲のせいでよくは見えないが、山のようなシルエットがある。まるで巨人でも座しているようにも見えるそれは、おそらく一昔前の鉱山をイメージした物なんだろう。そんな山が、見渡す限り地平線をぐるりと囲んでいる。

 何もないように見えた俺だったが、そこでようやくマップが回復していたことに気づき、ささっと手元のデバイスから立体映像を出して確認してみた。

 『L.I.G.』と呼ばれる端末から平面的な画面が目の前に浮かび上がる。L.I.G.とはこの世界における、パーソナル端末の事で、普通のゲームのメニュー画面に当たることができる。拡大マップはこの画面から開くことができる。

 どうやらここから五百メートル程のところに、新国が確保した旧市街があるらしいことがわかった。

 説明しよう。このゲームは幾つもの惑星を渡りながらモンスターと戦うアクションゲームだが、実は建街システムというものも存在している。惑星で街を作れる場所を見つけた奴がその土地を買うと、もれなく地主になれちゃうよ、というかなり偏屈なシステムだ。おかげで数限りある土地は高価な価格で取引されていたりしちゃうらしい。

 この場合、新国の人間がその場所を買い取って街を作った、ということになるわけだ。

 確かに方角的に東を見たところ、山の影に保護色していたため見つけにくかったが高い壁がずっと横になっているのが確認できた。

 少し歩くが対した距離ではないのであまり身構える必要もなく、トラップなんかもしかけられていた様子はなかった。水を吸った服は重いはずだが、そんなものは感じない。感じ取るシステムはない。



 結局、五分とかからずに着いた。何も障害物がなかったおかげである。

 門の認証でL.I.G.から個人データを解析、入場を許可されて、入ったところで足を止めた。

 疲れていたわけではない。疲れなど感じるシステムはない。

 人の多さに驚いただけだ。

 さっきのさっきまで、門の外には人っ子一人いなかったのにも拘らず、銅色の硬い地面はごった返した足のせいで見えなくなっていた。

 先ほどの土砂降りで、多少寂しさを感じていたのでやんややんやというこの喧騒は耳にくすぐったかった。

 ここの人間は、見たところ誰もさっきの大雨なんて気にしていないようで、というより誰も濡れていなかったので壁の中は雨が防がれていたのかもしれない。

 ざっと見通して、緩やかなカーブを描く壁からしてこの街は直径二、三キロの円で囲まれた都市らしい。おそらく発見されて間もない都市なので、それほど豪華な建築物が乱立しているわけではなかった。建っているのはどれも工場や、倉庫のような事業的なもので、まだ住居の建築は進んでいないようだった。

 工業の街だったのだろう、そこいらに煙突が見えた。

 工業の街の面影か、道は運搬用に作られたようでだだっ広く、幅は五メートルほどある。真っ直ぐに、円形の都市の中心に向かって道は伸びていた。

 多分、中心に向かってまっすぐ伸びる大通りはここだけではないだろう。幾つかこのような円の半径の道を配置し、その道同士を横向きに繋いで街を形成しているパターンらしい。クモの巣なんかを思い浮かべるとわかりやすいかもしれない。

 雨を回避するためにこの街に飛び込んだが、見つかったばかりのこの都市は、貿易の温床になりうる新しい市場にありつけた商人たちの活気で溢れ、珍しい物を見て回るレンジャーの姿も多かった。

 何の目的も無かったが、この活気に押されて少しばかり休憩でもするか、と二十分程何もせずに休憩していたはずの俺は自分に甘えた。

 ぼうっと突っ立っているのも何なので、商業の通りと化した工業通路をフラフラ見て回ることにした。

 通りに出ている薄ぼけた色をしたテントは、どれも商人の声を弾いては遠くに響かせていた。珍しい盾や武器、コスチューム、レアな素材。店頭に並ぶ品々はどれも路征く人を唸らせた。

