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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
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第4章 4


 ラフィタが双剣を床板に突き立てると、仄暗かった屋敷の中に炎が燃え上がった。紅蓮の炎が鳥の形を作り上げる。そして地面を突き上げるような振動に誘われるように、黒い影が現れた。クリフさんを追ってきたあの異形の生き物。

 カーディナル、そしてキメラとラフィタは呼んだ。魔物という言葉の相応しい、実験体。私はその醜さに苛立ちながらも、同時にその美しさに感嘆していた。





  - メガロマニアック -





 私の行動はすぐに決まった。キメラと呼ばれた魔物の攻撃を避けながら、こちらに向かってくるカーディナルに向けてクロノスを向ける。ジェイロードは勿論私の助太刀をすることなく、ラフィタだけをターゲットと決めたようだった。

 キメラの鋭い爪が私の横を通り過ぎる。私は舌打ちをした。間合いが近過ぎる。銃弾一発程度で死なないこの獣を相手に、この距離は危うい。


「っ……」


 私は巨大な獣の体の下に入り込み、背後へと抜け出した。しかしそこには謀ったようにカーディナルの姿がある。劫火の炎が目の前を覆う。攻撃を避けるだけで精一杯だった。

 本来、剣のような武器がなければ近距離戦は私の担当ではない。私は辺りを見回し、窓際へと転がり込む。バルコニーに続く大きな窓。キメラがこちらに突進してくる。私は直前でそれを避けた。窓硝子が衝撃で散乱し、窓枠が音を立てて外れる。


「くっ……」


 キメラの巨体はバルコニーの手すりを半分破壊した状態で止まっていた。私はクロノスを腰に収め、散乱した窓硝子の中の1つを手に取る。細長く、鋭利な硝子。暮れ始めた夕日を反射する、透明な光。

 クリフさん達を襲ったというその魔物は、獅子の2つの頭、そして金属で出来た羽根を持っていた。下半身は蛇を思わせる。これが創られたものだというのならば、急所はおそらく……それぞれの結合部。

 私はしっかりと硝子の破片を握りしめる。血が流れ落ちると、キメラが呼応するように低く威嚇の唸り声をあげた。










 部屋の中にはキメラが出現した大きな穴が空いていた。まるで地獄へと続くかのような巨大な空洞を避け、ラフィタはジェイロードへと斬り掛かる。二本の剣をジェイロードはカイロスで受けとめた。


「……っ」


 攻撃を弾き返し、ジェイロードは眉を顰めた。ラフィタは一度体勢を立て直すと、息つく暇もなくジェイロードに斬り掛かっていく。攻撃を避けながら、彼は後退していた。

 ジェイロードは顔を顰め、そして最後の一撃を再びカイロスで受けとめる。金属の耳障りな音が部屋の中に響いた。ジェイロードは相手を睨みながら、静かに言う。


「……下は地下道か」


 足下にはキメラが這い出てきた巨大な穴が空いていた。その下から微かに空気の流れが感じられる。

 思えばシルヴィ、アイルークと共にライラの襲撃にあったとき、彼女達が何処から現れたのかという疑問があった。しかし、農耕用の地下通路があったと考えれば合点がいく。この庭に足を踏み入れてから奴隷の姿を見ないのも、そのせいなのだろう。


「ふっ……半分は正解というべきかな」


 ラフィタはそう言って笑った。


「正確には其処は奴隷用の通路とは別なもの。……妄執者達の失敗作の墓場、というべきだろうか」


 漆黒の瞳で空洞を映す。その視界にはジェイロードの姿も映り込んでいた。一度剣を離して距離を取るとラフィタは不気味な笑みを浮かべた。


「……『ルミナリィ』になることのできない君には似合いの場所ではないかな?」

「!」


 次の瞬間、ジェイロードの足下に細長いものが巻き付いた。穴から伸びるそれは、蛇の胴体で、ジェイロードを空洞の中に引きずり込もうとするかのように、闇の中へと引き寄せていく。

