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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
75/112

第4章 1


 吸い込んだ重い空気が肺に迷い込み、錯覚を起こさせる。此処は何処なのか。フィオが導くように俺の手を取った。微かに聞こえる呼び声が、他の誰かの声と重なる。これは、リル・インの錯覚か。

 吐き気を訴える体が、助けを求めるように昔の記憶を引きずり出していく。





  - 踊り狂う者達 -





『……あんた、預言書を集めてどうする気なんだ?』


 あれはそう、俺があの貴族の家で策に嵌って殺されかけたとき。殆ど初対面だったジェイロードに助けられた俺は、あいつの肩を借りて歩きながらそんなことを聞いた。

 聞けば、ジェイロードは過去の預言書を扱うためには魔術師の力が必要だと知って、適任と思われる術師を探していたらしい。そこで白羽の矢が立ったのが俺だった。爺さんのお墨付きで、最年少で蛉人を喚び出した孫。真実と随分ズレはあるが、当時の周りの評価はそんなもんだった。


『……』


 ジェイロードは何かを考えるように黙々と歩いていた。無視されたのかとムッとしたが、やがてジェイロードは口を開いた。

 そこから語られる言葉は、一瞬聞き違えたかと思うくらいに意外なものだった。


『知を、救済するためだ』

『は……?』


 冗談かと思って見上げた顔は無表情で、それが嘘でも冗談でもないことを悟るまでかなりの時間が必要だった。

 言葉は随分と遠回しな言い方だったが、その意味は明瞭だった。知とは、言ってみれば帝国時代に繁栄した文明を指す。その救済とはつまり、その文明をもう一度復活させるという意味だ。


『知を救済する……聞こえなかったのか』


 ご丁寧に二度も繰り返してそう言われ、俺は返事が出てこなくなった。こいつ馬鹿なんじゃないかと、本気でそう思った。

 文明の復活。何処かの国から命を受けているならまだしも、ジェイロードはただの旅人だった。勿論、トゥアス帝国の王族の子孫であることを知ったのはしばらく経った後のことだったが……それも500年も前の話。今のジェイロードには殆ど関係がないと言ってもいい。


『あんた……第二のトゥアスを作る気なのか?』

『……作るとしたらもう少しまともなモノを作るだろうが』


 ジェイロードはそう言って一度言葉を切り、そして俺に視線を向けた。


『国にも王にも興味はない。……ただ、それが私の成すべきことだからだ』

『成すべきことって……』


 ジェイロードは道の先へを見る。


『そのために……邪魔になるものは排除してきた。必要なものは過去の預言書、そしてそれを扱うことの出来る人間だけだ』


 その瞳の色は深い海の色だった。俺なんかじゃかなわないくらいの整った顔が、微かに曇るのが見えた。何を考えたのか、何を思って一瞬の躊躇いを見せたのかは分からない。それでも、はっきりと己が目的を言いきったこの男を、そんな馬鹿な目的を掲げた男を、俺は信じた。


『男に従うのは趣味じゃないんだけどなぁ……分かった、あんたについてってやるよ、ジェイロード』


 そうだ、あの男の目に嘘偽りはない。シルヴィを逃がし、ライラ・メーリングに下ったのも、全ては策があってのこと。疑うな。あの男は強い。信念を曲げる人間じゃないことを、俺だけは疑ってはいけない。