 そこで、ふと足を止めて前を見ると、長く続く商店街の先に、遥か天高くにそびえ立つ一つの塔が見えた。

 いや、正確には先ほどからシルエットだけは見えていたが、距離が近づいたことにより視界処理が行われ、よりはっきりとその圧倒的な相貌が見て取れた。

 宇宙エレベーター。

 各惑星の、始めに建築された街には最低一つは生えている宇宙への線路。

 その天辺すら見えないような、もはや圧迫感すら覚える風貌は脅威である。こんな物が現実でも作る計画があるなんて嘘のようだが、不思議と違和感はないように感じられた。

 宇宙エレベーターはどうやら円形の街の丁度中心にあるらしく、人ごみに流される俺は自然とそこに向かっていた。

 宇宙エレベーターは、都市毎に形状や材質、そして構造すら異なる場合がある。ちょっとした運用素で、これだけを見て回るコアな連中も少なくないと聞く。

 そして、殆どの場合、エレベーターの真下にできた店は街一番に賑わう。珍しい物も揃い踏みである。

「……行ってみるかな」

 元々行く気はなかったが、ちょっと見てみることにした。

 数百メートルの商店街を歩くと、大きな通りが道を横切り、十字路を作っていた。

 先に説明した通り、やはり街にはクモの巣状に道が張り巡らされているらしい。

 丁度商店街を横切る形の道は、どうやら車両用の道路らしい。簡易的な信号がとって付けたように設置され、交通にルールを与えている。

 横切るように、のろのろと過ぎる車両は全て普通の乗用車などではない。

 軍用の車である。

 商人が売り物を運ぶのも、レンジャーが旅の道具を運ぶのも、全身が防弾•防法仕様のゴツゴツした武装車両なので、人を轢かない程度の遅さで進んでいるにしても、軍の物資運搬の様な威圧感が肌で感じられた。

 俺が立ち止まってから数十秒と待つことなく歩行用の信号が青に変わった。

 その時。


 ゔぃーっ!


 反対側の道に渡る途中、信号が変わったことに気づかなかったのか、俺を含めた数十人の歩行者が道路にいるのにも拘らず、アクセルを切ったままの車が横から派手なアラームを鳴らしたのだ。

 端にいた俺は、位置的に一番車両に近い状態でアラームにもろに鼓膜を突かれた。

 車両が急停車する。おそらく、同じ人種の人間が前を通るとアラームを鳴らして自動停車する仕組みだ。

 心臓が口から吐けそうな位びっくりして車両を見る。

 砂利と砂鉄が散らばる地面とミスマッチな、メタリックで角ばった近未来的なボディがアラームの中心だった。車両の横の装甲には、水色の円を基調として、『HM』と文字が入ったマークがペイントされている。車両フロントの、細長いガラスの中にたまげた顔をした痩せた男の顔が見えた。

 男は慌ててアラームを止めてアクセルを戻すと、わざわざ横のドアの窓から顔を出し、

「す、すまん!ぶつかってないか⁉……脇見運転をしちゃったな……ああ、悪かった、マジで、……ええと、反省してっから!アクセルは踏んでないから、もう安心して渡ってくれ!本当に悪かった!!」

 男は早口で謝罪を表すると、律儀にほんのちょっと後ろに下がって、"渡っていいよ"の意味合いを強くした。

 何故か俺が後ろめたくなったが、折角なので謝罪はありがたく受け取り、軽い会釈をしてから道を渡る。

 渡り切る頃には点滅していた信号は赤に変わり、逆に車道側に付いていた信号が青に変色、車両の列はまたのろのろと行進を再開した。

 ちょっと振り返って見ていた俺に、さっきの男が車体横のドアの窓ガラスから手を降っているのがわかった。

 そして後ろの車にどつかれる。脇見運転が癖なんだろうか。

 どついた側の車は、男と同じ車種だった。近未来的なフォルムに、車体横には大きな水色の円の形をしたマーク。

 チームだ。

 正確には部隊、だ。俺たちレンジャーは、軍属の所属扱いなので、名目上ソロ以外のレンジャーには配属された部隊がある。部隊のことをチームと呼び、レンジャーはある程度のレベルになるとチームの創設が可能になる。

