表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
92/112

第3章 4


 気がかりなことがいくつも頭を過ぎ去っていく。1つ1つの問題を吟味することもなく、ただ流れていくだけの項目。掴もうと手を伸ばすのに逃げていく答え。問いがなければ答えも紡ぎ出すことは出来ない。

 私は、一体何を願っているのだろうか?





  - アベンド -





 炎が燃え盛って、行く手を阻む。それでも僕等はガセトさんに言われた港へと向かって疾走していた。病棟を抜け、裏の林へ。徐々に遠のいていく混乱のざわめきに後ろ髪をひかれながら、僕はシルヴィの背中を追っていた。

 道なき道を走りながら、月が照らし出す斜面を駆け下りる。冷たい風が焦げ臭い匂いを運んできては、僕の心に後悔と悲しみ、そして恐怖を生まれさせた。


「……っ」


 いつもそうだ。肝心なところで踏みとどまる勇気がない。そして後になって後悔する。後悔は1つ1つ積み重なっていって、その重みに僕は押しつぶされそうになる。


『……いつも逃げてばかりの貴方に言われたくはないですね』


 サーシャさんの言葉が脳裏に響く。逃げてる、と、サーシャさんを非難しながら、逃げ腰だった僕。レイテルパラッシュを抱えたまま、鞘から抜くことも出来ずに。

 これを抜けば何かを失うんだと、そう思って……思い続けて。


「……ハァ、ハァ……」


 息を切らしながら、ただシルヴィの背中を追う。その服に飛び散った鮮烈な赤。乾き始めた血液が、徐々に変色していく。どうしてだろう、その姿はまるでシルヴィではない別物のように思えた。

 本音を言うならば、僕は恐怖していた。あの時、飼い犬達をあんな風にしてしまったシルヴィに対して。人の命を、何の感慨もない顔で奪ってしまう小さな体。その横顔は、僕等が戦ってきた殺人人形だった。


「クリフ」

「っ!」


 急に名前を呼ばれて、僕は思考が読まれてしまったのかと肝を冷やした。けれど、振り返ったシルヴィの表情はいつも通りの顔で、右手が林の先を指さしている。

 木々の間から見えるのは、月が照らし出す港の風景。林を抜けたんだと、僕はやっと気付いた。


「ハァ、ハァ……っ、とにかく、船を探さないと……!」


 林を抜けたからといって、まだ気を抜くことは出来なかった。僕の隣で足を止めたシルヴィは、汗1つかいていない顔で、息を整える僕を見つめている。その瞳が何かを訴えていることに気付いて、僕は首を傾げた。


「……シルヴィ?」

「……クリフ。クリフは……」


 シルヴィが何かを問いかけようとしたとき、林の向こうから足音と人の声が聞こえてきた。数人の気配が近づいてくる。


「いたぞ!」

「おい、こっちだ!」


 松明の光が徐々に僕等を包囲していった。僕は体を強ばらせる。シルヴィは口を真一文字に結ぶと、一歩前へと出た。

 現れた飼い犬達は7、8人だった。おそらく門の前にいた仲間が殺されていることに気付いたんだろう、おのおのが得物を手に取って、臨戦態勢をとっていた。


「見つけたぞ……情報通り、殺人人形と剣士の男だな」

「他の仲間は何処へ行った?」


 海を背にして、僕等は囲まれていた。シルヴィはジリジリと間合いを計りながら、男たちに向かって言う。


「ジェイ達、此処にいない」

「……預言書はどこにやった」


 過去の預言書。おそらく飼い犬達もメーリング家の敷地を探し尽くしたんだろう。それでもなかったということは、やはりジェイロードさんか、サーシャさんが万物の章を手にしたということだ。

 そうなると、殺したのもやっぱり……。


「……シルヴィ達、知らない」


 シルヴィは首を横に振る。だからといって見逃してもらえるはずがないことを、僕もシルヴィも分かっていた。僕は震える手でレイテルパラッシュを抱きしめる。男たちは今にも襲いかかってきそうな勢いだった。

 男の1人が声をあげる。


「知らないはずがあるものか。……まぁ、いい。痛めつければ泣いて在処を吐くだろう」


 暗闇に光る鋭利な刃物。それを目の前にして僕は、また……足が動かなくなっていた。










 男たちのよく分からない声が木霊している。聴覚機能にも異変をきたしたのか、彼らの言葉の1つ1つを理解することが出来なかった。

 ただ、危険信号が導くままに体が動く。自己防衛機能が自動で起動し、私は臨戦態勢に入った。ワタシがわたしをかき消していく。人間の本能というのはこんな感じなのだろうか。体が勝手に動く。ただ人と違うのは、これが全て数値によって割り出された行動だということ。


