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過去の予言書  作者: 由城 要
第4部 One Star Story
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第2章 4


 振り向いた瞬間に響き渡ったシルヴィの絶叫。ミス・ライラは楽しそうにその姿を見つめていた。その笑みに、俺はゾッとする。そして同時に、もう1つ背筋を凍らすようなことが目の前で起った。

 俺は確かにこう思ったんだ。ミス・ライラは人間じゃない……化け物だ、って。





  - 獣の美女 -





 私を片腕で持ち上げていたライラ・メーリングは、ジェイの攻撃に気づいて私を離した。左手で大鎌を振り回し、その攻撃を弾く。

 上手く着地出来ないまま、私は地面を転がった。そして自分の腕から飛び出した、掌ほどの長さの部品を引き抜く。何処かでまた信号が行き届かなくなった。


「シルヴィ。……状態は」


 ジェイはターゲットを私から離して、静かにそう言う。反対方向へと曲げられた腕を戻し、私はノイズに霞む視界の中で計算した。


「右、ウでの破ソン……92…パーせント……っ」


 損傷は右腕のみ。それでも体が上手く動かないのは、中枢回路にも影響が出来てしまったからだろうか。私は酸素を求めるように息をしながら、何処からか響いてくる声を聴いていた。


『痛い……いたいよ……』


 泣きじゃくりながら、あの声がそう言っている。私は首を振った。違う、痛くない。痛いのは右腕だけのはず。体が動かないのは、情報が上手く行き届かないだけ。ターゲットを倒してジュリアに直してもらえばいつものように動くようになる。……そう、それだけのこと。


『そうじゃない、そうじゃない。本当は……分かってるんでしょ?』


 ジェイが再びターゲットに攻撃を仕掛ける。私はヨロヨロと立ち上がり、フリーズしようとする体にむち打って構えた。

 ライラ・メーリングはジェイの攻撃をかわしながら、私に目を向ける。


「あら……まだ動けるんですの?案外しぶとく出来ているようですわね、この機械は」

「……、……」


 左手でグッと部品を握りしめる。首を振って、顔にかかる緑の髪の毛を払う。アイルークの制止の声が聞こえたけど、私は止まらない。ジェイの……マスタ―の声じゃないから、止まれない。


『……本当にそう?』

(ッ、……話シカケテコナイデ!!)


 私は、私の中でそう叫んだ。私の中の私は何故かいつも……無表情で冷たい。問いかけてくるこの声に、貴女は誰、と聞き返すこともしない。

 ……違う、したいのに出来ない。


『……ねえ、シルヴィ……』


 こっちを向いて、と声は言う。でも『こっち』とは何処なのか。私の範囲の何メートル先?角度にするならどの辺り?どうしてだろう、私はいつも……こんなことしか考えられない。


『そんなことはないよ』


 単位も、数式も、規律も、制限も、命令も、情報も……機械も、人間も、関係ない。でも、そう考えるとノイズが頭を覆ってしまう。シャットダウンしてもう一度目が覚めると、何だか凄く悲しい気分になる。どうしてなのか、貴女は知っているの?


(私ハ……私ハ……)

『ねえ、これは誰の声?』


 数えきれない疑問が頭の中を覆い尽くして、私という意識が遠ざかる。私の中の私と、私の中の貴女。二つの声が終わらない木霊のように響いた。もう、どれが私の声なのか分からない。

 どっちが私で、どっちが貴女なのか。


『……貴女は……誰?』


 スッと、目の前を覆っていた影が消えた。辿り着きそうだった答えが、次の瞬間に目の前から消え失せる。アイルークが何かを叫ぶ声が聞こえて、私の思考は現実へと引き戻された。……ううん、違う。『現実』じゃなくて、そこはライラ・メーリングが言うところの規律の世界。

 いっそう激しい金属音が辺りに響き渡った。顔をあげると、ジェイがターゲットの大鎌を受けとめたところだった。まるで猫でもあやすような表情で口元を吊り上げるライラ・メーリング。でもジェイの表情は変わらない。