 チーム内ではマークの創作をすることができ、一体感といった意味ではかなり重要なポジションをとる。車体横のマークはそれなんだろう。

 そしてチーム内では乗り物や武器、服装まで統一する所もあるらしく、先ほどの男と、その後ろの車両三台位が同じ車種なのもそういうわけなんだろう。

「チームか……」

潔く前を向いて運転し始めた男の横顔を見て、少しばかり溜息する。

 別にチームに入りたいわけではない。むしろ、一人でやっている方がコミュニケーションなどに気を使わないで済むためにその方が良い。

 が、MMOではソロプレイに限界が存在してしまう。レベルでカバーできない部分が多く出てきてしまうのだ。

 そういった意味合いでは、チームに入っても良かったのかもしれない。

 まあ俺は一人で黙々とするつもりなので、その限界とやらが来てから考えることにするわけだが。



 暫く露店の珍品を眺めながら歩いていると、案外あっという間に街の中心、宇宙エレベーターに辿り着く。

 話通り、根本の辺りはかなりの人で賑っていた。

 露店もテントの大きさが増し、豪華な物が増えている。オシャレな喫茶店もあるし、なんとサーカスのテントまであったのには驚いた。

 宇宙エレベーター自体の根本の部分は、博物館の様に膨らみ、下部分三十メートル辺りまでは普通の巨大建築物の様になっていた。といっても、やはりというか、近未来的な曲線は不思議な違和感があったりするのだが。

 外の露店は後で見るとして、まずはエレベーター下部分の見学をすることにした。

 大きな入り口をくぐると、まるで空港の様な、一面グレーとメタリックシルバーの内装が目に飛び込んで来た。

 地上十五階辺りまでは吹き抜けとなっており、開放感があった。

 何より目を引いたのは、吹き抜けのフロアの中央部、テープで立ち入り禁止になっている所に展示された、一つの化石であった。

 ……四枚程翼が生えている。

 子供の頃図鑑でよく見たティラノサウルスの骨格に近い。目と鼻に当たる部分に穴が空き、肉食動物特有の鋭い牙があり、鉄柱で支えられ、ワイヤーでバランスをとる様に吊るされたそれは生前の貫禄を未だ忘れていない。

 或る生き物が気高く生きた、白い証。

 このゲームの面白さの一つ、謎めいた不思議なオブジェクト。

「圧倒的だと思うだろう?」

 感嘆していると、いつの間にか横に立っていた男に話しかけられた。

 白い物が目立つ髪に、身体の後ろで組んだ手に骨が浮き出ている初老の男だった。上を見上げたままの瞳はされど蘭々と輝き、威厳を感じさせた。

「この町には観光に?」

いきなり話しかけられてびっくりする。

「……え、あ、はい……」

「ふむ、なかなか同じ目的の人間に出会わないな」

「あの、あなたはなんの目的で?」

「実は入っているチームがこの町に拠点を構えるんだ。それにあたって物資を運び込むのでね、役にも立たないのに付いてきてしまったというわけだ」

町にはチームの拠点を立てることができる。金がかかるが良い物件は早い者勝ちなので、ここのような見つかったばかりの町なんかでは気が早い連中が早々にマイルームを構えに訪れる。どうやらこの老人はその一例らしい。

「いやはや、参るよ。わざわざこんな所になんて拠点を構えずとももっと良い星があったろうに」

そういう男の顔は優しげな顔を崩さない。

 他の環境の良い星に構えられるということはなかなかに規模の良さそうなチームなんだろうか。

「君は、チームに入っていたりするのかい?」

 いきなりのダイレクトな質問に思わず口ごもってしまう。

 目の前の巨大なは虫類の化石を見ながら、適当に答えてみる。

「ああ、いえ……僕はまだどこにも入ってません」

「おや、コミュニケーションが苦手なタイプかい?」

「いえ、そういう訳では……」

「なら、ウチに来ないかね?」

……普通、ネットゲームでフレンドでもない人間相手に話しかけることは少ない。そのはずなのに突然話しかけてくるのは不自然だとは思ったが、勧誘とはまあありきたりな目的であった。

