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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
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第4章 2


 トゥアス崩壊から長い年月が過ぎた。世界は知を失ったことにより寂れ、今や秩序は言葉だけを残し、消え去った。かつての強国もなりを潜めた……我らが大願を果たすのならば今が好機といえよう。実験の成功例から共通点を見いだし、次こそは此処に我らが研究の成果をあげてみせようではないか。





  - 日記は語る -





 500年前、トゥアスの力に屈した我らは、保有していた技術の全てを帝国に持ち去られた。当時の生命維持……後の不老不死に繋がる、我らが研究の芽を彼らはいとも簡単に摘んでしまったのだ。そして我らが余儀なくされたのは帝国への従属の道……しかしそれはリル・インの密輸によって完全なる支配を免れた。

 そしてあの一夜の出来事から、我らは再びこの世を手に入れる力を求めてきた。帝国と共に消え去った知識を再び蘇させるために、欠片を拾い集める日々。しかし、足りない、これでは何年経っても帝国の文明には辿り着くことができぬのだ!

 我らメーリング家の血筋も時によって衰え、同志ももう数えるほどしか残ってはいない。次の世代にこの研究の芽が出るのだろうか。嗚呼、何故世界は我々に祝福の光を与えて下さらないのだろうか。


「……」


 巷では何処かの魔術師が、過去を知るための預言書を創ったという。馬鹿げた者がいたものだ。過去など知ってどうするというのだ。トゥアスが残した負の遺産は消えることはない。残された国々は第二の帝国の立ち場を巡って争いを続け……やがて共に疲労して幾つもの国が消えた。過去などくだらぬ。過去を知るくらいならば、未来を知る預言書を作れば良かったものを。


「……」


 とうとう同志もいなくなり、我ら一族だけが残された。我らが持つのはこの麻薬畑と奴隷と、この研究のみだ。

 先日、妻が子を生した。兄と妹の双子だ。男が生まれてきたことに、我らは安堵していた。これで我らの大願は次へと繋がるのだ。


「……」


 『飼い犬』が、かの預言書を手に入れてきた。エレンシアが手に入れんとした預言書の1つであるという。幸運なことに、かつて我らの祖先が帝国時代に築いた生命に関する知を持つ本。嗚呼、神よ。

 奴隷達の間に流行病が広がっている。丁度良い、この預言書を使う好機ではないか。放っておけば消えていく命。我らに管理された、犬にもならぬ者達。其の命、使われてこそ意味を成そう。


「流行病……?」


 ……しばらく間が空いてしまった。いや、それもそうだろう。奴隷達の間に流行していた病が我ら一族をも襲ったのだ。あの犬どもめ、奴隷達を屋敷に近づけるなとあれほど言ったにも関わらず!

 病は我らを、そして……我が子供達を奪っていった。……は、……。……は、命を取り留め……。


「なんだ?このページだけ塗りつぶされて……」


 …………に、命……………。適応…………奪い………の、……を…………。我ら…………には、……この庭………なんと…………だろうか。…………幸せに…………がいい。大願………繋ぐ………。

 ………の、……………。………、………………………、……………。……………………として……………。……、……………、………………………。


「……。……ここだけ筆跡が新しいな」


 さて、邪魔者はこれでいなくなった。あの憎き妄執の塊達、お前達が大願と呼んだその願い、私が叶えてやろう。世界は歪んでいる。私には歪んで見えている。理などこの世にありはしない。妄執の一人は死の間際に化け物と叫んだ。ああ、そうだ。お前達が私を化け物に仕立て上げたのだ。既に死したものを作り出そうとして、生まれてきた歪んだ命。

 世界は壊れている。あの『大願』が全ての救いだと言うのならば、私はその『大願』の浅はかさを証明してやろう。

 此処は理なき庭。慈悲なき地獄に、お前達の願いは死に絶えるのだ。










「ああ、くそ……吐き気がするな……」


 足下が覚束ない。苛立ちを抱えながら、俺は大きく溜め息をついた。壁にもたれかかって息を吐くと、後ろに控えていたフィオがこちらの顔を覗き込む。気にするな、という意味を込めて手を振るものの、肺の中に澱むリル・インは簡単に抜けるはずがない。

 それよりも、と俺はもたれかかった壁から背を浮かせた。


「……フィオのおかげで見つけたものの……人気がないな」


 メーリング家の屋敷は、まるで隔離されているかのように麻薬畑の真ん中に建っていた。道は一本、屋敷の正面に繋がっている道だけだ。

 屋敷の周りには柵もなく、爺さんの屋敷よりも一回り小さかった。話に聞くメーリング家のイメージとは異なる、少し古ぼけた建物。どちらかといえば、幽霊屋敷というイメージが似合いだ。