 ジェイロードはカイロスの銃口を足下に向けた。1発、2発と銃声が響き渡る。しかし蛇の体はびくともせず、徐々に彼の体を穴へと引き寄せていった。どうやらこの蛇はキメラやカーディナルとは違い、魔術によるものらしい。

 床石の破片がパラパラと空洞から下へ落ちていく。


「……私に必要なものが、これで全て揃う……」


 ラフィタの呟きに、ジェイロードは顔を上げた。横目でバルコニーのサーシャを見やる。


「……あれも、お前にとって必要なものか」


 サーシャは散乱した硝子の中から一番長く、鋭利な一欠片を手にして立っていた。その背中は夕日に照らされ、キメラを前にしても物怖じする様子すら見えない。しかし次の瞬間、その姿を隠すように彼女の背後にカーディナルが襲いかかった。

 ジェイロードは再びラフィタを見る。ラフィタはくつくつと笑った。


「彼女が何なのか、君は少なくともライラよりは知っているはずだ」


 碧眼で睨みつけ、ジェイロードは無言のままラフィタを見る。ラフィタは鼻で笑って見せた。


「君は彼女を利用しようとは思わないのか?ジェイロード・レヴィアス。……『兄』という権限を使えば、いくらでも服従させられたものを」

「……」


 ジェイロードは無言のまま足下を見やった。ずるずると蛇の体が穴の底へと彼を導いている。何かを考えるようにジェイロードは目を閉じると、カイロスの銃口を下ろした。ホルスターにカイロスの銀色の銃身が収まる。

 すう、と息を吸う。そして静かに吐く。


「……どうやらお前は既に壊れてしまっているようだな」


 夕焼けが斜めに差し込んでくる。ジェイロードの横顔を照らすその光は、その影をはっきりと映し出した。その次の瞬間、床に映し出された影の後ろに、もう1つの影が現れる。


「……っ!」


 影は風に舞うように、ジェイロードの周りを1周した。その刹那、切り裂かれたかのようにその足を縛り付けていた蛇がかき消える。

 ふわりとその場に姿を現したのは、フィオの灰色の体。ジェイロードの前に立ちはだかった蛉人は、冷たい眼差しで壊れた人間を見つめていた。

 ジェイロードは深い溜め息をついて呟く。


「随分遅くなったな。どこで道草を食っていた、アイルーク」










 戦いに身を投じることに恐れを抱かなくなったのは何時だっただろうか。私はそう思いながら硝子の剣を握りしめた。傷を負ってもやがて消える、特殊な体。不完全だと思っていたこの不老不死。それが完全なものだというのならば……私は人ですらなくなるのだろうか。


「……馬鹿らしいですね……」


 私はそう呟いた。呟きながら、何に対して馬鹿らしいと感じているのか分からなかった。

 なぜジェイロードだけではなく、『過去の預言書』をも追うのか。ラフィタの発した言葉が、まるで呪いの言葉のように頭の中を巡っていた。

 それは、預言書を追っていった先にジェイロードがいると信じていたからだ。あの男が簡単に死ぬわけがない。預言書を手に入れるのはジェイロードをおいて他にないと……そう、知っていた。それは客観的な目で見ても明らかなこと。だからこそ、私は預言書を追った。

 キメラの体が跳躍し、バルコニーに転がり出た私に襲いかかる。私は後ろに下がると、剣を構える姿勢になる。


「……」


 狙いは2つに分かれた獅子の頭。つなぎ目を睨みつけ、私は一気に距離を詰めた。鋭利な硝子の破片を縫い付けられたつなぎ目に食い込ませる。力を込めて斬りつけると、縫合された場所が大きく開いた。しかし、足りない。

 キメラは咆哮しながら前足を振り上げる。私は咄嗟に後ろへ引こうとしたが、その足が止まった。背後に赤く燃える炎の鳥、カーディナルが現れる。私は再びキメラへと視線を戻した。この攻撃、受けるしかない……!