「……っ」

「……ねえ、レヴィアス氏。私、知っているのよ」


 刃を弾き飛ばし、再び攻撃が繰り出される。ジェイはそれをギリギリのところで避けて、メタトロニオスの攻撃範囲より更に深く潜り込む。でもターゲットも簡単にジェイの斬撃を受けない。軽いステップで受け流すと、柄でジェイの剣を受けとめた。

 ライラ・メーリングは艶めいた笑みで言う。


「貴方の……いえ、貴方の『妹』の秘密を、ね」


 ハッとした表情で、アイルークが振り返る。ジェイは表情を変えなかったけれど、微かに険しい目になった。私は意味が分からず、二人の顔を見つめる。

 ライラ・メーリングは剣を受けとめた柄を片手で持つと、もう片方の手でジェイの頬に触れる。


「私達兄妹と、貴方達……きっと上手くやれると思うのだけれど……考える気はないかしら?レヴィアス氏」


 ジェイはその手を払いのけると、険しい表情でターゲットから距離をとった。


「……それは預言書の力か?」


 メーリング家が持っているであろう預言書はおそらく、万物の章。それがどんなことに利用出来るのかは分からない。それでももし……万物の全てを把握するものだとしたら、こちらには分が悪過ぎる。

 私は上手く信号の届かない足に力を入れて、次の攻撃に入ろうとした。状況が飲み込めないけれど、今はターゲットを倒すことにのみ集中した方がいい。

 踏み出そうと体を傾けた時、大きな手が肩を叩いた。そして次の瞬間、影が私の脇を横切る。突然のことに、私はその背中を見上げるしかなかった。


「……ミス・ライラ。知り過ぎることは死期を早めるよ」


 ふとライラ・メーリングが視線をこちらに向ける。彼女の目が向けられたのはアイルーク。……そしてその隣に浮かぶ、灰色の体に翼のような両腕をした女の姿。

 それは蛉人・フィリオーネ。アイルークに忠実に使える最高精霊の蛉人。鳥と人を足して割ったようなその姿は、何度見ても奇妙で恐ろしい。そして同時に、私も人知を越えているという意味では同じであると感じる。


「あら……魔術師様。そんな恐ろしいものを使って、何をするおつもり?」


 微笑みかけるライラ・メーリングに肩を竦めてみせて、アイルークは深く息を吸い込んで両手を合わせた。ふわりと地面から風が起り、足下には紫の文字が浮かび上がり始める。突然の突風と共にアイルークの足下だけを覆っていた光が広がり、辺りにいる人間全てを陣の中に閉じ込めた。


「闇の許、我が力に応えよ……カナール・エミナ・ラ・フィリオーネ!!」


 フィリオーネの腕が軋み、翼が更に大きくなった。途端に風が竜巻のように辺りに吹き荒れ始める。私は咄嗟に付せてアイルークとフィオを見つめる。

 まるで風が刃のように、目に見える形になって人を襲っていく。透明な刃は刃物よりも鋭利で、斬りつけられた者は体の一部を失った。首が落ち、腕が落ち、足が落ち……あちこちで奇声が上がるなか、アイルークはターゲットに視線を向ける。

 フィオは風に舞い踊るように、その両方の翼を動かした。幾つもの刃が彼女の体を襲う。

 左足が落ち、そして大鎌を握っていた右腕が落ちた。金属が地面に落ちる音。それでも彼女の表情は、恐ろしいほどに変わらない。


「……フィオ」


 パン、とアイルークが両手を打った。瞬間、フィオの片腕が翼から人間の腕のように変化し、もの凄い早さでライラ・メーリングの左胸に迫る。そして次の瞬間、掌の全てが、まるで水に手を差し入れるかのように食い込んだ。


「ふふ……っ……」


 笑みは途切れなかった。それでも微かな咳払いと共に、口元から赤いものが流れ出る。フィオがそこにあるものを確かめるように腕に力を入れると、片足で支えていた体がふと傾いた。フィオはゆっくりと手を放し、ライラ・メーリングの体が倒れるのを確認する。

