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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
71/112

第3章 1


 赤い炎が燃え上がるのを、私はただ見ていた。足が思うように動かなくて、ただただ……認めたくない出来事を、認めたくない現実を、見つめていることしか出来ない。

 泣きたかった。涙があるのなら……枯れるまで流しつくしてしまいたかった。





  - 不老不死 -





「ふふっ……、貴女、思ったより大きな声で泣くのね……」


 亡骸がそう呟いて、振り乱したままの黒髪を白い指先がかきあげた。赤い唇の端からは血液が筋になって流れ、フィオによって貫かれたはずの心臓の部分は真っ赤に染まっていた。

 私はただ呆然とするしかなかった。先ほどまで生存反応はなかったはず。確認もしたはずなのに、何故。

 後ずさることすら忘れていた私は、彼女の腕の筋肉が微かに動いたことに気づいた。左手に掴んでいたメタトロニオスが地面から離れる。私は咄嗟に、ジェイの目の前に飛び出していた。


「シルヴィっ!!」


 アイルークの声が聞こえたけれど、ターゲットの大鎌はまるでスローモーションのように遅かった。残った力でジェイを庇った私は、その鎌が振り下ろされる軌跡を、ただ見ているしかなかった。


「っあ、ああぁっ!」


 上手く声にならない絶叫が、私の耳の中に響く。それが自分の叫びだと自覚するのに、かなりの時間を要した。激しい痛みの信号と目の前でニタリと笑う化け物の顔。


「う、ぁ……っ」


 メタトロニオスは、私の右肩から左脇腹を抉るようにして振り下ろされていた。コードしかない体の中が、斜めに切り裂かれた痕を残していた。

 足が崩れ、私はその場に倒れ込んだ。セキュリティが突然の異常に反応して自己修復を量っている。それでもこれは自分でどうにか出来るレベルの怪我ではない。

 コツン、とメタトロニオスの柄が倒れ込んだ私の首筋に当たった。ライラ・メーリングは口端を吊り上げて笑いながら言う。


「魂のない可哀想なお人形さん……貴女ももう少し聞き分けの良い子なら、実験に使ってあげたのに」

「……っ、……」


 抗うことすら出来ない体。私は緊急のシャットダウン信号に抵抗しながら、ライラ・メーリングを見た。


「っ、……ミス・ライラ。アンタはどうやら、獣に見えるんじゃなく、本物の『野獣』らしいな」


 アイルークが瞬時にフィオを喚び出した。けれどターゲットの余裕の笑みは消えない。唇から血を滴らせる姿は、まるで何処かの言い伝えの魔物のようだった。

 ライラ・メーリングはアイルークを見る。


「貴方も頭の悪い方ね、アイルーク・ハルト。……私達が持つのは万物の章と言ったはずよ?」


 彼女は嘲笑を浮かべながら、胸元から何かを取り出した。真っ赤な赤い紙が、白い手と手の間に挟み込まれる。ライラ・メーリングはパン、と強く両手を打ち、そして低い声音で唱えた。


「……紅蓮の炎纏いしカーディナル、我が血より出よ!」


 彼女はそう言うと左胸に紙を押しつけ、そして離した。その刹那、赤い紙が炎のように燃えあがり鳥の形を形成する。鷲のように大きな翼は赤く燃えていて、私達の上をゆっくりと旋回すると、その嘴から劫火の炎を吐き出した。


「な……っ!」


 ターゲットは狂ったように笑いながら、アイルークに視線を向けた。


「預言書を扱うことが出来るのは、魔力を持つ人間のみ。そうでしょう?」


 激痛の中、思考回路の何処かでこの状況の矛盾が叩き出された。アイルークも同じことに気づいたみたいに、眉間に皺を寄せた。


「……情報じゃ、魔力を持つのはメーリング卿のはず……っ」


 事前に集めたメーリング家の情報によれば、預言書を扱える人物は当主のメーリング卿のみとされていた。それが何故、妹のライラまでが扱えるのか。私は痛みの中でじっとターゲットの姿を睨みつける。