 さっさとこの錯覚を振り払わなければ。俺は、俺が今出来る最善を尽くす。フィオ、もう一度俺を呼び戻してくれ。今の俺には、やらなきゃいけないことがある。









 屋敷の中は薄暗く、まるで幽霊屋敷のように人気がない。ただそこにあるのは、息をすることも言葉を発することもない存在。地面に転がった『ソレ』は、2つの足音を聞く。

 2人が足を踏み入れた時から、出迎える姿は1つとしてなく、彼は静かに辺りを見回した。古いシャンデリアが頭上高く揺れている。


「あら……どうかいたしまして?レヴィアス氏」


 先を歩くライラ・メーリングが、ふとその様子に気づいて振り返った。招かれた客は、一度足を止めて彼女を見る。


「……メーリング家といえば古くから続く貴族だと聞いていたが」


 続く言葉を察して、ライラは微笑んだ。そう、ここには使用人の姿が無い。リル・インの畑で働く奴隷は目にしたが、この屋敷の中に人気は全くなかった。


「ふふふ……私達に使える使用人は、みな必要な時に現れ、必要がなくなれば去ってゆくものなのですわ」


 ライラの言葉に、客人は静かに顔を顰めた。

 彼女は階段を上り、長い廊下の奥へと彼を案内する。そこは古い貴族であるメーリング家が客人を迎え入れる客間。バルコニーに続く窓辺には紫のカーテンがかかり、足下には異国の絨毯が敷かれている。

 ライラ・メーリングは部屋の中心にあるソファに彼を座らせると、怪しい笑みで微笑んだ。


「そろそろ……貴方の預言書を見せてはいただけないかしら?蒼天の章……とても興味がありますの」


 帝国時代の科学技術を知る本、蒼天の章。それを手に入れることはメーリング家の悲願だった。客人の男は目を閉じて溜め息をついた。


「……目にして分かる代物ではないが?」

「あら……ならば特別に、私達の預言書も見せて差し上げましょう。貴方にとって一番興味があるのは蒼天よりも万物……我々の持つ預言書ではなくて?」


 彼女は彼の背後からもたれかかるように近づいた。自分が持っていた預言書を手渡しながら、耳元で愛を囁くように一言、呟く。ルミナリィ、と。しかし彼は表情を変えることなく、静かに荷の中から一冊の本を取り出した。背後のライラ・メーリングの鼻先に突きつけると、彼女は笑う。


「ふふっ」


 まるで少女のようにライラはくるりと回ると、客人から離れてその本を右手に乗せた。その瞬間、まるで突風が巻き起こったかのように本が開き、バラバラとページがめくれ始めた。

 それは客人の持つ本も同じだった。彼は冷静な瞳でそれを見つめながら、魔法が収まるのを待つ。稀代の魔術師ファーレンが創りし過去の預言書は、魔力を持つ者によってしかその力を発揮することが出来ない。


「……」


 浮かび上がる文字の羅列を、彼は静かに見つめていた。時折浮かび上がる、螺旋状の図形。この時代に生きる者には到底理解出来ない技術が、そこには平然と並んでいる。500年という時間によって失われた知識、そして技術。

 静かにページを捲る彼の後ろで、ライラは言う。


「……ふふ、それは『生命を司り、生きとし生けるものの全てを暴く万物の章』。いかがかしら、レヴィアス氏。それがあればルミナリィの中身を暴くことすら可能になる」


 そう言いながら、彼女は少し不満そうに方を竦めた。


「お兄様はどうしても本物を手にしたいと仰っていたのですけれど……」


 客人はその言葉にページを捲る手を止めた。


「……サーシャ・レヴィアスを?」

「ええ。お兄様は私と違って研究熱心ですから。ああ……勿論、貴方が望めば会わせて差し上げますわ。兄妹ですからね……ふふっ」


 まるで嘲るように微笑んで、彼女は笑った。揺れる黒髪に漆黒の瞳。悪魔のような微笑みが高笑いに変わるのを、『ソレ』の気配は床に平伏したまま聞いていた。









 体には疲労感が溜まっていた。まるで鉛を背負っているかのように体が重い。これが単に魔力を使い過ぎただけだってんだから、自分でも笑えてくる。

 あの化け物から逃れて畑の横にあった林に逃げ込んだ俺は、細い木々に掴まりながら歩いていた。化け物はまいたみたいだが、サーシャの行方が分からないことには合流出来ない。


「くそっ……」


 一度何処かで体を休めた方がいい。下手に動き回って、体力を消耗させても仕方ないだろう。派手に人の魔力を使ってくれたヴァルナに悪態をつきながら、俺は林の奥へと足を踏み入れた。

 太陽は暮れかけていた。この地方特有の赤い夕日が斜めに差し込んでいる。ふと、道なき道を進んでいた俺は奇妙なものを見つけた。


「なんだ……?」


 それは井戸か何かのようだった。石で積まれた円形の上に、木の板が乗せられている。枯れ井戸か何かか?


