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過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
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第3章 3


 走っても走っても、目の前に広がるのは炎だけだった。激しい音を立てて燃え上がる建物を見つめて、僕の手から剣が滑り落ちる。

 頭の中は真っ白だった。やがてそれが目の前の建物が崩れ落ちるのと共に、僕の頬を涙が伝った。

 神様、神様、お願いです。僕はもう人を傷つけることはしません。だから、返してください。僕の大切な、大切な人達を。





  - アポカリプス -





 激しいノック音に眠りを妨げられ、僕はベッドから体を起こした。考え事をしながら横になったせいか、深く眠れなかったらしい。僕は首を鳴らしながら、絶え間ないノック音を響かせる扉へと向かった。


「クリフ、いるか!?」


 レンナートさんの声だ。鍵をかけたドアノブがガチャガチャと動いている。僕は慌てて鍵を外すと、レンナートさんを迎え入れた。


「ど、どうしたんですか……?」


 レンナートさんの背後にある窓は、まだ夜の色に染まっていた。どうやら眠れなかったというよりも、横になってからさほど時間が経っていないらしい。

 レンナートさんは強ばった表情で僕の腕を掴むと、窓際へと引っ張った。


「メーリング家の使者だという男が来た」

「え……?」


 よく見ると、廊下では何人もの病人達が様子を窺うようにして窓から下を見つめていた。患者達に混じって、僕も入り口に視線を向ける。十数人の男たちを前にして、ガセトさんが何かを話しているようだった。表情から察するに、あまり良い話ではないらしい。

 レンナートさんは僕の隣で、師であるガセトさんを心配そうに見つめながら言う。


「……どうやら奴らはキミ達を探しているらしい。街の誰かが、キミ達がここにいることを喋ったんだ」

「で、でも、どうして僕たちを?」


 僕たちはメーリング卿から過去の預言書を奪いに来た。それは確かだ。でもここ数日の『飼い犬』達の動きを見る限り、犯人の特徴は掴めていないようだった。それがどうして、僕とシルヴィをターゲットとして追い始めたのか。

 それに、メーリング家の人間はメーリング卿と呼ばれたラフィタ・メーリングと、その妹ライラ・メーリング以外に存在しない。


「奴らは、メーリング卿が殺された日に、あの庭から助け出された人間に目星をつけたらしい」

「でも!『微睡みの庭』はもう機能を果たしていないはずじゃ……」


 僕の言葉に、レンナートさんは首を横に振った。そして視線をガセトさん達へと向ける。いつの間にか、十数人いた男たちバラバラと散っていき、ガセトさんの前には2、3人が残された。

 レンナートさんは呻くように言う。


「おそらく……『飼い犬』達が勝手に動き出したんだろう。仇と称して犯人を捕らえ、あの庭を支配すれば……メーリング家の富も名声も手にすることが出来る」


 くそ、と壁を蹴る音。僕は愕然としたまま、サナトリウムの門を見つめていた。廊下には患者達のざわめきが木霊している。不安と恐怖が入り交じる中、ふと病院の扉を開けて出てきた人の姿に、ざわめきが色を変えた。

 僕は驚いて窓に手をつく。


「……シルヴィ!?」









 少し重い扉を押し開けると、冷たい夜の空気が首筋を通り過ぎた。私は一歩、一歩とサナトリウムの門へと近づいていく。最初は私の姿に気付かなかった『飼い犬』達が、ふと口元に笑みを浮かべて私を見た。振り返ったガセトが驚いた顔で言う。


「シルヴィ!」

「ほらな、先生。……やっぱりアンタが匿っていたわけだ」


 私はじっと飼い犬達を見る。どうやらライラ・メーリングと戦った時にいた者とは違うらしい。私はメモリを遡りながら、相手を確認した。

 ガセトは私の肩を掴むと、強ばった表情を浮かべた。


「何故出てきたんだ、シルヴィ」

「……」


 私は何も言わなかった。飼い犬の判断はあながち外れていない。見ていたわけではないが、おそらくメーリング兄妹を殺害したのは、ジェイか、サーシャ・レヴィアスのどちらかだ。なら、私とクリフが追われるのも当然といえば、当然のこと。

 私は飼い犬達に視線を向ける。


「シルヴィ、ちゃんと出てきた。……ガセトも、病院も関係ない」

「シルヴィ!」


 ガセトの手を振り払って、私は男たちの前に立つ。彼らは私が近づくと、それぞれの得物に手を伸ばした。やはり私の情報も飼い犬達に伝わっているらしい。

 リーダー格らしい男が、私を見て不敵に笑う。


「さて、どうかな……此処にいるやつらが共謀してやった可能性も少なくない」


 私はハッとして辺りを見回す。思えば、十数人いた飼い犬達は何処へ散っていったのか。嫌な予想が頭を駆抜ける。男たちの嘲笑を目の当たりにして、私は振り返った。

 刹那、私の前に浮かび上がった光景に、私は強い衝撃を覚えた。


「!」


 まるで合図でもしたかのように、病院の左右から炎が燃え上がった。病棟から悲鳴と、恐怖の叫びが聞こえてくる。真っ赤な炎は操られるかのようにサナトリウムを囲っていった。