「君は見た所、レベルに不釣り合いな装備を身につけているようだ」

鋭い。

「……武器だけ貰い物です」

「そんなことだろうと思ったよ。……一つアドバイスをしよう。レベルに合わない武器を使っていてはおそらく、というか絶対にバランスが崩れる」

「バランス?」

「そう、バランスだ」

男は後ろに組んでいた手をほどき、ジェスチャーで説明する。

 痩けた、細い腕だった。

「攻守のバランスと、キャラクターのステータス値とのギャップから来るものだ。本来なら一定のレベル、あるいは一定の攻撃ステータスにならないと使用できない装備だが、君のは必要な攻撃ステータスが極端に少ないのにも関わらず威力が高いようだな」

「なるほど……本来ならステータス不一致で使えないはずの物だ、と」

「ああ、おそらく何かのイベントの限定品あたりだとは思うが、事実その不一致の武器を使うと、他の普通の装備で得られる経験値のちぐはぐからどんどんステータス値が不安定になるはずだ。理解はできるかな」

「……ええと、はい」

「そこで、通常の流れにプレイを戻した方が良い、という訳だ。そしてそのためには既にずれている経験値を元に戻さなければならない」

「へえ」

「そして、元に戻すには一人では経験値が偏るために不可能、なので他人の協力が必要、なのだ」

「ふうん。……え」

「良い機会だからいっそチームに入ってみないか、ということだ」

なるほど。ステータスのムラを潰すために他人の協力を煽れと。ぶっちゃけそんな細かいレベルでの計算って必要なんだろうか。

 凄くためになるアドバイスなんだが、この老人は何者なんだろうか。

「どうだね?私はチームリーダーではないのでこの場で入団させられる訳ではないが、君さえ良ければこのままチーム長に会わせよう」

ふうむ。実のところめんどくさいが、こういうのはありがたく言う通りにした方が良いんだろう。

 だが、

「すいませんが、お断りさせて頂きます」

「おや、てっきり折れてくれるものと思ったんだが……残念。良ければ理由を聞かせてくれるかな?別に他人と関わるのが嫌な訳ではないんだろう」

「そうなんですが……実は、この武器を手に入れてから殆ど経験値を入手していないんです」

「……なるほど」

「アドバイスだけでもありがたかったです。すいません」

「いやいや、こちらこそ無理に誘ってすまなかった」

男はぽりぽりと白い頭を掻いた。

 そして、もう一度こちらに向き直ると、

「お詫びにこのタワーの案内をさせてもらえないだろうか」

「え、良いんですか」

実はこれは大きなアドバンテージである。全くここの地図情報を持っていないため、ひょっとすると迷う可能性もある。ましてや巨大な建物ともなるともう道はわからないことが多い。

「ここに荷物を運び込んだのでね、一通り地図情報は埋まっているよ。面白いものもいくつか発見できた」

「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」

なんか緊張してしまったが、ぜひともこれはお願いしたい。このゲームでは、いかに効率よく道を回れるかというのも大事なポイントになってくる。

「では早速」



 宇宙エレベーターの中は、本当に博物館のようになっていた。

 各フロアごとに趣の違った、例えばレンジャーの歴史や、敵モンスターの生態、珍しい武器の展示なんかが行われていた。

 今いるのは地上十二階。このフロアではレンジャーが使えるスキルの科学的な設定なんかが詳しく展示されていた。

「どうかね?ここの宇宙エレベーター、なかなか他所にない展示物が揃っていると思うんだが」

「はい、こんな細かい設定があるなんてびっくりしました」

博物館独特の暗い廊下で、男の顔がオレンジ色の証明に浮かぶ。

「幾つか、他所でも似たような展示物はあったんだが、私も初めて見た物が多かった」

つまりは、最近になって明かされてきた設定が多いということなんだろうか。

「ふむ、こんな資料館がある場所というのは、拠点を構えるのに賛成かもしれんと今更思えてきたよ」

微笑を浮かべる男に、ちょっと気になっていたことを聞いてみる。

「あの、さっき言っていた、運び込んでいる物資ってなんなんですか?」

チームの拠点を構えるにあたって、物資を運び込むというのは一般的なことだが、さっきの男の言葉には何か違和感があった。

 『物資を運び込むから付いてきた』。

 別に人が一人でもいれば物資を運び込むことはできる。もし数人必要な物資だとしても、付いてきたという表現では、別に手伝うわけでもない、と言っているような感じではないだろうか。

