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過去の予言書  作者: 由城 要
第5部 One Zephyr Story
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第1章 3

 全てを語るとするならば、始まりは500年前に遡る。とはいえ、そこから話せば途方もない。だからこそ、全ての始まりは1人の男と1人の女の出逢いだったとしよう。そこに詩人が謳うような愛があったかどうかは定かではないが、2人は夫婦となり、そして子を生した。全ては、そこからだった。





  - 全ての始まり -





「……で?そろそろ俺も色々と事情を知りたいところなんだけどなぁ、ジェイロード」


 船の甲板に立ち、アイルークはそう言った。あの『理なき庭』でライラ・メーリングと戦った時から、どうも機嫌が悪い。おそらくシルヴィに対する扱いが気に食わなかったのだろう。最善の判断だと思ったのだが……私の判断は人の考えから少々外れているらしい。


「……」

「……。……また黙りか」


 アイルークは静かに苛立った溜め息をつく。甲板の手すりに背をもたれて、曇り空1つない空を見上げる。真上を飛行する鳥達の影をアイルークは眩しそうに見つめた。


「……あんたを選んだことは、間違ってないって今でも思ってる。知の救済なんて、馬鹿らしくて仕方ないけどさ」

「……馬鹿らしいと思っていた、というのは初耳だな」


 私の言葉にアイルークは吹き出したように笑った。太陽を覆い隠すように、空に向かって手を伸ばしながらアイルークは呟く。冷たい風が耳元で音をたてていた。


「普通、尋常じゃないって思うだろ。……そんな尋常じゃない奴についてけるのは俺くらいのもんさ」


 海上は風が強い。晴れ渡っているにも関わらず、船は時折大きな波に揺れた。アイルークは視線をこちらへと戻すと真剣な表情を見せる。この男は、ふざけたふり、狂っているふりをしながら中身は腰が据わっている。そうゆう男だ。

 アイルークは言う。


「あんたの妹がルミナリィで、あんたはそうじゃない……それ以外で俺が知っているのは、シルヴィに与えた情報と同じものだ。それ以上のことは俺も、ジュリア嬢も知らない。いや……知らされてない」

「……それ以上のこととなると動機くらいしかないが?」


 私がそう言い放つと、アイルークは額を抑えて大げさに溜め息をついた。そして顔を上げると、少し苛立った様子で叫んだ。


「俺達が知りたいのはそこだよ、馬鹿」


 子供のように苛立っているアイルークを尻目に、私は船の進行方向へ視線を向けた。船が目的の場所に着くまで丸一日の時間がかかるだろう。私は太陽を見上げる。冷たい風の吹く海上に、ジリジリと照りつけるような太陽が浮かんでいた。

 動機。過去の預言書を手に入れようとする、その動機。知の救済を行おうとする、その動機。私は口を開いた。


「……全てを語るとするならば、始まりは500年前に遡る」

「……は?」


 アイルークが、驚いたような目で見返してきた。私は続ける。


「とはいえ、そこから話せば途方もないだろう。……全ての始まりは1人の男と1人の女の出逢いだったとしようか。そこに詩人が謳うような愛があったかどうかは知らないが、2人は夫婦となり、そして子を生した」


 全ては、そこから始まった。










 父は学者、そして母は旅人だった。表向きには、2人はそういった夫婦だった。父の名はアダン。アダン・レヴィアス。おそらく私が知る中で、誰よりも博学であり……誰よりも英明な人間だった。


「アダン。日が暮れるまでにアルジェンナの砂漠を越えた方が良いのでは?……あの辺りで部族と接触すると面倒なことになると思うのですが」


 カタリナはまだ幼い私の手を引いてそう言った。吹き上がる熱風が体を焼くように体力を奪っていく。ジリジリと目の前に広がる陽炎を見つめながら、私は2人の会話を聞いていた。


「いや、そんなことはない。この辺りの部族は比較的温厚な性格さ。それに、砂漠越えはジェイにも辛いだろう」


 アダンはいたって普通の人間だった。おそらく旅や戦いの知識、経験はカタリナほどではない。ただ1つだけ違うのは、アダンはカタリナよりも知に長けていたことだった。各国の情勢から歴史、海洋の地理、草木の種類から星の見方まで……彼は帝国時代に散っていった知識の欠片を集め、自らを『学者』だと名乗っていた。

 アダンとカタリナの出逢いは私の知るところではなかったが、2人は武と知という点では釣り合いの取れたパートナーだった。


「……そうですか。貴方がそう言うのならば、休めるところを探しましょう」

「ああ」


 私はアダンに抱き上げられ、高くなった視点で砂漠を見渡した。荒れ果てた大地に岩肌がむき出しになっている。遥か彼方を移動する野生の馬の群れ。アダンはそれを見つけると、水源が近いな、と低い声で呟いた。