 先ほどまで生存反応すらなかった彼女の心臓。どうして、止まっていたものが再び動き出したのか。離れた場所にいる人間の心音を、私の聴覚が拾い上げる。

 その刹那。


「……!?」


 それは微かなズレだった。はっきりと聞こえていたライラ・メーリングの心音が僅かにブレる。まるで二つのものを重ね合わせたような、そんな僅かの違い。

 ライラ・メーリングはアイルークに妖艶な笑みで謳うように語る。


「ふふふっ……私と愛しいお兄様は2つで1つの存在。同じ瞳、同じ心臓、同じ力、同じ魂を共有する……」

「魂の共有……!?」


 ターゲットは空を煽ぎながら、血に濡れたドレスをふわりと揺らして笑う。それはまるで地獄に棲む悪魔が妖艶な人の皮を被ったような姿。

 ライラはジェイに視線を向けると、赤い唇を吊り上げた。


「私達の愛は究極の愛。重なり合うのではなく解け合う愛ですわ。その血肉を共有し、永遠を謳う……。……ほら」


 黒髪をかきあげて、ターゲットはジェイに近づいた。触れてしまうんじゃないかと思うほど近くでジェイの顔を覗き込み、顔の右半分を手で隠して左目を見開く。

 その瞳の色は、女性とは言い難く。


「微睡みの庭の先で……ラフィタお兄様は貴方達を見ていらっしゃる」









 夕方の日差しが、屋根と屋根の間から差し込んできた。今回の宿は路地裏にあるせいでいつもより環境が悪い。窓を開ければ腐った臭いがするし、廊下に出ればガラの悪い人たちがたむろしてる。僕が割り当てられた部屋は窓硝子の端に石かなにかをぶつけられた後が残っていた。

 いつもなら、ベッドに潜り込んでビクビクしているんだけど、今日は少し違った。ベッドに潜り込んでひたすら考え事をする。考えても考えても、答えの見つからない問いがあるから。


『カタリナには、3つの罪があった』


 脳裏に響くのはセルマさんの言葉。何度も繰り返し聞こえてくる、最初の言葉だ。


『罪、ですか……?』

『ああ。……カタリナは、あの夜に生き残ってしまったことを悔いていた』


 サーシャさんから聞いたことがある。カタリナさんは、トゥアス帝国が一夜にして消え去ったあの日を生き延びたのだと。でも彼女はそれを後悔していた。……どうしてかは、僕にも分からない。

 あの一夜を生き延びたカタリナさんは、それから数百年生き続け、そしてジェイロードさんとサーシャさんを生んだ。トゥアス帝国の王族達に受け継がれた不老不死の力で。


『……妙に思ったことは無いか?』

『え?』


 トゥアス帝国の不老不死の力は子供を作ることによって失われてしまう。子供に力が受け継がれ、母体は力を失っていく。不老不死は完全ではないとサーシャさんが言っていた気がする。

 でも。……セルマさんはあの時、暗い海を見つめながら呟いた。


『不老不死は子供に受け継がれる。……つまり母体の性質がすべて子供に奪い取られるという意味だ』


 もしそうならば、と闇の中から声が聞こえてくるかのようだった。


『ジェイロードはまだしも……サーシャにまで不老不死の力は受け継がれるのだろうか』










「ジェイ!」


 炎が辺りを包み込む中、私は咄嗟にターゲットに飛びついていた。しかし体の損傷は激しく、ライラ・メーリングは私の体をするりと避けて笑う。


「ふふっ……」


 まるで風を相手にするように、ライラ・メーリングは私の手をすり抜けた。その皮肉るような微笑みに私は胸の中がざわつく感覚を覚える。


「どうかしら、お人形さん?貴女はやはり人形でしかない……ご主人様に突き放された感想は?」

「ふっ……ふざけない、で……っ!!」


 体を捩って再び飛びかかると、突然彼女の顔が迫ってきた。白い腕がまるで蛇のように私の首に巻き付き、そして私はやっと理解する。彼女の言う、魂の共有。女性のものではありえない力が、首に圧力を加えた。巻き付く腕に、指先を食い込ませて空気を求めた。