「さて、これからどうするか……。……っ!?」


 ふと、人の気配を感じて、俺は畑の中に忍び込んだ。丈の長い草の間に身を潜め、急に現れた人影を見つめる。フィオは姿を隠すように風の中に溶けて消えた。


(あれは……)


 見覚えのある金髪、海の色をした碧眼。腰に収められたバレルが歩く度に腰からチラついている。険しい表情を浮かべたままの彼女は……サーシャ・レヴィアス。後ろには見慣れない男の姿がある。

 姿を消したフィオが警戒を促している。俺は無言のまま頷いた。彼女の後ろから姿を現したのはおそらくメーリング卿と呼ばれる、ラフィタ・メーリングだろう。話には聞いていたが、たしかに妹そっくりの顔だ。中性的な表情、男にしとくのは勿体ないくらい黒が似合う。まぁ、勿論俺にそんな趣味はないし、中身が妹と一緒なら遠慮したいかな。


(フレイとあの剣士は……いない。……となるとあの兄妹の狙いはジェイロードとリリィなのか?)


 彼女はラフィタに何かを問いかけ、ラフィタは何かを口にしている。話の内容までは聞き取れない。リリィは少々不機嫌そうな表情をしているものの、殺気立った様子もなく、2人は屋敷へ入っていく。これはもしかすると、もしかするのかもしれない。


(下衆だなぁ……あの2人を合わせるつもりか)


 俺は2人の気配が屋敷の中に消えていくのを待って、麻薬畑から顔を出した。屋敷の外壁から室内を覗き込む。2人は屋敷の奥へと去っていった。今が好機。

 人気のない屋敷をもう一度確認し、俺は窓に手をかけた。目を閉じ、ガラスの表面を撫でる。するとまるで水が油を弾くようにそこに丸い穴が出来上がった。


「……よっ、と」


 村にいた頃の俺は、フィオのおかげで召喚魔術の印象が強かったようだが、どちらかというとこうゆう細かい魔法の方が得意だ。魔術師ってのは細かいことに異常なまでにこだわる。その異常さが異常であればあるほど優秀であり、有能とも言われる。逆を言えば、大雑把なのは魔術師に向かない。

 俺は硝子に開いた穴から手を伸ばし、窓の鍵を外した。音を立てないように窓を開け、屋敷の中へと侵入する。考えてみると魔術師は泥棒ってのも天職かもしれないな。

 窓枠に足をかけて廊下に足を下ろすと、俺は目の前の部屋に忍び込んだ。あのリリィのことだ、俺の気配に気付くまでさほど時間はかからないだろう。サーシャ・レヴィアスとラフィタ・メーリング……あの2人からは距離を取りつつ、後を追わなければいけない。

 人気のない部屋に足を踏み入れると、爪先が何かにぶつかった。カラン、と床に何かが転がる音が響く。一瞬背筋が凍ったが、どうやら2人には聞こえなかったようだ。

 俺は胸を撫で下ろして、足下を見やる。すると今度は、寒気とは違うものが体から吹き出て体を冷やした。気配を消してついて来ていたフィオも、微かに顔を顰めている。


「……ちっ、事態は思ったより深刻そうだ……」


 足下には骨になった人の屍が転がっていた。肋骨の辺りを剣で一閃されたかのように、その体は真っ二つに切れたまま。

 何も語らない屍は、使用人というよりも執事のようなボロ布を身に纏っていた。










 狂人は悪魔を作り、悪魔は悪魔を作り続ける。500年の長きにわたり、続いてきた狂気の実験。命と命の接合、種族の壁を越えた生殖。生まれていく歪なものたちは、そのどれもが短命だった。

 彼ら『研究者』達は、確実性を求め続け、大願成就の時を成した。いや、正確には成すはずだった。しかし希望の光と言える、次世代の『研究者』は病に倒れ、彼らは絶望したのだ。


「誰……?」


 やがて彼らの実験は方針を変えた。途絶えた未来を繋げるために、未来を作ろうとし始めた。それも人間として、生き物として間違った方向に。


「ここは、ここは……何処?」


 亡くなった光の名……それはラフィタ・メーリング。500年の妄執を受け継ぎ、『研究者』となるべき少年。メーリング家の子息。生まれつき体が弱く、病に免疫を持たない彼の人生は15にも満たない年月で幕を下ろした。


「……鉄の、臭いがする」


 妄執者達は彼を作る為に様々な材料を集め始めた。材料集めは専ら、麻薬畑で働く奴隷達の住処だった。


「誰か……そこにいる?」


 それは悪魔を喚び出す儀式のようだった。部屋の真ん中には連れてこられた一人の子供の姿。子供には奴隷として、首にメーリング家の所有物の証である首輪が付けられていた。古い文字でそこに彫り込まれた言葉はサンダルフォン。