「しばらく行ったところにオアシスがあるはずです。……今日は、そこに」


 カタリナはそう言うと、私達の先を歩き始めた。背中を見つめながらアダンは苦笑する。


「人の記憶には限りがあると思っていたんだが……キミを見てるとそうでもないんだな。此処を通ったのは何年前だい?」

「……。……少なくとも450年以上前でしょうね」


 カタリナの事情をアダンは知っていた。今思えば、父にとって一番興味深いものは、歴史でも地理でも草木の知識でもなく、カタリナという存在だったのかもしれない。帝国崩壊を生き延びた、半不老不死の王女。長い時間によって生きる術を身につけ、衰えることのない永遠の旅人となった彼女は、何よりも魅力的だったのだろう。


「450年前……オリエント国の部族抗争の辺りかな?」

「いえ、当時は既にオリエントからネオ・オリエントに変わった後です」


 まだ意味も分からない言葉のやりとりを聞きながら、私は砂漠の向こうを見つめた。

 この時から遡ること数ヶ月、アダンが急にトゥアス帝国の遺跡を見てみたいと言い出した。カタリナは渋っていたが、アダンの説得の末に折れ、私達3人はアルジェンナ砂漠を通ってトゥアス帝国を目指すことになった。



「……」


 トゥアス帝国の遺跡は、今は人が寄り付かない死んだ土地となっている。砂漠の果てに存在する風化した場所。地形と気候が相まって、そこは旅慣れた旅人達でも近づくことの難しい土地だった。

 オアシスの近くで一夜を過ごした私達は、トゥアス帝国へと近づいていた。乾いた砂漠の中に徐々に現れる、煉瓦で敷かれた道の残骸。時折石像のようなものが立っていたが、どれも風化して形が分からなくなっていた。


「……とうさま」


 私は道端に見慣れない透明の石を見つけて、父のところに持って行った。砂に混じって白く傷ついてはいるが、中には黄色の石が入っている。どうやら外側は硝子のようだった。

 アダンはそれを受け取ると、珍しそうにそれを太陽の光に透かした。


「これは何かのエネルギー体かな?……そういえば何処かで聞いたことがある。こんな感じのものを高いところから吊るして、明かりにしていたとか」


 こぶし大の大きさの石は、中でカラカラと音をたてた。カタリナは特に珍しがる様子も見せずに横をすり抜けていく。


「半分正解ですね。それは光を発生させる道具であって、それ1つで明かりになるわけではありません。エネルギーを中継させ、それによって光ることが可能になります」

「へぇ、エネルギーの中継か。それなら、いくつかの中継地点を作って、多くの場所で明かりを作ったという可能性も……」


 アダンはまるで子供のように、過去の高度な技術に感心していた。知らない知識を得るとき、彼はいつも生き生きとしていた。もうそこにはない技術だとカタリナは呟いたが、そんな言葉が耳に入らないくらいに、アダンは興奮していた。

 ぶつぶつと帝国時代の文明を想像しているアダンを放って、カタリナは私の手を掴んだ。私はふと母の顔を見上げる。目を輝かせて遺跡を見るアダンと違い、カタリナの目は風化した土地のように死んでいた。

 帰ってきてしまった。そう小さく呟いた声は、熱風にかき消された。











 帝国の遺跡は殆ど砂に埋もれた状態だった。かろうじて城下町と城の区別がつく程度で、そこに在った人々の生活の跡は消えてなくなっていた。道に並んでいたであろう建物も、いまでは壁の下部分だけが残されていて、動くものといえば蛇や虫、陽炎くらいのものだった。

 門らしき場所をくぐると、カタリナは少し足早に歩き始めた。あちらこちらで足を止めるアダンを放って、私の手を引くように歩き始める。迷いなく彼女の足は城へと向かっていた。


「かあさま……っ」


 手が痛かった。カタリナは手をつないでいることすら忘れているのか、半分引きずるように私を城の方へと引っ張っていく。敷き詰められた煉瓦の道の上を、大小の2つの影が横切っていく。


「……」


 城の前には、錆びた鉄格子の門があった。半分開けられたままの門に手をやり、カタリナは深い深い溜め息をつく。錆びて固まった門は動かなかったが、カタリナはそこでキツく目を瞑った。握った格子は錆びて脆くなっているのか、カタリナの手の中で崩れていく。