「……ふむ」

男は顎に指を添えて一度黙ってしまった。顔には少し疑問のシワがよった。

「それを聞くには私のチームに入ってもらう必要があるな」

数秒考えた男はそう切り出した。

 秘匿らしい。

「まあ、そんなことだと思いましたけど」

別に知らなければいけないわけでもないし。

「……ううむ、なら入って確かめよう、とは思わないのかね」

話したいのか話したくないのかどっちなんだ。

「いえ、別に」

「……ふむん……」

なんか残念そうにしている男は放っておいて、次のフロアに進もうとした。

「ああ少年、次のフロアは……」

どすっ。

「痛っ」

言いかけた男の言葉を聞き終えない内に、後ろを向いていた俺の肩に何かがぶつかる。

 別に痛いわけではないが、何かしらの衝撃を感じるとその強さに応じて自動的に声を出すシステムという物があり、そのボイスは自由に設定できるのでそういう物に拘るタイプの俺はちょっとリアルになっているのである。

 見ると、今肩をぶつけて行った奴が後ろにいた老人のちょっと前あたりにいた。前方から走ってきていたらしく、後ろを見ていた俺はそれにぶつかったらしい。

 灰色のベレー帽を目深に被った奴だった。顔の大部分が隠れていて見えないが、此方を黙って数秒見ていた。

 もしかして……睨まれてる?

「……ああ……えっと、ごめん」

「……ふん」

一応謝った俺に対して、鼻であしらったそいつは俺たちが今来た方へ走って行ってしまった。

 俺が悪かったのだろうか。

「ふむ、新しい街というのは皆忙しいようだな」

忙しかった……のか?なんか様子がおかしかった気がするが。

 それにしてもあの目。なぜ俺が睨まれたんだろうかはさて置き、意思の強そうな目だった。何か目的のある目……。

「どうかしたかね。次のフロアに行こうではないか」

立ち止まって考えていると男にそう言われた。それもそうだ、先に行こう。



 暫くして。フロアの大体を見て回ったのち、十四階辺りで男のL.I.G.に無線が入り、どうやら急な用事が入ったとかで一旦別れることになった。

 男はまだ俺をチームに入れようと考えているらしく、しつこかったので一応無線の周波数だけを教えておいた。

 俺はというと、この宇宙エレベーターは探索しきってしまった感じがしたので、外に出ることにした。

 そこで、入り口の前で何やら騒ぎが起きていることに気づいた。道端に人だかりができている。

 男性のプレイヤー四、五人が人混みの中心に見えた。

 彼らはどうやら二人ほどの女性プレイヤーと向かっているようだが、男達が難癖をつけて喧嘩をしかけているわけではなさそうだ。近くには交通事故……なんだろうか。何処かで見た覚えのある車がバイク二、三台を轢いている。