「攻撃パターンZに移行します」


 自分でも恐ろしい声だった。ただ、プログラムの変更を伝える事務的な言葉。

 私は剣を片手に飛びかかってきた1人の頭上高くを、体を反転させながら飛び越した。飼い犬達の真ん中に着地すると、飛んできた槍を左腕で受けとめる。ミシ、と強い力に腕が軋んだ。


「ターゲット確認中……登録メンバー照合」


 唇から流れ出る、繰り返される言葉。私は右手を強く握って、そして開いた。激しい電流音と共に皮膚の上で小さなスパークが起きる。

 私は構わず、槍の反対側から襲いかかってきた男に蹴りを入れた。間髪入れずに剣が私の鼻先を掠める。深緑の髪が切れて宙に舞った。


「命令なシ……防衛機能、稼働中……」


 剣を持つ腕を掴んで体を捻る。海へと体重を傾け、相手を放り投げた。この場所から海面まである程度の高さがある。登ってくることは不可能だ。

 あと7人。


「シルヴィ……!」


 クリフの声がする。レイテルパラッシュを抱えて、震えているのだろうか。私の名前を呼ぶ声は震えていて、誰の名前を読んでいるのかも判別できない。

 シルヴィ。……だれ?


「攻撃パターンFに移行、音速状態に入リマス」


 何もかもがぼんやりと霧の中のよう。それでも自分の声だけはクリアに聞こえた。

 私は音速状態に入ると、飼い犬達の背後に回った。一番奥の人間を捕らえ、その首の骨を折る。絶命の音が響いて、その体が物のように倒れる。あと6人。


「危険因子……排、ジョ……」


 発声機能に赤信号が灯る。言葉はまるで意味をなくしたかのように、口の中で呟く音にしかならなくなった。また体の何処かが破裂する。痛みが思考を奪っていく。

 槍の突きを避けながら、私はそれを相手の手からもぎ取った。攻撃パターン変更、武器情報を解析中……体術以外のモードに変更。コードD、武器を使用します。


「シルヴィ!もう……」


 クリフの声が聞こえる。誰の名前を呼んでいるのか、判別出来ない。シルヴィって、誰のコト?

 武器を手にした私を見て、数人が逃げ出した。残るは、3人。力の差は圧倒的にも関わらず、残った人間は3人。人というのは不思議なものだ。不可能という文字があるにも関わらず、夢を描く。可能という二文字の為に、絶望を見ることになるのに。

 体に似合わない槍を回し、大きく突き出す。激しい動きに、何処かの信号が途切れた。コードが衝撃に耐えられなかったのかもしれない。

 まごついていた1人が、突きの犠牲になった。しかしまだ意識はある。私は槍ごと相手を海へと突き落とす。海面が夜の海の中で更に黒く濁った。


「……、……」


 うわごとのように読み上げる、システムの情報。

 私はすぐに攻撃パターンを変更した。残る2人のうち、剣を持っている方に向かって距離をつめる。逃げることすら出来なくなった飼い犬は、混乱と恐怖で剣を振るった。すでに冷静さを失った剣さばきは、私にかすり傷すら付けることが出来ない。私はその腕を取ると、反対方向へとねじりあげた。

 花を手折るように、それは簡単だった。骨が音を立てるのを確認して、私は剣を奪い取る。そして逃げ出そうとしていたもう一人を捕らえた。その髪の毛を掴み、悲鳴をあげるその口に鋭利な剣をねじ込む。吹き出す赤が、髪を、服を、腕を、汚していく。


「……あ、あ……」


 恐怖のうめき声。それでも既に正常な機能を失った私の耳には届かなかった。……あと、1人。

 残されたのは、先ほど腕を折った男だった。まだ逃げようとしているのか、腰を抜かした体で地面を這っている。私はその体を掴むと、仰向けに転がした。

 馬乗りになると、その肩を左手で押さえる。電流が弾ける右手を握って、開いて、そして男の左胸を押しつけた。指が皮膚から奥へと入り込み、心臓もろとも押しつぶす。刹那に動いた心臓は、次の瞬間にはその役目を終えていた。

 ……ターゲット、排除完了。










「サーシャ!」


 俺の制止を聞いているのかいないのか、サーシャは三人に向かって駆け出した。あの馬鹿、不老不死だかなんだか知らないが、三大戦士を1人で相手する気なのか。

 三人は一瞬だけ目を合わせると、フリッツとかいうあの男が前に出た。その様子にサーシャは顔を顰める。


「っ」


 左足で地面を蹴りあげ、横へと跳躍する。クロノスが轟音を弾けさせた。フリッツは鞘から剣を抜くと間合いを詰める。サーシャの射程距離から考えて、コイツは最も相手をするのが難しい。