「……ん?」


 近づいていった俺は、微かに板がズレていることに気づいた。最近誰かが動かしたかのように、地面の上に板を引きずった跡がある。

 夕日が隙間から差し込み、微かに中を照らしていた。


「井戸じゃねぇな……階段?」


 俺は木の板を足で退かし、中を覗き込んだ。井戸に見えていたものは、どうやら階段のようだ。真っ暗な地下へと続く階段。俺は残った魔力で火を喚ぶと、足下を照らしながら足を踏み入れる。

 化け物が徘徊してる麻薬畑の中で夜を越すくらいなら、ここに身を隠した方がまだマシだよな。


「っ、げほっ……んだよ、なんか臭うな……」


 階段が半分のところまで来たところで、俺は異様な臭気に顔を顰めた。色んなものが混じり合った臭いが鼻につく。空気の循環が少ないのか、俺は鼻を摘んだまま辺りを見回した。

 階段の下は部屋のようになっていた。下りたところには何かの作業用らしい長机と椅子、そして壁には古い本が並ぶ。ジジイの部屋みてぇだな……。

 机の上の壁には肖像画が張られていた。十数人の人間が描かれている。どれも金持ちっぽい正装を着込んで、ステッキなんか持ってるやつもいた。

 どこにでもある、貴族の肖像画。だってのに、俺はこの絵を見て顔を顰めざるを得なかった。


「なんなんだ、いったい……」


 絵の中央には、周りの年寄りに囲まれるようにして2人の兄妹の姿が映っていた。メイくらいの年のガキだ。妹はまるで貼付けたような笑みをしていて、兄の方は……。



「……」


 俺は壁に突き刺さったナイフを取り、兄が描かれていたであろう部分を覗き込んだ。まるで狙ったかのようにそいつの部分だけ、ナイフが深々と突き立てられていた。

 絵の状態を見るかぎり、そんなに昔に書かれたモンじゃない。そう考えると、この兄妹はサーシャの言ってたライラ・メーリングとラフィタ・メーリングか。だとすると、このナイフは……?

 俺はふと部屋の奥に扉があることに気づいた。扉にはまるで爪で引っかいたような痕が無数に残っている。微かに開いた隙間から、異様なまでの濃い臭気が漂ってきた。


「一体、何が……っ!?」


 扉に手をかけて中を覗き込んだ俺は、一瞬中を見ただけで身を引いた。寒気が体を駆抜ける。吐き気が込み上げて、俺は口元を押さえた。

 部屋の中は、真っ黒に染まっていた。壁に物のように吊り下げられた、動物の死骸。切り貼りするかのように繋ぎ合わされた、もはや生命とは呼ぶことの出来ないモノ。腐りかけているのか、骨があちこちから見えていた。


「っ……」


 ふと俺の中に、ついさっき戦った魔物の姿が浮かぶ。ヴァルナが言っていた、生命の縫合。種を越えて作り出された、あの獣。あれは此処で作られてるってことか。

 いや、だとしたら、あれは……。


「……」


 俺は口元を袖で覆いながら、もう一度扉を開けた。そして火で部屋の奥を照らす。俺は顔を顰めながら、それをはっきりと見た。失敗作の並ぶその奥、壁に掛けられた白い骸骨。下半身から動物のようなものに縫合されたそれは、確かに人の屍だった。


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