 少し遅れて追いついてきたアダンが首を傾げた。


「どうしたんだ、急に……」

「いえ。……なんでもありません」


 カタリナは目を開くと、格子から手を離した。そして私の手を話すと、振り向くことなく呟く。


「少し……先に行きます」


 カタリナはそう言うと、アダンの制止の声も聞かずに走り出した。何かに導かれるように、何かに呼ばれるように、カタリナは今にも崩れそうな城の中へと向かって行く。その後ろ姿に500年前の彼女の姿を見た気がして、私もその後ろを追って走り出した。


「ジェイ!」


 後ろでアダンの声が聞こえる。それでも立ち止まらなかったのは、おそらく私も何かの予感を覚えていたからなのかもしれない。










 城の中は外と同じように、殆ど形しかない状態になってしまっていた。階段らしきものが入り口のすぐ目の前に存在していたが、カタリナの姿はどこにも見当たらない。私は勘だけを頼りに階段を上る。しかし階段もあちこちに穴が出来ていて、下はどこまで続くか分からない奈落のようだった。


「……っ」


 本能的に恐怖を感じて、私は手すりにすがるように階段を上った。あちこち崩落している床が、パラパラと砂を落とす。階段を上った先には回廊が続いていた。回廊の横には甲冑が落ちていて、近くには剣が置かれていた。足下で反射している細かい砂粒は窓硝子の成れの果てだろうか。帝国が風化した夜……何かしらの混乱がここで起ったのだろう。屍すらない遺跡は何も語らなかったが、幼い私にも何となくそれが分かった。

 転がった剣には、帝国の紋章が彫り込まれていた。柄の裏には何かが彫り込まれている。家柄だろうか。剣を手に取ろうと甲冑に近づくと、足下の床にヒビが入った。


「!」


 声を出すのが遅かった。気付くと床が崩落し、私は空中に投げ出されていた。真っ暗な闇に吸い込まれるように、小さな体が落ちていく。

 刹那のようで、長い時間だった。しかし不思議なことに体が地面に激突する感覚はなく、気付くと私は砂の中に埋もれていた。気を失っていたのか、私は砂から顔を出して上を見上げる。

 落ちてきた穴はもはや見えなくなっていた。口の中に入った砂を吐き出し、私はキョロキョロと辺りを見回す。どうやら此処は地下室かのようだった。ぼんやりと青い光が部屋を照らしている。膝が笑うのを抑えながら、私はふらふらと歩き出す。


「……」


 そこは異様な場所だった。円柱型の硝子の機械が幾つも存在し、中には青い液体が入っている。中には太い縄のようなものが上と下から伸びていた。硝子は割れているものが殆どだったが、時折傷のないものも存在している。

 円柱型の硝子の下には何かの番号の見覚えのない文字が書き込まれていた。私は1つ1つを見ながら、奥へと歩いていく。一体どれだけ同じものが存在しているのか。異様な光景は何処までも続いていた。


「……?」


 ふと、水の中で気泡が放たれる、小さな音が聞こえた。私は微かな音に耳を澄ませながら歩き出す。彷徨うように硝子の間をすり抜けていくと、傷1つない機械を見つけた。中には青い液体が揺れていて、他と同じように太い縄が伸びている。


「……!」


 ただ違っていたことは、そこに1つだけ赤子の姿があったことだった。赤子から吐き出される気泡がコポコポと音をたてている。私は言葉を失った。手を伸ばして硝子に触れる。厚い硝子の向こうにあるその赤子は、握ったままの拳を小さく動かした。目を開いていないものの、確かに生きている。


「……5512……5551……5578……」


 ふと向こうからカタリナの声がした。何かを探すように数字を口にしている。カタリナを呼ぼうと口を開けた時、彼女もまたこちらに気付いたようだった。


「5589……、……!」


 カタリナの目は赤子に釘付けになっていた。口の中で何かを呟き、そして私と同じように硝子に手を伸ばす。静かに気泡の音だけが木霊していた。青白い光を放つその機械の中で、赤子はゆりかごに揺られているかのように眠りについている。

 コツ、と遅れて足音が響いてきた。アダンの足音だと気付いた私は、呆然としたままのカタリナの隣で振り返った。アダンもまた幾つもの機械に驚きながら、私達のところへ歩み寄ってくる。


「カタリナ、ジェイ。……此処は、もしや……」


 カタリナは背を向けたまま振り返らなかった。アダンは彼女の肩越しに赤子の姿を見つけ、そして驚きの声をあげた。その視線は遺跡に散らばった過去の産物を見ているときと同じ、驚喜の色に輝いていた。


「これは……もしや、『ルミナリィ』か……!」


 聞き覚えのない単語にただ首を傾げるしかなかった。硝子に触れたカタリナの手が微かに震える。その指先が握りしめられるのを、私は見ていた。


「素晴しい……素晴しいぞ!帝国の研究は実を結んでいたんだ。不老不死の力は、確かに此処で生きている……」


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