「マジかぁ……ううーん、これ、壊れてんよね?」

「あんた達の車だよね?いやー、参ったな……」

「……」

ありきたりな展開っぽい。

 話しかけられてる方は何も答えようとしない。

「……ああ、えっと、何か言ってくれませんか?このゲームって現実感満載ー、とかって設定されてるから壊れたら戻んないんですよね」

「せめて謝るくらいしてもらわないと……」

「……」

別にマナーの悪い男どもが女性プレイヤーに絡んでいるわけではないようだが、轢いた本人達が謝ろうとしない。それどころか喋ろうとすらしない。

「……全く」

 俺も別に関わりたいわけではないし、長時間いると巻き込まれる可能性もあるのでさっさとずらかることにした。

 俺は馬鹿だった。

「なんか応えてくれません?」

「……あ」

轢いた方の内、一人が俺と目があった。

 ヤバい、と本能が告げる。巻き込まれるかもしれない。俺はネット上ての面倒はゴメンだ。頼むから話しかけないでくれ。

 しかし俺の願いは届くことはなく、ことごとく打ち砕かれる事になる。

「おい、そこの!えっと、えー……赤いの!」

指を差された俺の方に、そこに円状に集った人だかりの視線が一斉に注がれた。

 赤いの、とは多分俺のことでほぼ間違いない。赤いコスチュームで固めているのはその場に俺ぐらいしかいないからだ。

「……は?」

何故、俺?

 今このタイミングで俺を呼んだとはどういうことだ。呼ばれる理由がないではないか。

「は、じゃないだろおい。ちょっとこっち来いや」

澄んだ女性の声だ。殺気を感じたのはなんなんだろう。

 ビビったのもあり、仕方なく人混みの中を掻き分けて行き、中心に行く。野次馬は気を利かせたのか細い道を作った。

 そこでようやく気づいた。人に隠れてよく見えなかったが、女性プレイヤーの内一人、俺を呼んだのは先程宇宙エレベーター内で肩をぶつけた奴だった。

 グレーの帽子、シンプルなコート。顔はやはり見えなかったが、声から察するに、どうやら女性だったらしい。

「……なんでしょうかね」

中心部で改めて呼ばれた経緯を聴いてみた。

 すると、いきなり俺の肩を掴み、凄い勢いで口を俺の顔に近づけて来た。耳打ちをしたいらしい。

 薄い唇だった。

「ちょっと助けろ」

「はあ?」

突飛すぎる。

「なんで僕が」

「なんか顔が気に入らないから巻き込んでみただけだ」

「おいふざけんなよ?僕はこういう面倒は苦手なんですよ」

「だったら克服してくれ」

「だからなんで僕がそんなことやらにゃならんのですか」

「いいじゃないかちょっとくらい。力になってくれ」

「あんたらが起こした事故なんでしょ?だったら自分で解決してくださいよ」

「ええと、いや、不慮の事故っていうか、あんまり実感ないというか」

それがダメなんじゃないか。

「じゃあそれを謝ればいいだけでしょうが。ちょっとよそ見してました、すみません、って」

「うう、できないから頼んでるのに……くそ、使えねえ」

なんだって?使えないとか言ったかこのアマ。

ようやく肩から手を離した女は、渋々相手の男グループに向かおうとした……

 その時。


 ドゥンっ!!


 篭った爆音が響いた。

 ……爆発!?

「なんだ今の!?」

「銃の音じゃないか!?」

辺りが騒然とし出す。

 近くではない。後ろ、上の方から……宇宙エレベーター内か、と思って見てみると、案の定五階辺りの壁が一部吹き飛んでいた。

「街は安全エリアなんじゃ!?」

「PKの可能性もあるけど、モンスターの発生、ってのは!?」

皆が慌て出す。目の前にいた、騒動の中心の奴らも例外ではない。

「う、あわ、わ、街の中で発砲、だなんて……」

「おい!あんたら、バイクぶっ壊したことはもういいから、ここからはずらからせてもらうよ!」

「……はぁ!?逃げんの!?」

「お前この街の噂、知んねぇのかよ!?悪いことは言わねえ、あんた達も逃げた方がいいぜ!」

そう言い残して男達はバイクなんて放って、一目散に走り出してしまった。

 この街の噂……?聞いたことないんだが。

「おい、この街の噂ってなんだ!」

近くにいたベレー帽の女に聴いてみる。

「わ、私も知らない……けど……あ、ボス!」

しかし女はなにか思い至った様子で、もう一人の少女に声をかけた。……ボス?

