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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
79/112

第5章 1


 息を切らしながら階段を駆け上がり、サーシャのいる部屋を目指した。人気のある部屋の扉を蹴り開けると、そこには4つの影がある。ジェイロードとアイルーク、血を流して倒れた男……そして俯いたままのサーシャの姿。

 闇が、辺りに満ちていた。





  - 深淵の闇 -





「っ!」


 部屋に足を踏み入れた瞬間、俺はそこに満ちた気配を察知して咄嗟に身構えた。フィリオーネ……ジジイの召喚する蛉人の次に強いと言われる、あのフィオの魔力が部屋の中に残っている。

 万物の章を手にしたジェイロード達を見て、思わず臨戦態勢をとった。するとサーシャが俺の名前を呼ぶ。


「フレイさん」

「っ……なんだよ、コレはどうゆうことだよ?」


 サーシャは俯いたまま、隠すように片手で顔を覆う。大きくため息を吐くと、静かにクロノスをホルスターに収めた。


「互いにイレギュラーがあったということです。……ここはお互いに引くべきということで意見が一致しました」


 全然理解出来ねぇっつーの。俺はサーシャに歩み寄り、床に倒れた男とバルコニーに転がった2つの獣の死骸を見つめる。

 ふと視線に気付いて顔を上げると、サーシャが無表情のままこっちを見つめていた。


「?……なんだよ」

「いえ……その分ではクリフさんの件を知らないようですね」

「はぁ?」


 俺は首を傾げた。そういや、クリフのやつは何処にいったんだ。あの実験室のような場所からこの屋敷まで、クリフの姿を見かけなかった。サーシャはそれ以上何も言わず、ジェイロード達に視線を向けた。

 ジェイロードとアイルークは俺たちに背を向けて部屋を出ようとしている。アイルークは俺と目が合うと、あのムカつく笑みを浮かべた。


「……んだよ?」

「んー?……リリィのナイトにしちゃ、随分遅い登場だなぁと思ってさ」

「!てめぇっ」


 キレる俺を横目に、アイルークは廊下へ消える。そしてジェイロードもまた、一度だけサーシャを見たものの、興味を示すことなく去っていった。

 俺は拳を握りしめながら、アイルーク達が去っていった方向を睨みつける。しかし頭に血が上ったのも一瞬だった。俺はふとサーシャに視線を向ける。いつもなら毒舌の1つや2つ口にするはずのサーシャが、何も言わない。

 俺は苛立ち混じりに言う。


「……で、万物の章をあいつ等に渡して良かったのか?」

「……」


 俺の言葉を無視して、サーシャは部屋の真ん中に空いた巨大な穴を見つめていた。暗闇の中にぽっかりと浮かんだ空洞は、そこが見えないくらいに深い。サーシャはじっとそれを見つめていた。その横顔は髪に隠れて見えない。


「おい、黙ってないで何か……っ!?」


 そう言いかけた瞬間、サーシャの体が斜めに傾いた。まるでそうあるべきであるかのような、自然な動作だった。足を滑らせるのではなく、意図的に倒れ込むような、そんな倒れ方だった。

 何をどうしたのかは覚えていない。咄嗟に体が動いた。何かを考えるより先に、俺はサーシャの手を掴んでいた。

 右手に重い負荷がかかった。それでもなんとか落下の勢いで手を滑らせることなく、サーシャの手を繋ぎ止めることが出来た。


「ばっ……何やってんだ、この馬鹿!!」


 サーシャの体が闇の中に揺れている。この空洞は、一体何処まで深いのか。落ちたらひとたまりもない。

 長い沈黙。もしや意識を失ったのかと思ったが、サーシャは長い長い溜め息を吐いた。そして足下に広がる深淵の闇を見つめながら呟く。


「……。……別に落ちたくらいで死にませんよ」

「んなこと最初から知ってる!」


 コイツは斬られても死なないバケモンだから、俺みたいに落ちて即死なんてことはまずないだろう。それでも、自分から飛び込もうとするのは馬鹿だ。いつもは俺の方が馬鹿だの何だのと言われているが、今回ばかりはコイツが馬鹿だ。


「なら、さっさとその手を離してくれませんか」

「馬鹿言うな!ふざけてる暇あったらさっさと登ってこいっ」


 俺の力では、引き上げることは難しい。何よりサーシャに登ってくる気がなければ。


「ルミナリィ……『先覚者』、『知の申し子』か……」

「何ワケ分からねぇこと呟いてんだよ!早く……」


 穴の中に浮かぶ白い体は、すぐに闇に絡めとられてしまいそうだった。繋ぎ止めている手が痺れる。徐々に手と手が滑り、俺はサーシャの指を掴む形になっていた。

 それでもサーシャに焦る様子は微塵もなかった。むしろ、生気のない様子で呟く。


「フレイさん。……私はどうやら、カタリナの子ではないそうです」

「ハァ!?お前、何言って……」


 俺がそう言った瞬間、握りしめていた手が微かに握り返してきた。俯いていたサーシャがはっきりと俺を見る。闇に浮かぶ碧眼。そしてサーシャは言った。


「……しばらく、一人にしてもらえませんか」

「!」


 手が。

 手が、振り払われた。


「っ、……サーシャっ!!」


 白い体が深淵の闇に落ちていく。振り払われた腕が、虚しく宙をかいた。叫んだ声は漆黒の闇の中に消え、そしてサーシャの姿も見えなくなる。俺は何度も、その名前を叫んだ。

 ……そしてサーシャは、俺の前から姿を消した。


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