 私は飼い犬を睨みつける。



「これは……」

「勿論、俺達の庭にまで火が回らないように、少々細工をさせてもらったぜ、先生。おかげでご訪問が夜中になっちまった。なァ?」


 男たちの笑い声が、ふつふつと私の中の何かを煮え滾らせる。体の中に、コードを溶かすような熱があるのが分かる。この人たちはサナトリウムを壊そうとしている。麻薬畑の隣に存在する、奴隷達の唯一の救いを。地獄の中にある小さな安息の場所を。

 自分達のくだらない欲のためだけに、人の命を奪おうとしている。


「……て、…………シ」


 私は左手で顔を覆った。男たちの表情がサッと曇る。メーリング家の犬として使われてきた彼らなら分かるはずだ。私が創られた人形であること。

 コードの何処かがスパークする音が聞こえた。電流の衝撃がはしる。

 本当は、無謀なことだと分かってる。もう存在するだけで精一杯の体を動かすことは。それでも……私は私の気持ちに嘘をつきたくない。だから、呼ぶ。


「状態異常、損傷26パーセント……システム移行します。25パーセント、50パーセント、75パーセント……」


 来て、人形のワタシ。


「……攻撃パターンR、起動します」










 火の手があがったのは、患者達の混乱ですぐに分かった。僕は自分の部屋からレイテルパラッシュを手に取って走り出す。レンナートさんもまた、ただならぬ気配を察して僕と一緒に階段を駆け下りる。

 入り口から外に飛び出すと、炎で照らし出された門の前に人影が見えた。


「っ、シルヴィ!」


 僕は咄嗟に叫んでいた。シルヴィは自分より大きい男の首を掴んで持ち上げ、苦しむ様子をただ見つめていた。周りには数人の屍が倒れている。シルヴィの腕には血液が飛び散った跡が残されていた。

 シルヴィの目は虚ろだった。生気のない瞳が、死にいく人間の最後を見つめている。


「駄目だよ、シルヴィ!!」


 駆寄るのが遅かったのか、それとも止めるのが遅かったのか。僕の目の前で、人の皮膚が千切られた。腐った果実を握りつぶすように、首の皮膚の中に指が食い込み、骨を砕き、胴体と頭部を繋ぐものは皮だけになる。

 嫌な音をたてて血と、肉と、骨の一部が地面に落ちた。胴体からは微かに空気を求める音が続いていたけれど、しばらくするとそれも止んだ。


「うっ……」


 僕はそれ以上シルヴィに近づくことが出来なかった。シルヴィは男が絶命したのを確認すると、まるでゴミでも放るような動作でその体を投げる。


「……」


 シルヴィは男たちに反撃する力がないことを確認すると、ゆっくりとこちらに視線を向けた。色のない、ガラスの瞳。僕等が今まで相手にしてきた、殺人人形達と同じ目だった。

 後から走ってきたレンナートさんが、辺りの惨状を見て顔を顰めた。ガセトさんはシルヴィの背中を悲痛な表情で見つめている。


「……」


 僕の頭の中は混乱していた。更に燃え上がる炎に照らされる、鮮烈な赤。体が間違った方向へと折れ曲がった屍、首を握りつぶされた男。千切られた誰かの腕が微かに痙攣している。そして血溜まりの中に散乱する、人を作る内容物。

 思考は意味を成さなかった。こんなに酷い惨状を目の当たりにして吐き気が起きないのは、もしかしたら頭が正常に動いていなかったからかもしれない。天と地が分からなくなるくらいに、僕は何も分からなくなっていた。

 死んでいる。殺された。足下に転がる、人だったものの屍。


「……シルヴィ」


 沈黙の中で重い口を開いたのはガセトさんだった。医者として見慣れているせいか、この状況の中で冷静に言葉を発することができる。

 シルヴィはガセトさんに呼ばれると、すぐにいつもの瞳の色に戻った。けれど頬に飛び散った返り血は消えない。


「シルヴィ、クリフ。よく、聞きなさい」


 ガセトさんは僕等を見て、静かにそう言った。僕は名前を呼ばれて初めて、死体に釘付けになっていたことに気付く。


「東の病棟に行きなさい。裏の林を抜ければ、港に抜けられる」

「……ガセト」


 シルヴィが、掠れた声で呟く。ガセトさんは首を横に振ると、僕に視線を向けた。


「港の漁師とは顔見知りだ。……私の名前を出せば、船に乗せてもらうことも出来るだろう」

「でも、それじゃあ……!」


 ガセトさんたちはどうなるのか。火の手は早く、徐々にサナトリウムを飲み込みつつある。患者達の悲鳴が木霊するこの状況で、僕たちだけ逃げ出すなんて……。

 ガセトさんはレンナートさんに視線を向けると、目で何かを訴えた。小さく頷き、そしてレンナートさんは僕等の背中を押す。


「……おそらく、さっき散っていった奴らは此処を囲んでいる。見つからないようにな」

「レンナートさん!」


 僕の言葉に、レンナートさんは肩を叩いた。


「大丈夫だよ、クリフ。病院のことは任せてくれ」


 ガセトさんが火の周りの激しい西の病棟へと向かって行く。レンナートさんはそれを確認しながら、炎に照らされた顔で笑った。


「死にはしないさ。……こうゆう場面は二度目だからな」


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