「は、はい!な、な、なんでしょう」

ボスと呼ばれた少女は、何やらあたふたしていた。身長は小さく、長い髪を二箇所で結んでいる。服装的には、ワンピースタイプの明るいブルーでまとめられたコスチュームを着ている。腰には不釣り合いに大きな片刃の剣。

 ……あたふたしている態度といい、見なりといい、とてもボスと呼ばれる役職の人には見えない。

「どうします!?まだ中では例の会談が!」

「仕方ありませんね、『鍵の男』の所在を把握するのが先ですが……」

それを聞くや否や、グレーの女はボスらしい女性ーー女性というより女の子ーーの手を握って、硬く頷いた。

「ボスは待っていてください! 最悪、エレベーターが使えなくなることも考えて、街の外の船に皆を集めて!」

「えっ、えっ。貴女はどうするの! 皆居なきゃ船は出さないよ!」

「『鍵の男』をサルベージしてから向かいます。しかし……えーと、三十分戻らなかったら先にアジトに帰っててください」

「そんな! 貴女を置いてなんて行けないよ! 大切な仲間だもん!」

「はは……嬉しいけれど、その言葉は所詮護衛の私には重すぎます。今頃避難を誘導してる仲間たちに言ってやってください。……それじゃ」

言い終わるか終わらないかのうちに、グレーの女は後ろのエレベーター内に走って行った。

「あっ! アシェ!」

ボスと呼ばれたその人は、グレーの女アシェを止められずに手を伸ばしただけだった。

 と、そこでボスが眼を伏せたまま俺に話しかけてきた。

「すいません……変なことに巻き込んでしまって」

この人は何を謝っているんだろう。慌てようからしてこの人たちが何かしたようには見えないし、謝られる意味がわからない。

 変な顔をする俺に対して、ボスはこう弁解する。

「おそらく原因は我々です。多分迷惑がかかると思いますから、先に謝っておきます。……ごめんなさい」

「そんな風に謝られてもな」

適当に言いながら、さりげなく後ろのエレベーターの爆発があったところに目を向ける。壁に穴が穿たれ、そこから蜘蛛の巣のように外壁の表面にヒビを走らせている。ぽっかりと空いた風穴からは、もうもうと黒煙が上がっている。

