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過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
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第5章 1


 私が歩いてきたその足跡を、私は振り返らない。たとえそれがどんな苦しみであれ、どんな幸福であれ。此処にいるという今を、私は悔やまない。

 私は進む。ただひたすらに、この足が動く限り。神がいるのなら、私の生き様を笑えばいい。私はこの大地から空を見上げよう。





  - 地を這う者 -





 少年王は説教を終えると、こちらに歩み寄ってきた。テレジアさんの制止も聞かず、私達の前に立つ。私はまだ立つことも出来ず、彼を見上げていた。


「そち、……生きているか?」

「……残念ながら、死んではいないようです」


 私はそう言って笑った。自分で言うのも何だが、無様な格好だ。人の手に支えられ、人に守られ……動けないまま相手を見上げることしか出来ない。

 彼は静かに私を見下ろした。血に染まり、力を失った私は彼の目にどう映っているのだろうか。私は静かにその目を見つめ返した。


「1つだけ、聞きたいことがある」


 少年王の言葉に、私は視線で続きを促した。正直なところ、声を発するのは辛い。まだ体は完全に回復していないからだ。それに……あの薬が、体内に残っている。

 夕焼けの色をした髪が揺れる。かつてこの地の神と呼ばれた太陽神の子孫は、今でもその誇りを失っていない。


「以前、そちは余に聞いただろう。……お前は高みを行くのか、と」


 まだ彼が王子だった時、私は気まぐれでヒュペリオンを渡した。ネオ・オリを救いたいと思いながら、踏み出すことの出来ない小さな王子に。

 私は彼の言葉を聞きながら思う。さほど時は流れていないにも関わらず、はっきりとした目をするようになったものだ。王の自覚か、それとも彼自身の覚悟が決まったのか。

 彼は真っすぐに私を見る。


「そちに問う。……お前は、高みを行くのか?」


 思いがけない問いかけに、フレイさんとクリフさんが顔を見合わせた。テレジアさんとジャン・ユサクも意味が分からない、という表情を浮かべている。もちろん、あの時の会話は私達2人の間で交わされた秘密。フリッツさんだけが、何かに気付いたように少年王の横顔を見つめている。

 高み……ふと、誰かの大きな背中が過った。沢山の犠牲を払ってでも、目的を果たす為に生きる後ろ姿。過去の預言書を集め、かつて道を間違ったトゥアスを悪例として『知』を復活させる。

 否、そんな小難しい目的ではない。誰も死なず、誰も悲しまない世界を望んでいる……小さな少年だった兄の背中。おそらくジェイロードこそが、高みを行くにふさわしい。

 ふっと、私は笑った。比べてみれば、復讐に囚われ、こんなところで砂漠に転がっている自分はどうだ。惨めで、くだらなすぎる。滑稽で、馬鹿げている。それでも……。

 私は少年王を見上げる。


「私が行くのは、高みではありません」

「!」


 少年の表情が翳る。私は笑った。自嘲ではなく、狂った笑みでもなく。私は破顔する。


「天を行くよりも……地を這いずり回る姿の方が相応しい。そうは思いませんか?」


 晴れ晴れと、私は笑ってやった。そう、最初から何も変わってなどいない。私はジェイロードを、血の繋がらない兄を殺す。例え兄がしようとしていることが正しいことであっても。

 何も変わらない。ただ、兄が預言書を追う理由を知り、私が復讐だけではない殺しの理由を作っただけ。私達の道は決して重ならない。だから……決着をつけなければいけない。


「……この地に立たずして、か」


 少年王は私の表情に驚きつつも、何かを悟ったようだった。背負ってきた荷物の中から何かを取り出すと、私達に向かって投げる。咄嗟にフレイさんがそれを手に取った。


「!」

「……くれてやる。その代わり、余の国と余の部下に手を出さないことだ」


 フレイさんは受け取ったものに視線を落として、驚いた表情を浮かべた。少年王の後ろで抗議の声が上がる。


「陛下!」


 私達の手の中に転がり込んできたのは、過去の預言書第3章、大地の章だった。クリフさんとフレイさんは本物かどうか中身を確かめた後、信じられないような顔で彼を見つめる。

 少年王はこちらに背を向けると、三大戦士に向かって言った。


「文句を言うな。余に黙って行動した罰だ。……城に戻るぞ」










 陛下の乗る馬の手綱を引きながら、僕は苦笑を浮かべた。先ほどからしんがりでテレジアが文句を続けている。僕の反対側を歩くジャンは、いつも通り無言だ。

 馬の背中に揺られながら、陛下は鼻を鳴らしてみせた。


「五月蝿いぞテレジア。余は預言書と引き換えにお前達を助けたのだ。感謝の一言もないのか」

「助けるて……陛下、あれはこちが優勢だたのん!!」


 状況は3対2。いや、3対1に近かった。もう少しで、あのガンスリンガーの動きを封じ、預言書を手にすることが出来るところだった。それがテレジアは気に食わないのだろう。

