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過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
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第4章 2


 意識が漣のように遠のき、そして戻ってくる。激しい戦いの音を聞きながら、私はフレイさんの腕の中で幻覚を見つめていた。おそらく遠い昔に置き忘れてきた記憶の欠片。もう戻ってくることのない……悲しい人達の思い出。





  - とこしえの眠りへ -





 私は言葉を発することなく、ただ見つめていた。何も言わなかったのか、それとも言葉を知らない幼子の頃の思い出なのか。私は低い視点から三人の家族を見つめていた。

 傍目に見れば普通の家族だった。学に長けた父、武に長けた母。その背中を見て育った兄。何処にでもいるような旅の家族。


「ジェイ。あの星が見えるかい?」


 焚き火を囲んで、アダンが兄を呼ぶ。寝床の準備をしていた兄は、顔をあげて父の指差す方向を見た。

 星空の夜。父の指の先には、ひときわ輝く星が浮かんでいた。兄は父の隣まできて腰を下ろすと、星を見つめて頷いた。


「あの星は必ず西の方角に浮かぶ。季節や時間に関係なく、だ。……もし道に迷ったら目印にするといい」

(西……)


 ジェイロードは静かに星を見上げ、西の方角、と呟いた。


「周りの星は歯車の形を表しているとも言われているんだ。……他にも、色々な星が存在するから、今度また教えてあげよう」


 父は兄の頭を撫で、そして笑った。焚き火に照らされたアダンの顔は誰よりも幸せそうな表情をしていた。

 『知』という最大の謎を追い求め、母と出会った父。彼の『知』に対する執着心は凄まじいものがあり、狂信者にも近いものがあったが……ひたすらにそれを追い求める父を頭から否定するものはいなかった。カタリナでさえ、父の提案や行動に不満を漏らすことはあったものの、その信念自体を否定したことはなかった。


「……うん」


 頷く兄の姿。その横顔が微かに笑っていた。カタリナ似の兄が見せた、一瞬の子供らしい表情。尊敬する父を慕う、純朴な少年の笑み。

 私はふと、同じ会話を兄としたことを思い出した。勿論ジェイロードはアダンのような生き生きとした笑みは浮かべていなかったが。


『兄さま……星はどうして、光続けられるのですか?』


 私が問いかけるとき、兄はいつも私の望む答えをくれた。納得出来る理由と、問いかけた疑問を解決するに足る言葉を。彼はいつも博識だった。いや、今思えば、兄の知識を作ったのは父だったのだろう。兄のくれる答えは、父のくれた答えでもあった。


(父様……)


 父と同じ道を行こうとするのは、思慕ゆえなのか。私は流れていく記憶を見つめながら、思い出す。


『兄さま。星もいつかは光を失うのに、……鳥も獣もいつかは命を失うのに、どうして人は抗おうとするのですか?』


 珍しくジェイロードを悩ませた疑問だった。おそらくそれは、私達のように不老不死に近い体質を持つ人間では理解出来ないことなのだろう。それでもジェイロードはしばらく悩んだ末に1つの答えを口にした。

 それは兄の答えとは思えない程、単純な答えだった。


(そう……あれは、たしか……)



『……生きたい、から』



「サーシャ、しっかりしろっ!」


 フレイさんの声に意識を呼び戻される。微睡みのような感覚が晴れると、一気に痛覚が思い出したかのように襲ってきた。私はうめき声をあげながら、視線を横へと向ける。

 三大戦士に囲まれた人形は、ジャン・ユサクの槍撃に苦戦していた。時折真っ赤な光が魔法陣を作り、その瞬間に砂地が爆ぜる。フレイさんの魔法にも似ているが、どうやらこれは撹乱と陽動のための魔術らしい。