 そこで気になるものを見つけた。     恐らくは見つけてはダメだったもの。それでいて見つけなければいけなかったもの。

「まぁ、謝るのは良いですけど、ええと……」

困っていると、ボスは言葉の意図を察し、

「私の事はウィルとお呼びください」

と可愛らしい笑顔を見せながら教えてくれた。

「じゃあウィルさん。早く武装してここから離れるんだ」

俺の言葉に若干冷たいものを覚えたのか、少し神妙な顔で理由を尋ねてきた。

「どうしてですか」

「どうだっていいでしょ。兎に角さっきの、グレーの人の言った通りにした方がいい」

「だからどうして……」

「いいから‼」

突然怒鳴った俺にビクッとしたウィルさんは、泣きそうな眼でこっちを見てきた。

 だが、こっちはこっちでじっとして居られない理由ができた。

 ウィルさんに背を向けて、俺はエレベーターにまっすぐ飛び込んでいった。

 後ろで何か叫んでいたウィルさんの声が聞こえたが俺は無視して、照明の落とされた広い空港のようなフロアを突っ走った。

 グレーの女は知らないはずだ。間に合うといいんだが。



 アシェ、とかいう少女は案外簡単に見つかった。

 それもそうだ。爆発があったフロアにフラフラしてたらそれは見つかりやすくもなる。

「おい! おい、そこのグレーの!」

声をかけたらアシェはギョッとしてこちらを見た。

「な、なんでこんなとこにいんの!? 」

「知らせにきました」

短的に述べると、アシェは怪訝な顔をした。

「この建物にクリーチャーがいる事を」

少しもったいぶってから言った。

 実はさっき、外側から破壊された壁の向こう側にクリーチャーが出てくるワームホールの端っこが見えたのだ。

「それじゃ、やっぱりセーフティエリアの街の中で爆発が起きたのは……」

「そう。セーフティエリアなのにクリーチャーの発生源が生まれちまったせい、ですね」

アシェは少し煤の付いた顔を若干伏せた。

 実際俺にも何が起こっているのか全くわからない。絶対安全と信じられていた街の内部、しかも中心にクリーチャーが出現してしまった。

 ゲームシステム上あってはならない事の筈だ。

「まあとにかく。何があるのか知らないけど、ここからは早く出た方が良い。ワームホールの形からして、出たのは『ダーク種』だ。群れで来たら厄介どころの話じゃない」

「う、う、わかってるっつうの……わかってるっつうの……」

ここから出るように勧めても、どうやら探し物でもあるのか退くかどうか決断を渋っているようだ。

 まあ俺もそこまで悪人ではないので。

「なにか目的があるんですね。手伝いましょう」

「え、いいの?……でもな、その装備、明らかに素人なんだよね……」

む。心外。素人なのは間違いないけど。

「ほら、早くしないと囲まれるかもしれませんよ。目的のものを教えてください」

「うー、わかった。手伝ってもらう。だが、もし生きて帰れても深入りすんなよ。いいな?」

言っている意味がわからないが、一応頷いておく。

「良し。探し物がある。二つ……いや、一人と一つ。一人は男。なんか特徴とかはあまりない、っつうか姿が変わってるかもしれないから男かもわからない。とにかく人だ。挙動が怪しいからすぐわかるんだが……普通のプレイヤーやNPCと違った行動をする奴。そしてもう一つは、カプセル」

「カプセル?」

「そう。カプセル。だいたい二、三メートルくらいのでかい鉄の塊だ」

「中には何か入っているんですか?」

「……言えない。両方とも漠然とした言い方で悪いけど、部外者にはここまでしか頼めない」

こんな事が少し前にあったような。

まあいい。探し物のだいたいの図は掴めた。人とカプセルだ。

「人の方はともかく、カプセルの方は大まかな場所はわかる。エレベーターの輸送搬送用第四倉庫だ」

「カプセルは倉庫、か。ん?倉庫ってだいぶ上の方じゃないですか?それに一般の人間は入れないですよ」

「ここはあくまでリアルを求めた世界。できない事はない」

「……強行突破ですか。わかりました」

「まずはカプセルを目指す。人の方はカプセルの後。カプセルの方が大事だし」

「では上へのエレッ」


すかッ


 突然、後ろから何かが何かに線を引くような音が聞こえた。

「……」

 いきなり黙った、というより言葉を切った俺にアシェが怪訝な目を向ける。

 後ろを恐る恐る振り向くと、そこには五本足の一、二メートル弱位の黒い物があった。大きな虫のような化け物がいた。

 クリーチャー‼

 俺は咄嗟に距離を取り、背中に背負っていた赤い槍を引っ張り出した。と同時に、足元に赤い水溜りができている事に気づいた。引っかかれたようだ。

「ふッ」

頭で考えるより先に身体が動く。槍の切っ先を目の前の異形の物に突き立てる。

 狙い通り眼球を抉った槍は、そのまま頭蓋の奥に食い込まれて行き、最後には五十センチ程めり込んだ。

 断末魔なのだろうか、ぴぎい、と甲高い鉄をこすり合わせたような音を鳴らして動かなくなった。

 ヤバい。敵がもう湧き始めている。

「行きましょう! とにかくこのフロアから出ないと!」

アシェは突然の事に驚きながらも賛同した。

 機能の停止したエスカレーターを駆け上り、途中で出くわした敵は可能な限り避けた。

 だが、五階程登ったところでアシェが息を上げながら話しかけて来た。

「もういい、もういいよお前。さっきのは結構深いはずだ。転移魔術がある。街の外に避難してろ」

ここまで来て今更帰れるか。

「でも」

「いいから帰れ! いても足を引っ張るだけだ」

「お前を一人で置いて帰れますかっつうの!」

「私はいいから! こっちのせいで死なれても困る」

息を絶え絶えにしながら、アシェは何やらぶつぶつ呟き始めた。

 魔術の詠唱だ。

「おい、待てって、行けるって!」

言い終わらない内に辺りが光に包まれた。

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