 目隠しをされた子供は、ボロ布を纏ったまま辺りを見回していた。異臭の立ちこめる『研究室』、その壁際にはラフィタ・メーリング存命時に描かれたメーリング家の肖像画がかけられていた。


「あっ……」


 どこかから伸びてきた手が、子供を手術台に押しやった。両手足を縛られ、拘束された小さな体。闇の中に光るメスだけが、全ての始まりと終わりを意味していた。

 そして『彼女』の悲鳴が悪魔の儀式に木霊する。










 扉が開く。私はただ他人事のようにそれを見ていた。客間と呼ばれたその部屋は、斜めに差し込む夕日を受けて仄暗く私達を迎え入れた。長く伸びる2つの影。部屋の中央にあるソファに後ろからもたれかかる黒髪の女の姿と、碧眼にあの人と同じ髪色をした男。

 ケバケバしい色の絨毯に足を踏み入れて、私は部屋の中に足を踏み入れた。彼は私を見ている。私もまた、彼を見ている。こうやって相手の前に立つのはエレンシア以来。


「……」

「……」


 紫のカーテンが微かに風に揺れている。やがて私達の沈黙を破るように、ライラが口を開いた。


「……初めまして、かしら?サーシャ・レヴィアス」


 私は視線を外して彼女を見た。よく見ると、確かにラフィタ・メーリングに瓜二つの顔だ。違っているのは、その手に握られた死神のような鎌……メタトロニオス。

 私は口を開きかけて、そして辞めた。言葉にするのが億劫になった。


「あら……貴方の妹は声を持たないカナリアかしら。レヴィアス氏」


 美しいだけで何も喋らないのね、と皮肉るようにライラは笑う。ジェイロードは反応する様子もなく、ラフィタは静かに入り口の扉を後ろ手に閉めた。

 私は溜め息をつく。吐いた息は重く、客間の空気の中に落ちていく。


「……そうゆう貴女はカラスのようですが。それも五月蝿いぐらいに鳴く」

「……っ!」


 私の皮肉はどうやらライラに勝ったようだった。彼女は整った顔を歪ませ、こちらを睨みつける。握りしめられたメタトロニオスが怒りに揺れた。彼女の反対側の手には、預言書が握られていた。万物の章……そう書かれた背表紙に、私は後ろのラフィタを見やる。

 大鎌が空気を切り裂いた。くるりとジェイロードの横を一閃したメタトロニオスが、私の方へと向けられる。


「……お兄様。そろそろルミナリィの力とやらを見てみたいとは思いませんこと?一番楽しみにしていましたもの。ねぇ?」

「……」


 私は大鎌を見ていた。研ぎすまされた弧を描く刃。おそらく彼女はその鎌で私の体を切り刻んでやろうというのだろう。

 ラフィタは妹の言葉に答える代わりに、ゆっくりと私から離れた。私は溜め息をついた。そしてジェイロードに視線を向ける。

 メーリング家の目的は、私達の不老不死。おそらくジェイロードもまた同じように実験の研究対象としてここにいるのだろう。いや、預言書の所有者としてかもしれないが。


「……」


 彼の碧眼は、何も語らない。ただその色がひどくカタリナに似ていて、私は腹の奥底に閉まった感情がふつふつと湧き上がるのを感じた。

 吐き気が、した。


「……サーシャ」


 ジェイロードが私の名前を呼ぶ。声を聴いたのも、私の名前を呼んだのも……全てカタリナの死んだあの日以来。低く響くような、『兄』の声。

 ジェイロードは言った。


「……リボルバーを捨てろ」


 私は何も言わず、クロノスをジェイロードの前に放った。ライラが待ちきれないという様子でメタトロニオスをくるりと回す。今にも飛びかかってきそうな彼女を片手で止めて、ジェイロードは更にこう言った。


「ヒュペリオンもだ」

「っ」


 無情な響きだった。それでも私は、舌打ち1つだけして、背中から取り出したヒュペリオンを投げ捨てた。夕日の照らし出す床板に、2つ目のリボルバーが投げ出される。

 ジェイロードの視線は私を見ていた。その青い瞳だけで会話が出来たのは、遠い昔の話だ。正も否も、全てこの目で理解した。それも……憎しみの向こうに忘れ去った、幼い頃の話だ。


「……ふふっ、無様とはこのことかしら、サーシャ・レヴィアス」


 2つの目が私を捉える。私は部屋の中央で静かに目を瞑った。ライラの高笑いの中で、メタトロニオスが風を切る音。


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