 俺は咄嗟に援護の魔法を発動させようとする。しかし、次の瞬間、俺は後ろから伸びた手に腕を掴まれた。


「おと、兄さん相手違うよ」

「!」


 掴まれた腕を振り払う。飛び退ると、いつの間にかテレジアが俺の背後に立っていた。その手にはメイスを持っている。

 赤い髪をなびかせて、テレジアは肩を竦めてみせた。


「ほんとならあの姉さん相手にしたいけど……人間、得手不得手あるのん。だから兄さんの相手、ワタシね」


 最初の言葉に前回のサーシャへの恨みを込めたテレジアだったが、諦めるのは早かった。どうやら真剣な戦いの場で自我を通す気はないらしい。それもそうか、ふざけたフリはしてるが、コイツも三大戦士。勝つ為に一番効率のいい方法を優先する。

 俺はチラ、と横目でジャンの様子を窺う。そう考えると、コイツは自分達が不利になったときの保険ってとこか。


「ちっ……」


 勝つ為に、か。どうやらコイツら、本気らしいな。

 俺は一瞬だけサーシャに視線を向ける。フリッツの攻撃をすんでのところで受け流し、サーシャのクロノスが照準を合わせる。2発目の轟音が響いた。

 生き延びたら、本気で一発殴ってやる。


「……そんなら、手加減はしねぇぞ」


 俺は更に後方へと飛び退る。地面に手をつき、簡略化した呪文を口にした。


「!」


 テレジアは魔力の発動を感じたのか、横へと跳ねた。その瞬間、地面から突き上げるようにして鋭利な岩が突き出てくる。

 俺はテレジアが攻撃を避けたのを確認して、両手を合わせた。パチン、と音をたてた掌の中に、ゆっくりと白い光が浮かび上がる。光はやがて複雑な魔法陣の形へと変わった。次の刹那、同じ魔法陣がテレジアの足下に浮かび上がる。


「爆ぜろっ!」


 俺の声に合わせて陣が激しい爆発音を立てた。離れた所で俺達の様子を静観していたジャンが、ピク、と眉根を寄せる。

 しかし、砂埃が舞い上がった後に人の姿はなかった。


「……流石、ファーレン様の孫てだけあるのんね」

「っ!?」


 予想もしない近くからテレジアの声が聞こえた。咄嗟に俺は防御の呪文を唱える。しかし、発動が遅かった。鈍い痛みと共に体が砂の中に投げ出される。

 呻きながら、俺はすぐ顔をあげた。見ると、メイスを担いだテレジアが不敵な笑みを浮かべている。


「兄さん、典型的な『マジユツシ』ね。……魔力に頼り過ぎのん」

「けっ、黙ってろ」


 あの攻撃を避けたのは、テレジアの魔力か。一瞬だが自分以外の魔力の気配を感じた。三大戦士の中で魔術を扱えるのはテレジアのみ。だが、今の感覚では、おそらくその力は俺には及ばない。

 テレジアの攻撃はおそらく、魔力による防御・撹乱とメイスの攻撃。相手に傷を負わせるのは結局メイスによる物理攻撃でしかない。


(……メイスの攻撃をなんとか出来りゃ、勝機はある)


 あとは隙とタイミングだ。こうなりゃ、ヴァルナを喚んででもこの場を切り抜けるしかない。

 俺の力ではヴァルナを何度も喚び出すことは出来ない。しかしサーシャが苦戦している今、下手に出し惜しみするのも阿呆な話だ。アイツが負ければ、状況は不利どころの話じゃない。

 握った右手に力を入れる。魔力を解放し、あの蛉人の名を口にしようとした、その瞬間。


「フリッツ、テレジア!」


 ジャンの声が聞こえた。同時に俺もその気配を察した。テレジアはメイスを構え、フリッツは何かを感じたのか、背後へと距離を取った。

 背中を向けていたのはサーシャだけだった。俺は咄嗟に叫ぼうとした。


「サーシャ、避け……っ」


 避けろ、と言おうとした言葉は、最後まで聞こえなかった振り返ったサーシャの胸に、ストン、とあまりにも簡単な音をたてて投擲用のナイフが刺さる。まるで時間の流れが遅くなったかのように、小さな体が後ろへと倒れるのを、俺は見ていた。


「サーシャ!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