 アイルークは振り返って残っている人間達を見回した。陣の中にいて、生き残っているのは数人。それでも片足や片手を奪われていて、反撃出来そうな人間はいない。


「俺たちもここで止まってるわけにはいかないんだ。……引きたきゃ引け、二度と目の前に現れるな」


 アイルークがそう言って睨みつけると、生き残っている者達は這々の体で逃げ出していった。私は辺りに生存反応がないことを確認して、ジェイのところに駆寄る。


「ジェイ……!怪我、ない?」


 ジェイもアイルークの攻撃を予想して伏せていたようだった。あの攻撃は私達には当たらないようになっているようだけれど、強力な魔術だから、やっぱり危険なことに変わりはない。

 ジェイは膝の砂を払い落として立ち上がると、私の問いかけに頷く。服はさっきの攻撃の返り血を浴びていたけれど、どうやらジェイ自身の怪我はないみたいだった。ほっとする私に、後ろでアイルークががっくりと肩を落とす。


「俺も頑張ったのに……俺に対する心配はなしだって、フィオ」


 フィオは一度だけ首を傾げると、すぐに陣と共に風の中に消え失せた。灰色の姿が透明になり、やがて見えなくなる。

 アイルークはしばらくそうやって文句を言っていたけれど、私もジェイも聞いていないことに気づくと、埃を払うように手を叩いてこちらを見る。


「それにしても、随分手間を取らされたなぁ……まさか妹の方がこんな強いとは」

「……。……」


 私はふとライラ・メーリングを見下ろす。黒い髪を振り乱して倒れてこんだその体は、まるで人間ではない別の生き物のようだった。

 もともと今回の戦いでフィオは対メーリング卿のための戦力だった。そのカードをこんなに早く切ることになるとは、ジェイもアイルークも考えていなかった。

 ふと、私はターゲットの亡骸を見つめながら言う。


「ジェイ、アイルーク。……サーシャ・レヴィアスの秘密って、何?」

「えっ……」


 後ろでアイルークが微かにそう言ったのが聞こえた。ジェイはもちろん、無言のまま剣を鞘に納めようとしている。私はアイルークの方を向くと、両手を握り締めて言った。


「どうして、教えてくれないの?」


 なんだか胸の中がざわざわした。ノイズが響いて、体の中が何故か熱い。アイルークは困ったような顔でジェイに視線を向けた。二人の間の微妙な空気。また……私だけ、知らないことがある。船に乗る前のことだってそう。

 シルヴィ、知りたい。知りたいのに……!


「シルヴィのデータ、そんなの1つも入力されてない!」

「あ、いや、その……それは」


 アイルークに詰め寄っても、まともな答えは帰ってこなかった。ジェイに視線を向けるけど、ジェイはこちらを見ることもなく、ただ黙々と散らばってしまった荷物を拾い上げている。

 その冷静さに、私はただの『機械人形』なのだと言われているようで……そう思ってしまった瞬間に、胸の奥に渦巻いていたものがはっきりと顔を出した。

 それは多分、怒りと……悲しみだった。


「ジェイ!」


 喜びや幸せとは違う感情だった。覚えたばかりの感覚をどう表せばいいのか分からなくて、私は子供のように地団駄を踏んだ。アイルークは戸惑いの表情を浮かべて、ジェイは何も言わずにこちらを見つめている。

 どうして、どうして私には教えてくれないの?私は、マスタ―のことを……大好きな人たちのこと、知っちゃいけないの?

 言葉が口をついて出て来そうになった。少し遅れて、規制の警告音が頭の中に響く。多分、今私は言ってはいけないことを言いそうになってる。でも……止められない。止めちゃダメだと、警告音とは違う何かがそう言ってる。


「シルヴィ、……い」


 服の裾を掴んで、呻くようにそう呟いた。はっきりとジェイ達を見る。


「シルヴィ……そんなジェイ達、きらいっ!!」


 強い風が目指していた先から私達の方へと吹き付けた。突然の言葉に、アイルークは驚いた顔でジェイと私を見る。でも……ごめんなさいを言う気はない。言いたく、ない。

 ジェイは静かに私を見つめていた。何を考えているかは分からなかったけれど、重い空気が辺りに満ちている。けれど、その空気を打ち破ったのは……思いもかけない笑い声だった。


「ふふっ……貴女、思ったより大きな声で泣くのね……」


 振り返った私とアイルークの視線が、凍りついた。


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