 視線をあげると、フレイさんと目が合った。


「サーシャ!」

「少し……しず、かにっ……してくれま、せんか……っ」


 痛みに顔を歪めながら、私は呟いた。フレイさんの手を振り払おうとするものの、力が思うように入らない。まるで体の自由を奪われてしまったかのような感覚だった。

 フレイさんも私の異常に気付いているようだった。私の手元に落ちているナイフを広いあげ、ふと何かに気付いたようにこちらを見る。


「く……なんでもっ、……ありません、よっ」


 私は唇だけでそう呟いた。フレイさんが苛立ったように何かを言おうとする。しかしそれもすぐに向こうから聞こえてきた激しい斬撃音に阻まれた。

 視線だけで人形を見る。人形はフリッツさんの攻撃を機械の腕で受けとめ、攻撃に転じる姿勢をとった。咄嗟にフリッツさんは間合いを空ける。


「テレジア!」


 合図に反応するように、赤い光が人形の周りに舞う。それは蝶のように辺りに漂った後、動きを止めた。そして次の瞬間、細い糸のような光が人形の体に巻き付いていく。

 ギシギシと軋む機械の体。コロッセオで見た、あの人形は人間に限りなく近い姿をしていたが……この人形はやはり生きている雰囲気がなかった。

 光の糸はまるでその存在を縫い付けるかのように人形の体を刺し貫いていく。光の一端がその首筋を貫いた時、微かに電流がバチバチと音をたてた。


「……っ……」


 死んでいるような目で、人形はこちらを見ている。私は痛みで歪む顔をいっそう顰めた。

 次の瞬間、黒い影が間を横切る。槍が空を切る鋭利な音が響く。コルセスカの刃が真っすぐに人形の体を貫いた。激しいスパーク音と共に、人形の体が動きを失う。


『ミッ、ショ……ン……成コ、ウ……』


 倒れていく体が、まるで他人事のように呟いている。


『No.16……シュウ復、不可能、修フク、不カノ……』


 モノのように崩れた人形はしばらく同じことを繰り返し、そして完全に動きを止めた。機械に戻った人形を見つめながら、私は力のない左手を傷口におく。

 微かに響く鼓動が、力なく動いている。おそらくあのナイフに塗られた薬のせいだろう。私は再び意識が遠のくのを感じながら、思う。

 ジェイロードは、私を殺すつもりなのだ、と。当たり前過ぎる事実に、私は閉口した。










 微かにうめき声をあげた後、サーシャの体が重くなる。くそ、なんなんだよ、この状況は。

 俺はこちらに向かってきたフリッツを睨みつけた。サーシャがこの状態じゃ、逃げることすら出来ない。ヴァルナを呼ぶことも考えたが、この3人を同時に相手出来るか。

 サーシャを抱えた腕は赤く染まっていた。流れ出した血が止まる気配はない。俺は憎々しげに転がったナイフを見る。あの人形が持っていた投擲用のナイフ。そこには確かに、血液以外の液体が塗り付けられていた。


「っ……」


 毒か?だとしても、おかしい。単なる毒ならサーシャの体内で消化することも出来るはずだ。それが出来ないとなると、それは毒ではない。

 考えれば考える程、分からなくなってくる。畜生、なんなんだよ!


「さて……魔術師のキミ、彼女を渡してくれないかな?」


 フリッツは俺達を見下ろすように立ちはだかる。俺はサーシャの肩に回した手に力を込めた。


「なんだよ……サーシャを渡せば、俺の命は助けてやるって顔だな」

「まぁ、そうだね。下手な殺生で恨みを買う必要はないし」


 敵は少ない方がいい、とフリッツは言う。俺は奴を睨みつけた。

 サーシャを渡して、自分だけ助かろうなんて馬鹿な話だ。そんなこと出来れば最初からやってる。それが出来ないから……こうして馬鹿げた状況に置かれてるんだ。

 俺は自嘲した。サーシャはまだ意識のない顔で目を瞑っている。


「早めに選択することだよ。分かってるとは思うけど……僕等は知り合いだからって容赦はしない」


 倒れたサーシャの顔は真っ白だった。この女がルミナリィだって言うんだから笑わせる。……ただの人間だろ、ただ化け物みてぇな回復力と馬鹿力を持ってるってだけの。それ以外になんら変わりはしない。悪魔の翼を持ってるわけでもねぇだろ?

 そう、最初から何も変わりはしない。最初からな。


「そうか、なら……断る」


 俺はフリッツを見上げてそう言った。たとえ勝ち目があろうとなかろうと……これはそんな問題じゃねぇんだ。サーシャを渡すことは出来ない。見捨てることは……しない。


「!」

「馬鹿言うんじゃねぇよ。そんなこと出来るなら護衛の依頼自体、最初から願い下げだ」


 微かに三大戦士の表情に殺気が宿る。相手は3人、そしてこっちは瀕死状態のお荷物付き。どうやったって不利だ。逆立ちしたって変わらないこの状況下。

 おい、サーシャ聞いてるか。お前が自分で言ったんだろ。


「俺は俺であることを止められねぇんだ。だからな……どんな最期だって歓迎してやるよ」


 自分が自分であることを止められなかった。だから運命は自分の身に降り掛かってきた。どうして自分なのか、どうしてこうなってしまったのか……どうにもならない運命を嘆こうが喚こうが、テメェの勝手だ。……けどな。

 嘆く暇があるなら前を向き、喚く暇があったら歩き出せ。違う風景を見たいと思うなら。


「ただし……死ぬまで足掻いた後でだっ!!」


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