「……っ」


 その刹那、微かにある記憶が脳裏を擦った。果てなく続く荒野を歩く親子。見覚えのある光景だった。今まで何度も見てきた、母と兄との旅路。それでも違和感を覚えるのは、そこにある何かが違っているからだろうか。

 少し先を歩く、幼い日の兄……ヒュペリオンを腰に下げ、長い髪を揺らす精悍な顔つきの母……そして、遅れて歩く私に気付き、振り返って手を伸ばす黒い影。

 あれは……。


「サーシャ!!」


 聞き覚えのある声に、私は我に返る。ハッとしてキメラを見ると、バルコニーを這うようにして伸びてきた太い蔦が、その体を縛り付けていた。私は咄嗟にバルコニーの手すりへ転がる。次の瞬間、カーディナルの吐き出した紅蓮の炎がキメラを襲った。

 私はバルコニーから背後を見やる。そこには、屋敷の前に立つフレイさんの姿があった。隣に浮かぶのはヴァルナだ。だとすれば、この蔦は彼の力によるもの。

 フレイさんはいつもの様子で私に怒鳴りつけてくる。


「てめ、この……っ、一人で何処行ってやがった、サーシャ!」

「……」


 その台詞を聞くかぎり、どうやらクリフさんのことは知らないのだろう。私は背後に背を向けて、そして言った。馬鹿らしい、と小声で呟いた後。


「……ヴァルナにカーディナルを任せます。あれは私では倒すことが出来ませんから」

「反省の言葉もなしか!オイ!」


 蔦によって拘束され、炎に妬かれた魔物は、のたうち回るようにして暴れていた。私は体勢を立て直し、硝子の剣を握りしめる。

 叫び声をあげたくなった。しかし声は私の喉で止まったまま、空気にもならなかった。










 夕日がやがて夕闇に変わり、部屋の中には白く浮かび上がる灰色の体の女の姿が浮かんでいた。鳥のような両腕が羽ばたくと、血の雨が部屋の中を濡らしていく。俺は静かにジェイロードに歩み寄ると、膝が抜けたラフィタ・メーリングを見下ろした。


「理なき庭、か……」


 一階で殺された使用人の屍を見つけた後、廊下に潜んで話の大部分は聞いていた。理とか、正否とか……まぁ、分からなくもない話だ。何が正しくて、何が間違っているのか……そんなものを考えれば考えるほどに、人は壊れていく。

 虫の息になったラフィタの前に佇んでいたフィオが、俺の横へと戻ってきた。あとは全てジェイロードの命令次第だ。俺に殺せと言うならそうするし、自分で殺すのならばカイロスを手にするはずなのだから。

 ふと、暗くなった部屋の中に、硝子を踏む音が響いた。俺はハッとしてそちらを見やる。そこには、手にしていた細長い硝子を放ったサーシャ・レヴィアスの姿があった。血に濡れた硝子の剣は、強度が限界まで達していたのか、床に落ちると同時に砕け散る。

 彼女の足取りはしっかりしていた。腰のホルスターからクロノスを取り出すと、手の中で一回転させて銃口をラフィタに向ける。


「歪んだ世界に固執することはないと、貴方は言いましたね。ラフィタ・メーリング」

「……」


 言葉を発することなく、ラフィタは視線だけで彼女を見つめていた。夕日の最後の光を背にして銃口を向ける彼女は、なんの感慨も持たないような顔で口を開いた。


「この世界は歪んでいる。……ですが誰にも、この世界が歪んでいるのか、私が歪んでいるのか推し量ることは出来ないのです」


 誰にも。そう言いながら、ルミナリィは笑っていた。それは慈愛の笑みでも、嘲笑の笑みでもなく……背筋の凍る、意味のない笑い。

 微かにフィオが警戒を示す。それでも俺は既視感を覚えていた。彼女……サーシャ・レヴィアスは銃口を構え、そしてラフィタを見下ろした。最後の一瞬まで、その笑みは消えることなく。

 クロノスの鋭い銃声が、メーリング家の妄執に終わりを告げた。


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