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過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
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第4章 4


 誰が正しくて、誰が間違ってるなんて言えない。キミを救うなんて善人じみたこと、僕には言えない。でも1つだけ誓うよ。

 久々に鞘から抜いたレイテルパラッシュが手に馴染む。僕は逃げない。逃げて後悔するのは、もう止めるんだ。





  - 天地万物 -





 刃が空を切る音。それがずっと好きだった。見えない相手を作り上げて、剣を交えるのが小さい頃から好きだった。

 そう、最初はたったそれだけの理由だった。ルクスブルムに入ったのもそんな簡単で、幼稚な気持ちからだった。傭兵学校での日々は楽しかった。ただ訓練を繰り返して、生死のない練習を繰り返す日々。いつかは誰かを守る為に、僕等はそうやって剣の腕をあげていった。

 誰かを守ることは、自分を正義だと思うことだった。守ることで何かを傷つけるんだと当時はこれっぽっちも感じていなかった。

 手に馴染んだレイテルパラッシュ。まともにこの柄を握ったのはいつ以来だろう。合格と共に渡された優秀者の証。同じ物を与えられた生徒達はみんな、この剣に誇りを感じていた。

 でも、誰1人として知らなかったと思う。この刃が人の肉を裂き、首を飛ばし、命の炎を消す道具だということを。誰かを守るということは、他の誰かを傷つけるということを。

 知らなかった僕は……家族を失ったことでその意味に気付いた。それから剣を振れなくなった。


「クリフくん……」


 全てが平穏に、全てが安息のうちに終わってほしかった。けれどそんな一生を手に出来る人間なんていない。いつかは誰かを傷つけ、大切なものを失い……自身も傷を負う。

 僕は、僕自身が傷つくのが怖かった。死にたくない、死にたくないとそればかりだった。それでいて誰も傷つけたくないなんて、贅沢ばかりで。

 サーシャさんに言われた言葉を、思い出す。逃げている僕には言われたくない、と。逃げている僕には価値がないのだと……サーシャさんは間違っていなかった。あの言葉の全てを肯定することは出来ないけど、そこだけは認められる。

 僕は、逃げてた。


「……先生」


 構えた切っ先をしっかりと先生に向ける。ここで、足止めをされてるわけにはいかないんだ。僕にはやらなければいけないことがある。そう。


 『たすけて』と呟いた、あの声が頭から離れないから。


 利き足で踏み出し、レイテルパラッシュが一閃する。重心に逆らうことなく、僕の斬撃が先生に襲いかかる。右へ左へと受け流し、避けきれない攻撃は剣で弾き返す。やっぱり先生は強い。

 ルクスブルムでは僕のことを褒めてくれていた先生だけれど、きっと僕の弱点も見えていたはずだ。先生は何度目かの攻撃を受けとめると、バランスを崩しかけた体勢から反動を使って攻撃に転じてきた。


「っ」

「……ちょっと振りが大きすぎるようだね、クリフくん」


 感情が先に出ると、スピードに比例して振りが大きくなる。一方で先生の攻撃は堅実だった。隙のない戦い方は今でも尊敬出来る。

 今度は僕が防御に徹する側になる。


「守りは苦手だったね?そういえば」


 先生の言葉を聞きながら、僕は歯を食いしばった。守りに入るということは、相手の攻撃1つ1つを受けとめなければいけないということ。殺気を帯びた剣先が向かってくるのをしっかりと確認して避けるという行動は、かなりの度胸が必要だった。

 心が乱れてはいけない。隙をつくっては簡単にやられる。


「少し、残念かな。……僕の生徒達にはなるべく知らないままでいてほしかったのに」

「それは……っ」


 首筋近くを切っ先がすり抜けた。ゾッと寒気が背中にはしる。僕は逃げようとする意志にむち打って、次の攻撃を剣で受けとめた。

 先生の剣は容赦なく強い力を込めてくる。


「血の色を知らないまま……純粋に育っていく子達を見てるのは、本当に楽しかったよ」


 昔の自分を見ているようで、と先生は呟く。僕は金属の擦れる音を聞きながら先生を睨みつけた。


「でも、先生っ……それは、本当の強さじゃない!」


 精一杯の力を刹那に込めて押し返す。微かに隙が出来るのを確認して僕は刃を離した。もしも、先生が僕を殺す気なら……次は剣を振ってくるはずだ。

 先手を読んで勢いづく前の剣を弾いた僕は、両手でレイテルパラッシュの柄を握った。迷いはない、全てを一瞬に賭ける。

 鋭い切っ先が真っすぐに空気を切り裂く。










「そこまで!!」


 突然聞こえた声が、張りつめた空気を一瞬にして止めた。息を飲んでクリフとフリッツの攻防を見つめていた俺は、後ろから聞こえた声に振り向く。同じように振り返ったテレジアが、そこにいた人物を見て頭を抱えた。


「……陛下、なんでここにいるのん!!」


 そこにいたのは馬に跨がってこちらを鋭い目つきで見つめている、あのフェオールとかいうガキだった。周りに従者の姿はない。というよりも、従者として付き従うべき三大戦士が此処に集合してるんだから、当然と言えば当然だった。

 フェオールは慣れた様子で馬から下りると、ツカツカと三大戦士に歩み寄ってきた。足取りからも分かるように、相当に苛立っている。


「何故ここにいるかだと?……馬鹿者共が余の護衛も忘れて遊び回っているからだろう!」

「いや、あの、遊んでいたわけじゃ……」


 フリッツが困ったように笑う。一方で戦いの腰を折られたクリフは呆然というか、ポカンとした間抜け面をしていた。……おい、さっきまでの気迫はどこいったお前。


「余が自ら迎えに来たというのに、口答えか!」

「陛下!こちにも事情があるね、アタシ達は預言書のために……」


 癇癪を起こしたように怒り続けるフェオールに、テレジアが慌てて駆寄っていく。残されたジャンは深く息を吐くと、コルセスカを背負い直した。どうやら危険はなくなった……か?

 気が抜けて安堵の息をつくと、腕の中で同じような溜め息が聞こえてきた。


「っ、サーシャ!?」

「……静かにしてもらえませんか……」


 二度目ですよ、とサーシャは先ほどよりはっきりした口調で言った。よくよく見れば、治癒能力のためか、傷口が塞がりかけている。出血も完全に止まったようだった。まだ力は戻っていないようだったが、意識はさっきよりはっきりしている。

 サーシャは腕で血の伝う口元を拭った。


「お前っ……いつから起きてた?」

「……フレイさんがゲームに負けた辺りです」


 てことは、クリフが現れたところからか。俺はほっと胸を撫で下ろした。顔をあげると、向こうからクリフが駈けてくる。


「サーシャさん!大丈夫ですかっ!?」


 慌てた様子で走ってきたクリフに、サーシャは五月蝿そうな顔で眉間に皺を寄せた。その表情に気付いて、クリフは慌てて口を押さえる。

 サーシャは深い深い溜め息を放った。


「本当に……仕方のない人たちですね……」


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