 でも、僕は笑う。


「まぁ、でも……渡してしまったものは仕方ないですね」

「フウ!あれだけ暴れておいて、今更何ね!!」


 テレジアの怒りが僕に向けられる。下手なことを言ってしまったな。

 けれど、あの時陛下が止めてくれなければ正直、危なかった。最後にクリフくんが放った攻撃は、下手をすれば僕の命を奪っていたと思う。

 空を見上げると、鷹が遠いところを飛んでいた。陛下といい、クリフくんといい……子供が育つのは早いものだ。すぐに飛び方を覚え、大人になっていく。


「……お前達は大馬鹿ものだな」


 陛下は呆れたように溜め息をついた。そして馬の背に揺られながら言う。


「余が何も考えずに預言書を渡したと思うのか」

「……え?」


 思わぬ発言に、僕はつい手綱を放してしまいそうになった。ジャンは顔を顰め、テレジアはぽかんとした顔をしている。

 陛下は腕を組んでツン、と明後日の方向を向いた。


「城の魔術師達を使って、預言書は有効活用させてもらった」

「……は?」


 テレジアがかろうじてそう呟く。



「もう必要がなくなったから渡した。利用価値のないものの為に三大戦士が欠けても困る」

「……」


 ジャンはふと何かに気付いたように顔をあげた。

 陛下は子供らしい、悪戯を成功させたような顔で笑う。そして砂漠の果てに見える砦のような城を見上げた。城に太陽が沈もうとしている。かつて太陽神バルトロが愛した、この世で最も美しいもの。

 陛下は凛とした声で言う。


「この気候でも地を耕す方法がないか調べていた。他国に作物や資源を求めず、自国で自給出来ないかと思ってな」

「国内の安定化で、国を強化する……そうゆうことですか」

「ああ。それに下手に預言書を持っていては、他の国からの標的になる」


 僕は納得したように声を漏らした。高みを行くのか、と問いかけた理由がやっと分かった。陛下は彼女を試したのだろう。彼女がネオ・オリを脅かすような使い方をしなければ、預言書を渡しても問題はない。

 陛下は笑う。


「分かったなら、本来の仕事に戻ってもらうぞ。こんなことでお前達を失うのはまっぴらだ」










 風が段々と涼しさを運んでくる。もうすぐ夜になる。何処からか聞こえてくる風の鳴き声を聞きながら、そんなことを思った。


「はぁああっ!?」


 俺の声が、吹きさらしの砂漠に響いた。クリフは困ったように頬をかき、サーシャは他人事のように明後日の方向に視線を向けた。

 微睡みの庭で俺と別れた後の経緯を、クリフから聞いた。俺と別れてから、サーシャに会うまで。俺はサーシャの背中に向けて言った。


「お前、馬っ鹿じゃねーの!?八つ当たりで人を撃つってどうゆうことだよ!!」


 サーシャが混乱してるのは分かっていた。詳しいやりとりまでは知らないが、クリフに発砲するってのは凶悪だぞ。俺は苦笑しているクリフの頭を殴る。お前も笑ってんじゃねぇよ。

 明後日の方向を見ていたサーシャは、静かに溜め息をついた。


「それについては、たしかに私もやりすぎました」

「やりすぎってレベルか!」


 謝るんなら土下座しろ、土下座。

 しかしサーシャはそれ以上に詫びる気はなかった。クリフも責める気はないらしい。本人達がそれでいいんなら俺はこれ以上言わねぇけどな。

 俺は咳払い1つして、手元にある預言書を見つめた。第1章『原初の章』、第3章『大地の章』……残りの3冊のうち、2冊はジェイロード達の手の中にある。残るは第5章『終焉の章』。全ての最後を記す、文字通り終わりの章。


「……で、これからどうすんだよ」


 俺は分かりきったことを聞く。クリフもまた、サーシャに視線を向けた。

 サーシャは夕暮れから夜へと変わる空を見つめていた。紺色の空が砂漠を覆い、やがて月が昇ってくる。太陽の国に訪れる静寂の夜。

 サーシャは傷口に手をやり、そして空を見上げた。


「預言書を探しましょう。……終焉の章のある場所に、ジェイロードは現れます」


 これで、おそらくあいつらと顔を合わせるのは最後だ。サーシャは静かに目を閉じた。ジェイロードが生き残るか、サーシャが生き残るか……おそらく、それで預言書の行く末も変わる。

 サーシャは振り返った。青い瞳が俺達に向けられる。


「ジェイロードのやろうとしていることは、正しいことかもしれない。それでも……私の目的は変わりません」


 迷いのない表情だった。殺るか殺られるか、全てはその二択だ。


「ついてきますか?……私のやろうとしていることが間違いであっても」


 珍しい問いかけに、俺は鼻を鳴らして笑った。今更そんなこと聞くなっての。ついていく気がなければ、命がけで助けるわけねぇだろ?視線を向けると、クリフもしっかりと頷いている。

 サーシャはふと笑うと歩き出した。


「……いきましょうか」


 どんなに無様だろうが、地を這って泥にまみれる。それが俺達の生き方だ。

 例え神であろうとも……俺達の生き様を笑う資格は、ない。


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