「うっ……く、……」


 首を掴まれたまま、体が宙に浮いた。スピードを重視して軽量化されている私の体。それでもこれだけ軽々と持ち上げることは普通なら出来ない。

 轟々と炎の燃え上がる音が木霊している。


「ふふふ、……可愛いお人形さん。ご主人様に捨てられて悲しいのかしら?」

「ふ、ううっ……!!」


 身を捩ると、更に首が絞まった。首には重要な伝達回路が通されている。命令が行き渡らなくなれば、体の維持が出来なくなる。それはおそらく、人でいう死を意味している……。


「シルヴィっ!」


 アイルークが叫ぶ声がする。私はライラ・メーリングの腕に指を食い込ませながら、必死の抵抗をした。それでも彼女の表情は変わらない。

 ライラ・メーリングは私の体を持ち上げたまま、ジェイに視線を向けた。


「ねぇ、レヴィアス氏……このお人形さんと貴方の身柄、交換しないかしら?」

「……」


 ジェイは剣に手をかけたまま、じっとライラ・メーリングを睨み続ける。


「私が欲しいのは貴方のみ。危害は加えないと約束しますわ。……一度ゆっくり話をいたしましょう?」


 誘うようにターゲットは赤い唇で誘うように笑う。私は巻き付いた腕に抵抗しながらジェイを見る。ジェイは何かを考えているようだった。私は声帯を押さえられた状態で、声にならない声で言う。

 お願い、ジェイ。……そんな約束に乗らないで。


「……っ……」


 私は、ジェイを、マスターを守る為だけの人形。私の命とマスターの身柄を交換することは、私の存在意義に反する。私は結局のところ、オトモダチと何も変わりのない機械人形。機械人形でしかないモノ。血の通っていないこの体は、マスターに与えられた情報と命令によってしか働かない。

 必要以上を、望んではいけない。


「ジェ、イ……!」


 頷かないで。答えなくていい。私の……私の『意味』がなくなってしまう……。


「……」


 ジェイは表情を変えずに、ライラ・メーリングの顔を見つめ返した。そして大きく息を吐くと、剣先を地面へと向ける。

 それは、条件をのむという証だった。


「!」


 巻き付いていたターゲットの腕が離れると、私はガクンと地面に崩れ落ちた。その感覚は本当に人形そのもので、私はカクカクと震えていた。隣でライラ・メーリングの高笑いが聞こえてくる。絶望的なその響きは、記憶したないのに私のメモリーにしっかりと記録されていった。


「ジェイロード!」


 アイルークが制止の声をあげた。ジェイは一歩ずつターゲットに近づいていく。ジェイはライラ・メーリングの隣に来ると、私を見下ろしてこう言った。


「……シルヴィ。ジュリアの元に戻って待機していろ」

「……っ……」


 地面に崩れ落ちたまま、私は砂利を握りしめた。何に苛立ちと悲しみを感じているのか分からない。唯1つだけ分かるのは、データによって作り上げられてきた機械人形としての人格に、エラーが起っていること。

 燃え盛る火の中でライラ・メーリングはジェイロードの腕に絡み付くと、アイルークに視線を向けた。


「魔術師様も一度戻られては?……この庭は普通の人間には地獄」

「なに……っ!」


 ふと、燃え盛る煙の色が変わった。炎から燻る煙が膨れ上がり、嗅覚を刺激する臭いが漂う。アイルークは咄嗟に手で口元を追おうと、顔を顰めた。

 ライラ・メーリングはクスリと笑う。


「此処が何の畑なのかお忘れかしら?ここはリル・インの畑。……大量に吸うのは毒よ、魔術師様?」

「っ、……くそ……っ」


 フラ、とアイルークの体が傾いた。その瞬間、煙の中から現れたフィオがその体を抱きとめる。フィオはターゲットを睨みつけると、吹き始めた風と共に煙の中に姿を消した。おそらくアイルークを安全な場所へと移したのだろう。

 私は地面に倒れたまま、去っていくジェイとライラの姿を見つめていた。轟々と燃え盛る火が私を包み込もうとしている。砂を掴んでいた手を開くと、熱された砂利がバラバラと地面に落ち……その色を変えていった。


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